21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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失われつつある風景・・・日本が消滅する日

田舎に帰って自然農法の田んぼをやるぞ、と張り切っていたら、思わぬ事態に直面した。
お袋が言うには、実家の耕運機が老朽化していて、何年も使っていないから動くかどうか分からないらしい。
ここ数年の糸魚川周辺の兼業農家は、高齢化と農業後継者がいない為に、田んぼの運営はプロに委託する形が多いのだ。新幹線が通るので土地を手放した家も多いらしい。
なに、耕運機が無くても耕さない不耕起の田んぼなら出来るだろう、と応えると稲刈り機も脱穀機も同じだと言う。
稲刈り機は無くても我が家の田んぼは小さいので、人力でなんとかするにしても脱穀機が無いときつい。
東南アジアではラオス南部で足踏み式脱穀機を使っていたが、他の地域では田んぼの真ん中で稲束を板に打ちつける簡単な脱穀方法(労働的には大変だけど)をとっていた。
東南アジアの温暖な二期作地帯では、台風などの災害が少ない為に稲は米が脱粒し易い品種だから可能なのだ。
日本の稲は台風被害を防ぐ為に、稲が倒伏しにくく米も落ちにくい品種改良がなされてきたので、足踏み式脱穀機はともかく、叩き付ける式の脱穀は無理だろう。
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ラオスの脱穀
ヌンチャク状の棒で稲束を挟み板に打付けて脱穀する。
バリ島では手に持って脱穀していた。




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雲南省の稲架
関東甲信以南のほとんどが一段架けの稲架で、北陸以北は七段~八段架けの多段架け方式の稲架。
雲南省にも多段架け方式の稲架があった事に驚く。谷地で稲の乾きが悪いのだろう。
(タイで見つけた図鑑参照)

さらに重大な問題があった。
籾すりである。籾すりとは籾殻を落とす作業で、明治の頃は唐臼という大きな碾き臼で作業していたらしいが、俺の子供の頃は各地区の共同作業場に収穫した米を持ち込んで、籾すり機による作業をして貰っていた。
籾すり機は個人で所有するには大きくて高価であるから、兼業農家は個人所有出来ないのだ。
俺の地区の籾すり場が、米作りする人が少なくなってきて維持出来なくなり、かなり前に閉鎖していたのである。困るではないか。

当該管轄官庁である県の地域振興局に相談に行った。行政は法整備や指導などが専門で、具体的な解決策には不干渉な立場であるにも関わらず、親切な人達で一緒に困ってくれたが問題の解決にはならない。

プロに米作りを委託すれば、コンバインで稲刈りと乾燥を同時にやってくれるので、稲架(ハサ)に稲を掛ける作業が不要である。したがって非常に楽である。
しかし秋の風物詩である黄金色に光る稲束が稲架に架けられた風景が無くなり、乾燥と熟成を待つ稲が風にそよぎ、独特の乾いた臭いを放って鼻腔をくすぐる事も無くなっていく。

日本の風景が失われていく。
農家では庭先で鶏を放し飼い出来なくなった。鳥インフルエンザの問題で、鶏を他の野鳥と接触させてはいけないという行政指導で、屋根付きの鶏小屋に閉じ込めておけ、という事だ。

牧歌的なそんな農村風景が日本から消滅しつつあるのだ。
意欲のある農業の担い手が、農村地帯はともかく俺の住む糸魚川のような地方都市では、プロに委託した機械仕掛けでないと米すらも作れない環境になってきている。
なんとかしなきゃな。
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by jhomonjin | 2010-03-25 11:08 | 失われゆく風景 | Comments(0)