21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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カテゴリ:動法・整体( 11 )

上京ついでに工房の建具や備品など買い出しに方々出歩いた。
昔住んでいた藤沢市にある「蝉丸」に顔を出す。
蝉丸さんは善行にある古道具屋さんで、四年振りの再会。
藤沢時代には、夕方にお邪魔して話し込んでしまい、そのまま晩御飯をご馳走になったこともあった。
ご夫婦揃ってお元気でなにより。
ご主人の口から出る闊達で伝法な調子の藤沢弁が小気味いい。
友人知人のリフォ-ムを頼まれた時には、よくこの店で建具や調度品を誂ていた。
今回は工房のドアと窓を相談したら、ご主人のノリの良さに10分ほどで入口ドアと窓があっという間に決まった。蝉丸さんはセンスが良いし、木工知識や技術も確かなので信頼感バツグンだから話が早い。
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蝉丸さん店内。元はサラリーマンだったらしいが、夫婦揃っての骨董好きが昂じて自宅を店舗にしたとのこと。店内は民俗博物館のようだ。この写真はご主人手作りの外のテラスだが、陽だまりが心地いい。

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ご夫妻揃ってもてなし上手の蝉丸さんご夫妻。「どうだ?いいべ、これ?」ってご主人の藤沢弁は、ポンポンと小気味がいい。値段も都内の古道具屋さんより格安だし、現場合わせで加工もしてくれる古民具好きの強い味方だ。

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俺の好きな場所。古民具で作った蝉丸さんの応接間だ。常連客はここでゆったりとお茶を飲んで話しをしていく。四年前は子猫の野良が四匹くらい住み着いていたが、大きくなった二匹がのんびり昼寝していた。



長年お世話になっていた鎌倉市大船にある身体教育研究所の鎌倉稽古場が、俺が帰郷してから引っ越してリニューアルされたというので個別指導を受けがてら見学に行く。
築70年の古民家を改装して稽古場に作り変えたそうだが、その時にも蝉丸さんが大活躍してくれたようだ。
恩師のO先生に案内されて隅々まで見学。
建具はサッシではなく、青森ヒバの木製建具の特注品。
照明器具は全て京都で誂たガラス製傘のレトロな電球。
ちょっと洋風な応接間もあって、明治大正が舞台の映画ならロケに使えそうだ。
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鎌倉稽古場の集団稽古用道場。畳は有機農法で作った琉球表という凝りよう。大工さんの仕事も、蝉丸さんの仕事も細かい部分まで心憎い配慮がされていて、素晴らしいの一言。職人冥利に尽きる有難い仕事だっただろう。

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全国に数ある稽古場の中でも広さといい、雰囲気の良さといいダントツの部類だろう。一軒家だから、更衣室や集団稽古用の和室、個別指導用の和室など部屋数も多いし、囲炉裏まである。いるだけで愉しくなる稽古場だ。

また処理に困っていた漆什器も三箱も注文頂いていたが、参加人数が多い鎌倉稽古場らしく日常的に活用されているようだ。
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by jhomonjin | 2013-04-28 23:54 | 動法・整体 | Comments(0)

久々の東京・・・浅草編

整体協会身体教育研究所の本部稽古会に参加するため、三年振りの上京。
本部のある二子多摩川の駅周辺がすっかり変わっていて、迷子になった。
三年振りに会う懐かしい顔。
老けた人や変わって無い人など・・・。
祭りもそうだが、一緒に齢をとっていく仲間がいるって嬉しいことだ。
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浅草も二子多摩川もすっかり変わったが、新宿駅西口の「思いで横丁」は健在だった。馴染みの定食屋も親父も相変わらず無愛想に元気そうだった。末廣亭の帰りは決まってそこで晩飯食ってから小田急で藤沢まで帰ったもんだ。

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浅草の路地裏には安くて美味い食い物屋が多い。西浅草の喫茶店「ピーター」のカレーは激ウマで600円!店内にはレトロな手描き看板もあって、これも浅草らしくっていい。お婆ちゃん一人でやっている。今度会うまでお達者で!

