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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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新潟で初めての稽古会

帰郷して五ヶ月が経過したが、研修先の農場の人から要望があり、新潟での初めての稽古会をした。
会の名称は、「上越市大潟区動法講座」で地元の公民館の和室を借りた。

整体教会の伝統として、指導室や稽古会は自己宣伝や勧誘などしてはいけない慣習になっている為、稽古会を始めたばかりの場合は、誰も参加者がいない、という事はよくあるらしい。
それでも指導者は、自分一人でも稽古をして、あるいは畳の目を数えて辛抱して参加者が来てくれるのを待ち続ける集注感こそが大事なんだ、と教わった。

俺の場合は、首都圏での稽古は十回は超えているが、薪割り稽古などのような課外授業が多かったし、W大学(早稲田ではない)の空手部への出稽古などあったので、参加者が一人もいない、という事はなかった。
新潟は整体教会の支部のない空白地帯だ。
だから他の会員からの紹介が無いので、自己宣伝をしてはいけない、と言われた場合に一体どうやって会員を集めたらよいのか?
師匠の野口先生は、「山田の場合は、縄文だとか祭り、民俗学の話しをしていたら、自然と整体に興味を持つ人が出てきて会員が増えてくれるよ。」と断言してくれたが、正直いってこんなに早く稽古会が実現するとは思わなかった。
誰もいなくても畳の目を数えて辛抱する、という覚悟をして開き直りもしていたが、参加者は五名もいた。

農場での休憩時間に整体や縄文、民俗学の話しを乞われてしたり、俺の杭打ちなどの肉体労働振りを見て「何で百発百中で杭がスコンスコンと打ち込めるのか?」と質問されたりしている内に整体に興味を持ってくれたのである。
師匠の言った通りになった。
参加者は全員が初心者、というよりは整体の事をまるで知らない人ばかりだ。
相当に緊張した。
どうやったら整体を理解してもらえるのか?稽古の要望が出てから二ヶ月はこの事ばかり考えていた。

稽古の出来映えは、支離滅裂で不出来そのものだった。用意した話しと稽古の半分も消化できていない。
稽古が終わった時は、正直いって参加者に申し訳なく、顔を見る事が出来なかった。
しかし、会場の玄関を出てから二人の参加者から色々と質問されて、四十分くらい立ち話をした。
次回の稽古会は稲刈りの終わった十月半ばの予定なのだが、もっと頻繁に稽古をして欲しいという要望だ。
下手は下手なりに一生懸命やれば、何かが伝わるんだな、とホッとした。
その晩から風邪の症状が二日間出た。
初めての薪割り稽古会の時は、オタフク風邪を引いたっけ。
気が小さいのか、全力投球した後の反動なのか、俺にはよくこんな事がある。
後日、他の年配の参加者から「おまんの整体っちゃ、素人受けせんやんだねえ。」とシミジミと言われてしまったが、玄人受けするのも素人受けするのも、整体の内容が問題ではなく、伝え手の問題ですわ、と苦笑いした。
何はともあれ、今は期末試験を終えた学生の気分だ。
月末は横浜で指導者だけの稽古会で、久し振りの上京である。
自分へのご褒美に、寄席に行って落語を堪能するべさ。
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by jhomonjin | 2010-08-28 09:05 | 動法・整体 | Comments(2)
八月十五日に、俺が糸魚川で初めて開催した縄文土器講座は、参加者三名と遊びに来た人二名、それと関根先生の六名で俺の実家の離れで賑やかに行なわれた。
参加者のヤッチャンは、流石に高校時代は美術部だった事もあって、初めての縄文土器作りに関わらず流石の出来栄え。

関根先生いえば、火お越しの達人にして、民族楽器の大家でもある。
土器作りの合間に火お越しや民族楽器の実演など、いつもの通りサービス精神たっぷりに惜しみなく披露していただいた。
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関根先生
弓錐式の火お越しをしている関根先生。一緒にいた三日間で十回は実演していた。
好きな事もあるだろうが、サービス精神が旺盛なのだ。観る人が変わる度に、同じ質問に何度も丁寧に答えていた事からも解る。

夜は俺の実家の玄関で、考古学に関心の深い俺のお袋にまで、火お越しの実演をして頂いた。
お袋手作りの糸魚川の郷土料理の笹寿司も食って貰ったし、今年のケンカ祭りのビデオも観て頂いて早めの就寝。

