21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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カテゴリ:日本海縄文カヌープロジェクト( 75 )

2年前に福井県にある縄文前期(六千~五千年前)の鳥浜貝塚に行った時、展示されている出土丸木舟を観てSUP(スタンドアップ・パドル・ボード)に似ていると思ったと書いた。
出土した丸木舟の船縁の高さが10~20㎝前後しかなかったのだ。
博物館でレプリカを作って漕いでみたら、静水面でもグラグラとバランスが悪かったそうだ。
形はSUPに似ているから、立って漕げば多少のウネリでも平気なのではないだろうか・・・?

f0225473_7243125.jpgSUPとは、20年くらい前にハワイで考案されたマリンスポーツで、専用のサーフボードに立って漕ぐカヌーとサーフボードの中間のような遊びである。長距離ツーリングや波乗りもできちゃうからハワイで流行っているのだ。軽トラ用のキャリアー自作。

縄文カヌーによる上越航海が終わって、やっと余裕が出てきたので中古SUPを入手した。
こいつで訓練して、梅雨が明けたら鳥浜貝塚のレプリカで立って漕げるかどうか試させてくれいと懇意にしている鳥浜の学芸員さんに頼んだらあっさりOKとなった。

この数日はサップで毎日5キロ程度漕ぐ訓練を続けている。
沖合は北ウネリが膝~腰くらいまであるから、初心者にはハードなコンディションだが沈は波打ち際で2回ほどしかしていない。
糸魚川の海は海岸段丘が発達しているから、波打ち際で波が巻いて難しいのだ。

同じピッチで漕いでいても、他人が見ても分らないほどの微妙なパドル操作や足裏の加重加減で方向が変えられるようになってきたので愉しい。
沖に出る時はウネリを超える度にドヨンドヨンとボードが撓む。
もっと滑らかに超えないと速度と体力のロスになる・・・。
岸に替える時にはウネリに乗って時速10キロを記録。
同じ海況で上級者なら時速15キロは出せるだろう・・・課題山積み。

f0225473_7263151.jpgSUPのパドル。立って漕ぐから長さは2m前後ある。黒いのがカーボン製。木製のが一隻目丸木舟「小滝丸」を作った時の端材から作った唐檜製。自作したパドルは重いけど、意外に漕ぎやすかった。


f0225473_729784.jpg微妙なカーブに惚れ惚れとする・・・と自画自賛。縄文カヌーのパドルにもこんな曲線にしてある。カーブのある方を手前にして漕ぐのが沖縄のサバニから学んだ海人の知恵。



昨日は青年会議所のノブちゃんが沖にいる俺を見つけて駆け寄って来たのでサップに初挑戦してもらった。
ウネリのある海での初めてのサップだから無理もないが、派手にこけるばかりで立てなかったので、俺もいつの間にか初心者でなくなりつつあるんだろう。
といっても俺はまだ時間にして4時間程度しか漕いでいないと思う。

f0225473_733534.jpg帰り仕度してたら、サップの横にヒスイが落ちていた。県外からヒスイを拾いに来たヒスイハンターさん達と拾ったヒスイの見せ合いっこ。海にいるといろんな人と友達になれるから愉しい。海は社交場だね。

f0225473_73658.jpg知人のW女史が糸魚川に講演に訪れたキャスターの伊藤聡子さんを連れて散歩に来ていたので立ち話。W女史と伊藤さんは幼馴染で、糸魚川のパワースポット巡りしてきた帰りだとか。縄文土器の模様についての質問を受ける。

f0225473_7382886.jpg局部的な筋肉痛はないが、全身に心地の良い疲労感があってやたら眠い。面白いから気づかないけど、体は疲れつつあるんだろう。よく眠れる。継続は力なり・・・焦らず訓練しよう。訓練している押上の浜は自宅から車で五分ほど。
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by jhomonjin | 2013-06-10 00:00 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
セルフビルドしていたヒスイ工房が完成しつつある。
工房の壁に、3年も前に知人から貰った地図を貼った。
自室には貼りたくても貼る場所がなかったでっかい地図。
工房に遊びに来た女流日本画家も感動して、写真に撮っていったくらい面白い地図だ。

f0225473_2005762.jpgこの地図は富山県が発行の富山県を中心にして南北を逆さまにした日本地図。つまり地図の太平洋側を上に、日本海側を下にしているので、見慣れた日本列島もこうして観ると面白くて見飽きることがない。

f0225473_2061474.jpg地図に感動して写真まで撮った女流画家の川崎日香浬さん。彼女の個展が家の裏にある谷村美術館であったので、最終日に工房に遊びにきてくれた。和服がよく(エヘン!)似合う美人である。



こうやって観ると日本海は内海だ。
樺太から本州、九州、琉球列島、台湾まで島が連なっているから、舟と航海技術さえあればユーラシア大陸や朝鮮半島、東南アジア、オセアニアまで簡単に行けそうに思えてくる。
文字通りの逆転の発想・・・それは航海者の視座。

