21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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カテゴリ:道具による文化比較( 2 )

工業デザイナーの秋岡芳夫は、今日我々が目にしている様々な日用品や工業製品をデザインした事で知られる優れたデザイナーであったばかりだけでなく、工芸プロデューサーとしての業績も残しており、自身も創意工夫に長けた玄人はだしのアマチュア工芸家でもあった。それに伝統工芸、木工やデザイン方面の多数の著作もあり、そのどれも大変に面白い。

秋岡は著作のなかで、日本の文化を箸を例にとり、箸は挟む、掬う、切る、刺すと一つの道具に多様な使用方法、機能性がある事から、一器多様の文化であると言える、としている。
それに対して西洋ではスプーン、ナイフ、フォークと一つの道具は一つの機能性しか無い、一器一様の文化と言えるのではないか?と結んでいる。
確かに日本と西洋という大雑把な比較では、日本は一器多様の文化特質の傾向が認められるのではないか?と俺も思う。

しかし実際に日本以外のアジア諸国を歩けば、特に東南アジアは日本以上に一器多様文化である事に気が付く。
箸は中国が本場だけども、中国文化圏(台湾含む)やその文化的影響の強い国々(朝鮮半島、ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、マレーシア等)では食事の際に茶碗を手に持ったり、茶碗に直接口を付けるのは下品とされており、お粥やスープ類にはレンゲを日常的に使うので、その点に関してだけなら茶碗を手に持ち直接口を付けて良い日本は、一器多様と言えるだろう。
(アジアにおいて、何故日本だけがそうなのか?この事については後日に考察してみたい。)

例えば前回の鍬である。
日本では「一里違えば鍬が違う」と言われる位に地方毎に多様あるが、アジア諸国で俺が見てきた鍬は、どこの国でも似たような唐鍬ばかりで、大きさも形状も大きな違いは無いのである。(朝鮮半島では農村地帯を見てないので保留中。)
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唐鍬を使うインド人の土方
唐鍬は柄が短く小型で刃が厚く頑丈に作られている為、粘性土や伐根、根切り、筍採り等で活躍する。

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唐鍬で木を伐る男
タイ ピッサヌロークにて。
万能選手の唐鍬でも、流石に直径30cmを超える樹木伐採には苦戦していた。
根気良く少しづつ続ければ、何時か何とかなるだろう、という了見。
いかに東南アジアは一器多様か、という好例。
しかしいくらなんでも、唐鍬と樹が痛々しい。




日本の鍬の場合は、構造上の分類、機能上の分類、形態上の分類と少なくてもこの三つの分類方法がないと正確な鍬の説明が出来ない位に多種多様のだ。
我が家も含めて現在ではホームセンターで売られている大量生産品の鍬を使用する農家も多いと思うが、かって鍬は村の鍛冶屋の注文による受注生産品であり、柄のすげ方まで言及すると同じ土地、家族内でも使用者毎に違いがあった、と言えるのではないだろうか。
だから家庭菜園を始めたばかりの人から「鍛冶屋が造った、一生モノの鍬が欲しいのだけど、どこで買えば良いの?」と聞かれても、土質や地形、誰が何の目的で、という最低この事が明確でないと、家庭菜園程度ならホームセンターで安い平鍬を買ってみたら?と相談者ががっかりするようなアドバイスになってしまうのである。

日本で最も代表的な鍬は平鍬だが、平鍬にも用途別に柄の長さと角度、鍬本体の長さ、幅、厚み、形状など随分と多様性がある。
唐鍬は粘性土の開墾や土木作業(現場ではトンガと呼ぶ事もある)に使用されるが、農家においては筍採りや根っこ切りといった、脇役的な使われ方が多い鍬である。
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我が家の鍬各種
左から平鍬、備中鍬、唐鍬(大小)
唐鍬の大はアジア各国でよく見るタイプ。





東南アジアやインドでは、現在でも村の鍛冶屋どころか街中でさえも鍛冶屋が健在な地方都市もあり、鍬もハンドメイドはしているが、唐鍬しか見た事は無く、サイズや形状もそれ程の違いは無い様である。
勿論、農家でも唐鍬以外は使っているのを見た事は・・・今の所は無い。

もっとも鍬ばかりでなく、鎌や包丁、鉈や斧、各種大工道具も同様で、日本ほど道具に多種多様なバリエーションを持つ国はちょっと珍しいのではないか?と思う。
かっては鑿や玄翁(金鎚)の柄や、鉋の台などの大工道具は、店先で金属部分だけが売られていて、大工は自分好みに柄や台を自作していたのだという。
つまり店先では半製品が売られていて、買った人が自分に合わせて完成させる、という形態であったので、同じ玄翁でも大工の数だけ多様な玄翁があった訳である。
現在の若い大工でも、玄翁くらいは頭だけ買ってきて、柄は自分でコダワリの材質(白樫、牛殺し等。なんと竹製も見た事がある!)で、好みの長さと太さ、形状(内側に湾曲した柄など)に工夫してすげている人も多い。世界に一つだけの自分の手に合わせて造った、つまり自分の身体の一部なので、他人との道具の貸し借りは論外である、という世界である。