翌日の八月十六日は、いよいよ姫川流域交流プロジェクトの活動開始だ。
具体的にどんな活動をするのかは、まだ決まっていない。

このプロジェクトは、信州の美麻村の遊学舎という、田舎暮らしをしながら様々な教育プロジェクトを実践している団体の代表である、吉田比登志さんが発起人になって、村興し的な運動を考えているのだという。

姫川流域といえば、縄文の昔から古墳時代まで、世界初の翡翠文化が栄えていた場所だ。
翡翠以外にも、希少鉱物や植物、動物も豊富だ。
その豊かな自然に着目して、自然科学、人文科学の各分野の専門家の知恵を借り、姫川の自然と人が太古からどんな関り合いにしながら生きてきたのかを学ぶワークショップを開催し、将来的には地場産業の振興も含めて地域活動の活性化を模索していこう、というのがプロジェクトの主旨であるらしい。

教育プログラムとしては、縄文土器や石器作りを作ったり、鉱物や植物による染め物教室、農業も含めた野外活動の教室、動植物の観察なんかも考えている。
工芸家や芸術家によるワークショップとその作品展や、野外ライブも企画して、廃屋や休耕田を利用しての田舎暮らし体験も視野に入れている。

関根先生は、その活動の総括的な相談役で、専門的には縄文文化と鉱物・染色分野の担当だ。

関根先生と車で、糸魚川市街から車で国道148号線を南下して、20分ほどの長野県の県境近くにある、小滝という集落に向かった。
国道148号線は、姫川沿いを糸魚川から信州の大町まで続いており、かってはこの山道が「塩の道」として越後の塩を信州まで運んだ越後と信州を結ぶ街道である。
もちろん縄文人もこの道・・・実際にはこの沿線の山の脇道・・・を使って信州まで翡翠を運んでいたし、「敵に塩を贈る」故事の上杉謙信が甲州に塩を贈ったというのも、この道だ。

小滝は標高120m位の姫川支流の小滝川沿いの集落で、廃校となった小滝小学校を今回のプロジェクトの活動拠点にする予定だ。
小滝小学校で発起人の吉田比登志さんとそのボランティアスタッフ5名の若い衆と合流して、校庭にインディアン・ティッピーを設営する。
今日から二日間、このティッピーでキャンプ生活だ。
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インディアンティッピー
移設と設営が楽で、中で焚火が出来るのが、ティッピーの魅力。
中は円形で、炉を囲んで十人くらいなら車座になって話が出来る。

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キャンプの飯
地場産の鯵を開いて、東南アジア式の焼き魚と焼きイカを作った。後ろに見える黒い鍋は、焚火料理で活躍するダッチオーブンで、海産物のパエリアを作った。美味かったよう。

小滝は山の中の小さな部落だが、何だか海の雰囲気が濃厚な不思議な場所だ。
女性参加者の一人は、「ここはなんだか優しく包み込まれているみたいで、とても落ち着くわ。」と言っていたが、確かにそんな雰囲気な場所だ。
近くの明星山(標高1200m)はロッククライミングで有名で、石灰石の塊だから大昔は南の海の珊瑚礁だった筈で、海の雰囲気がするのはそのせいかもしれない。
この山は糸魚川市街から観ると普通の山だが、小滝から観るとマッターホルンみたいな急峻な岩山で恰好良く、麓を流れる小滝川には「翡翠郷」という翡翠の原石が露頭した渓流も流れている。
この川の翡翠が海に流れ出て、糸魚川から富山の朝日町付近までの沿岸で翡翠が拾える訳だ。
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親不知海岸で翡翠拾い
この青年は吉田さんとこの若い衆のシン君。ダイビングスポットに案内してから皆で海岸で翡翠拾いだ。「おい、シン、このでっかい石は翡翠の原石かも知れんぞ!」というと、関根先生に鑑定して貰うのだと20キロくらいある一抱えもある石をザックに詰めた。

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翡翠を鑑定する関根先生
シンは足場の悪い海岸をヨロケながら翡翠拾いに余念の無い関根先生の処まで石を運んでいくと、先生は、「残念だけど石英だねえ。」と無情の一言。
それでもシンは、記念にと漬物石として信州まで持ち帰った。可愛い奴だ。