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ピーターはシンタローの家の裏にあるが、近所のコインパーキングに不思議な看板発見。「犬の糞お断り」ではなく「大小便厳禁」。浅草は大人も酔っ払って野グソするらしい。浅草は同性愛者やホームレスも多いマイノリティー天国。

宿泊は浅草のシンタロー宅。
シンタローの家は「文字家」という有名なモンジャ焼き屋をしている。
今回は兄弟子のKさんも一緒である。
浅草の人はサービス精神旺盛でノリがいいし、もてなし上手。
盛り上がってKさんも「田植え踊り」を披露した・・・させられた。
Kさんは俳句もしているので、連休に浅草寺である「泣き相撲」を季語にして連句で遊ぶ。
泣き相撲は、相撲取が赤ちゃんを泣かせるという行事で、シンタローのお袋さんのひ孫も参加するという。
俺の句は、「裏口で たーちゃん頼んで 泣き相撲」
裏事情を知らない人には意味不明だろうが、現場では受けた。
シンタロー一家は酔っぱらっていたから、最後には川柳や都都逸まで飛び出す。
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田植え踊りするKさん。小道具に竹の棒を所望して手渡されたのがカーペットクリーナー。それでも唄入りで真面目に踊ってヤンヤの喝采。この後、Kさんは何故かネジリ鉢巻をして深夜12時半までシンタロー一家と懇談。

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浅草で勾玉情報入手。近所のお坊さんが東北の古道具屋で購入したというので見せてもらった。古墳時代の実物に間違いないだろう。恐らく古墳の盗掘品だからお寺に置くのは宜しくないから私が預かりましょう!と思わず提案。

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巨大なヒスイ製勾玉もあった。勾玉は縄文~古墳時代まで作られたが、奈良時代に衰退してしまうのは、仏教を国教と定めた時に、仏教的ではない蛮習とされたのでしょうと持論を展開して、勾玉奪取に努めるもダメだった。
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by jhomonjin | 2013-04-28 22:00 | 動法・整体 | Comments(3)
土曜日に白山稽古会の代講で縁のできた、石川県加賀市で動法稽古会がスタート。
記念すべき第一回目は参加者7名で、テーマは「感覚的身体と客観的身体」。
初心者対象に2時間という短い時間の稽古会だったが、ヨガの先生や、武術経験者などが多くて、「通り」がよく、いい雰囲気で終了。
次回は2月27日(土)の午後7時から9時まで。
そして、なんと3月3日には稽古会とは別に、加賀市でボクシングを教えることになった。
昔とった杵柄とはいえ、もう普通のボクシングには戻れないから、整体と古武術的な解釈をしたボクシング講座になるだろう。
詳細はお問合せください。
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翌日曜には加賀温泉の「百笑の郷」で雪遊び体験会。廃村となった積雪1・7mの山里に、地元のお年寄りが作った芸術的なカマクラ型雪だるまが歓迎してくれた。毎度、この会はスタッフも参加者も家族的ないい雰囲気。

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今回は屋根に昇っての雪下ろし講座も開講。緑色の四角い大きなスコップは「スノーダンプ」といって、雪なし県では見慣れないだろうが、雪国では必需品。普通のスコップの四倍くらいの効率があるが、重たいので慣れが必要。

整体初心者が対象の稽古は、お互いに共通言語や共通認識がない分、指導する立場の力量が問われる。
下手をすると技術の切り売りをしただけで、参加者はなんだかよく分らんと???のまま不完全燃焼で終わってしまうのだ。
このところ、やっとそこの匙加減が分かってきて、その場の雰囲気で即興的に例え話で取っ掛りを付けて、稽古の前段階の割り稽古が組めるようになってきた。
あらかじめ用意してきた例え話はあんまり受けない。
「えっ!なんでこんなんなっちゃうの!!」と参加者が未知の体験との出会いに驚き、嬉々として稽古に取り組む姿を見ると、「お金はいいですから、次回も稽古しましょうね!」と言いたくなってしまう。・・・言わないけど・・・
現場のライブ感覚って愉しい。
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スタッフ手作りのスキー場でソリや竹スキーで遊ぶ。参加した子供はスキー場より面白いと嬉しいことを言っていた。俺も子供以来久し振りにソリに乗ったが、てっぺんまで昇ると急で長いコースだから途中でギャーと悲鳴を上げた。

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俺の考案した竹スノーボードは、バインディングもエッジも無いからコース完走者は無し。スノボ自慢の大人が何人も挑戦したが、体重の軽い子供が一番上手かった。俺も5mも走らず撃沈。人間雪だるまになった。

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雪が本降りになった午後からは縄文クッキー体験会。俺が自作した石皿を売って欲しいと言う保護者がいていい気分。ドングリ粉にクルミとゴマを潰して混ぜてから、子供たちに好きな形のクッキーを作らせた。