鍬に限っていえば、もしかしたら日本以外のアジア諸国では、昔から牛馬に引かせる犂(すき)による耕運が一般的であったので、人力による鍬は多様性を持たなかったのかもしれない。
日本の場合は、西日本や関東平野の大規模な営農では、中世には既に牛による耕運が普及していたらしいが、東北では明治以降になって牛馬が農耕に使役され始めたらしい。
しかし日本全体では国土の七割が森林で山がちな為に、ズブズブと腰まで沈んでしまう深田や、小規模営農、棚田に代表される小さな田んぼなど、田んぼ自体が一様でなく多様性に富んでおり、その多様性に人が合わせる為に鍬に多様性が生まれた、と言えるのかもしれない。
コトによると、多くの農民は貧しくて牛馬を買えない、養えない故に鍬が発達していった、という経済事情などもあるだろう。
それにしてもラオスやベトナムの山奥でもやはり鍬は唐鍬であったし、日本の鍬の多様性は田んぼ自体の多様性があったという前提条件があった上で、大工道具と同様に、何か日本人の「工夫好き」な民族性がそうさせているようにも思えてならないのだ。
鍬を始めとした道具類の多種多様性は、日本列島という風土の上に咲いた花、であるように思える。土地が変わればタンポポでさえ色が違う様に。
つまりその多様性こそが日本文化というやつではないだろうか。
秋岡の言う一器多様の文化論はある側面では卓見だとは思う。
しかし、一つの物が多様な機能を持つ、という本来の意味の裏側に、一つの物でも百花繚乱の多種多様な独自性を持つ、という隠された意味も俺は見出したい。
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by jhomonjin | 2010-03-16 02:15 | 道具による文化比較 | Comments(2)
どうせ住み慣れた湘南の借家を畳んで帰郷するならと、引越しを済ませてから東南アジアとインドへ長旅に出ることにした。ここ数年は整体の稽古と、縄文遺跡のフィールドワークや縄文土器製作一辺倒だったので、海外の長旅は8年振りなのだ。
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タイ北部にて












今回の旅はタイ、カンボジア、ラオス、ベトナム、ビルマ、マレーシア、南インドの7ヶ国を4ヶ月で巡る予定で、例によって事前調査やガイドブックはほとんど無しの出たとこ勝負のバックパッカー旅である。

旅先での興味の対象はもっぱら各国の身体の動かし方、使い方などの身体文化の比較や、民具、工具、職人や農民の仕事、建築や風習・風俗の見聞である。
普通の観光客は滅多に来ないような辺鄙な片田舎で、変わった質問ばかりするので、現地の人から「お前は学者か?昔、日本の学者が来たぞ。」なんて聞かれたりもしたが、高尚な目的など何も無く、俺の場合は単なる民俗学的な野次馬根性なだけなのだ。
例えば、「鉋や鋸は日本以外では押して使用するが、世界でも日本だけは引いて使用する。」という説がある。本当なのか?実際に自分で確かめてみよう、といった類の好奇心である。
そして今回の旅でも、学者が「日本以外では類例がない」としている説をいくつか覆す見聞を得た。

例えば鋸に関して言えば、東南アジア各国で通常使用されている鋸は、細長い台形状の鋸の底辺にハンドルを付けて片手持ちする西洋式鋸か、H形に組んだ木製枠(タイでは木製枠の代わりに鉄パイプ枠になっているのもあった)に鋸を仕組んだ、やはり片手持ちする中国式の鋸であり、いずれも押した時に切れる鋸であった。しかし枝切り用の鋸(中国製らしい)に限っていえば、日本の植木屋が使うのと似た、引いて切るタイプの鋸が売られているのを見つけた。
高い位置にある枝を切るには、引いて切れる鋸の方が楽だからだろう。

但し東南アジアにおいて、それら引くタイプの枝切り鋸が何時くらいから使われ始めたのか?は不明である。
昔からあったのか?それとも近年になって日本製の枝切り鋸を中国で作らせている内に、大量のコピー製品が東南アジアに広まったのか?という推測も出来るが・・・。
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タイの金物屋で見つけた枝切り鋸。
東南アジア各国で同様の鋸が売られていた。
刃の形状に注目。
斜めに傾斜した刃となっている。







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カンボジアの枠鋸。
押す事で切れる中国式鋸。
かっては枠の上部に紐が掛けられ、紐を捻る事で鋸本体にテンションを掛けていたらしいが、これは紐の替わりに、鉄筋にボルト締付けによりテンションを掛ける様になっている。
大工工事用に東南アジア全域に売られていた。刃の形状は、二等辺三角形。

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タイの金物屋で見つけた西洋式鋸。
もちろん押して切れる。
インド以西も同様な鋸が使用されている様である。






このようにプロの学者が「類例が見当たらない」と断言している説に対して、そんな簡単に断言なんかしちゃっていいの?と素人の俺が、気楽な立場で突っ込みを入れていくのは俺の旅の楽しみのひとつなのだ。
学問に限らず、どんな事でも明確な色分けによる分類分けをする事で、難解な事や、茫漠とした事象に対して理解し易くなる事は事実であるけども、グレーゾーンや例外の存在も視野に入れないと、「偉い先生の説」だけが一人歩きする危険性もあるんだよな、と思う。

戦前戦後の国内の農村、漁村をつぶさに歩いて調査し、その研究成果を社会に役立つかたちとして還元して、机上の学問ではない、実践的学問を成し得た宮本常一は俺の好きな民俗学者で、俺の旅のスタイルは「気分は宮本常一!」といった遊び・・・暇つぶしって言われたらそれまでなんだけど・・・であって、自分なりに「宮本常一ごっこ」と自嘲している。

宮本によると、世間を渡り歩き見聞を広げ、実際に役に立つ知識と知恵を持ち、世の中に貢献する人を「世間師」と呼ぶのだそうだ。そして宮本自身が、訪れた村々で世間師と呼ばれていたようである。

これから始まる田舎暮らしでも、これまで訪れた14ヶ国での見聞が、何がしかの形で役に立てられればな、とフト思う。
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by jhomonjin | 2010-03-13 16:41 | 道具による文化比較 | Comments(4)