小滝は確かに風光明媚な場所だけど、部落の平均年齢は70代だそうで、典型的な限界集落だ。
見渡せば、休耕田も沢山ある。当然ながらコンビニやファミレスは無い。

廃校と限界集落といえば、俺は前からこんな所を借りて自然農法や土器作り、木工をしながら、海や河、山で遊ぶ田舎暮らしをイメージしていた。ピッタシのイメージである。

打合せと見学に来た区長さんにその事を伝えると、「そりゃええ考えだわ。来てくんないや。若い衆おらんそいさ、田んぼも畑も喜んで貸してやるわね。小学校も市の管轄でなんとも言えんけんど、貸してくれると思うよう。借りてくれりゃ助かるわ。給食室もでっかい和室もあるし、宿直室もあるんだよう!」と大乗り気だ。

なんてこった。振って湧いた関根先生の呼びかけに応じたら、長年イメージして来た遊びの拠点作りが俄に実現しようとしている。

初対面の吉田さんと話してみると、なんと共通の知人友人が10名を超えていた。
関根先生、古武術研究家の甲野善紀先生、ミュージシャンの大村和生(カズさん)といった、このブログによく出てくる著名人は、吉田さんと古くから様々な活動をしてきた同志的存在だそうだ。
甲野先生が歌手のカルメン・マキさんの唄を聴いて「身体が割れた」という今や伝説的な事件も、吉田さんの遊学舎での出来事だったそうだ。

整体関係、自然農法方面、社会活動家方面の様々な分野の人々で、「えっ、あの人をご存知なんですか?」と所在地や老若男女に関係無く、次々と共通の知り合いが出てくる。

なんだか大きなウネリがやって来た。
俺はこの波に乗る運命なんだろうな、と思った。

この件は行政側と慎重に話しを進めて行きたいので、今回は遊びに来たり見学に来た行政側の人や、地元の人に少しづつ俺のビジョンを話して足掛りを固める作戦にして、性急な行動はしない事にした。

二日間、関根先生と吉田さん一行と行動を共にして、多くの人と出逢い、ティッピーの中で話をした。
行政側の人、地元の人、地元にあるフォッサマグナミュージアム・・・なかなか立派な博物館です・・・の関係者などなど。
関根先生も来る人毎に、火お越しを実演していた。吉田さんも熱弁を振るった。
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長老会議
ティッピーの中で、焚火を囲んで酒酌み交わしながらの長老会議。
向かって左が吉田さん。中央が地元の後藤建設社長の後藤さん。右が関根先生。
後藤さんは、吉田さんと古くからの付合いで、小滝出身の地元側有志。
現在は俺の実家の数軒先に豪邸があって、俺の家族とも顔馴染みであった奇遇に驚く。

具体的にどんな形に出来るのか?この過疎の集落が本当に甦るのか?自分の立場で協力出来る事は何なのか?
糸魚川側の来客は、関根先生と吉田さんの語る熱い想いに興味津々に反応していた。
大人達が、個人の利害を超えて面白がっている。真剣に遊んでいる。
みんな自立した社会人としての立場を踏まえながら、子供のような好奇心で楽しんでいる。
こんな光景は、滅多に観られるもんではない。

関根先生に誘われて、お手伝いのつもりで参加していた俺も、「このプロジェクトの成功のキーマンは山田さんですから。」と吉田さんに言われて、いつの間にか渦中の人になっていた。
マラソンの見学に来ていて、人ごみに押されてコースに出てしまい、気が付けばマラソン選手と一緒に走っていた男みたいなもんだ。
メンバーで一番暇なのは俺だからね。地元在住だし。
来年には小滝に住居を構えて、自然農法と整体を軸にして、このプロジェクトに取組んでいく決心がついた。
そう、プロジェクトを成功させるのは、小滝を拠点にした実践者が不可欠だ。
糸魚川と信州大町の美麻、都会を結ぶ中継者の役割だ。
関根先生には縄文や民俗学の講座を、甲野先生には古武術を応用した薪割や介護術の講座を、カズさんには焚火ライブを小滝でやって貰おう。
これまで俺が都会でやってきた事を、俺の田舎で実践するだけだ。
しかもそれが、個人の愉しみを超えて地域の活性化に役立つのだ。
整体講座や、自然農法の勉強会もやっていきたい。
吉田さんからは、カヌー(近くに高浪の池という小さな池がある)の講座や、親不知での海遊び講座もやって下さい、と頼まれている。
シュノーケリング、ウインドサーフィンやヨット等なら俺も好きだから大歓迎だ。
車で20分で海の見える「シーサイドバレースキー場」もあるから、スノボーも出来るぞ。
白馬の岩岳スキー場も近いよ。
今後の展開は未知だけど、真剣に遊ぶぞ。
廃屋や休耕田(しかも棚田だよ)も沢山あるから、田舎暮らしを考えている人には打って付けだよ。
みなさん、ドンドン遊びにお出で。

