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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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カテゴリ:旅の民俗学( 8 )

世は節分だ。
子供のころ、お袋に「鬼は外」と豆を撒けと言われても、恥ずかしがり屋さんの俺は照れて声を出さなかったもんだ。
自分で言うからなかなか信じて貰えないが、俺って本当は照れ屋さんだ。
本人が言うのだから間違いはない。
文句あるかってんだ!
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南インドのケラーラ州のオートリクシャー(3輪タクシー)の後部にぶら下がっていた鬼の魔除け。鬼に睨んでもらえば後続車に追突される心配は無い?インド人はデビルと言っていたが、誰がどう見ても鬼でしょう?


さて、節分といえば鬼だ。
鬼の姿は角と虎皮の腰巻が定番だが、これは鬼門である「丑寅」の方角を象徴しているのだと民俗学の本には紹介されている。
牛の角が丑を、虎の毛皮が寅を象徴しているというのだ。
しかしだ、インドにも虎皮の腰巻はしていないにしても、角の生えた鬼がいる。
鬼の角は「丑寅の牛の象徴」していると断言できるのか?
インドの鬼がいつからいるのか不明だが、インド全域は未確認にしても南インドでは軒先や、玄関、車にぶら下がっていることが多い。
中国から逆輸入された可能性もあるのだろうか?
インドの鬼の起源についてご存じのかた、教えてください。

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南インドのトリバンドラムの民家の玄関にも鬼がいた。鬼の強力な霊力で邪悪なモノを睨み返す呪術だろう。インドには鬼がマスコットのONIXというTVを作っている家電メーカーがあるが、日本のメーカーなのだろうか?

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チェンナイの商店玄関を守る鬼。インドの鬼は舌を出しているのが普通。椰子の実や逆さまにした壺に手描きで鬼の顔を描いてある手製もあってこっちは不気味。オートリクシャーには目も描いてあるが、これはアラブ文化圏や中国福建省文化圏でも共通の「睨み返し」の魔除け。
インドの船も同様だが、アラブではホルスの眼、福建では竜眼といって、船の船首に描かれていることが多い。
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by jhomonjin | 2013-02-02 21:10 | 旅の民俗学 | Comments(2)
前回はhotomailにログインできなくなった記事をアップしたら心配してくれた人もいましたが、昨晩5日目にしてなんとか復旧しました。
ご心配をおかけしました。

メールボックスを開けたら、臼職人の友人から火吹き竹の質問メールがきていた。
彼は以前俺が住んでいた神奈川県藤沢市鵠沼で、「柴一臼屋」という屋号の臼職人をしている。
・・・「柴一臼屋」というHP有http://www.shibaichi.com・・・
鵠沼といえば湘南の中心的存在で、かっては別荘地、そして今や日本のサ-フィンのメッカにして、夏は住宅街をビギニの姉ちゃんが闊歩する姿も珍しくないビーチタウン。
そう、俺もかっては湘南ボーイであった。
そのお洒落な鵠沼の住宅街で、斧を使って臼を作っている人がいたので話しかけたら意気投合したのが柴一つぁん。
柴一つぁんは、元イラストレターで木工好きが昂じて三〇代で臼職人に転職した偉いヤツ。
未だに斧で臼を作っている臼職人は、柴一つぁんの他にはいないらしい。
それ以後は俺が新潟に帰郷してからも、時折メールや電話で木工や民俗学の話題で盛り上がっている。

今回の質問は、火吹き竹というと先端に節を残してあって小穴が開けられているのが普通だが、柴一つぁんは、節の無いただの竹筒の方が使い易いのだが、これは間違った使い方か?というものだった。
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南インドの市場で見つけた鉄パイプを切断しただけの火吹き竹。無論、節は無いから口から5センチくらい離して息を吹き込む。インドでは東南アジアに比べて竹が少ないし、鉄パイプは竹のように先端が燃えない長所がある。

4年前に東南アジアとインドを5か月かけて回った時に、関根秀樹師匠から各国の火吹き竹の使用実態を調べてきて欲しいとテーマを貰っていたので、この件についてはフィールドワーク済みだから一過言持っているつもり。このタイミングで結果発表しちゃいます。
結論から先にいうと、節の無い筒状の火吹き竹を日常的に使っている人たちは、今でもインドにいた。
映像だけなら、アンデス地方も節無し火吹き竹を使っているのを観たことがある。
日本の火吹き竹は先端に節が残っていて、空気が漏れないように竹筒の後端に口を当て、筒の中を息で満たしてから小穴から吹き出すので、ピンポイントで狙った所に空気が送られる点と肺活量の小さい人や、慣れていない人でも容易に扱うことのできる長点があると思う。
関根師匠の考察では、インドではコップでもなんでも口を直接つけるのは不浄とされる習慣があるからではないか?とのこと。