国家という概念の無かった縄文時代には、首都も無ければ裏日本や表日本という分別も無かった。
青森の三内丸山遺跡も糸魚川の長者ケ原遺跡も水平線に浮かんだ島々。
縄文時代のヒスイ出土地の最北端は、北海道の礼文島。
最南端は沖縄本島の糸満市。
丸木舟が繋げていった「海のヒスイ・ロード」だ。

縄文人の視座は航海者のそれと同じではなかったろうか。
この地図を観て、縄文海人を空想して遊んでいる。
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by jhomonjin | 2013-06-05 19:13 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
漕いでも漕いでも500m先の有間川漁港は近寄ってこなかったが、竜太と必死に漕ぎ続ける。この500mが今回の最も困難な状況だった。
有難いことに漁港に近づくにつれ、ウネリが小さくなってきた。
09:00 やっとの想いで入港。
まだ出航してから4時間しか経っていないのに、一日が終わった感じ。
ここまで休憩無しだったので、クルーの休憩も兼ねて2時間の潮待ちをすることになった。


有間川漁港には、誰でも利用できるログハウス風の洒落た休憩所があり、そこで朝飯兼の昼食。
航海成功を確信した関係者一同、安堵感と達成感で賑やかな食事休憩となったが、食事後はベンチや二階のロフトで各自横になる。
疲れて眠かったが、いざ横になっても気が昂ぶっていて数分で起きてしまった。
竜太も同じだったみたいだ。

f0225473_20252619.jpg3年越の願いが叶って居多ケ浜が2キロ先に見えてきたので、ラストスパート前の小休止。立って手を広げているのが牧ちゃんで、普段は絶対こんなことはしない生真面目な男。手前がセブンイレブン竜太。


11:00 伴走船で沖に出て偵察し、潮もウネリも弱まっていることを確認。
11:25 再出航。
最終レグは残すところ8キロ程度になっていたので、ラストスパートは牧ちゃん・竜太・俺の3人で漕ぐことにした。
この3人なら多少のウネリがあっても2時間以内にフィニッシュできる距離だ。
俺にしても他のクルーにしても、去年から苦楽を共にした戦友と一緒にフィニッシュできるのは感慨深い。

沖には大きいウネリが残っていたが、漕ぎ手は意気軒昂。
悪天候で中止になった去年のリベンジに燃えていた。
滅多に喋らない牧ちゃんが、変な掛け声を出してはしゃいで漕ぐ。
今見ている風景は、上越市の海岸。
日本海縄文カヌープロジェクトをたった一人で始めて3年目・・・やっとここまで辿り着いた。
みんな有難う・・・喜びを共有できる仲間がいる、そのことだけでも財産・・・と胸が熱くなる。


f0225473_20125685.jpgあと数百mで上陸という頃合いで「ガン漕ぎいくぞうっ!」と気合。ガン漕ぎとは頑張って漕ぐという意味の最速ペースの漕ぎのこと。パドルよ、あれが居多ケ浜の砂だ、と悦に浸っていたらクルーは上陸直前に力尽きた。

最後の難関は、有間川フィシャーナという釣り用の桟橋沖の「二つ岩」。
大きな岩が二つあるが、その周囲には岩礁が沢山あるから要注意なのだ。
満潮で岩が隠れている・・・白波が立っている所や海底が黒く見えるとこをを何度か迂回して難関突破。
ウネリがあるとこんな海域には神経を使う。

沿岸を走る国道8号線に、直江津入り口の郷津トンネルがポッカリと暗い口を見せてきた。
最後の入り江を回ればあと500mでフニッシュ。
上陸予定地は東側の郷津海岸か、隣接した西側の居多ケ浜。
郷津海岸はサーフィンのポイントだからウネリを心配していたが、この時はサーファーもいない静かな海だった。

砂浜で大勢の仲間が手を振っている・・・照れくさくて直視できない。
12:50 迷わず西の居多ケ浜に上陸。
航海距離26.6キロ・航海時間7時間50分。
航海中の平均速度4.8キロ・最高速度11.9キロというのが今回の航海実験の記録。

出雲や親鸞上人が上陸して、「安寿と厨子王」が人さらい騙されて京に送られ、上杉謙信が軍港にしていた歴史ある古の直江津港だ。

f0225473_20182078.jpg予想外に多くの人達が出迎えてくれた。正直、照れくさくて仕方ない。インタビューで「今の感想は?」と聞かれて「感慨無量です。多くの仲間のお蔭で無事終わりました・・・これで暫らくは普通の生活が送れます・・・」と答える。


f0225473_20183248.jpg予想外の胴上げ歓迎・・・と思いきや海に抛り投げられて水中プロレスごっこになった。無邪気に遊んだ。ひっくり返って笑った・・・牧ちゃんがメガネを海に落としてみんなで探す図。(今回の写真は糸魚川信用組合まちつくり推進室提供)