これまでこのブログの中で、日常生活を切売りしたくなかったので、俺の名前は出さない事にしていたが、今後の活動での必要もあり、今回から名前を出す事にしました。
本名は山田修です。宜しく!
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by jhomonjin | 2010-08-17 23:17 | Comments(2)
盆休みで実家に帰ってパソコンを開けたら、関根秀樹先生からメールが来ていた。

関根先生は、都内の鶴川にある和光大学の非常勤講師で、俺の縄文や民俗学の師匠格の一人である。
また一緒にバリ島に民族楽器のフィールドワークに行ったり、俺の主催した薪割り講座のゲスト講師や、俺がNPO法人シブヤ大学の縄文土器講座の講師に招かれた時に、30人の受講生を俺一人で相手をしなければいけない危機に助っ人講師をかって出て貰った事もある。

そういえば、古武術研究家の甲野善紀先生も、薪割り講座をやります、といったらゲスト講師をかって出て貰った事があり、後から解った事だけど関根先生と甲野先生はお互いに認め合う「刃物文化研究家」で、ナイフ・マガジンという刃物専門誌で対談した事もあるんだそうだ。
二人とも別々のルートで知遇を得たのだけど、どこか深い縁があるのだな。

関根先生は大学の教授や助教授ではなく、非常勤講師という立場だけども、知る人ぞ知る古代の火お越しの世界的な権威で、かっては世界初の「原始火お越しコンテスト」の、最も原始的な錐揉み式火お越し部門で、発火まで6秒という世界記録の保持者でもあったのだ。
(現在は関根先生のお友達の5秒が世界記録です)
その研究と活躍のフィールドは、縄文文化の研究だけに留まらず、古代の泥染め技術の復興、民族楽器、刃物文化、生活技術全般に渡り、専門馬鹿的な「書斎の賢人」ではない分野横断的な「実践の達人」なのである。

だからテレビや雑誌で縄文や民族楽器の特集などやる時には、コーディネーターや出演者としてよく声が掛かる。
地域の村興しの相談役、博物館のイベント演出、「ナイフ・マガジン」「ビーパル」といったアウトドア系の雑誌でも大活躍の人なのだ。
敬愛する民俗学者の宮本常一も、学者としてだけではなく、村興しなどで八面六臂の活躍をした人だ。
いってみれば関根先生は、平成の宮本常一の縄文版だ。

その関根先生が糸魚川に来る、という。
長野県の大町から新潟県の糸魚川に流れる姫川という一級河川がある。
フォッサマグナといって、日本列島を地質構造的に東西に分断する割れ目に沿った河で、その最下流の糸魚川の渓谷部では、翡翠の他、世界にも稀な希少鉱物や植物が多く分布しているのだ。
この河は地質構造的な東西の境であるばかりではなく、方言や生活文化などの人文科学的な東西の境目でもある。

その姫川の上流部の大町から下流部にかけて、農水省も巻き込んだ「姫川子ども交流プロジェクト」を計画しているので、是非一緒に遊ぼうではないか!というお誘いだ。
発起人に、糸魚川ならUターンしたばかりの縄文人(見習い)がいる、と俺を推薦したくれたらしい。
こんな面白そうな話に俺が乗らない訳が無い。

メール受信して即刻携帯に電話すると、何と師匠は調査と打合せに既に糸魚川に来ているという。
車を飛ばして15分後には逢った。嬉しい再会だ。
Uターンしたら仲間を一杯作って、関根先生に火お越しなんかの講師として糸魚川に呼びます、と約束したのは、四ヶ月に渡るアジアの民俗学旅の報告で、今年の三月に逢った時だ。
家を出てから20分後にはプロジェクトの仲間になった。