節の無い筒状の火吹き竹の長点は、慣れてしまえば口と離れた筒の周囲の空気も巻き込むことができるので風量が大きくなること。
また上手な人がやると、シュルー、シュルルルーッと筒の側面を空気が流れる掠れた音がして恰好いい。

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コディカライという漁村に一軒だけあった食堂の厨房。竈の左に鉄パイプ式火吹き竹が置いてあることに注目。実際に使っている映像は動画で撮影したが、このブログではシステム上アップできないのが残念。

昔の日本では、使い込んで先端が焼け焦げて、節が抜けた火吹き竹も大事に使った。
江戸時代の都市部では、竹が容易に入手できなかったこともあると思うが、「吐月峰」というブランド火吹き竹まで売られて、大事に使われていたらしい。
その場合は、口を竹筒から少し話して、筒の内側側面に息を添わせて空気を送る。
インド人もそうやって火を起こしていた。
柴つぁん、流石である。
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by jhomonjin | 2013-01-16 23:33 | 旅の民俗学 | Comments(0)
正月といえば縁起物が付き物だ。
松飾りや鏡餅、そして注連縄。
注連縄は日本だけかと思ってる人も多いと思うが、東南アジアやインドでもよく見かける。
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南インドの玄関口のチェンナイの注連縄。一見して運動会の飾りつけの万国旗みたいだが、赤い旗に混じって注連縄が張られている。もともとは村境の結界が最初だろうと思う。疱瘡などの疫病が入ってこない呪いだ。

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赤い旗に混じって注連縄も張られている。ヒンズー教の神官の自宅玄関や寺院にも張られているが、前の写真の赤と黒の旗の色にも意味がありそうだ。黒はシバ神の象徴色だが、赤はバイオパワーを象徴する血の色か?

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麻の「下がり」に混じって常緑樹の束も括り付けられていた。インドではアロエが軒先にぶら下がっていることもあるが、日本では榊や笹が祓い清めの常緑樹。クリスマスツリーは樅の樹で本来は冬至の神の憑代。

チベット仏教圏だとタンカと言って、経文が書かれた色とりどりの三角の小旗を縦横に張り巡らす。
風で小旗がヒラヒラ揺れると、経文を唱えたのと同じ功徳ありとか。
大相撲の力士がマワシの前にぶら下げている黒くて細長いソウメン状の「下がり」は、元はといえばも化粧マワシの簡易化だったらしいが、大相撲最高位が土俵入りする時の横綱(化粧マワシとは別物)には、白い紙の御幣も下がっていてモロに注連縄だ。
つまり横綱とは、荒ぶる神が降臨する人社(ヒトヤシロ)なのだ。

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インド文化圏では、麻の他に椰子の繊維をテープ状に割いて作った下がりもあり、鳥に模して結ばれていることがある。椰子繊維は光沢もあって綺麗だし、テープ状なので加工が容易で好まれる面もあるのだろう。

おそらく運動会の万国旗のルーツは軍艦のパレードの時の満艦飾あたりだろうと思うが、満艦飾も古代から続く魔除けの船飾りあたりが発祥ではないだろうか?
メデタイ縁起物でニギニギしく飾りたてれば、誰だって元気が湧いてくるし、ウキウキするもんだ。
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by jhomonjin | 2013-01-04 23:59 | 旅の民俗学 | Comments(2)
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上の写真は東インドのコルコタ(旧カルカッタ)にある安宿街で有名なサダルストリートのチャイ屋である。
チャイ屋にもランクがあって、このクラスは最低ランクの露天のチャイ屋の中でも中程度だ。
もっと下のランクは、チャイ屋の親父もお客も地べたにしゃがみ込むスタイル。
この上のランクは露天であっても客用のイスがあったり、タバコやクッキーなんか売っている。
とにかくインドにはいたるところにチャイ屋があるので休憩するには便利だ。
チャイはインド式のミルクティーですね。

