21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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八月十五日に、俺が糸魚川で初めて開催した縄文土器講座は、参加者三名と遊びに来た人二名、それと関根先生の六名で俺の実家の離れで賑やかに行なわれた。
参加者のヤッチャンは、流石に高校時代は美術部だった事もあって、初めての縄文土器作りに関わらず流石の出来栄え。

関根先生いえば、火お越しの達人にして、民族楽器の大家でもある。
土器作りの合間に火お越しや民族楽器の実演など、いつもの通りサービス精神たっぷりに惜しみなく披露していただいた。
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関根先生
弓錐式の火お越しをしている関根先生。一緒にいた三日間で十回は実演していた。
好きな事もあるだろうが、サービス精神が旺盛なのだ。観る人が変わる度に、同じ質問に何度も丁寧に答えていた事からも解る。

夜は俺の実家の玄関で、考古学に関心の深い俺のお袋にまで、火お越しの実演をして頂いた。
お袋手作りの糸魚川の郷土料理の笹寿司も食って貰ったし、今年のケンカ祭りのビデオも観て頂いて早めの就寝。

翌日の八月十六日は、いよいよ姫川流域交流プロジェクトの活動開始だ。
具体的にどんな活動をするのかは、まだ決まっていない。

このプロジェクトは、信州の美麻村の遊学舎という、田舎暮らしをしながら様々な教育プロジェクトを実践している団体の代表である、吉田比登志さんが発起人になって、村興し的な運動を考えているのだという。

姫川流域といえば、縄文の昔から古墳時代まで、世界初の翡翠文化が栄えていた場所だ。
翡翠以外にも、希少鉱物や植物、動物も豊富だ。
その豊かな自然に着目して、自然科学、人文科学の各分野の専門家の知恵を借り、姫川の自然と人が太古からどんな関り合いにしながら生きてきたのかを学ぶワークショップを開催し、将来的には地場産業の振興も含めて地域活動の活性化を模索していこう、というのがプロジェクトの主旨であるらしい。

教育プログラムとしては、縄文土器や石器作りを作ったり、鉱物や植物による染め物教室、農業も含めた野外活動の教室、動植物の観察なんかも考えている。
工芸家や芸術家によるワークショップとその作品展や、野外ライブも企画して、廃屋や休耕田を利用しての田舎暮らし体験も視野に入れている。

関根先生は、その活動の総括的な相談役で、専門的には縄文文化と鉱物・染色分野の担当だ。

関根先生と車で、糸魚川市街から車で国道148号線を南下して、20分ほどの長野県の県境近くにある、小滝という集落に向かった。
国道148号線は、姫川沿いを糸魚川から信州の大町まで続いており、かってはこの山道が「塩の道」として越後の塩を信州まで運んだ越後と信州を結ぶ街道である。
もちろん縄文人もこの道・・・実際にはこの沿線の山の脇道・・・を使って信州まで翡翠を運んでいたし、「敵に塩を贈る」故事の上杉謙信が甲州に塩を贈ったというのも、この道だ。

小滝は標高120m位の姫川支流の小滝川沿いの集落で、廃校となった小滝小学校を今回のプロジェクトの活動拠点にする予定だ。
小滝小学校で発起人の吉田比登志さんとそのボランティアスタッフ5名の若い衆と合流して、校庭にインディアン・ティッピーを設営する。
今日から二日間、このティッピーでキャンプ生活だ。
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インディアンティッピー
移設と設営が楽で、中で焚火が出来るのが、ティッピーの魅力。
中は円形で、炉を囲んで十人くらいなら車座になって話が出来る。

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キャンプの飯
地場産の鯵を開いて、東南アジア式の焼き魚と焼きイカを作った。後ろに見える黒い鍋は、焚火料理で活躍するダッチオーブンで、海産物のパエリアを作った。美味かったよう。

小滝は山の中の小さな部落だが、何だか海の雰囲気が濃厚な不思議な場所だ。
女性参加者の一人は、「ここはなんだか優しく包み込まれているみたいで、とても落ち着くわ。」と言っていたが、確かにそんな雰囲気な場所だ。
近くの明星山(標高1200m)はロッククライミングで有名で、石灰石の塊だから大昔は南の海の珊瑚礁だった筈で、海の雰囲気がするのはそのせいかもしれない。
この山は糸魚川市街から観ると普通の山だが、小滝から観るとマッターホルンみたいな急峻な岩山で恰好良く、麓を流れる小滝川には「翡翠郷」という翡翠の原石が露頭した渓流も流れている。
この川の翡翠が海に流れ出て、糸魚川から富山の朝日町付近までの沿岸で翡翠が拾える訳だ。
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親不知海岸で翡翠拾い
この青年は吉田さんとこの若い衆のシン君。ダイビングスポットに案内してから皆で海岸で翡翠拾いだ。「おい、シン、このでっかい石は翡翠の原石かも知れんぞ!」というと、関根先生に鑑定して貰うのだと20キロくらいある一抱えもある石をザックに詰めた。

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翡翠を鑑定する関根先生
シンは足場の悪い海岸をヨロケながら翡翠拾いに余念の無い関根先生の処まで石を運んでいくと、先生は、「残念だけど石英だねえ。」と無情の一言。
それでもシンは、記念にと漬物石として信州まで持ち帰った。可愛い奴だ。