今回の旅では、小滝という県境近くの市内の村で、8月16日からネイティブ・アメリカンのテントであるティッピーを3日間かけて作る計画だそうだ。
これは遊びの拠点作りだ。
無論、キャンプをしながらだ。
こうなったら俺の自作の民族楽器を一杯持っていって、夜は焚火しながら遊ぶしかない。
縄文土器も持っていって、縄文鍋も作りますケン!と気勢を挙げた。
それにティッピーは前から作りたくて堪らない建物だったので、渡りに舟である。

偶然だが、15日には実家で高校の後輩であるヤッチャンに縄文土器作りを教える予定になっていたので、その奇遇を伝えると先生も面白がって土器作りに参加してくれる事になった。
俺もフットワークが軽いほうが、先生も負けてはいない。
当日の夜は拙宅にお泊り頂き、16日からキャンプだ。

関根先生は雑誌著作、マスコミで顔が売れているし、和光大学には関根先生の授業を受けたくて入学した、なんていう奴もいるくらいだ。
アウトドアで必要なサバイバル技術に精通していて、知識と経験も豊富だ。
つまりイザと言う時に頼れる男の典型だ。
しかも声が良くて話も面白く、男前も良いから女性ファンも大勢いる。

イッヒッヒッ、関根先生を独り占めして申し訳ないねえ、と全国の関根ファンに自慢出来るな。
今晩は信州まで戻って会合がある、という関根先生と15日の再会を約束して別れた。
家を出てから30分だ。電光石火、意気投合、気合充分の出逢いと別れ。
気の合った男同士には多くの言葉はいらないな。

次回のブログ更新をお楽しみに!
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by jhomonjin | 2010-08-13 21:53 | 縄文 | Comments(0)
親不知と書いてオヤシラズと読む。
奥歯の余分な歯の事ではなく、糸魚川の地名である。
友人で信州在住のミュージシャンであるカズさん一家と、その友人家族が糸魚川に海水浴に来たい、というので実家から車で20分の親不知に連れて行った。
スノーケリングとキャンプをする為に、俺のお気に入りのシークレットスポットへ案内したのだ。

ここは富山との県境で、大昔から天下の険として著明な場所だ。
作家の水上勉が「日本で一番美しい景色」と絶賛した所で、俺も好きでよく海に潜っている。
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親不知
右のハーモニカ状の穴は国道8号線。
夏でも海底の岩が透けて見える位に透明度は高い。

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キャンプサイト
シークレットなキャンプサイトで、この裏に山から湧き出した冷たい清水が流れている。

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キャンプサイトから石段を降りると誰もいない海に出る。キャンプサイトの裏の清水が滝になっているので、シャワー代わりになる。
少年の冒険心をくすぐる地形だ。
薪も沢山落ちている。

親不知は日本海に迫り出した数キロ続く絶壁地帯である。
絶壁は高い処で80m位あり、そのまま3000mの北アルプスまで急峻な地形が連なっていて、絶景である。
現在はトンネルや海に迫り出した高架などで道路や鉄道が通っているが、明治の頃までは越後(新潟)と越中(富山)の交通には難渋したらしい。

海路だと既に縄文時代には航路があったらしい。
糸魚川で産出する翡翠が、北は青森の三内丸山遺跡、南は沖縄本島の糸満市の遺跡から出土している事から、そう推測されている。

問題は陸路である。
先の通り、親不知は海に迫り出した絶壁地帯である。
穏やかな日和なら問題無いが、大波の時にこの海岸線を歩くのは文字通りの命掛けとなる。
絶壁は花崗岩で出来ていて、波の侵食により入り組んだデコボコ状になっている。
この凹んだ岩陰が、親不知の陸路行の命綱になっているのだ。
波が引いたタイミングを狙って、僅かにある浜辺を走って次の岩陰に非難して、打ち寄せる波をやり過ごす。
上の滝の写真の様な岩の窪みが避難用に使われたのだろうと思う。
・・・それでも岩陰の奥まで波が打ち寄せたら、死ぬしかないね・・・
その繰り返しで親不知の難所を通り抜けていくのである。
中には走っている途中で転んだり、波の見極めに失敗して波にさらわれる人もいたらしい。
糸魚川地方の波は、大波の時には波打ち際で大きくせり上がってから叩き潰す様に一気に崩れる波質だ。
波にさらわれると、拳大や頭大の石と一緒に波打ち際を転がされて泳ぐ暇も無いのだ。
引き波も強いから、まごまごしていると沖に引張っていかれてしまう。
俺も子供の頃から何度か危ない目にあっている。
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花崗岩の絶壁
風化した花崗岩の岩肌がすべすべして優しい表情を作り出している。
これでも中間よりちょっと多いくらいの潮位だ。大潮だともっと潮位はあがるので、さらに海岸の交通には難渋した事だろう。