チャイの作り方はいたって簡単。
鍋に湯を沸かしてダストティーって呼ばれる最低ランクの安い茶葉を放り込んで煮込む。
ついでに生姜の塊をコップの底で潰して鍋に放り込む。
お客さんが使うコップの底を生姜潰しの道具にするところがインドだ。
良心的な店屋は、カルダモンも数粒潰して放り込む。
茶葉が開いて色が出たらザラメ状の砂糖を放り込んで鍋を揺らしながら攪拌。
沸騰したらミルクを半量ほど入れて再沸騰させて完成。

問題はこの完成後の作業だ。
鍋のチャイをコップに注ぐ時に、鍋をコップの縁から少しづつ離しながら30センチくらい上まで上げていくのだ。
チャイは空中を滝のように落下してコップに納まっていく。
コップにチャイが入ったら、今度はコップから鍋に同じ要領でチャイを戻す。
これを3回くらい。
言ってみれば鍋⇔コップ間空中移動攪拌方式である。
アクロバット的な作業だが、泡ブクが立ってまろやかな味わいになるのだ。
インド人は猫舌が多いのでチャイを冷ますという意味もあるらしい。
インドではホットミルクを頼んでも、牛乳に砂糖と生姜、カルダモン投入後に、鍋⇔コップ間空中移動攪拌方式を採用してお客さんに供する。

普段の俺は滅多に乳製品を採らないが、体調不良の時に限って牛乳やヨーグルトが恋しくなるから不思議。
だからこの数ヶ月は夜な夜な鍋⇔コップ間空中移動攪拌方式の温めた牛乳を飲んでいる。
俺式のホットミルクは砂糖やカルダモンの入らない牛乳だが、まろやかで美味くなるのでやってみてください。
3~5回もやるとブクブクに泡立って、牛乳とは別な飲物になる感じ。
最初はこぼしたりしていたが、今ではかなり上達したし、これは愉しい作業だ。
今晩なんか調子に乗って10回も鍋⇔コップ間空中移動攪拌した。

そしてそして、11月にあった整体京都稽古会での大師匠の講話によると、水でもなんでも液体摂取時には茶筅やシェーカーなどなんでもいいから摂取する液体を「攪拌運動」させてから飲むとよい、ということ。
個人的にまろやかで美味くなるからとやっていた鍋⇔コップ空中移動攪拌方式の牛乳摂取法が、整体的にもよいというお墨付きがでたのだ。
この情報の詳細は整体協会会員限定なのでここで紹介することは残念ながら出来ない。
興味ある人は直接俺に聞くか、稽古会にご参加下さい。
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by jhomonjin | 2012-12-08 21:50 | 旅の民俗学 | Comments(6)
明日の朝に太平洋側で金環日食が観られると報道している。
日本海側では観測できないらしいから、ここ新潟では絶対に無理である。
フフッフッ、バカめ、俺は3年前に今世紀最大の金環日食を観たから悔しくなんかないわい。
しかも地上で最もよく観えるという南インド最南端の岬、ラーメシュワラムでだ。
旅の途中のタイでその情報を入手したのだが、日食は昼の12時くらいだったので、ジャストのタイミングでラーメシュワラムの真上近くで観測できたのである。
当日は晴天でちょっと薄い雲が浮かんでいたくらい。
東京のスモッグで汚れた空から観る金環日食よ、下がりおろう!って威張ってもいいんじゃないか?
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こんな風景が10キロも続く。生き物は鳥か痩せた犬くらい。後は漁師小屋と朽ち果てた漁船がたまにあるだけだ。何故か胸がキュ~ンと切なく痛む広漠とした風景だ。

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これがインド最南端の海。この海も何故か哀しくなってくるような切ない風景。沖に見えるのはスリランカか?とインド人に聞いたら「ジャパニ、見える訳ないだろ!」と白い歯をむき出して笑われた。


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漁村からラーメシュワラム岬行きの乗合いトラック。俺も屋根に乗せられた。凸凹の砂浜を走るのに掴る所が無いからマジで危険。こんな時には面白がる俺もキャッと何度か声を上げた。しかし片道100ルピーは高いぞ。