出迎えの人達と懇談していたら、竜太が無言で近づいてきて黙って俺の携帯電話とメガネを外した。
???と思う暇もなく、何人かが俺を担ぎ上げた・・・胴上げか?・・・いや違った。
仲間たちは俺を担いだまま波打ち際に走って行く。
どうやら俺を海に抛り投げるつもりらしい。
俺も只では済まさない。
ちょうど両脇にいたヤツの首を腕で締め上げて道連れにしてやった。
まだ冷たい海でプロレス大会・・・バックドロップやボディースラム・・・牧ちゃんが「海にメガネが落ちたっ!」と悲鳴を上げる・・・みんなで大笑しながら膝くらいの深さを四つんばいになって一種にメガネを探した・・・空は青く、ヒンヤリとした海水が心地よかった。
おしまい
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by jhomonjin | 2013-06-01 19:33 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
先発漕ぎ手を見送って、俺たちは伴走船に乗り込むために隣接した小泊漁港に向かった。
伴走船で沖に出てみると、丸木舟は最初の難関である小泊漁港防波堤をとっくに超えていた。
海に突き出た構造物周辺は潮の流れがグチャグチャなことが多く、丸木舟だと操船が難しいのだ。
出航して15分ほどだが、「上越まで行ける!」と航海の成功を確信した。

f0225473_21103015.jpg筒石漁港沖を目指して快走する竜太・槇ちゃんの先発漕ぎ手。伴走船で明星丸に寄ってみると二人が笑って手を振った。「イルカ出ましたよう~!」と竜太がノンビリと言った・・・余裕がある・・・ヨッシャー!伴走船一同が声を挙げた。

沖は北ウネリがはあるものの、波長が長い優しいウネリで西の微風2m。
GPSで平均時速5.6キロ計測。
このままのペースなら4時間で上越まで行ける計算だ。
自然と微笑んでしまう。

日が昇って明るくなってくると、ウネリは相変わらず大きいがほぼ無風になった。
写真で見るとウネリは小さく見えるが、後日にテレビ放映された映像を見たら、ウネリが結構大きくて明星丸が木の葉のように翻弄されていた。
これだけのウネリで平均時速5キロ代を維持できたのだから大したもんだ。

日が昇ったら熱中症に注意だ。
沿岸に岩場と暗礁が続く小泊~筒石漁港間の難所4キロをあっという間に超えた。
先発漕ぎ手のピッチは若干落ちて、平均速度5.2キロ。
筒石漁港沖から先は「、うみてらす名立」のでっかい風車が目標だ。

f0225473_2115897.jpg伴走船船長は、海に出ると「海はいいなぁ!」が口癖の笠原重機(KTEC)の笠原社長。航路の下見までしてくれた義理人情に篤い剣道五段。伴走船は父親の形見で、航海後半は弟の信和さんも乗船したから、本当の兄弟船になった。



f0225473_2128217.jpg「うみてらす名立」に入港する竜太・槇ちゃん組。彼らは弁天岩からの11キロをほとんど休憩なしで2時間で完漕した。「凄げえよ、偉いねぇ~」と健闘を讃えると、竜太は「余裕っす!」と笑って応えた。この光景を夢描いて3年間・・・。


予定では「うみてらす名立」で昼食休憩だったが、朝7時という大健闘の先発組の早い到着のお蔭でタイムスケジュールに余裕ができた。
そこで北風が吹きだす前に距離を稼ごうと,30分ほどで慌ただしく再出航となった。
ここで漕ぎ手は、先発組から後発組の俺と青年会議所の池ちゃんに交代。
名立漁港の防波堤をかわして港外に出たら、ひたすら米山を目指す。
航路は残り60%くらい。
ウネリで蛇行させられる分をみても、あと12~15キロ前後漕げば上越市郷津海岸だ。

しかし「うみてらす名立」からは北の潮が強くなりだして、西ウネリに変わって保針に苦労する。
池ちゃんは3時間くらいしか丸木舟体験の無い初心者だから直進性が悪くなるのは仕方ないとしても、潮と逆のウネリでなおさら船首が振られてしまう。

パドルをシングルから、カヌー用のダブルパドルに変えて必死に針路を米山に保つ。
ダブルパドルは長いので方向修正しやすく、左右の漕ぎの切り替えが素早くできるからこんな時のために用意しておいた。
なんとか平均速度5キロ代キープ。
次第に池ちゃんが下を向いて漕ぐようになった。
「池ちゃん、下じゃなくて米山を見て!目標から目をそらすと針路から外れるよう!」と檄を飛ばすが、すぐに下を向き始める。
どうも池ちゃんの様子が変だ。
何回か「大丈夫か?」と池ちゃんに聞くと、数回目に「船酔いでもう駄目っす」と弱い返事。
伴走船に漕ぎ寄せて「竜太!池ちゃんと交代っ!船酔いだっ~」と叫ぶ。
池ちゃんは出航して30分弱で無念のリタイヤ。

