21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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石器を作る(その1)・・・縄文時代は木工の幕開けだ。

俺が過去に作った事のある石器は、黒曜石の鏃(ヤジリと読むのだよ、シンタロー君)だけだ。
黒曜石で鏃を作る場合には、最初に黒曜石の塊を鹿の角の根元や哺乳類の大腿骨などをハンマーとして大割する。
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黒曜石の鏃
藤沢市出土の本物。青空古道具市で一個500円で買った。この元の持ち主は考古学好きで、中学の頃に趣味で発掘して集めた土器や鏃が、本人が亡くなってから遺族が古道具屋に大量に持ち込んだそうだ。

黒曜石は脆いガラス質で注意しないと砕け散ってしまうので、ただ闇雲に叩けばよいというのではなく、欲しい大きさと形になるように石の目を読んで注意深く割る。
その後は割れた黒曜石の欠片から、鏃に作り易そうな大きさの破片を選んで、鹿の角の先端を押し付けながらペキペキと割って成形して完成させる。
慣れると意外なほどに短時間で完成する。

石器には大別して、旧石器時代からあった打製石器と、新石器時代から出現する磨製石器がある。
但し、この時代区分は西洋の考古学の歴史区分を日本に当てはめればという事であって、実際の日本の旧石器時代には、刃先だけを磨製にした石器が存在している。
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本物の石器
これも古道具市で買った本物で上が磨製石器、下が打製石器。磨製石器は3,000円で買ったが、安いか高いかは賛否両論だ。上の磨製石斧は形状からしてノミだったらしい。


黒曜石は打製石器の仲間だが、弓矢つまり黒曜石の鏃が登場するのは新石器時代からだ。
日本の場合は、縄文時代イコール新石器時代と区分されている。
俗に縄文三点セットといって、発掘遺跡から縄文土器と磨製石器、竪穴住居が確認できれば縄文時代の遺跡だと断定できるのだそうだ。

打製石器はただ割って成形していくだけなので、石の割れ方の癖さえ掴んでしまえば、短時間で完成出来る。
俺は石には詳しくないけど、実物の打製石器を観察すると堆積岩が使用されているようだ。
堆積した石なので、割り易いからだろう。
「始めにんげんギャートルズ」という俺が一番好きだったアニメーションがあって、石斧でマンモスと戦う場面がよく出てきた。
旧石器時代なら打製石器で狩りなどをしたかもしれないが、縄文時代には大形獣が激減した時代で、打製石器はもっぱら鍬やスコップなどの農耕器具や土工用具だったのではないかと推測されている。
確かに打製石器は薄くて脆そうな印象があり、持ってみると意外にも軽い。

では磨製石器の用途は何かというと、なんと木工用だと推測されている。
磨製石斧で樹を切り倒し、木材を加工する技術が発展した。

前期(七千年前~六千年前)以降には、内丸ノミ型の磨製石器が出土するようになる。
この石器は、材木の内側を削っていく用途に適している。
この石器の発明により、ただの丸木舟から刳り舟に造船技術が進歩した。
刳り舟とはカヌーの事だ。
舟の安定性と積載性、凌波性能の向上は、外洋航海を可能にした事を意味する。

中期(五千年前~四千年前)の遺跡では、石ノミでホゾ孔を開けて「貫構造」や「渡り蟻継ぎ」という高度な継手まで駆使して、家屋などの構造物を作っていた事が確認されている。

木を刳り抜いて器を作る「刳り物」も出現した。
新潟県内の縄文遺跡では、液体を注ぐ用途らしい、取っ手付きの注口器が製作途中の物から完成品まで出土しているので、職人さんの様に職分化が進んでいた可能性も匂わせている。

ヒノキを竹ヒゴのように細く薄く加工して、籠を編んだ上に漆を塗った「籃胎漆器」も存在した。
籃胎漆器は防水性のある軽い籠であり、今でもラオスの田舎では日曜雑貨として使用されている。
この時代には漆が接着剤や防水材料といった実用面以外にも、木工品や土器に装飾として使われている。
黒地に赤の模様を持つ、漆塗りの櫛まで出土しているのだ。

木工用の道具を持つ事で、技術が飛躍的な進歩を見せ、暮らし向きは安定した。
縄文時代は世界初の土器文化とされ、土器による食生活の向上にスポットが当てられ勝ちなのだけど、磨製石器を自分で作りを始めると、縄文時代は実は「木工の時代」でもあったのだなあ、と気が付く。
初めて自転車に乗れた時、初めて自分のバイクや自動車を手に入れた時に感じた、「世界が広くなった感じ」を、磨製石器を手に入れた縄文人も感じたのではないだろうか。

縄文クッキーを作るには、石のひき臼でドングリを粉にする必要がある。
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縄文時代の石臼
長者ケ原遺跡出土の石臼で、現代人からみると臼というよりは擂り鉢に近い。砂岩製で上面が綺麗に凹まされている。
拳大の丸石も大量に出土しているので、ドングリなんかを潰していたと推測されている。

この手の臼は今でもインドで日常的に使用されている。
インド人は、こいつでカレーのスパイスを作るのだ。
石臼は平べったい砂岩を窪めた形状になっている。
石臼とセットで、丸い石も大量に出土しているので、この窪みにドングリを入れて、丸石でスリ潰していたらしい。
鉱物マニアには聖地のように思っている奴がいる程の姫川といえども、河原を探して歩いても平べったくて中央が窪んだ砂岩が拾える可能性は、当然ながら低い。
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翡翠
三内丸山出土の翡翠大珠レプリカ。縄文時代から奈良時代初期までの国内の遺跡から出土する翡翠は全て糸魚川産。そんな事から糸魚川を聖地だと思っている鉱物マニアが本当にいる。この話しは面白いので後日!

どうせ磨製石器を作るのに砂岩の砥石が必要となるから、平らな砂岩を砥石として使い続ければ、その内に削れて凹みが出来て石臼も同時に作れるだろう、と一石二鳥の作戦を取る事にした。
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by jhomonjin | 2010-10-24 23:04 | 縄文 | Comments(0)