21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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もののあはれ・・・アジアの慎み

中国とベトナム、ラオスの長距離バスには、二段式の寝台車がある。
どこの国の寝台バスも身長175cmの俺には狭すぎる事と、バスによっては寝台がフルフラットにならない事、座ると天井に頭が当たる位に低く飲食や着替えもままならない事などもあり、俺にはあまり居心地の良い移動手段では無かった。
しかし身長170cm以下の人で何所でも寝られる人なら、結構便利な乗り物だと思う。

最も劣悪だったのが北京から内モンゴルに向かう中国の寝台バスで、予約無しで出発直前のバスに乗り込んだ為に、最後部の6人用ベットに7人目として詰込まれてしまったのだ。すし詰め状態で寝返りも打てず、おまけに相当なオンボロバスで揺れも酷く、隙間風で寒い上に黄砂が吹き込んできて、喘息持ちじゃなくて良かった、と真剣に思った。
通路は荷物で溢れ返っていて通れるものではなく、トイレ休憩には窓から出入りする状況である。
二段ベットの高い位置にある窓から降りるには、足を先に出しておいて飛び降り、車内に入るには窓枠に懸垂して頭から這い上がるしかないのだ。埃と体臭でほとんど奴隷船だった。
垢で黒光りした湿気と埃を吸った枕と薄い布団をあてがわれ、ちょっとでも寝返りを打つと周りの中国人から文句を言われ、流石にぐっすりとは寝られたものではなかったが、そんなバスに外国人が乗る事は珍しいらしく、休憩時間には乗客からご飯や煙草、酒を振舞われ、今では楽しい思い出となっている。
そしてこの様な悲惨な状態でも隣りの中国人は鼾をかいて寝ており、生き物としての強さに圧倒され、最後には愉快になって仕舞うから不思議である。

ベトナムとラオスの場合はずっと快適なバス旅が出来るが、意外にもラオスのバスが最も新しく快適であった。今回はラオス南部のパクセーからベトナム国境に隣接したアッタプーまで寝台バスを利用した時の話である。

この時は弁当とミネラルウォーターのサービスもあり、またバス最後部にトイレもあって居心地も悪くなく、俺以外の乗客は朴訥で人当たりが柔らかいラオス人ばかりで気持ちよく旅ができた。俺の寝台は出入り口前の最前列の上段寝台だった。
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ラオスの寝台バス
最前列の寝台。。
写真に写っているのは隣のラオス人の兄ちゃん。
弁当は冷えた炒飯で不味いからと、俺にくれた。
言葉は通じないけど、気の良い奴だった。

途中のトイレ休憩で、小さな村に停車した時である。
休憩所は簡単なバラック造りの屋台と売店があるだけの街道沿いの農村で、バスが止まると待ち構えていた村の女達が、果物や野菜、お菓子や飲み物などを籠や笊に乗せてワラワラと車内に乗り込んで来た。
おばあちゃんや小さな女の子もいる。親族一同の女達って雰囲気だ。
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物売りの女達。
老婆から女の子など三世代に渡った編成だ。
焼鳥、もち米ご飯、嗜好品や飲み物、野菜や果物など売っていた。
足元に注目。
全員裸足だ。



女達はまずは最前列で外国人の俺を目掛けて殺到してくる。
こんな時は気の毒に思い何かを買ってやりたくなるものだが、あいにく弁当と水のサービスがあった事と、非常食用のビスケットと果物など持っていたので欲しい物がなく、なるべく視線を合わせないように狸寝入りか、持っているビスケットやミネラルウォーターを見せて「悪りぃな!」と仕草をして、俺が何も買う意思が無い事をアピールすしかない。
こういった物売り達は、ちょっとでも興味ありそうな視線をすると敏感にキャッチして、あわれを誘う、すがるような目付きで訴えてくるから断るのに骨が折れるからだ。
俺なりのバックパッカーとしての仁義を切っていると、女達は諦めて他の乗客を求めてバスの通路を奥に入っていく。
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通路の奥へ入っていく女達。
一日に何度かの現金収入のチャンスだから必死だ。


















次々とバスに乗り込んで来る女達に俺流の仁義を切っていると、ふとある事に気付いた。
彼女達はみんな裸足なのだ。
身なりは確かに貧しそうだけど、ビーチサンダルくらいは履いていても良さそうだ。
寝台から身を乗り出してバスの入り口を見たら、バスの外に彼女達のサンダルが脱いで置いてあった。
胸がつまった。バスといえども土足で他人の領域に入る事はしないのだ。
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ぐっと来た光景
女達のサンダルは、次々と降りる乗客に踏まれてバラバラになっていった。







もちろん、彼女達は自宅でも土足はしないに違いないから、日常の生活スタイルそのままで裸足でバスに入っただけでしょう?と特別な感慨を持たない人もいるだろう。
でも違うのだ。俺が感動したのはそんな直接的な事では無いし、第一に他のラオス人の乗客は皆サンダルや靴を履いたままでバスに乗っている。(ベトナムでは乗客も土足厳禁だった)
バスの外に折り重なるように脱ぎ散らかされたサンダルを見て、太古から連綿と続く喜びや哀しみ、なにか切ないぐっと来る、時空を超えたアジアの女達の経験してきた歴史の重み・・・のような何かを感じたのだ。

同じアジア人といっても漢民族みたいに土足で家に出入りする文化もある。
また同じ中国人でも、朝鮮族自治州の農村では土間までは靴を履いて、オンドルのある一段高くなった居間や寝室では靴を脱いでいたし、都市部でも朝鮮族と漢民族共にアパートの玄関で靴を脱いでいた。
多民族国家である中国の文化は実に多様だ。
蛇足だが、日本人移民者の多いオーストラリアでも家の中が汚れないからといって、最近は日本人の習慣を取り入れて玄関で靴を脱ぐオーストラリア人家庭も少なくない様だ。
だから他人の領域には土足で立入らない、という彼女達の習慣を持ってアジアの文化とひとくくりに纏める事も出来ないと思う。
前にも言ったが俺は学者ではないし、ここで語りたいと思っている事も学術的な民族文化論では無い。
脱ぎ散らかせたれたビーチサンダルを通して、俺が感じたのは感覚的な印象体験なのだ。
ビーチサンダルは一つの象徴であって、その裏側に潜んでいる何か「ぐっと来るモノ」を俺は感じたのである。

こういう客観的な言葉に翻訳できない感動を、「もののあはれ」と昔の日本人は表現したらしい。
らしい、というのは俺は中学、高校と古典は赤点しか取った事のない落ちこぼれであったので(思いおこせば美術と体育、国語と歴史以外は赤点しかとった事は無いように思うが・・・)不確かだからである。

客観的な考察ではなく、感覚的な「ぐっと来る」あの感動を一言で表すなら、ウチとソトを分別する時に思わず出てしまう「慎み」という感覚の表れではないだろうか。

明治の頃は汽車に乗るときに履物を脱いで乗込む乗客がいて、汽車が出発した後のホームには履物が置かれたままになっていた、と落語で聞いた事がある。
面白いのは、よくこのブログに出てくるミュージシャンのカズさんの息子も、生まれて初めてバスに乗った時には靴を脱いで乗車しようとしたのだという。
平成の日本の子供にも、あの村の女達や明治人と同じ感性を持っている事が愉しい。
このような無意識にしてしまう行為にこそ、俺には興味が尽きないし、文化の奥行き、人間の美しさを感じる処である。
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by jhomonjin | 2010-03-31 14:56 | もののあわれ | Comments(0)