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星形・猫型・蛇型・ウンコ型まで色々なクッキーを囲炉裏で焼いた。生地の段階で、ドングリだけ、クルミ混入後、味付けの塩や砂糖混入後と味見させて味の変化を体験させたら、子供も大人も面白がって舐め比べていた。

体験会も予定調和的な流れは面白くないので、現場の雰囲気で臨機応変に段取りや進行をしていく。
稽古会も体験会も、要は時間内に参加者が満足して、また来たいと思ってくれさえすればいいのだ。

月曜から3日間は京都での整体稽古会。
自分の稽古会の参加者たちに、どうしたら整体を学ぶことの面白さを伝えることができるのか?とこのところは休憩時間に自主稽古をよくしている。
恩師や先輩、稽古仲間を捕まえては、技の確認や俺の考案した稽古内容の検証や実験台になってもらう。
お互いに工夫し合って、あっという間に稽古ネタが作られていく。
この頃、仲間っていいなあ、とつくづく実感する。
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by jhomonjin | 2013-01-31 19:13 | 動法・整体 | Comments(0)
剣道の基本の構えは右半身を前にした中段の構えだ。
ある「ナンバ」をテーマにしたスポーツ工学の本など読んだら、日本人は二千年来、農耕で鍬を扱ってきたので右半身が自然な構えなんだ、なんて事が書かれていた。
右半身とは同側の右手と右足を前にした構えのことだ。
これを近年は「ナンバ」と言うようになった。
それとは逆に狩猟民族であった西洋人のボクシングは、逆の左半身が基本なのであり、右パンチは腰を捻った「逆ナンバ」なのであ~る、なんてことも書かれていた。
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加賀市で薪割を教えた中学生。彼は将来大工になりたいそうだが、最初から上手く薪が割れたのでよい進路だろう。左足をもう少し引いて身体を開けば上出来。寒かったのに薄手の服を三枚という信じられない軽装。

じゃ、空手とフェンシングはどうなんだ?と俺は突っ込みたくなる。
同じ日本の立ち技系格闘技でも日本拳法系は右半身だが、空手はボクシングと同じ左半身が基本だ。
フェンシングは剣道と同じ右半身だけど、フェンシングは腰を捻ったりしてないぞ!
それに西洋人の祖先は狩猟民族ばかりではなく、牧畜農耕民族が大部分だろう。
もっともどこの民族も大昔は狩猟民族だったには違いはない。
大学の偉い先生が、素人が即座に突っ込みできる単純明快な色分けで身体研究をして給料を貰っているのだ。
俺にも少し給料分けてくんろ!と言いたい。
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ブロンソンさんと同じ逆ナンバの中学生。斧が斜めに落ちて薪が弾けとんだ瞬間のよい見本。彼に左右の足を入替えてみろというと、直ぐに割れた。中学生は素直だから上達が早くて教えるのも楽しい。

俺の経験では、剣道や農耕で右半身にするのは、左半身を後にすることで左半身を扱いやすくするためだ。
フェンシングの右半身とは見た目と身体の使い方、意味がまるで違う。
日本刀を扱う時には真上から真下に「叩き切る」のではない。
日本刀の反りに合わせた「引き切り」。
鍬で耕す時も左手を引く。
右手は鍬を微調整するだけで主体は左手だが、正式には左手で引くのではなくて左腰を引く結果として左手が動く感じ。
プロの百姓でも慣れない左半身はぎこちなかったり、疲れるという人もいる。

薪割りの場合は「引き切り」してしまうと斧が薪に命中しなくなるし、下手をすると自分の足を切ってしまう危険がある。
初心者にやらせると、斧が薪の手前の地面に打ち下ろされてしまうこともあり、その場合には斧が刃こぼれすることもある。
怖いから腰が引けて自然と引き切りになってしまうのだ。
へっぴり腰というやつだが、このように腰が入っていない状態を昔の日本では腰抜けと笑った。

斧は真下に打ち下ろす。
左手を主にして、右手は左手の従とする主従関係にしないと斧の刃先にブレが出て、命中しても斧が斜めに薪に刺さって上手く割れてくれない。
基本は右利きの場合は右半身だが、初心者には足だけ左を前にする逆ナンバにする人がいる。
身体が捻れてしまうから、斧も捻れたまんま、つまり垂直ではなく斜めに倒れた状態で薪に命中するから薪が割れずに弾かれて飛んでいってしまうことがある。
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怖がる子供には、大人が薪に鉈や斧を割り込ませておいて、鉈を薪ごと落とせば簡単に割れるという状態から教える。次は鉈を薪に割り込ませる訓練という手順を踏むといい。割裂性のよい杉などの針葉樹が好ましい。

