21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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カテゴリ:プロフェッショナルの道具( 1 )

毎年正月の三日には、NHKの恒例テレビ番組で『東西寄席』がある。
地方に住む落語ファンには、寄席の雰囲気を味わえる貴重な番組だ。
今年は新宿末廣亭を舞台に太神楽の鏡味仙三郎社中が出演していたが、太神楽とは庶民がハレの日に神社で奉納する芸能が発祥だ。
いつしか奉納したい本人から金を貰って代理で曲芸を奉納する代神楽と呼ばれる芸人衆が生まれた。
代理の神楽だから代神楽だ。
やがて縁起の良い文字を当てて太神楽となったらしい。
東京の寄席では、落語の合間にお客さんを飽きさせないように高座を彩る欠かせない存在。
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『東西寄席』で仙三郎師匠が披露していた、口に咥えたバチに土瓶を乗せる十八番の曲芸で使っていたバチと同一の予備のバチ。鏡味のマルイチの家紋と仙三郎師匠直筆サイン入りで寄席ファンはお宝の品。


一昔前の正月番組だと、「おめでぇとうううございますっ!」「何時もより沢山回していますっ!」と連呼しながらニギニギしく正月気分を盛り上げていた海老一染の助・染太郎の兄弟がテレビに出ていた。
しかし兄貴の染太郎師匠が亡くなってから弟の染の助師匠も引退した今、寄席で太神楽というと鏡味仙三郎社中と扇屋和楽社中が今でも頑張っている。
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このバチは市販品はなく、木工職人への特注品。元の部分は前歯で噛んでバチを固定させる欠き込みがあるが、この部分は芸人が自分仕様で削る。師匠が高座で使っているバチは歯型がクッキリと付いていた。

なんで俺が太神楽のバチを持っているかというと、色々と訳あって8年ほど前に仙三郎師匠から直接に予備のバチを譲ってもらったのだ。
俺が仙三郎師匠からシグネーチャーバチを譲って貰っていたら・・・お礼はちゃんとしたよ・・・、弟子の仙花さんが「いいなぁ・・・」と羨ましそうにしていた。
寄席の世界には、師弟関係だとこんな気安い関係にはなり得ないという江戸文化の奥ゆかしさが残っている。やっぱ寄席芸人っていいや。
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バチの先端は毬を乗せる芸をする時用に凹んでいる。寸法を測ると全長303㎜×直径30.3㎜と曲尺で作られていた。つまり長さ一尺×直径一寸だ。伝統芸能を支える道具はやっぱり伝統的な身体尺でなきゃってやつだ。

しかも譲って貰った場所は、現存する寄席の中でも最も古い新宿末廣亭の二階の楽屋。
楽屋に入ると、一階では出番待ちの噺家さん達が火鉢(!)を囲んで談笑していた。
この楽屋は、戦後から幾多の名人達が出番待ちをしていた落語ファンの聖地。
黒門町(桂文楽)や日暮里(古今亭志ん生)が暖を取った由緒ある火鉢が目の前にある。
談笑している噺家さんの中には、寄席の爆笑王と異名をとる柳家権太郎師匠が、きちんと正座して行儀よくお茶を飲んでいた。
三年前に肝臓癌で亡くなった古今亭志ん五師匠が何か冗談を言って辺りを笑わせていた。
凄ぇや、ホンモンだよこりゃ!と夢見心地の俺。
一階は噺家さんが着替えたり出番待ちする六畳間。
お囃子さん達もここにいるし、前座さんが師匠連のお茶出しや着物を畳んだり、ネタ帳を付けたりと急がしく立ち働くので、とても狭いのだ。
だから噺家さんの邪魔をしないようにすぐに二階に上がったので、一階楽屋をゆっくり見れなかったのが残念だったが、ほんの数秒の至福の時間だった。
二階は女芸人や手品や太神楽、漫才といった色物さん達の楽屋で、仙三郎師匠から二階に訪ねて来て欲しいと言われていたのだ。

仙三郎師匠は自称「寄席の吉衛門です!」と言うだけあって流石に男前だが、実際に会ってみるとおおらかで穏やかな人格者に感じた。
芸は人格を写す。
「こころ邪なるもの落語するべからず」とは、落語会初の人間国宝の柳家小さんが弟子に残した言葉。
小さん門下で一番出世した小三治師匠は、中学生の時に小さんに出会った時に「無愛想で怖そうだけど、なんて目が澄んでいるんだろう!」と感激して、弟子入りを決心したそうだ。
落語を始めとした寄席の世界って、お笑い芸人と称するテレビ芸人の世界とはだいぶ違う。
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by jhomonjin | 2013-01-09 22:06 | プロフェッショナルの道具 | Comments(0)