親不知にはこんな昔話がある。
昔、平清盛の弟が源氏に見方して生き延びて地位を得た。
しかし都人の裏切り者という視線に耐え切れず都落ちして、単身で越後の領地に隠遁した。
その妻子は、彼の後を追って都から親不知までやって来た。
運悪く、その日は波の大きい日和だったらしい。
激しく打ち寄せる大波に夢中になっている隙に、子供が波にさらわれてしまったのだ。
哀れな母親は、「親不知 子はこの浦 波枕 越地の磯のあわと消えゆく」と歌を詠んだ。
その故事から何時の頃からか、親不知という地名になったそうだ。

「日本で一番美しい」という親不知の美しさは、太古からの多くの人々の深い悲しみが沁み込んだ、切ない美しさだ。
ある日は人を優しく癒し、ある日は人を厳しく拒絶する、人智を超えた美しさだ。


新潟県人はお人好しが多い。
その中で糸魚川人は輪をかけてお人好しだ。
親不知には牡蠣が沢山いるが、誰が獲っても何も文句は言われない。
これは新潟県内でも珍しいぞ。
北陸自動車道「親不知IC」のすぐ下が、国道8号線の「道の駅 親不知ピアパーク」になっている。
ここの駐車場は目の前が海だ。無料のシャワーやトイレがある。
浜辺でキャンプも可能で、しかも無料だ。
だからここの駐車場は、信州からやってくるキャンプ客が沢山いる。
信州だと辺鄙な湖に行っても「ここは私有地ズラ」と駐車料金を請求されるのに、糸魚川人はなんて欲の無いのだろう。
海は誰の物でも無い。
俺たちは誰でも迎えいれるよ。
だからさ、信州人よ、せめてゴミくらいは持ち帰ってくれよな。評判悪いぜ。
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by jhomonjin | 2010-08-08 23:50 | 田舎暮らし | Comments(1)
春先に植えた雑穀に穂が付き始めた。
アマランサツ、タカ黍、モチ粟、陸稲だ。
陸稲は水稲のコシヒカリの余って捨てられていた苗を畦から拾って畑に植えたもの。
除草だけの管理しかしていないのに順調に育ってくれて、あと数日で出穂しそうだ。
周りのプロの農家は、水稲を畑に植えてもすぐに枯れると言っていたが、なかなかどうして稲は逞しい。

ある朝、雑穀畑を見回っていたら、ミツバチがせっせとタカ黍の花粉を集めていた。
後ろ足に二個の大きな花粉ダンゴをぶら下げて、毎朝の様に飛んできている。
こんなに小さな身体で健気に生きているんだ・・・ただ懸命に生きているだけで作物の受粉に貢献してくれて、世の中の役に立っているんだなあ・・・周りは除草剤や殺虫剤だらけの田畑ばかりだけだから、化学製品は一切使ってない俺の畑はオアシスだろうなあ・・・有難う、頑張れよぉ!とシミジミと感謝する。
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タカ黍とミツバチ
後ろ足に二個の花粉ダンゴを抱えている。西洋ミツバチらしい。
毎朝来ているのは、同じミツバチなのか?どこから飛んで来ているのか?
解らない事ばかりだが、嬉しい俺の畑仲間だ。

除草剤の大量使用が原因とされるミツバチの大量死が問題になっているが、ミツバチに何の罪もないのに、気の毒な事だ。
普通に生きているだけで自然と世の中の(自然界の)役に立っているのが物言わぬ虫達で、それに較べたら人間の場合はどうなんだろうか。
以前、神奈川県の藤沢市に住んでいて、江ノ電に乗る事が多かったのだが、ある日電車の中にミツバチが飛んできた。
電車内はパニック状態で、年配の男性がミツバチを追いかけまわして潰して殺してしまった。
周りの女性達はニコニコと笑って「有難うございます。助かりました。」と言っていた。
ミツバチを殺した男性も満面の笑みを浮かべていた。
「静かにしていればミツバチから刺してくる事は無いのですよ。その内に窓から逃げていきますから窓を開けてやって下さい・・・」と言いかけた矢先の出来事だ。
やりきれんのう、と暗澹とした気分になった。
そんなミツバチに対する過剰反応は、田舎でも同様だ。
友人の長野県在住のミュージシャンである大村和生さん(カズさん)は、自分の周りに数日間に渡りまとわり付いてきた日本ミツバチに「俺に何か伝えたいんだな。」と感じた事がきっかけで、日本ミツバチを飼うようになったそうだ。
カズさんはネイティブアメリカンの動物占いをするので、こんな時にはミツバチに刺される、という不安な気持ちは一切持たずに、やって来た生き物にどんな意味が隠されているのかを読み取ろうとするのだ。