ただ岬は人家から10キロ以上も離れた灼熱の砂浜だ。
行きは歩いたが、帰りは観光用のトラックに乗せてもらった。
なんせクソ暑い。
もともとこの岬はヒンズー教の聖地で、金環日食があろうとなかろうと古くからインド人の巡礼者が訪れる観光地だ。
岬の沖合いにはスリランカがある。
ハヌマーンだかのインドの神様と、悪の王国であるスリランカの神がインドとスリランカで綱引きして伸びてできたのが、この岬なんだそうな。
インドの聖典『ラーマヤナ』にもちゃんと出てくる・・・らしい。
(芝居や舞踊ではあるが、読んだことない)
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周囲では金環日食で騒いでいるのに、我関せずとお祈りする真面目な人たち。こんな巡礼者が結構いたけど、インド人も外国人(数えるほどしかいなかった)も雑貨屋で売っていた厚紙に銀紙を張った観測用眼鏡で太陽を観ていた。

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多くのインド人はこんな感じで観測。今世紀最大のど真ん中体験だもんねぇ、気持ち分かるよ。金持ちのインド人が太陽観測用の本物のスコープを貸してくれが、雑貨屋で売っていた使い捨て眼鏡で充分だった。

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使い捨て観測眼鏡をデジカメに付けて撮った決定的瞬間。途中薄い雲が掛かった時には眼鏡無しでも観測できた。テレビで安物の観測眼鏡は危険だと言っていたけど、南インドの強烈な直射日光でも平気だった。ちょっと過剰反応だろう。

残念ながら金環日食とはっきりと解る決定的写真は無い。
動画は撮ったが、こっちは刻々と金環日食になってくる様が写っている。
安物のデジカメもやる時はやるのだ。
しかしこれだけでは俺がちゃんと観たという証拠が不十分でちょっと悔しいではないか。
う~む・・・。
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by jhomonjin | 2012-05-20 23:38 | 旅の民俗学 | Comments(0)
月末恒例の整体の京都稽古会に行って来た。
今回は時間に余裕があったので、稽古の前と後の日程に趣味の民俗学遊びをいれた。
ひらたく言えば・・・京都見物だな。
今回の旅での一番の驚きは銀閣寺だった。
俺が古い建物を見学する時に一番のチェックポイントにしているのは、補修跡だ。
特に国宝級の建物を観る時には、柱の根元に注意している。
銀閣寺で凄い補修技を観た。

高温多湿の日本では、木造構造物の中でも屋外に露出している屋根、そして柱の根元付近が湿気や凍結と日照の繰り返し、白蟻の食害等により、特に傷みが激しい。
屋根なら葺き替えするが、柱の根元が傷んだ場合の補修はやっかいだ。
屋根は建物を保護する大事な役目があるが、柱は屋根と違って構造材なので、単に交換といっても従来と同じ強度を持たせなければならず、そう簡単では無いからだ。
そこで痛んだ柱の根元部分だけを交換する「根継ぎ」という補修をするのだが、銀閣寺の根継ぎは、これまで観てきた根継ぎ技の中で、最高の超絶技であった。

単に痛んだ柱の根元を切断して新しい根元を柱の下に置いたただけでは、無論すぐに外れてしまう。
釘で固定した場合は、地震や風の振動、温度差による柱の伸び縮みがあるので、効果は期待出来ないし、錆びてしまえば釘も利かず、第一に美観が悪いから論外だ。

そこで仕口と言って、古い柱と交換した新しい柱の根元の接合部に予め複雑な凸凹を作っておいて、組み合わせる事で抜けない様に工夫するのだが、銀閣寺で見付けた根継ぎは素人にはちょっと解らない工夫がしてあった。
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銀閣寺の根継ぎ
御影石の束石の上にあるのが交換した新しい柱の部分で、上部が凸になっている。凸部は先端が広がった台形をしており、その上に乗っているのが古い柱。
凸が柱の四面全周にあるので、単純に横や上から差し込む事は不可能だし、斜め上からスライドさせる事も出来ない。
どうやって組合せたものか?
どなたかご存知なら教えて下さいな。

接合部を爪で軽く撫でても、引っ掛かりが無い位ぴったり接合されている。
あんまり感動したので、近くにいた銀閣寺の職員に一体どんな人がこの根継ぎをしたのか?と質問したら、その職員も俺に言われて初めて根継ぎに気が付いたそうだ。
それ位に目立たない補修という事は、職人さんの面目躍如だ。
建築に関しては一般人より格段に詳しい俺が、一体どんな内部構造の仕口で、どうやって接合したのかまったく解らない仕事だ。
この仕事をした大工が「素人にゃ解るめぇ。」とにんまり微笑む姿を想い浮かべた。
法隆寺の棟梁として著明な西岡常一のように、国宝の寺社を建替えでもすれば大工の名も後世に残る。
しかし根継ぎのような部分補修だと、まったくの無名の仕事になってしまう。こんな凄い仕事を出来る職人が、日本以外にいるのだろうか?
職人は名前は残さなくても仕事を残し、後世の職人や俺の様な物好きに感動を与える。