小滝は確かに風光明媚な場所だけど、部落の平均年齢は70代だそうで、典型的な限界集落だ。
見渡せば、休耕田も沢山ある。当然ながらコンビニやファミレスは無い。

廃校と限界集落といえば、俺は前からこんな所を借りて自然農法や土器作り、木工をしながら、海や河、山で遊ぶ田舎暮らしをイメージしていた。ピッタシのイメージである。

打合せと見学に来た区長さんにその事を伝えると、「そりゃええ考えだわ。来てくんないや。若い衆おらんそいさ、田んぼも畑も喜んで貸してやるわね。小学校も市の管轄でなんとも言えんけんど、貸してくれると思うよう。借りてくれりゃ助かるわ。給食室もでっかい和室もあるし、宿直室もあるんだよう!」と大乗り気だ。

なんてこった。振って湧いた関根先生の呼びかけに応じたら、長年イメージして来た遊びの拠点作りが俄に実現しようとしている。

初対面の吉田さんと話してみると、なんと共通の知人友人が10名を超えていた。
関根先生、古武術研究家の甲野善紀先生、ミュージシャンの大村和生(カズさん)といった、このブログによく出てくる著名人は、吉田さんと古くから様々な活動をしてきた同志的存在だそうだ。
甲野先生が歌手のカルメン・マキさんの唄を聴いて「身体が割れた」という今や伝説的な事件も、吉田さんの遊学舎での出来事だったそうだ。

整体関係、自然農法方面、社会活動家方面の様々な分野の人々で、「えっ、あの人をご存知なんですか?」と所在地や老若男女に関係無く、次々と共通の知り合いが出てくる。

なんだか大きなウネリがやって来た。
俺はこの波に乗る運命なんだろうな、と思った。

この件は行政側と慎重に話しを進めて行きたいので、今回は遊びに来たり見学に来た行政側の人や、地元の人に少しづつ俺のビジョンを話して足掛りを固める作戦にして、性急な行動はしない事にした。

二日間、関根先生と吉田さん一行と行動を共にして、多くの人と出逢い、ティッピーの中で話をした。
行政側の人、地元の人、地元にあるフォッサマグナミュージアム・・・なかなか立派な博物館です・・・の関係者などなど。
関根先生も来る人毎に、火お越しを実演していた。吉田さんも熱弁を振るった。
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長老会議
ティッピーの中で、焚火を囲んで酒酌み交わしながらの長老会議。
向かって左が吉田さん。中央が地元の後藤建設社長の後藤さん。右が関根先生。
後藤さんは、吉田さんと古くからの付合いで、小滝出身の地元側有志。
現在は俺の実家の数軒先に豪邸があって、俺の家族とも顔馴染みであった奇遇に驚く。

具体的にどんな形に出来るのか?この過疎の集落が本当に甦るのか?自分の立場で協力出来る事は何なのか?
糸魚川側の来客は、関根先生と吉田さんの語る熱い想いに興味津々に反応していた。
大人達が、個人の利害を超えて面白がっている。真剣に遊んでいる。
みんな自立した社会人としての立場を踏まえながら、子供のような好奇心で楽しんでいる。
こんな光景は、滅多に観られるもんではない。

関根先生に誘われて、お手伝いのつもりで参加していた俺も、「このプロジェクトの成功のキーマンは山田さんですから。」と吉田さんに言われて、いつの間にか渦中の人になっていた。
マラソンの見学に来ていて、人ごみに押されてコースに出てしまい、気が付けばマラソン選手と一緒に走っていた男みたいなもんだ。
メンバーで一番暇なのは俺だからね。地元在住だし。
来年には小滝に住居を構えて、自然農法と整体を軸にして、このプロジェクトに取組んでいく決心がついた。
そう、プロジェクトを成功させるのは、小滝を拠点にした実践者が不可欠だ。
糸魚川と信州大町の美麻、都会を結ぶ中継者の役割だ。
関根先生には縄文や民俗学の講座を、甲野先生には古武術を応用した薪割や介護術の講座を、カズさんには焚火ライブを小滝でやって貰おう。
これまで俺が都会でやってきた事を、俺の田舎で実践するだけだ。
しかもそれが、個人の愉しみを超えて地域の活性化に役立つのだ。
整体講座や、自然農法の勉強会もやっていきたい。
吉田さんからは、カヌー(近くに高浪の池という小さな池がある)の講座や、親不知での海遊び講座もやって下さい、と頼まれている。
シュノーケリング、ウインドサーフィンやヨット等なら俺も好きだから大歓迎だ。
車で20分で海の見える「シーサイドバレースキー場」もあるから、スノボーも出来るぞ。
白馬の岩岳スキー場も近いよ。
今後の展開は未知だけど、真剣に遊ぶぞ。
廃屋や休耕田(しかも棚田だよ)も沢山あるから、田舎暮らしを考えている人には打って付けだよ。
みなさん、ドンドン遊びにお出で。

これまでこのブログの中で、日常生活を切売りしたくなかったので、俺の名前は出さない事にしていたが、今後の活動での必要もあり、今回から名前を出す事にしました。
本名は山田修です。宜しく!
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by jhomonjin | 2010-08-17 23:17 | Comments(2)