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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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偉い人・・・家は主に似る

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広い日本でこの写真の老人が誰なのかを知っている人がいたら、きっと糸魚川市民だろう。
郷土出身の偉人である。
名前は相馬御風(ソウマ・ギョフウ)という。
明治生まれで、終戦の5年後に亡くなった。
御風は明治から大正、昭和にかけて活躍した文学者だ。
若くして短歌、作詞、小説、随筆、文芸評論家として中央文壇で重きを成していたそうだ。

生涯に200を越える校歌作詞の代表作が、彼の母校である早稲田大学の校歌の作詞。
『都の西北、早稲田の杜に』、というやつである。
この時、御風26歳の新進気鋭の文学者。

ところが御風は四十代前半で、華やかな中央での生活を何故か捨て、故郷の糸魚川に帰郷してしまう。
都落ちってやつだ。
色々な説があるのだけど、真相は御風しか知らないだろう。
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御風の家は、現在は史跡として公開されている。地味だけど、糸魚川の隠れた名所だ。外から見ると大きな家には見えないが、土蔵が二つもある位に奥行きがある。すぐ裏は日本海。



そして同じ越後出身の良寛の研究に没頭する。
良寛の書や資料を収集し、その集大成として「大愚良寛」という著作を残した。
それまで一部の人にしか知られていなかった良寛を世に出したのは御風の功績による・・・らしい。

この頃に作詞したのが、童謡の「春よ来い」。
そして数々の校歌や民謡の作詞。

「春よ来い」の「歩き始めたみいちゃん」とは、御風の娘と友人の娘を合成したイメージして作られたらしい。
おんもへ出たいと泣いている、とは雪国で子供時代を送った事のある人なら身に沁みる歌詞だろう。
本当にあの通りなのだ。
暗い玄関に差込む陽射しに誘われて表で遊びたくなるのだけど、外は玄関口まで覆う積雪。
下駄箱に仕舞われた運動靴や下駄を引っ張り出して、三和土(タタキと読めよ、シンタロー!)で履いて地団駄を踏んで春を待った記憶。
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春よ来いのイメージはこの玄関で作ったものか?それともここで実際にあった出来事であったのか?在りし日の相馬家の風景を想像してみる。玄関は暗いほうが良いように思う。その分、外が明るく見えるからだ。

都落ちした糸魚川での御風の生活は、さぞ寂しかっただろう・・・と以前は思っていた。
ところが違った。

帰郷した御風を慕って、多くの著名人が糸魚川に訪ねてきている。
例えば岡本文弥。新内節の人間国宝だ。
この人は筆まめで、御風に手書き漫画入りの絵葉書を送っている。
人柄が偲ばれる温かい文体の手紙。御風を余程慕っていたのだな、と想像できる。

例えば櫓山人。
「おいしんぼ」という漫画に出てくる海原雄山のモデルになっている人だ。
漫画の雄山と同じく、実物も随分と傲慢で尊大な人という強面イメージを持っていた。
櫓山人は御風が所蔵する良寛の書を観に、時には年に三回も糸魚川に来ていたそうだ。
交通事情の悪い戦前の事だ。
当時は東京から汽車だって10時間は優にかかったろう。
ある時などは、御風宅の台所に自ら立って糸魚川の魚を料理して御風に食わせてご満悦だったらしい。
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櫓山人が御風を喜ばせようと、イソイソとここで料理していたのだと思うと、何だか微笑ましい。
奥は風呂場で、湯殿といった方がぴったりする雰囲気だ。



櫓山人は良寛の書を観る、というよりは御風に会う事自体が愉しみで糸魚川に度々来ていたのじゃないだろうか?
御風と一緒に写っている写真には、強面イメージとは別人の柔和な櫓山人だ。

会津八一も、土門拳の撮った写真では強面で尊大なイメージだけども、御風とのツーショット写真では、人の良さそうなおじさんに見える。

御風って、会った人まで伝染する程、余程に気持ちが穏やかで優しい人だったに違いない。
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御風の書斎。和室で和服を着て、正座して毛筆で執筆という正しい日本の文人の生活である。
南側の窓から万年雪を抱いた北アルプス、北側の窓からは日本海が居ながらにして・・・かっては見えていたらしい。

御風の家は築80年でいまも健在である。
俺と同じ寺町にあって、県指定文化財として一般公開されている。

俺はこの頃の日本家屋が好きだ。
窓だってアルミサッシではない木製建具であるのは無論だけど、ガラスが真っ平でなく、波打って気泡の入った「吹きガラス」が嵌っているのだ。
一枚ごとの表情がまるで違うし、外の景色が歪んで見える。これは愉しい。
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二階にあった書斎の北側には三尺廊下があって、御風はこの窓から日本海を愛でていたらしい。
吹きガラスの歪みと木製の建具が風景に柔らかさを与えている。



間口が狭くて、奥行きが鰻の寝床のように長い典型的な町屋造りだ。
昔は玄関間口で税金が決まったそうで、庶民の知恵として発達した建築様式であるらしい。
中庭や土蔵だって二つづつある結構広い家だ。

何だかずっといたくなる雰囲気の家。
和やかな気分になる家。ちょっと落ち着いた、上品な大人の雰囲気に浸れる家。
受付の女性と話していたら、この家に来た人は皆同じ事を言うのだそうだ。

これはきっと御風の人徳ってやつだろう。本当に偉い人だったんだ。
櫓山人も会津八一も、この家に訪れた人が感じる気分を味わっていたのだろう。
家は主に似る、という発見をした。

俺の家に遊びに来た人が、どんな気分になるのか?
ちょっと気になったぞ。
by jhomonjin | 2011-07-24 22:26 | 田舎暮らし