「荒野の七人」という西部劇で、チャールズ・ブロンソンが薪割りする場面がある。
ブロンソンさんは右半身を基本として、たまに足だけ左を前に出したりしてナンバと逆ナンバを交互に繰り返してたけど、上手く割っていた。
このように捻れた状態で割ると調子がいい人もいる。
整体の身体分類でいうと「7種ねじれ体癖」というやつだ。
捻れた人には捻れたなりの型がある。
基本は大事だが、薪割り体験会で俺が最初に見本を見せてすぐに実体験させるのは、参加者の身体の扱いを見極めておきたいからだ。

型とは当てはめるものではなく、入るものだと思う。
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by jhomonjin | 2012-12-16 19:45 | 動法・整体 | Comments(0)
月末恒例の京都の整体稽古会の翌日から、石川県加賀市の山中温泉市谷町で体験会の講師をして来た。
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新潟は初冬だけど京都は晩秋。京都稽古場の玄関先には落ち葉がカーペットのように重なっていた。踏むのが勿体無くて除けて歩いたが、誰もが同じ気持ちだったみたいで翌日も同じく重なっていた。


体験会の主催は山中温泉ひがしたに地区保存会で運営する『百笑の郷』・・・公式HPあり・・・で、体験会の内容は竹スキー作りだ。
講師として誘ってくれたのは整体仲間の白山稽古会の榊田さんで、元々は榊田さんが講師だったのを、せっかくだからと講師の一人に加えてくれたのだ。
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初日は榊田家、翌日は林家に泊めてもらった。榊田さんの父上は傑作な手作りアイデア品を沢山作っている。これはパチンコと野球盤だが、素人離れした複雑な仕掛けで本気になって遊んでしまった。白山のエジソンやぁ。

『百笑の郷』の運営は、ひがしたに地区の空家に移住して自然農法を始めとした様々な田舎暮しやボディーワーク体験会をしている林まさのりさんがリーダー格のようだ。
林さんは俺が白山稽古会(整体の稽古会)の講師代行を務めた時に初めて稽古会に参加した空手の先生だ。ボクシング経験もあって話が合う。
なんと俺の尊敬する輪島公一とスパーリングした経験もあるそうだ。
奥さんのあきこさんはヨガの先生で、昔から二人で不登校の子供の面倒をみたりもしているようだ。
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石川県有数の豪雪地帯にもついに雪到来。前日からの降雪で車のタイヤを交換していなかった参加希望者の中には参加を見送った人もいたようだが、当日は朝から快晴。とても寒かった。


参加者は家族連れが何組かで、迎えるのは林さん一家を含む『百笑の郷』の村民達。
参加者のおじいちゃんやおばあちゃん世代の村民の心づくしのもてなしは、運営側の俺も気持ちよく終始和やかな雰囲気の体験会となった。

何故か講師挨拶の時に俺が除雪の指導をすることになって、スコップの使い方のコツを教えたら一同びっくりしていたようだ。
普通の人はスコップの前の手を逆手(掌を上)に持つが、土方や植木屋の玄人は前の手は順手(甲を上)でスコップを握るのだ。
こっちの方が体全体が使えて合理的だし、返しが楽なので疲労度は低い。
雪国で生まれ育って除雪を長年してきた人でも、この持ち方を知らない人が意外に多い。

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体験会の前に薪割りを教えた。後にいる二人組みは林さんの空手の教え子の中学生で、すぐに上達して夢中になっていた。次は何時来るのか?なんて泣かせることを何度も聞かれた。よっぽど面白かったんだろう。

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鉈で竹を割ってから火で炙って竹を曲げる。榊田さんが事前に研究しておいたおかげで参加者全員が手順良く工作ができた。付添いの父親たちも童心に返って一緒に遊ぶ風景は見ていて愉しい。

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『百笑の郷』村民であり、会場でもあった「ソバ処 権平衛」さんで昼食。美味い昼飯の後には囲炉裏でカキ餅を焼いて食った。子供は食うより焼くのが愉しくて次々と焼くので、大人が膨れた腹に詰め込むことに・・。

