21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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本物のコンニャクを作ってみた。

俺はスーパーなどで市販されているコンニャクを食って、美味いと思った事は一度も無い。
嫌な臭いがするし、歯ごたえがあり過ぎて面倒くさい。味もあるようなないような、はっきりとしない処がぐにゃぐにゃとして男らしく無い奴、という印象を与える。はっきりとしない男は昔からコンニャク野郎!といってバカにされるではないか。
どちらかと言えば嫌いではないが好きな食い物ではない。
食べずにすむなら食べたく無いし、おでんに取り合えずお飾り程度に入れておくか、といったその他大勢の脇役といった位置付けの食材であった。枯れ木も山の賑わいってやつだ。
しかし味は無個性なのに臭みと歯応えで妙な存在感を主張するコンニャクに対して、ドリフの高木ブーに感じる「何もしないのに威張ってんじゃねえ。カトーや志村みたいに一生懸命に働け!」という突込みを入れたくなる気持ちも少なからず持っていた。

ところが以前に群馬県出身者の知人から、田舎からお袋さんの手作りコンニャクが送られてきたからとご馳走になってみたら、これがバカに美味い。コンニャク煮付けだけでご飯を三杯も御代わりした。口ン中が「オイチィー!」と歓喜しているのがわかったくらい美味かった。
表面はみずみずしくつるつるして、歯応えだってサクサクしている。色も透明感のあるほんのりした薄桃色ががった灰色で綺麗だ。何よりコンニャクはコンニャク芋が原料なんだな、と実感できる味と香り。
この時はその他大勢のごった煮ではなく、コンニャクだけの煮付けで堂々の主役である。
高木ブーだって、ドリフの中では脇役だったけども、最近は単独でアロハシャツを着てウクレレを弾いちゃったりして、ドリフ時代とはうって変わった癒し系キャラに転身している。ぷっくらとした福々しい顔つきに愛嬌を感じるではないか。
やる時はやるじゃないですか!とコンニャクと高木ブーを見直して、もうコンニャクをおでん界の高木ブーとは呼ばない事にしよう、と心に誓った。
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プラムの樹
連休に行って来た京都にて。
単なるサービスショットで文章とはまったく関係はありません。

最近はこのブログの写真を褒めてくれる人がたまにいるので、調子にのっている。










田舎暮らしを始めて挑戦してみたい事の一つに、自分で昔ながらの本物の食品を作ってみたい、という課題を持っていたので、早速「農文協」にメールして手作り食品の本を数冊注文した。
農文協とは、日本の農村や漁村に関係した様々な本を戦前から出版している出版社である。
誰が読むんだろう?というマイナーな学術書や実用書を地道に作り続けている偉い出版社で、出版目録を見ているだけでも面白いのである。
よく自然食レストランなどに置いてある「現代農業」という月刊誌の出版元でもある。
現代農業も、餅の保存法や濁酒の作り方、郷土料理、保存食品の作り方、廃材の有効利用方法などの生活に関する様々なアイデアが読者から投稿されていて、生活技術に興味がある人なら農業に関係していない人が読んでも面白いはずだ。

さて、本物のコンニャク作りである。
コンニャクはコンニャク芋が原料で、最初に擦ったコンニャク芋をアルカリで凝固させたコンニャク糊を作る。次に糊状になったコンニャクをンゴ状に丸めたり、型抜きして茹でて完成という実にシンプルな作り方である。
工程だけみると誰でも簡単に作れそうだが、シンプルなだけに奥が深く、美味しいコンニャクを作るのは熟練が必要なのだ。
コンニャク糊は食材としてだけでは無く、実際の接着剤としても優秀で、戦争中は和紙をコンニャク糊で張り合わせた大きな気球を作って爆弾を搭載した、風船爆弾という兵器を偏西風に乗せてアメリカ本土まで爆撃した・・・小規模の山火事を起こしたに過ぎなかった様だが・・・という漫画みたいな作戦も本当にあったのだ。小学生の頃、月間少年ジャンプのコラム欄に書いてあったぞ。唐傘の防水加工にも使われていて、他のどんな接着剤よりも水濡れに強く、安価で取り扱いが楽な糊が作れるからだ。

