21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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カテゴリ:生命の不思議( 1 )

子供の頃から不思議に思っている事がある。
俺の実家には、猫と犬などのペットが絶えた事が無いのだけど、その疑問はペットを見ていて思いついた二つの疑問だ。

まず一つ目の疑問である。
例えば人間は身だしなみをするのに、鏡を見て確かめる。
寝癖や目ヤニがついてないか?髪型や服装のコーディネートがヘンテコかどうか?などである。
でも鏡を見て確かめて気を付けていても、他人から見たら着ている物が変だ、とか髪型が似合わない、なんて言われたりする。
ところが動物はどうだ?鏡を見て確かめていないのに、いつ見ても完璧に美しいではないか。
それに猫や犬は風呂に入らないのに、目立った汚れや不愉快な臭いもしない。寝癖だってついてないぞ。
野良の猫や犬さえ、模様はおろか睫毛やヒゲの生え方だって完璧に整っている。
今、実家にいる猫のナルー(ハワイ語で波の意味)は、雑種のさび猫の雌だ。
トラ猫や、ヨモ猫などの様には模様に統一性がまったく無く、薄茶色ベースに黒や焦げ茶の模様がランダムに混じり合っているが、それでも彼女を見ていると見飽きない位に綺麗だと思ってしまう。
模様のランダムさ加減や、色のグラデーションなんか完璧な美しさだと思う。
しかし対象が人間の女だと、髪型が似合う、似合わないだの、眉毛や鼻の形がもっとこうだったら美人なのに!なんて注文をつけたくなってしまうのは何故なのか?
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ラオスの猫
猫や犬の寝顔は、何故笑っているように見えるのだろうか?
これも子供の頃からの疑問だ。
人間の大人なら、眉間に皺を寄せている人もいるけどなあ。



俺は子供の頃から、木綿や麻のガサガサした感触の洗いざらしの青系の服が好きなので、10代後半から20代の頃は、よくブルージーンズにダンガリーシャツやシャンブレーシャツを着ていた。
高校生の頃、アイビーファッションにアウトドアテイストを取り入れたヘビー・デューティースタイルが流行っていたし、映画「グッバイ・ガール」や「ジョーズ」などで活躍していた当時のハリウッドスターのリチャード・ドレーファスをお手本にしていたつもりである。ドレーファスは、映画の中でよくこんな恰好をしていた。
何着も同じ系統の服を持っていたので、毎日着替えていても「何時も同じ服着ているな。」と友達から言われてムッとした事がある。
そういえば当時はワークブーツを履いていて、登山靴履いて学校に来たのかね?なんて聞かれた事もあったな。

動物なら生まれた時からずっと同じ模様でも誰からも文句は出ない。
しかし人間の場合は、いつも同じ系統の服を着ているだけで、他人から笑われたりバカにされたりするのは何故だ?

その答えに最近ようやく巡り合った。
整体の師匠の野口裕之先生の公開講話で、そのものズバリの答えがあった。
残念ながら整体協会は会員制なので、その答えをここで公開する訳にはいかない。
どうしても知りたい人は、会員になって野口先生の講話に参加するか、直接俺に聞いて下さいな!

さて、それと疑問はもう一つある。
動物には種類によって、それぞれ固有の色と模様を持つものが多い。
例えばライオンやトラ、トンビとカラスは誰が見ても見分ける事が出来る。
大きさや形が似ていても、色や模様が違うからだ。
ところが家畜やペットといった動物の中で、猫、犬、馬だけは色や模様にバリエーションがあるのは一体何故なのか?
家畜の中でも鶏やブタ、牛には品種別はともかく、概ね同じ色と模様を持っている。
この疑問には、これまでに周囲の物知りに聞いて周ったが、納得のいく答えに出会っていなかった。
ところが、一人だけ即答で会心の答えをしてくれた人がいる。

このブログによく登場してもらっている古武術研究家の甲野善紀先生だ。
甲野先生曰く、「猫や犬、馬は他の家畜と違って、人間の愛玩動物でしょ?交配を何度もさせて模様に多様性を持たせた事もあるだろうけど、むしろ模様に多様性を持つ事でより人間に愛されるように自ら変化していったんでしょ。」だと!
流石に物知りの先生である。そこいらの物知りとは桁が違う。大いに納得した。
ダーウィンの進化論を根底から覆す、斬新な進化論を即答するなんて、感服した。

そういえば、ヤフーのホームページに時たま特集されているペット自慢の投稿写真で、猫が座椅子にふんぞり返って座っている写真を見た事がある。
それは猫ではなく、疲れた年配のお父さんが休日にボーっとして寛ぐ姿であった。
知人の猫好きの女性(智ちゃんの事ですよう、読んでますかぁ!)にその写真を見せたら、彼女の猫も座椅子にふんぞり返って「フーッ」とため息を付くそうだ。
長年猫を飼い続けて来た我が家でも、猫が仰向けにふんぞり返って座っている姿など見た事は無い。

この事を甲野進化論で俺なりに解釈すれば、「ネズミが日本家屋にいなくなって来た現在、飼い猫の存在価値はネズミ捕りの有益動物としてではなく、より人間の愛玩性にシフトされつつある。したがって猫は人間の生活スタイルや、家屋事情の変化に合わせて、人間に愛され種の存続を図る活路を擬人化に見出してきた。」
こんな進化論はどうだろうか?
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by jhomonjin | 2010-07-11 21:04 | 生命の不思議 | Comments(0)