休憩時間に俺が作った竹製民族楽器で子供達を遊ばせて大受け。
今後は民族楽器作りや縄文体験会、薪割り体験会も是非ともやりましょうという反応が参加者からも主催者からも出ていたが、同じことを糸魚川でやってもこんな反応が無いのは何故なんだろう?
地域特性なのか知らないけど、これが実に不思議。
いづれにしても『百笑の郷』関係の人たちはノリがよく、初めてのことに積極的に取組む人たちのようだ。
新潟県人は最初の一人になりたがらないので、体験会の運営がやり難い。
加賀方言も可愛らしい。
俺も二日間の滞在で石川県ファンになった。
とても寒かったけど、桃源郷に遊んだように愉しい集まりだった。
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完成した竹スキーとソリを持って記念撮影。前日に榊田さんと共同試作した竹製スノーボード(世界初ではないか?)が人気だった。次回は1月に竹スキーで裏山を滑ったり、カマクラ作りして遊ぶ企画がある。
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by jhomonjin | 2012-12-03 11:44 | 動法・整体 | Comments(0)
4月28日(土)の朝、大先輩が担当している石川県の白山稽古会に代理講師として出向く。
かれこれ二ヶ月も内容を考えていたが、稽古時間が3時間という短時間の中で初対面の人たちに対して、どうやって稽古を進めていくべきか?
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列車の窓から立山連峰が見えた。今回は日帰りだし疲れているから北陸線の鈍行列車での旅。Uターン帰郷してから初めて乗った電車だ。車窓から見える風景に興奮して写真を撮っているのは俺だけだった。

テーマは「はじめての共同作業」とした。
常々考えてきたテーマだし、白山稽古会に結婚間近な顔見知りの女性がいたので、はなむけの意味もある。
結婚式にはよく「さあ、初めての共同作業です。カメラをお持ちの方はご遠慮なく前にお進み下さい!」ってケーキ入刀の儀式がある。
俺なんかだと儀式ばったことは嫌いだし、何か照れ臭いから「ケッ、なぁ~にがぁ初めての共同作業だぁ。初めての共同作業なんてよ~、とっくに終わっちゃってるんてんだってよう、こぉのバァッキャやろぉ~!」と隣りの人にオヤジギャグを飛ばして同意を求めるのだが、この前の甥っ子の結婚式の時には思わず涙ぐんでしまった。不覚である。
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稽古会場の「松任ふるさと館」の立派な門。松任駅から徒歩五分で向かいには「中川一政記念館」がある。中川先生は整体協会と縁の深い画家だからこれも何かの縁だろう。先生の母親が松任出身なんだそうだ。

とにかく、結婚式での「はじめての共同作業」はイツワリであり、真実の「はじめての共同作業」はかくあるべし、というのがテーマである。
稽古内容の詳細についてはブログで公表するべき性質のものではないので、興味ある人は身体教育研究所に入会して独自に勉強してくださいな。
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俺には立派過ぎて畏れ多い稽古会会場の和室。日本庭園や囲炉裏、昭和初期風の応接間(マントルピース付き)まである。窓ガラスも戦前の「吹き硝子」が嵌った木製建具という「アメリカの匂いが微塵もしない安全な所」

稽古会には連休初日というのに11人も集まった。
「連休に行楽に行くのはバカッ。渋滞に巻き込まれるし、山に行きゃ遭難して迷惑かけるっ。東京ディズニーランドなんて論外っ。ああいった不特定多数が大勢集まってアメリカの匂いのするところはテロの標的ですっ。イチバン安全なのはここっ!アメリカの匂いが微塵もしないっ!」と行楽シーズンになると寄席で噺家が開口一番にするクスグリで笑いを取りに行くが、あんまり受けなかった。無念ぢゃ。

初稽古の初心者3名がいて、稽古会の主旨や基本的な用語も知らなかったので、想定外の説明や割稽古で大幅に予定が狂う。
しかも初心者が遅刻して来たので、稽古を始める訳にもいかず35分送れの開始。
途中の休憩も入れれば実質2時間ちょっと。
3時間でもギリギリな稽古内容だったので、支離滅裂な内容になってしまい収拾がつかなくなってしまった。
状況に合わせての臨機応変な稽古をする余裕は残念ながら俺にはまだ無い。
同じ稽古内容でも初心者でもベテランでも納得できる稽古を、恩師のO先生は日常的にやってたっけ。流石だなぁ、と思う。
当日の参加者には本当に申し訳なかったです。
しかし理解度のまちなちな不特定多数に対する稽古会って難しい。
本部の公開講話では、二百名ちかくの雑多なレベルの人達に相当に高度な稽古内容を指導して、各自を納得させているのだから師匠って本当に偉大なんだ、と実感する。
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by jhomonjin | 2012-04-30 23:42 | 動法・整体 | Comments(0)
月末恒例の京都稽古会に参加してきたが、毎度のことに平均睡眠時間四~五時間の三日間に加えて、今回は京都の翌日に石川県白山市の白山稽古会に参加してきた。
白山稽古会の指導は大ベテランの角南さんの担当だが、四月の稽古会の指導が都合によって出来なくなりそうとのことで、なんてこった!この俺が海千山千の大先輩の代理で指導するということになったのだ。
そのための打合せというか顔つなぎの参加だ。
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白山稽古会に向う途中で昼飯を食った喫茶店。雰囲気のいい店で美味かった。店主は愛想のいい年配夫妻だったが、メシをかっこむ時間しかなくて何で未成年って名前にしたのか聞き忘れた。俺としたことが迂闊であった。