有難い事に、俺の友人達は都会育ちでも見守る、という態度が自然に取れる奴ばかりだ。
よくこのブログにコメントを寄せてくれる、浅草のシンタローや千葉のマッチャンも然り。
整体の大師匠の野口裕之先生も同様だ。
ある日、道場に一匹の足長バチが紛れ込んで来た。
怯える女性達に対して大師匠は、「殺すなよ。窓を開けて逃がしてやりなさい。誰かが挨拶しに来たのかも知れないよ。」と泰然としていた。
都会人でも流石に俺が師匠と見込んだだけある。カズさんと同じ態度である。

静かに状況を見守る事の出来る人が、日本に少なくなってきているように思う。
俺が21世紀の縄文人を目指す為に選んだ二本柱である、整体と自然農法も、静かに状況を見守って観察する、という態度は絶対的に必須だ。
だからこんな態度が取れる人は、縄文人の匂いを感じて自然と親しくなれる。

さて、以下は謎々だ。
俺の畑の作物の花だけど、何の植物の花か解りますか?
ナスや胡瓜の花は見た事があっても、この花はどうでしょう?
答えは最後に!
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一番

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二番












次の写真は、カボチャ栽培の工夫だ。
通常カボチャ栽培は地面の上で実を成らせるのだが、ネット等を張って空中で成らせると万遍なく陽が当たり色むらが出来ないと「現代農業」に出ていたので、ネットは買わないと無いので沢山あった支柱でドームを作り、その上に誘引してみた。
結果は数週間後にならないと不明だが、こんな工夫は楽しい作業だ。
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カボチャのドーム
公園の遊具みたいでSFチックな光景だ。毎朝どれだけ伸びているか見るのが楽しい。







最後はやっと完成した資材置場。
いつものガラクタ工作と違って、仕事で作ったので全て新しい材料を使用した。
足場用の単管で本体を作ってある。風が強く豪雪地帯なので、構造上の工夫を色々したが、俺ひとりの単独作業で完成させたにしては柱の垂直が揃ってくれて、ちょっと自慢。
これでこれまで作った小屋は六棟になった。
全て畑や庭などの不整地に作ってきたが、そんな場合には基礎は単管で「トンボ」を作って不陸調整をするのがベストのようだ。
建築に詳しくないと意味が解らないと思うけどね。
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資材置場
一人作業だと柱や梁を垂直と水平にするのが難しいが、かなり慣れてきた。







週末には、カズさん一家とその友人の家族が糸魚川に海水浴とキャンプに来る予定だ。
俺の自慢の親不知海岸に案内したい。

花の答え
一番;ピーマン
二番;枝豆
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by jhomonjin | 2010-08-07 15:37 | 自然農法 | Comments(1)
月末恒例の整体の京都稽古会に行って来た。
今回は時間に余裕があったので、稽古の前と後の日程に趣味の民俗学遊びをいれた。
ひらたく言えば・・・京都見物だな。
今回の旅での一番の驚きは銀閣寺だった。
俺が古い建物を見学する時に一番のチェックポイントにしているのは、補修跡だ。
特に国宝級の建物を観る時には、柱の根元に注意している。
銀閣寺で凄い補修技を観た。

高温多湿の日本では、木造構造物の中でも屋外に露出している屋根、そして柱の根元付近が湿気や凍結と日照の繰り返し、白蟻の食害等により、特に傷みが激しい。
屋根なら葺き替えするが、柱の根元が傷んだ場合の補修はやっかいだ。
屋根は建物を保護する大事な役目があるが、柱は屋根と違って構造材なので、単に交換といっても従来と同じ強度を持たせなければならず、そう簡単では無いからだ。
そこで痛んだ柱の根元部分だけを交換する「根継ぎ」という補修をするのだが、銀閣寺の根継ぎは、これまで観てきた根継ぎ技の中で、最高の超絶技であった。

