21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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「まちつくり論文」にて糸魚川市長賞受賞!

暮れの忙しい時に「糸魚川まちづくり論文」に応募した。
タイトルは「文化復興による地域の活性化」である。
論文には「縄文カヌープロジェクト」の事は触れていないが、糸魚川にその活動の下地を作って、本格的に活動を始めた時に動き易くする為の伏線のつもりで応募したのだ。
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焼山
糸魚川唯一の火山(標高三百m)。この数日は晴天続きで、沿岸からでも北アルプスの雪化粧がクッキリと見える。陽光はすでに春の気配だ。しかし火山に焼山というネーミングは当り前過ぎないかい?

有難い事に糸魚川市長賞というのを受賞して、随分と久し振りに表彰台に登壇して表彰状を貰った。
これぞ「正しい日本の表彰式」ってやつだ。
子供の頃もそうだったが、やっぱり「しょうしかったっちゃ。」・・・方言で恥ずかしいかったですの意味・・・。
俺は幼稚園児の頃から格式ばった事が苦手で、照れ臭くて仕方ないからついニヤニヤしたりしてしまうのだ。
だから式典の練習の時なんか、よく先生に真面目にやれっ、と叱られたもんだ。

今回は流石に大人になっただけの事はある。
少しは神妙なフリができたが、かえって自分の神妙さに思わず照れ笑いしてしまう。
不謹慎だと思われたかのう・・・?
整体の稽古で、大勢の前に出されて師匠の技の受手をさせられる時なんか、やっぱり照れ臭くてニヤニヤしてしまう。
師匠のD先生は「山田は人前に出されると嬉しそうにする。」と満座の席で俺をからかうのだが、あの笑いは照れ隠しであって、結して嬉しい訳ではありませんからっ!・・・誰かD先生に真相を伝えておいてくれよ。ったくよぅ・・・

受賞態度は不遜に見えたかもしらんが、せめてナリは気合を入れて整体の稽古着の中で一番立派なのを着て行ったので、恐らく来場者の中で俺のナリが最も金がかかっていたハズだ。
日本男児が「正しい表彰式」で表彰されるのには、和服で正装するに限る。
因みに出席者の中で和服は俺ひとりだけだった。
なんせ上着は絹と麻の紡ぎの藍染で、袴はホンモンの袴生地で作った高価な絹物である。
帯は奈良時代の製法で復元した絹と麻の手織りだ。
そしてこれらは全部、古道具屋で入手した品物である。
新品の定価販売だとすると、ちょっと俺では手が出ない金額になるだろうが、実際に払った金は・・・まあ、そんな事はどうでもいい。
俺の学ぶ整体の稽古着を知らない人には、水戸黄門のスタイルを連想して下さいな。
着物に野袴という恰好ですわ。

本当は賞金の出る大賞を狙ったのだが、俺の受賞した糸魚川市長賞は次点で、賞金の代わりに立派な翡翠の置物が記念品として贈られた。
大賞を取ったら賞金でバイクのオーバーホールを目論んでいたのだが、翡翠の方が縄文人(見習い)の俺には似合っている・・・と納得した。
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賞品の翡翠
俺には舟の形に見える。翡翠の神様が縄文カヌーの船出を祝福しているのだ、と俺は思っている。文句あるかっ!縄文時代には糸魚川から翡翠が北海道から沖縄まで運ばれていたのだ。日本海は翡翠ロードだったのだ。

俺は論文の中で行政に痛烈な事を沢山書いたので、提出しても黙殺されるかもな・・・と半分諦めていたが、それでも評価してくれる人が少なからずいた事に感動した。

会場には俺が「糸西タイムス」に出た事を知っている偉い人達が大勢いて、「縄文カヌー」についての質問や、実現性、現段階の状況など色々聞かれて、名刺交換の雨アラレとなった。
こんな時の為に縄文カヌープロジェクトの名刺をパソコンで作っておいたのだが、この二ヶ月で百枚は配ったはずだ。
縄文カヌーに興味を持って、期待してくれている人達がいると出逢えただけでも、「まちづくり論文」に応募した価値はあったし、この日だけで普段は話す機会の無い、商工会や偉い人達にサポートの呼びかけをする事も出来た。
そして皆さん、大いに興味を持ってくれた。
喜びを分かち合える可能性のある人々が糸魚川にもいたのだ。
嬉しい事だ。
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by jhomonjin | 2011-02-21 22:50 | 田舎暮らし | Comments(0)