竜太と漕ぐと流石に速い。
17キロ地点の有間川漁港沖に到着した段階で、ますます北の潮が速くなって行く手を阻まれる。
そこに加えて西ウネリが風速3~4mほどの西風で成長して風浪となってきた。
北の潮で船首が南に向かされ、西ウネウリが横からドンドン当ってくるから堪らない。
波長が短い・・・ウネリの間隔が狭い・・・ウネリになってきたから出航時以上に明星丸が翻弄される。
最大波高1m近くなってアウトリガーがバウンドし始めた。
この海況で初心者の池ちゃんと漕いでいたら・・・と思うと慄然とする。
池ちゃんが船酔いして竜太に変わっていたことが幸いした。
竜太は若くて体力があるし、去年から訓練を積んでいるから頼りになる。

そんな状態でも明星丸には波が入ってこない・・・いい舟だ、と健気な明星丸が愛しくなる。
明星丸は、縄文時代の丸木舟レプリカそのものではなく、凌波性のいい沖縄のサバニ船型の船首デザインを取り入れているから当然と言えば当然の話。
船首が波を切り裂いていく感じがたまらなく頼もしい。

f0225473_21523615.jpg俺が漕いでいる写真はないので、竜太・槇ちゃん組の写真。槇ちゃんは真面目だからカメラを向けるとカメラ目線になる。もっと自然に!と注文すると固まってしまう男。15歳も年下の嫁さんがいるが、あれだけ無口でどうやって口説いたんだろう?


「うみてらす名立」までは穏やかな海が、港外に出て西側の鳥ケ首岬付近からは牙を剥き出したのだ。
海って怖い。
操船困難・・・実は似た経験が先週の訓練であったばかりだ・・・その時の記憶が蘇る。
こんな時は早めに安全圏に離脱するに限る。
「竜太っ、有間川漁港に緊急避難っ!」と針路を米山から有間川漁港に変えた。
伴走船は、船酔いが酷い池ちゃんを有間川漁港に上陸させるために不在。
ここで転覆でもしたら・・・と思うと心細い。
潮で500m北東に見える漁港とは反対の南西に船首が向かされるのを竜太と苦労して漁港に向うが、なかなか漁港は近寄ってこない。
危うし明星丸・・・続き
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by jhomonjin | 2013-05-27 07:57 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
5月25日の上越航海に向けての事前準備に追われてクタクタになった体調を、この1週間はタイトルマッチに挑むボクサーのように休養に努めた。
極力体力を使わないようにして、早寝早起き、そして夕方には近所の姫川温泉に行ったりなど・・・。
「ぬなかわヒスイ工房」のホームページ原稿が8割完了していたので、夜も仕事せずにレンタルビデオを観て脱力に努める。
子供の頃に夢中だった「ウルトラセブン」や「ウルトラQ」シリーズなんか、今観ても面白いし、荒唐無稽なところなんかリラックスできた。
特にウルトラセブンは、演技の巧い有名な俳優がゲスト出演したり、脚本がしっかりしているから見応えがある。

f0225473_5214724.jpg画面中央奥左の尖った山が米山で、上越航路への目標だ。海は青く透き通り、山は紫に霞んでいた。新潟から来たテニーさん一行に「糸魚川の海って綺麗でしょう?」と何度も聞いてしまうが、なにより俺が一番感動していた。


悪天候で中止になった去年の航海は、当日朝まで事前準備に追われて最悪の体調で、ちょっと動くと立眩みする状態だった。
その失敗に懲りて今年は計画的に事前準備を進めたし、なにより去年より協力者が増えたので航海前日は余裕があった。

新潟の読売系ローカルテレビ局のテニーさんが前々日に取材申し入れ。
ニュースとしてではなく、5月30日夕方6時30分からの番組の中で15分枠の特番にしたいとのこと。
前日の10時から夕方4時まで事前取材に付き合って、このことも体力の温存に役立った。
そうでもないと工房建設に夢中になって無理をしていたかもしれない。
俺は動き出すとトコトンまで動く癖がある。
工房も9割完成しているので、このことでも余裕があった。
予定航路沿岸を案内していて、糸魚川の海が綺麗なことにあらためて感動する。
青い透き通った海と砂浜に並ぶ白いカモメ、茶色い岩のコントラス、ト・・・車窓から惚れ惚れと眺めた。

f0225473_5231563.jpg出航直前の先発漕ぎ手。前が槇ちゃんで後ろが竜太。想定外の縄文服は土田孝雄先生の心遣い。日頃は大人しくて無口な槇ちゃんが、この朝はよく笑ってカメラを向けるとおどけたポーズを取った。綺麗な朝だった。