今回の旅では、前回同様にボーダーというライダーズハウスにお世話になったが、面白い人と相部屋になった。
藤原かんいちさんといって、バイクで国内や世界中をツーリングして旅日記をバイク雑誌に連載している旅行作家さんだ。
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藤原兄貴
このあと兄貴は長野方面に雨の中を旅立っていった。バイバイと手を振りながら一方通行を逆走していった。
兄い、無事に長野に到着したのかぁ?



以前にアウトライダーというバイク雑誌に、ご夫婦で電動バイクで世界一周をしながら連載をしていたのを読んだ事がある。
10万円の現金と原付で日本一周した時の本も出ている。(残念ながら絶版)
バイク談義に花が咲いたが、なんと藤原さんの今回の旅のバイクは50ccのスーパーカブ(郵便屋さんが乗っているバイク)で、「国道全制覇!10万キロの旅」がテーマなんだという。
驚いたのはその日程で、京都の次は2日間で長野まで行くのだという。
原付で一日に200キロは走る事になるだろう。49歳というのにタフな兄貴だ。
ちなみに帰宅してから見てみたら、藤原さんのブログ「国道全制覇!10万キロの旅」に稽古着姿の俺が出ていた。
ボーダーで逢った面白い人、と書いてあって安心したが、兄貴も相当だぜ!

俺の愛車であるホンダXR250もついに走行距離8万キロを超えたが、調子はすこぶる宜しい。
中古で買った時点の燃費は29キロ/リッターで、カタログ数値から推測できる実走行燃費そのままだったが、今回のツーリング(延べ約1000キロ)で何回か計測したら、平均で34キロ/リッターに伸びていてこれにもビックラこいた。
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俺の愛車
スタイルの良い美人だが、荷物も一杯積めるし燃費も良い実にタフなバイクでもある。
ホンダは偉い!
仮面ライダーのバイクみたいですね、とよく言わるが、最高の褒め言葉だな。


通常なら廃車にされてしまう走行距離だし、洗車もせずにオイル交換とチェーンのグリスアップ位の日常メンテ位しかしてないけど、持ち主のバイクに対する気持ちが伝わるのか、バイクって機械でありながら生物と同じ心を持っている、と想う。
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by jhomonjin | 2010-08-01 17:45 | 旅の民俗学 | Comments(2)

京都は町屋が面白いぞ。

整体の稽古で、往復800キロをバイクで京都にいってきた。
高速道路を使えば、休憩期間も入れて時間にして片道6時間だ。
俺のバイクは250CCのオフロードバイクで、すでに走行距離は8万キロのばあさんバイクとなったが、実に健気に走ってくれる。
バイク好きな人なら、この手のバイクで800キロのツーリングをする事と、延べ走行距離で8万キロになっている事に皆、びっくりする。
車でもそうだが、長く乗ったバイクは、持ち主の気持ちとバイクが感応する。
だから、そろそろ乗り換え時期かねえ、と仲間とバイク談義する時には、俺のバイクに聴こえない様に、声を潜めて仕舞う。
そんな話しばかりしていると、バイクが拗ねて調子が悪くなるし、第一にバイクが可哀相だ。
だから労る気持ちで高速巡行速度を80キロに保ち、「有難う。よく頑張ってるな。帰ったらオイル交換するかんな!」とタンクを左手で優しく撫でて走っている。

京都には、ゲストハウスという安宿が多い。
ゲストハウスは基本的に素泊まりで、ドミトリーという大部屋なら2000円前後、ひと部屋貸切なら4000円前後で宿泊可能だ。
宿泊客は外国人や、大学生が多いので、話し好きな人には良いが、あまりにも大学生ばかりだとうるさくて、俺好みの静かで居心地の良いゲストハウスは少数だ。
小うるさい規則ばかりのゲストハウスも敬遠している。
しかも今回は整体の稽古が目的で、信じられないだろうが、少数の男性だけの特訓が真夜中まであるので、宿に帰るのは朝の2時~3時となる。
翌朝は10時からの稽古なので、この3日間の京都稽古期間の平均睡眠時間は3時間から4時間前後となり、静かでゆったりと寛げる宿は必須となる。