この稽古会は設立から二年目らしいが、月に一度の稽古会でしかも地方都市というハンデがあるにも関わらず整体協会の会員が十名もいて熱心だった。
角南さんが二年かけて作り上げてきた流れを崩さない稽古会にせんきゃ、と今から緊張している。
白山稽古会の主催者は、登校拒否の子供を集めて体験会や学習塾などしている榊田さん。
まだ若いのに色んな世界を体験してきたようだ。
稽古会の後にお茶しながら縄文や木工の四方山話しなどで意気投合する。
今後は縄文カヌープロジェクトともリンクできそうな流れになってきた。

翌日は糸魚川に戻って縄文カヌーつくり。
プロジェクト発足の音頭取りをして頂いた上に、巨額の寄付までしていただいたEさんが初めて現場見学に来られた。
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見学に来たEさん。Eさんと名前を隠したところで知る人ぞ知る著明人だから、糸魚川の偉い人なら皆知っている。二人きりで話すのは初めてだったけど、自分が話すよりは人の話をじっくりと聞いてくれる人だ。

どうもこれまで作業の邪魔になるからと遠慮して現場に来られなかったようだが、明星丸完成前の作業状況を見て頂きたくて見学にお誘いしたのだ。
手土産まで持参されて恐縮する。
あと数日で本体の完成だ。
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by jhomonjin | 2012-04-01 20:51 | 動法・整体 | Comments(0)
縄文カヌー完成をブログや関係者に絵葉書で報告していたら、整体関係者からのリアクションが感覚的な表現が多くて面白かった。

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本文には関係ないが、台風災害が多発しているので今回はベトナムの台風一過の連続写真の紹介。
物売りのオババが、台風一過で人気の少ない海岸で舟の写真を撮っている変わり者の観光客(即ち俺だ)を見つけて集中攻撃。「コーラはどうぢゃ?いらん?なら果物もお菓子もあるゾイ?なんじゃ、写真撮るだけでなぁ~にも買わんのケエ~?」



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台風で海岸に打上げられた大量の流木は日本だとゴミとして処分されるが、ベトナムでは街中総出で薪拾いをしていた。ベトナムでは現在の都市部でも薪で食事作りする人が多いので、流木も貴重な資源だ。

ブログリンクして貰っている仲右エ門さんは、山形の整体指導者だ。
彼からは葉書で「縄文の道を現(うつつ)の修めけり」という俳句が贈られてきた。
仲右エ門さんは俳句作りで身体を育てるという「体句」の発案者、つまり宗匠である。

大阪のTさんからは「縄文カヌー写真の景色がどうみても縄文時代だ・・・」とコメントが来た。

東京のSさんは、前回のブログに紹介したヌナカワヒメのヌナカワという響きが佳いとのコメント。
Sさんは音楽の専門家でもあるから、響きに敏感なのは流石。

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フエというこの古い港街には運河が網目状に引かれているが、台風の後は一週間以上も街路が冠水していた。こういった日常と非日常の境目の風景は何だかワクワクする。