流石に前夜は寝つけなかったが、当日朝3時に起きて4時に能生町B&Gにクルーも含めた関係者集合。
青年会議所の人達も何人か来て手伝ってくれたので助かる。
前日までに準備が終わっていたので淡々と出航準備が進み、4時30分には明星丸を海に出し準備完了。
見送りにも大勢来てくれた。
土田孝雄先生の訓示と俺の直前申合せ事項確認、全員で弁天岩を遥拝して、予定通りに5時に出港。
テニーのディレクターさんから「何をお祈りしましたか?」とインタビューされたが、俺は神社に額ずくと頭が真っ白になって何も思い浮かばなくなる男だ。
だから「何も・・・ただこの日を迎えられた感謝の気持ちで一杯です。」としか答えられなかった。

f0225473_524194.jpg{頑張れい~!」「頼むぞう~!」「恰好いいっ!」と声援に見送られて弁天岩沖を目指す先発漕ぎ手。海は凪いでいた。仮に上越まで辿り着けなくても、こんな健気な仲間の後ろ姿を観ただけで満足した、と思う。


天候は最高。
晴天確率70%の5月26日前後は、新潟で最も晴天率が高いのだ。
この日を選んだのは、去年の失敗からの教訓。
残る問題は10時前後から吹き出す向かい風となる北東の風とウネリ、そして日中の暑さだけとなったが、クルーの士気は高い。
明星丸に乗り込み、弁天岩沖に出ていく先発漕ぎ手の竜太と槇ちゃんの後ろ姿が恰好いい。

f0225473_5265911.jpg最初の難関の小泊漁港を難なく超えた明星丸。漁港周辺は風向きによっては潮の流れが複雑で怖いのだ。出航して30分時点で平均速度5.5キロ。弁天岩沖でイルカが出迎えてくれたそうだ。幸先がいい。

(続きは次回)
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by jhomonjin | 2013-05-26 04:16 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(1)
土日の訓練では、漕ぐ練習だけではなくアウトリガーの微調整や丸木舟の軽量化もしている。
明星丸は東南アジアの漁村で多く見受けられるダブルアウトリガーカヌーだが、アウトリガーが海面下に沈めば当然ながら抵抗となる。
抵抗となれば船足が落ちるし、ウネリや潮の流れの影響をモロに受けて左右にふらついて直進性が悪くなる。
だからヤジロベーのように海面ギリギリにアウトリガーが浮いている状態がベストなのだ・・・ということを体験から知った。
f0225473_215731.jpg
訓練の後、近くでSUP(スタンドアップ・パドル・ボード)の体験会をしていた、柏崎市のサーフショップオーナーのダイゴさん達に合流して、久しぶりのSUPを楽しむ。体験会の後は縄文カヌーを見て貰った。右がI大工さんで左がダイゴさん。

ところが実際に海に浮かべて漕いで見ないと、どの程度の状態になるのかが分からないからやっかいなのだ。
フロート(実際にはバランスを取る錘の役目)の大きさも小さ過ぎても大き過ぎても駄目だ。
腕木とフロートを連結させる垂直の束の長さも重要で、長すぎるとフロートが沈み過ぎるし、短か過ぎると左右バランスが取りづらくなる。
毎回、訓練の前に前回の訓練で得た改良点を微調整していた。

その過程で素晴らしいアドバイスをしてくれたのが、地元サーファーの親分的存在のI大工さん。
腕木と束は「貫構造」で連結してあるが、I大工さんのアドバイスとは束の長さを自在に変えられる工夫として、ホゾ孔を縦に広げて楔で固定するというもの。
そのアイデアに加えて、セブンイレブン竜太と二人で工夫を重ね、本番一週間前の今日、やっと理想的な状態になったのだ。
前日の訓練では潮の関係もあって直進性が極端に悪く、二人で途方に暮れていたのだ。
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Iさんのアドバイスで作った束の長さを自在に変えられる工夫。上になっている楔を交換すれば長さの調整ができる。素人が丸鋸だけで大きな欅材から製材するから骨が折れるが、実用に不便はない程度には収まっている。


今日は切り札として最後の改良を加えて、祈る心地で海に出た。
凄い!面白い!昨日までが嘘のように早くなった。
アウトリガーのフロートが海面上にギリギリ浮いているので、漕ぐと直進性と速度は申し分ない。
慣れないと左右バランスが取り難いが、バイクに乗っているようなバランス感覚で体重移動も加えると方向転換も早い。
北東ウネリと北東の風の吹く沖を目指して漕ぎ出す。
直進性が良いと漕ぐことに集中できるので、余計なストレスが無く実に愉しい。
沖は白波が立っていたが、大きな波が来てもアウトリガーが波に突っ込むことなく船首が波を超え進んでいく。
波を難なく超えるたびに二人で歓声をあげる。
GPS測定では、長時間漕いでも疲れない巡航漕ぎで向い波・向い風の沖に出て行く時には時速2キロ前後、波に乗って帰ってくる時には時速6キロ前後だった。
ウネリに乗った時の最大速度の8.3キロは、明星丸の最高記録だ。
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最後の切り札は、三寸角の端材をアウトリガーの下に入れて持上げる工夫。航海が終わったらI大工さんから教わった束のホゾ孔を広げる楔作戦をしたい。これで上越航海の成功確率が高くなった。竜太、協力してくれて有難う!