今回の宿は、「ボーダー」というバイクと自転車旅専門の宿で、俗にいうライダーズハウスだ。
なんと素泊まり1000円で、10畳くらいの和室を自由に使わせてくれる。
梅雨時期で平日だったので、宿泊客は俺一人だ。
ボーダーの本業は、上京区の住宅街にある米屋さんである。
二条城の近くで古い町並みの中、銭湯や定食屋さん、喫茶店も近くにあるので、便利このうえ無い。

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京都の住所表示
仁丹とは、なんともレトロな住所表示である。
町内によってデザインが変わるので、歩いているだけで楽しい。
上京区と右から書かれている所を見ると、戦前からの物かも知れないが、それ程錆びていないので、デザインを変えずに戦後に作った物なのか?大事に手入れしているから戦前から残っているのか?そんな推理をする事も楽しい。

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悉皆屋さんの看板
悉皆屋(シッカイヤ)とは、死語になってしまったが、着物の何でも屋さんの事。
仕立て、染み抜き、洗い張り、染めといった着物に関する専門家である。
首都圏にも悉皆屋さんはあるが、仕立て以外は京都の悉皆屋さんに取り次ぎするだけになってきているそうだ。
京都の町屋地区を歩くと、頻繁に目にする。


ボーダーは、バイク好きの米屋の息子さんが、北海道に多いライダーズハウスにヒントを得て、離れをバイク好きの交流の場にしていたのだが、若くして癌で亡くなったのだという。
現在のオーナーはその親父さんで、息子さんの供養で宿を存続させているのだ。
親父さんはバイク乗りでは無いが、ライダー達と話す事で、息子さんを偲ぶ事を愉しみにしている。

雨の晩に到着して、翌朝起きて見たら、俺のバイクにレインカバーが掛けられていた。
息子さんの遺品だろう。
稽古から深夜、宿に戻ってみると、蚊取線香が交換されていた。
気楽に自由にさせてくれてはいるが、さり気ない気配りが嬉しい。
実に良い宿だ。
親という漢字は、木の上に立って子供の成長を見守る、という字義があるのだと、確か「三年B組金八先生」で武田鉄矢さんが言っていたぞ。
亡くなった息子さんと親父さんの関係も、その様なものだったのだろう。
きっとおおらかな良いヤツだったに違いない。

京都というと、神社仏閣や祇園、史跡巡りの観光を楽しむ人が多いと思うが、俺は早朝や深夜の町屋を見て散歩するのが好きだ。
東京では浅草に似ていて、古い屋並みが残っていて、普通の家の他に職人さんの工房兼住居や老舗のお店などが混在していて、建物にバリエーションがあるからだ。
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吹きガラス
歪んだガラスに注目!
吹きガラスとは、板ガラスを型に入れてプレスする以前の、吹いて作っていた時代のガラスである。
たかがガラスと言うなかれ。これが割れると、二度と同じガラスは入手不可能となった現在、貴重な年代物だ。
何時からこのガラスが嵌っているのかは不明だが、大事に使っているのだろう。
手摺りがうっすらと赤茶色がかっているのは、紅殻の名残だ。かっての京都の町屋は、どの家も玄関周りが赤茶色の紅殻が塗られていたのである。

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蔵の錠前
老舗の油屋さんの蔵の錠前。
レトロである。錠前も死語になってきた。知らない人、手を挙げて!






上京区だけでなく、京都市内の古い住宅街には、デザインの均質さはあっても、建物の目的にバリエーションが多い。
家の近くに八百屋も魚屋も、喫茶店、蕎麦屋、定食屋、悉皆屋、銭湯だってある。
町自体がデパートなのだ。町内で何でも揃う。
しかもお店の人も同じ町内の住人で、気心の知れた仲だから変な商売は出来ない。
近年流行りの郊外の大型店舗は迷子になる位に広いし、何故だか目的のテナントに辿りつくまでがイライラする。
チクショー!と怒りっぽくなるのは、俺だけか?
しかし京都の町屋地区なら、ノンビリと散歩しながら買い物が出来る。
疲れたらアンミツかお汁粉、コーヒーでも飲めば良い。
つまり車を持っていない人や老人には暮らし易い街である。車の入れない狭い路地が多いから、猫にも優しい街だ。
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サービスショット
猫には屋根が似合う。
カラスが猫をからかって、近くに寄って来るが、猫が飛びかろうとするとサッと飛び立って逃げていく遊びを何度もしていた。カラスが一枚上手だ。哺乳類より鳥類の方が賢い、という逆転が面白い。
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by jhomonjin | 2010-07-03 09:05 | 旅の民俗学 | Comments(0)
八ヶ岳で自然農法を学び始めた時に、稲妻は稲の結実に必要するから、稲のツマなんだ、と聞いた事がある。
本当かと思って調べてみたら、古代では配偶者の事を男女問わずにツマと言ったそうで、当初は稲夫と書いてイナズマと読んでいたらしい。
稲の魂が稲妻により入る、という稲魂信仰があったとの事。
科学的にも稲妻のマイナスイオンがナントカに作用して、稲の結実にナントカとかで、この伝承には科学的にも証明できるんだとか。