俺も昔からヌナカワという響きが好きだった。
地元ではヌナガワと濁音にするのが普通だけど、俺は断然ヌナカワと濁らない発音のほうが好きだ。
平板にnunakawaと発音するでもなく、個人的にnuna-kua-faと鼻に抜けるような感じでヌナカワと発音している。
前回のコメントを読んで無い人の為に説明すると、ヌナカワとは糸魚川の古名である。
光り輝く珠なす川という意味があるらしい。
光輝く珠とはヒスイのことだ。
恐らく弥生時代の後半~古墳時代前半の糸魚川には、縄文の流れを色濃く残した「ヌナカワ族がヌナカワの郷」を作っていたと推定されている。
因みに俺の実家はそのど真ん中辺りにあって、俺が生まれるちょうど一年前に、お袋は敷地内で勾玉を拾ったそうだ。
実家の敷地には勾玉工房があったらしく、その後に古墳が作られ、二千年近い時を経て河川の氾濫などで埋もれてしまい、やがて忘れ去られて田畑になっていったらしい。
そして今やヌナカワ族の本拠地であった実家一帯は、糸魚川の新興住宅地として郊外型のスーパーや本屋が立ち並ぶ日本中どこにでもある詰らない街になりつつある。
ヌナカワ人は、卑弥呼みたいなヌナカワ姫を族長とする海洋民族だった、とも言われている。
古事記や日本書記、出雲風土記などにそのことが断片的に出てくる。

話がドンドンと脱線するが、世界最古の勾玉は糸魚川産だそうだ。
もしかしたら道教から発生した陰陽図や、大極図のルーツが縄文時代の糸魚川かも・・・なんて言おうものなら、中国人や韓国人は黙ってないだろうが。
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冠水した道路を「キャッホー!!」と一息に突っ切る若い衆。元気である。中には途中で失速してコケルてる人もいた。俺もレンタルバイクでチャレンジしたが、無事に完走した。伊達に何十年もバイク乗りはしていないノダ。

さて、仲右エ門さんは言語で、Tさんは光に、Sさんは響きにそれぞれ集注したリアクションであった訳で、共通するのは各自の感覚実感を表現したことだ。

世間一般の常識的な感想ではないところが、流石に整体仲間である。
そんな処が何故か愉しく感じて、整体を学んでて佳かったなとシミジミ思う。
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by jhomonjin | 2011-09-03 20:04 | 動法・整体 | Comments(0)

新潟で初めての稽古会

帰郷して五ヶ月が経過したが、研修先の農場の人から要望があり、新潟での初めての稽古会をした。
会の名称は、「上越市大潟区動法講座」で地元の公民館の和室を借りた。

整体教会の伝統として、指導室や稽古会は自己宣伝や勧誘などしてはいけない慣習になっている為、稽古会を始めたばかりの場合は、誰も参加者がいない、という事はよくあるらしい。
それでも指導者は、自分一人でも稽古をして、あるいは畳の目を数えて辛抱して参加者が来てくれるのを待ち続ける集注感こそが大事なんだ、と教わった。

俺の場合は、首都圏での稽古は十回は超えているが、薪割り稽古などのような課外授業が多かったし、W大学(早稲田ではない)の空手部への出稽古などあったので、参加者が一人もいない、という事はなかった。
新潟は整体教会の支部のない空白地帯だ。
だから他の会員からの紹介が無いので、自己宣伝をしてはいけない、と言われた場合に一体どうやって会員を集めたらよいのか?
師匠の野口先生は、「山田の場合は、縄文だとか祭り、民俗学の話しをしていたら、自然と整体に興味を持つ人が出てきて会員が増えてくれるよ。」と断言してくれたが、正直いってこんなに早く稽古会が実現するとは思わなかった。
誰もいなくても畳の目を数えて辛抱する、という覚悟をして開き直りもしていたが、参加者は五名もいた。

農場での休憩時間に整体や縄文、民俗学の話しを乞われてしたり、俺の杭打ちなどの肉体労働振りを見て「何で百発百中で杭がスコンスコンと打ち込めるのか?」と質問されたりしている内に整体に興味を持ってくれたのである。
師匠の言った通りになった。
参加者は全員が初心者、というよりは整体の事をまるで知らない人ばかりだ。
相当に緊張した。
どうやったら整体を理解してもらえるのか?稽古の要望が出てから二ヶ月はこの事ばかり考えていた。