ここまでにするには、相当悩んだし工夫を重ねてきた。
縄文カヌーの活動はマスコミに紹介される表舞台は華やかだが、裏舞台では地味な活動の重ねの連続だ。
誰も作ったこともない丸木舟だから技術的なことで相談できる人もいないし、実際に現場仕事を手伝って貰える人もいない孤独な作業の連続。
よく「丸木舟の作り方をどこで習ったの?」なんて聞かれるが、熱意と試行錯誤でしか無い。
「途方に暮れる」→「なんとか工夫して乗り越えた」というのが、実状だ。
そんな中で竜太やI大工さんのような人達に支えられてなんとか「海のヒスイロード」復活の入口に辿り着いた。
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工房進捗状況。蝉丸さんから貰った引き戸を縦にして「横滑り戸」に改造した。歪みを直して浸透性塗料を塗ったらレトロな感じに仕上がった。俺は昔、リフォーム店店長をしていてレトロ調のデザインをよくしていたのだよ。

Iさんからは、たまに様子伺いの電話を頂く。
今日は昼飯を誘って頂いた。
こんな精神的なサポートは助かる。
竜太もキツイ仕事を嫌がらずにやってくれている。
俺一人でやっていた時よりは格段に楽になった。
やるだけのことはやった。
五千年の時を経て「海のヒスイロード」復活なるか?
後は当日の天候次第。
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by jhomonjin | 2013-05-19 21:53 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(1)
上越航海に向けて土日は訓練が続く。
去年は同じ漕ぎ手が上越まで漕いでいくという計画だったが、クルーの実力を考えると無理がある。
年に半年は海に出ているサーファーでもクルーにいればいいのだけど、俺以外はマリンスポーツ初心者ばかりなのだ。
俺にしても帰郷してからの3年間は、夏の素潜りと縄文カヌー以外は海に入っていない。

だから今年は中間地点の上越市名立町にある「うみてらす名立」という海岸の道の駅までを第一レグとして、そこで第二レグからはクルー交代して上越まで目指すという計画を建てた。
今回使用する丸木舟は、二隻目の縄文カヌー「明星丸」で定員三名だ。
先発と後発漕ぎ手各三名づつと、予備漕ぎ手二名の合計八名必要。
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アウトリガーを調整したら、こんなことしても大丈夫になった。この直後、セブンイレブン竜太に片足を上げたセクシーポーズを要求したら、アウトリガーが沈んで明星丸が大きく傾いて危ないところだった。明星丸が怒ったのだろう。

青年会議所や地元サーファーグループに声掛けしたが、未だに人数が足りない。
何人か訓練に参加して貰ったが、初心者が漕ぐと体重分の推力が伴わないので、抵抗になって速度が出ない問題と、直進性が悪くなるという問題がある。
みんな一生懸命なんだけど、慣れないうちは仕方ない。
あと二回しかない訓練でどこまで上手になってくれるかだが、仕事や他のイベントに引っ張られて訓練に出てこれなかったり、出て来れても1時間程度しか参加できないからどうしたもんだか?

去年の俺は、漕ぎ手と雑多な事前準備に謀殺されて体調は最悪だった。
今年は去年の失敗に懲りて、裏方に徹しようと漕ぎ手としての参加を見送ることになっていたが、決行二週間前にしてこの現状に頭を抱えている。

明星丸の仕上がりは上々だ。
軽量化やアウトリガー調整が成功しているのだ。
俺とセブンイレブン竜太の二人で漕げば直進性もよく、速度も出る。
竜太と相談中だが、三名で漕ぐより慣れたクルー二名で一気に名立を目指した方がいいのではないか?という方向に傾いている。
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工房は外壁が張れた。ガルバリューム鋼板という錆に強い波板トタンだが、安価なうえにシンプルなので俺は好きなのだ。右側の建具は、蝉丸さんから購入した古民家の引き戸をドアに作り直して、左側は自作した親子ドア。


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内装は、ラーチ合板というベニア板を張った。どこでもビスが効くので工房にはうってつけだし、1枚(910×1820㎜)980円という安さ。ちょっとだけオシャレな山小屋風に見えませんか?