今年は梅雨に入っても雨が少なかったが、今日の夕方に初めて稲妻の後に強い雨が降る、といった日和になってきた。
稲も分結して扇型に開いてきている。まずは田んぼも順調だ。
晴天続きで田んぼに繁殖した青みどろ(青い藻)が茶色に変色してガスが湧いてきていたが、今回の雨で綺麗に洗い流してくれそうだ。

自分で米作りをしてみて、稲妻がこれほどまでに神々しく美しいもんだ、と初めて気が付いた。
都市生活で見る稲妻とは見え方がまるで違う。
落雷が怖い、とは考えずに思わず見とれて仕舞う。

今日は蒸れるのが嫌で合羽も着ずに小雨の中、田んぼの除草とこれから始まる「中干し」に向けて田んぼの溝切りと用水路の掃除をしていたが、夕焼け空に稲光と遠雷を聞いて、待ちに待った稲魂様の到来が嬉しかった。
「雨に唄えば」の浮かれた気分とはちょっと違うが、一安心だ。

今回の写真はカンボジアのアンコールワット遺跡群の一つ、アンコールトムの入口の門である。
一口にアンコールワットと言っても、周辺の遺跡を合わせて総称した石造寺院群の事である。
遺跡群は全部周るのに数日はかかるらしいが、俺はテレビによく紹介され、カンボジア国旗にもなっている中央寺院とアンコールトム、ベンメリア寺院の周辺だけ観てきた。
噂によると、ベンメリアは「天空の城ラピュタ」のモデルになっているらしい。
俺が一番好きなのは、アンコールトムだ。
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アンコールトム
遺跡を出た直後にバケツを引っ繰り返した様なスコールが来た。
雨の降っていない遺跡より、こっちの方が断然似合っている。
















アンコールトムは修復があまり進んでいない。
崩れた石積みと、人間の営みを熱帯雨林が森に帰そうとしている対比が良い。ツワモノ共の夢の跡だ。
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アンコールトム内部
まるでエイリアンみたいな奇怪な姿の樹木が遺跡を包み込み、石積を壊していく。
人智を超えたチカラを感じる。
この姿から一体どうやって修復していくのか?
人智が試され、立処が問われる所だ。











修復は進めているらしいが、俺個人としてはこのままの方が良いのではないか?と思っている。
カンボジア人にとっては大事な観光資源、信仰の対象であり、世界に誇る文化財なので、単なる観光客の戯言でしかないが、綺麗に修復整備されたアンコールワット中央寺院より、こっちの方がカンボジアの風景に似合っている、と思った。

話し変わるが、富士山も崩れかけているらしく、一部では今の形を永久保存の対策をすべきか?自然の営みに任せて崩れるままにしていこうか?と議論が分かれているらしい。
何とも言えないが、自然のモノは自然に任せた方が、自然のような気がする。

奈良や京都の木造寺院の修復保存なら俺も賛成だ。
木造建築とは本来、人間が手入れして残していくように出来ている。
ちょっと極端な例だけども、二十年に一度の遷宮をする伊勢神宮や、七年に一度建替えをする諏訪大社の御柱に例を見るように、神道の木造構造物は更新され続け、当初の魂だけが受け継がれていく。

しかし、熱帯雨林の中の石造建築物は、また違う感じがした。
アンコールワットを訪ねたのは雨季真っ盛りだったのが良かった。
シーズンオフなので、観光客も少ない。
あの遺跡には雨が似合う。
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by jhomonjin | 2010-06-21 00:29 | 旅の民俗学 | Comments(1)