稽古の出来映えは、支離滅裂で不出来そのものだった。用意した話しと稽古の半分も消化できていない。
稽古が終わった時は、正直いって参加者に申し訳なく、顔を見る事が出来なかった。
しかし、会場の玄関を出てから二人の参加者から色々と質問されて、四十分くらい立ち話をした。
次回の稽古会は稲刈りの終わった十月半ばの予定なのだが、もっと頻繁に稽古をして欲しいという要望だ。
下手は下手なりに一生懸命やれば、何かが伝わるんだな、とホッとした。
その晩から風邪の症状が二日間出た。
初めての薪割り稽古会の時は、オタフク風邪を引いたっけ。
気が小さいのか、全力投球した後の反動なのか、俺にはよくこんな事がある。
後日、他の年配の参加者から「おまんの整体っちゃ、素人受けせんやんだねえ。」とシミジミと言われてしまったが、玄人受けするのも素人受けするのも、整体の内容が問題ではなく、伝え手の問題ですわ、と苦笑いした。
何はともあれ、今は期末試験を終えた学生の気分だ。
月末は横浜で指導者だけの稽古会で、久し振りの上京である。
自分へのご褒美に、寄席に行って落語を堪能するべさ。
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by jhomonjin | 2010-08-28 09:05 | 動法・整体 | Comments(2)

薪割り稽古会とは?

前回最後の方で、薪割り稽古について書いたので追記しておく。
帰郷してからは慌しくて、整体の稽古から遠ざかっている事もあり、稽古かわりの投稿である。・・・ちと苦しいな。

俺の学ぶ整体は、身体教育研究所という整体道場である。道場では整体を学ぶ者の必須として、動法という身体扱いの技術を学ぶ。
2年前に動法教授資格を貰ったので、自分でも稽古会を開くようになったが、前回書いたような経緯と、生まれながらの天邪鬼気質もあって「刃物を扱う会」を立ち上げたのだ。
(動法について詳しく知りたい方は、身体教育研究所のホームページhttp://www.keikojo.jp/をご参照下さい。)

何故、整体の稽古に刃物を扱う事が関係あるのか?
刃物という危険な道具を扱う事で、慎重さと大胆さという相反する行為を通して、養われる身体感覚を鍛える為である。別に樵の養成をしている訳では無い。
刃物は決断の利器、という言葉を確か甲野善紀先生から聞いた記憶がある。甲野先生の稽古会には動法の課外授業として個人的に参加して以来、刃物や民俗学などの分野でも大いに意気投合して現在に至っている。
決断とは・・・?昔の武士なら刀を抜けば切るか切られるか!という局面もあっただろうが、日常生活でも刃物を扱うには常に決断が付きまとうと思うのだ。
包丁で料理を作るにしても、鋏で工作するにしても、刃物を一度でも入れると、切られた物体は二度と元通りにはならないからである。刃物を入れるという事は、取返しのつかない行為をする事であって、そこから局面が大きく変わるからである。素早さと的確さ、そして行為の重々しさ。

もともとは個人で縄文土器を野焼きする為に薪割りを始めたのだ。どこの団体にも属さずに個人で縄文土器作りをするには、野焼きが出来るの場所と、薪の確保を全部自分でやるという事が必要になってくる。薪を運び込む為には軽トラックも誰かから借りてこなければならない。
つまり最初に人間関係が出来ていないと、個人では縄文土器が焼けないのである。
そういったプロセスでも何か大事な感覚経験が育っていくのだと思う。
そして土器作り自体も面白いが、薪割り自体の面白さにすっかりハマってしまい、気付けば斧と鉈が随分と集まった。
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斧と鉈のコレクションの一部
何本あるかよく把握できていない位たくさん持っている。







甲野先生にその事を話すと、刀の振り方で斧を扱うとうんと楽ですよと、古武術的な日本刀の振り方を応用した薪割りを教えて貰えたのである。先生も薪割りが大好きなのだ。
古武術的な、とは「重いモノは軽く、軽いモノは重く持つ」という、日本の技芸によくある身体技法を取入れた薪割り法の事である。
教えて貰った、といっても道場の隅で木刀を持って2~3回素振りを見せて貰った程度である。
でもそれで充分だった。あとは動法の理に適った薪割りを追求し続けていけば良いだけだ。追求し続けて、とは終わりが無い探求、という事を意味する。薪割り稽古会誕生の由来だ。薪割りも奥が深い。
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薪割り稽古会風景
第2回目に甲野先生もゲスト講師になってくれた。
道場よりもイキイキしてらっしゃるのでは?
場所は横浜の某所
同じ場所で土器の野焼きもしていた。










どんな薪割りをしているかと説明するには、実際に体験して貰らうのが一番だけど、現在はまだ帰郷したばかりで薪割りを再開する環境が整っていない為に、稽古会としては未定です。興味ある方は5月に出版予定の「焚火読本」という新刊本に、俺の薪割りが紹介されるらしいのでご参照下さい。但し、どんな本が出来るのかは俺も知らない。
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by jhomonjin | 2010-03-26 21:32 | 動法・整体 | Comments(6)