俺は工房建設とヒスイ製品の予約注文の仕事や、明星丸軽量化と事前準備で地獄のように多忙。
夜もホームページ作りしている。
寝る時と飯の時以外は全部仕事だから一日15~18時間労働が続いている。
どうなっちゃうんだろう?
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by jhomonjin | 2013-05-12 22:29 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
去年は悪天候で中止になった、上越市まで25キロの航海実験に再挑戦が決定した。
5月25日(土)だ。
一番の問題は漕ぎ手が足りないこと。
有難いことに糸魚川市青年会議所メンバーが名乗りを上げてくれた。
それと糸魚川のサーフィン界の親分的存在のIさんがも協力してくれて色々な人を紹介してくれている。
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試運転前の明星丸。Iさんはかなり腕のいい大工さんなので、明星丸のアウトリガー作り直しにも力添えをしてくれた。去年はシングルアウトリガーだったが、諸処の問題から今年はダブルアウトリガーに作り直すことになったのである。

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連休中の新潟は寒い日和が続いたが、明星丸の試運転をした子供の日だけは暖かい五月晴れ。海水は冷たかったが、幸先がいい。出航予定地の弁天岩には鯉のぼりが翻っていた。

サーフィン方面のリーダー的な人達とも何人か会って漕ぎ手募集をお願いしている。
漕ぎ手に2~3名はマリンスポーツに慣れた人が欲しいのだ。

またKTEC(笠原重機)の社長兄弟も全面的に協力してくれている。
笠原社長は、伴走船担当で、連休にはボートの試運転がてら上越市までの下見航海までしてくれた。
弟の工事長は青年会議所メンバーということもあり、漕ぎ手としてでなく、ユニックでの運搬や俺一人でテンテコマイの準備にまで助けてくれている。
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笠原社長の計らいで往復3時間で航路の下見。上陸目標は写真の左端。その手前は親鸞上人が上陸した居田ケ浜。恐らく太古には出雲が越後攻略の橋頭堡にした場所だろう。「海はいいなあ!」と社長は何度も呻った。同感。

去年よりずっといい感じで流れていく。
マスコミのおかげで認知度が広がっているのと、帰郷4年目で人脈ができてきたのだ。
問題に突き当たる度に、色々な人の協力で道が拓けていく。
「母を訪ねて三千里」のマルコになった気分。
有難い。
当日の好天を祈るばかり。
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by jhomonjin | 2013-05-07 22:11 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
震災の前日の10日に、火起こし体験会実施。
定員オーバーの7組11名が参加して和気藹々とした愉しい会になった。
今回は、広報いといがわ、新潟日報、上越タイムズといったマスコミ記事を見ての参加者はゼロ。
一週間前に友人知人に声をかけまくって何とか体裁が整ったが、何故だか糸魚川市の人は腰が重い。
石川県ではちょっと話をしただけで、様々な体験会の依頼が次々と出てくるのと対照的なのは不思議。
嬉しいのは「けんか祭り」仲間が2名来てくれたこと。
それとご縁を頂いた倫理法人会のKさん、糸魚川市青年会議所のIさんも雰囲気を盛上げて助けてくれた。
参加者のみなさん、ご協力に感謝!
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摩擦式発火法には、麻紐をほぐして火口を作ることが最初。面倒な仕事だけど大勢でやればそれなりに楽しい。事前準備を主催者がすることが多いけど、「お田植え式」みたいな体験会だと何も身に付かないのだ。

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ホームセンターで売っている麻紐を10センチに切って、撚りを戻せば繊維はばらける。ばらけた繊維の塊を割いてモシャモシャにほぐして火口を作る。火種は出来てもこれが無いと発火しないサバイバル技術の基本。

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発火道具の火きり杵(棒)は篠竹をコンロで焙って真っ直ぐに矯正。火きり板(臼)は杉板に欠き込みを入れて作る。ノコギリやナイフの使い方もこの機会こ覚えて欲しかった。道具作りを自分でする経験て大事だと思う。

寒さと湿気の影響か、きりもみ式発火法を単独で成功させた人はいなかったが、二人組で交互にきりもみして貰ってなんとか発火に成功。
子供たちも紐きり式でとりあえず全員発火に成功した。
かくゆう俺は、例によって体調が絶不調で、腕に力が入らず立っているとすぐ座り込みたくなる状態で、弓きり式と紐きり式で発火は簡単に発火したものの、きりもみ式は煙が出ただけで終わる。
とにかく疲れた。
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きりもみ式発火法に挑戦する祭り仲間のIさんとYさん。我が新町の男たちの結束は固いのだ。あと一月で「けんか祭り」だけど、仲間が集まれば自然と祭りモードになってくる。祭りって本当にいいもんだ。

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初めて紐きり式発火法に成功した女の子。誰でも発火した途端はびっくりして、火の付いた火口を手放す。主催者としては愉しい瞬間。この娘は体験会の常連さんだけど、暫らく合わないうちに随分と大人びてちょっとびっくり。

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父親が発火に成功した瞬間の子供の表情に注目。体験会を開催するのはこんな表情と出会えるから止められないのだ。子供たちにとって、苦労して発火に成功した経験は大人になってからも忘れないと思う。