単に痛んだ柱の根元を切断して新しい根元を柱の下に置いたただけでは、無論すぐに外れてしまう。
釘で固定した場合は、地震や風の振動、温度差による柱の伸び縮みがあるので、効果は期待出来ないし、錆びてしまえば釘も利かず、第一に美観が悪いから論外だ。

そこで仕口と言って、古い柱と交換した新しい柱の根元の接合部に予め複雑な凸凹を作っておいて、組み合わせる事で抜けない様に工夫するのだが、銀閣寺で見付けた根継ぎは素人にはちょっと解らない工夫がしてあった。
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銀閣寺の根継ぎ
御影石の束石の上にあるのが交換した新しい柱の部分で、上部が凸になっている。凸部は先端が広がった台形をしており、その上に乗っているのが古い柱。
凸が柱の四面全周にあるので、単純に横や上から差し込む事は不可能だし、斜め上からスライドさせる事も出来ない。
どうやって組合せたものか?
どなたかご存知なら教えて下さいな。

接合部を爪で軽く撫でても、引っ掛かりが無い位ぴったり接合されている。
あんまり感動したので、近くにいた銀閣寺の職員に一体どんな人がこの根継ぎをしたのか?と質問したら、その職員も俺に言われて初めて根継ぎに気が付いたそうだ。
それ位に目立たない補修という事は、職人さんの面目躍如だ。
建築に関しては一般人より格段に詳しい俺が、一体どんな内部構造の仕口で、どうやって接合したのかまったく解らない仕事だ。
この仕事をした大工が「素人にゃ解るめぇ。」とにんまり微笑む姿を想い浮かべた。
法隆寺の棟梁として著明な西岡常一のように、国宝の寺社を建替えでもすれば大工の名も後世に残る。
しかし根継ぎのような部分補修だと、まったくの無名の仕事になってしまう。こんな凄い仕事を出来る職人が、日本以外にいるのだろうか?
職人は名前は残さなくても仕事を残し、後世の職人や俺の様な物好きに感動を与える。


今回の旅では、前回同様にボーダーというライダーズハウスにお世話になったが、面白い人と相部屋になった。
藤原かんいちさんといって、バイクで国内や世界中をツーリングして旅日記をバイク雑誌に連載している旅行作家さんだ。
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藤原兄貴
このあと兄貴は長野方面に雨の中を旅立っていった。バイバイと手を振りながら一方通行を逆走していった。
兄い、無事に長野に到着したのかぁ?



以前にアウトライダーというバイク雑誌に、ご夫婦で電動バイクで世界一周をしながら連載をしていたのを読んだ事がある。
10万円の現金と原付で日本一周した時の本も出ている。(残念ながら絶版)
バイク談義に花が咲いたが、なんと藤原さんの今回の旅のバイクは50ccのスーパーカブ(郵便屋さんが乗っているバイク)で、「国道全制覇!10万キロの旅」がテーマなんだという。
驚いたのはその日程で、京都の次は2日間で長野まで行くのだという。
原付で一日に200キロは走る事になるだろう。49歳というのにタフな兄貴だ。
ちなみに帰宅してから見てみたら、藤原さんのブログ「国道全制覇!10万キロの旅」に稽古着姿の俺が出ていた。
ボーダーで逢った面白い人、と書いてあって安心したが、兄貴も相当だぜ!

俺の愛車であるホンダXR250もついに走行距離8万キロを超えたが、調子はすこぶる宜しい。
中古で買った時点の燃費は29キロ/リッターで、カタログ数値から推測できる実走行燃費そのままだったが、今回のツーリング(延べ約1000キロ)で何回か計測したら、平均で34キロ/リッターに伸びていてこれにもビックラこいた。
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俺の愛車
スタイルの良い美人だが、荷物も一杯積めるし燃費も良い実にタフなバイクでもある。
ホンダは偉い!
仮面ライダーのバイクみたいですね、とよく言わるが、最高の褒め言葉だな。


通常なら廃車にされてしまう走行距離だし、洗車もせずにオイル交換とチェーンのグリスアップ位の日常メンテ位しかしてないけど、持ち主のバイクに対する気持ちが伝わるのか、バイクって機械でありながら生物と同じ心を持っている、と想う。
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by jhomonjin | 2010-08-01 17:45 | 旅の民俗学 | Comments(2)