基本的にコンニャク芋は冬から春にかけての季節限定の食材だ。江戸時代にはコンニャク芋を乾燥させて粉末精製した精粉(せいこ)が開発されて、以降は年中コンニャクが食えるようになったらしい。
アルカリ凝固材には昔は囲炉裏の木灰から作った灰汁が使われたので、コンニャクの色は灰汁の色である薄い灰色をしている。黒い粒粒はコンニャク芋の取り残した皮の破片だ。
ここまでは昔からあった素材で、現在もこの材料で手作りをしている人も多い。

近年の市販品は、灰汁の代わりに苛性ソーダ(消石灰)などの化学薬品が多く使用されている。もともとコンニャクはシュウ酸などの臭いを含んでいてるのだが、市販品コンニャクの嫌な臭いは石灰系凝固材に由来する苛性ソーダ特有の石灰臭で、噛み切るのに苦労する歯応えもそこに由来する。
凝固材が石灰系の場合には、苛性ソーダのような鉱物由来にしても卵殻や貝殻などの生物由来でも、えぐみや石灰臭さはどうしても避けられないようだ。
営利目的でコンニャクを作っている場合は、コンニャク芋も生では無く、季節に関係なく安定供給可能な精粉が使用される。
このままだと灰汁の色が付かずにコンニャクは本来の白っぽいままなので、らしくするする為にヒジキなどで着色して、粒粒を作っているとの事。
つまり俺が美味くないと感じていたコンニャクは、工場で大量生産された本物とは程遠い「コンニャクもどき」だったのだ。

実家の近所にもコンニャク自慢のおばさん達が何人かいて、彼女達のような主婦が作るコンニャクはほとんどが茹でたコンニャク芋を擦り下ろした生地に、灰汁代わりに薬局で買った炭酸ナトリウム(ソーダ灰)を使って糊を作っている。
最初にコンニャクを茹でないと皮膚がかぶれていまうからである。それでも充分に美味い。

しかしコンニャクの本家本道は、昔からあった灰汁で凝固する方法である。
縄文時代にもコンニャク芋はあったらしいので、もしかしたら縄文人が食っていたかもしれないコンニャクである。
そしてコンニャクの横綱はなんといっても木灰ではなく、藁灰で作った灰汁を凝固材としたコンニャクであるらしい。
この方法はあまり知られていなく、作るのに手間がかかり難しい分だけ一番美味いコンニャクが出来るのだという。
先の通り、これらの昔からあるコンニャク製法は素材と作り方がシンプルなだけに、手抜きなどの誤魔化しが出来ないコンニャクである。
作った人の人間性や了見が如実に現れるという、ちょっと恐ろしい食い物なのだ。書は人也、コンニャクは人也だ。

素人が昔ながらの方法だと灰汁を作るところから始め事になるので、まるまる一日はかかる大仕事だ。木灰の灰汁なら失敗も少ないらしいが、藁灰の場合はかなり難しいらしい。でもやってみた。
結果は悔しいが失敗である。風味が乏しく食感も柔らか過ぎるし、色も黒くなり過ぎた。
失敗の原因は藁が二年前の藁で灰汁を作った為と、勘による微妙な分量の加減や微調整が出来なかったからと推測できる。つまり経験不足で、レシピ通りやってもうまくは絶対にいかない代物なのだ。

思ったようには作れなかったが、出来たコンニャクを仲間達に刺身にして食わせてみると評判はすこぶる良い。臭みもなく芋の香りがするといっては醤油も着けずにワシワシと食ってくれた。えかった!
女性陣は冷やしたコンニャクに黄粉をまぶして黒蜜をかければ夏のデザートにピッタリと喜んでくれた。同席していたお茶の先生は、正式なお茶席で茶菓子として使える、と嬉しいアドバイスまでしてくれた。

こうなったら歯応えがサクサクして、透明感のある薄桃色をした、芋の香りと味の風味溢れる理想のコンニャクを目指して作り続けるしかない。コンニャクを極めたら次は豆腐だ。やる時ゃやるケン。

こうしてみると、昔の人にとってコンニャクや豆腐はご馳走だったんだな、と実感する。
便利さや安さを追求すると、本物が分からなくなってしまう事をコンニャクは教えてくれた。
子供の頃に好きだったアニメ漫画「いなかっぺ大将」の主人公は、ケンカに負けた野良猫(声優は愛川欣也だった)をニャンコ先生と呼んで尊敬していたが、これからは俺もコンニャクをコンニャク先生と呼ぼう。ただし俺の事をコンニャク野郎と呼んでくれるなよ。
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by jhomonjin | 2010-03-31 22:09 | 田舎暮らし | Comments(0)