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サバイバル用品の「ファイヤースターター」にも挑戦。アウトドア屋さんで1800円くらいで売っている。これはコツを掴めば誰でも簡単に発火できるし、濡れても発火可能だから俺は何時も携帯しているイチオシのサバイバル用品。

腕が鉛のように重たい。
帰宅して3時間の爆睡。
今の体調なら何時間でも眠れそうだ。
月末に石川県で福島県の子供たちに、縄文式サバイバルの体験会が予定されている。
25名前後を相手にした丸一日のスケジュールだから、体調の復活を信じて準備するしかない。
もうすぐ「けんか祭り」だ。
あと少しで春が来る。
なんとかなるだろう。
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by jhomonjin | 2013-03-10 20:41 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
今年も3月11日がやって来る。
2年前の3月11日は東日本大震災が発生し、原子の火が暴走を始めた日でもある。
去年はその記念日に、原始の火である縄文式の発火法を学ぶことで、今後我々はどのようにエネルギーと向き合うべきかを共に模索する機会として、和光大学の関根秀樹先生が呼びかけて各地で古代の発火法の体験イベントが行われた。
人智では制御不可能な原子の火は、便利さと引き換えにするにはあまりにもリスクが多すぎる。
ところが原始の火は、数千年来人類が制御してきた火だ。
そこの所を実際に体験することで、各自が便利さとは何であろう?と考えて貰えれば有難い。

今年の糸魚川では当日が月曜日のために、前日の3月10日に開催予定。
会場は傑作童話「ピアニャン」の著者である小川英子さんの実家である旧倉又茶舗さん。
去年は長者ケ原遺跡考古館が会場だったが、屋外だと寒いし風や湿気もあるのいで火起こしには不向きなのだ。
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キリモミ式発火法。膝に肘を当てて固定すると火きり杵がブレずに錐を回転させられる。錐を使ったことの無い人や、初心者が錐揉みすると先端がブレて摩擦効率が悪くなるから、こういった工夫をすることが愉しいのだ。

多くの発火法の体験会では、主催者が準備を整えた上で参加者は火起こしだけするというパターンが多いが、それでは「火起こし」を本当に体験したことにはならない。
そういった体験はそれなりに貴重だが、それは火起こしの工程の最後の部分だけの体験であり、「私は火起こしができる」とは言えないのだ。
最も肝心なのは発火の道具作りをすることで、発火の仕組みを理解すること。
発火道具はミリ位の誤差で発火効率が極端に変わるのから大問題なのだ。
だから今回は発火の道具作りから発火するまでの全行程を学べる内容にしたい。

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キリモミ式発火法の火きり杵は、通常はウツギや篠竹を使用。しかし使えば確実にすり減ってだんだんと使い難くくなる。そこで常時ベストの長さと直径を維持する為にソケット式に工夫した火きり杵。今回はこれを作る。

小学校や博物館などで行っている縄文体験での発火法は、江戸時代に考案された舞錐(まいきり)式発火法であることが多い。
考古学者といえども専門分野外のことは詳しくない人もいて、右に倣えで舞錐(まいきり)式発火法を指導する場合が多いようだ。
それはそれで結構だが、舞錐(まいきり)式発火法は江戸時代に考案されたという事も教えるべきと思う。
舞錐(まいきり)式発火法が古代からあるとする認識は、伊勢神宮の発火法であるから神世の昔から継承されているに違いないとする誤解が広まっていったらしいが、かっては伊勢神宮もキリモミ式発火法を採用していたし、今でもキリモミ式発火法で神事を執り行う神社もあるようだ。
ただ近年は技術的に最も簡単な発火法である舞錐(まいきり)式を採用する神社も増えているようだ。
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舞錐式発火法とは、スピンドルを上下動させて火きり杵を回転させる発火法だが、関根先生によると考案されてから200年程度とのこと。この写真は市販品。伊勢神宮仕様の舞錐セットも四万円で市販されているようだ。


因みに「縄文キッズ養成講座」は、ネーミングから子供向けイベントと思われがちだが、縄文人から見たら現代人はすべからく子孫であって、祖先の英知を学ぶという意味が込められているので大人単独の参加も歓迎。

                               記

とき  ; 3月10日(日) 午前9時~12時(開場8時半)
ところ ; 旧倉又茶舗(糸魚川市本町通り クスリのコダマの斜め向かい)
参加費; 一組500円(実費と被災者への寄付金含む)・・・家族連れは一組とします
定員  ; 先着5組
申込先;このブログに非公開コメントか、俺の連絡先を知っている人は直接コンタクトしてください。
主催;日本海縄文カヌープロジェクト

*車でお越しの場合は、糸魚川信用組合本町支店駐車場に駐車可能です
*詳細はお気軽にお問合せください。
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by jhomonjin | 2013-02-24 20:50 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)