21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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前回の続きだ。
当時の推定で、中国に潜伏している難民は四十万人程度とされていた。
中国政府が彼らを難民認定さえすれば、国連や各国ボランティアによっての支援や第三国への脱出は可能だが、北朝鮮政府が難民は存在していないと公表している関係上、外交政策上の問題として中国は彼らを難民認定しないのだ。
したがって、中国における難民の立場は単なる不法入国者であって、難民は見つけ次第に北朝鮮に強制送還される事になっている。
その後は強制収容所に入れられるらしいが、平均して二年位で餓死や過労死するのだと難民は言っていた。
実際の難民自体も腎臓を壊してそうな顔色の人が多かった。

中国は多民族国家だが、漢民族に次いで人口の多いのが朝鮮族である。
戦前に満州と呼ばれた東北地域に朝鮮族が特に多い。
最も朝鮮族が多い州が延辺朝鮮族自治州で、北朝鮮と国境を隔てている。
中国国内に難民が潜伏出来るのは、同じ朝鮮族が多く言葉が通じる事と、朝鮮族の中には同情心から、そしてこの地域に多いプロテスタント信者などが信仰心から難民を匿ってくれる場合があるからである。
難民の間では中国への密入国に成功したら、とにかく十字架のある家を探して逃げ込め、と噂になっているらしい。
朝鮮族の街や農村には大小の教会が結構あり、小さな教会は外壁にペンキで十字架が描かれているだけの簡素な民家だったりする。
難民を匿えば、善意といえども平均年収の二倍前後の罰金刑となるので、難民保護の行為は並大抵では無い。食料や衣服、金銭の施しだけでも処罰の対象になる。
それでも難民を匿う朝鮮族はいるのだ。俺には真似出来ないと感服した。

多くの難民達は公安に密告される恐怖の中、朝鮮系中国人になりすまして社会の底辺で生きている。
男は3Kの肉体労働、若い女の場合は・・・酷い状況だ。
雇用主に反抗すれば公安に密告するぞ、と脅されて最低賃金以下で働らかせている場合もあるようだ。農村などでは労働力の担い手として、養子になって幸せに暮らしている場合もあるようだ。
彼らの不安定な生活は、北朝鮮という国家(朝鮮民主主義人民共和国)が存在する限りは生涯ついてまわる。

俺達の調査は純粋な人権問題を主旨としていて、北朝鮮に食料を送るとか、難民を海外にトンズラさせようとしていた訳では無い。
政治的な目的も一切無い。ただ様々な縁あって黙って見過ごす訳にいかなくなっただけだ。
俺達の集めた多少の義援金もあったが、40万人の難民には焼け石に水だし、難民は一ケ所に長くいると密告の危険がある為に流動的で、支援も難しいのだ。
古米や余剰米を日本から送れば良いだろう、という意見は誰でも考える支援方法だが、送料や輸入税が高くつくし、中国の法律上は難民支援は法律違反なので、その金があったら中国国内で米を買ったほうが確実で安上がりなのだ。
継続的な物質的支援をする場合は、中国国内の朝鮮族の難民支援活動家に現金を渡す間接的支援が安全で確実だ。
この調査の結果を俺はどう行動に移すのか?
色々考えて、難民の子供達に絵を描いて貰い、日本で絵画展と講演会をして、彼らの現状を知って貰う活動をする事を思いついた。
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兵隊になりたい
難民の子供達に「将来の夢」という題で絵を描かせると、男女問わず兵隊になりたい、という題が多かった。国旗とセットの絵だ。この絵を観た戦中派のある男性は、自分の子供の頃もそうだった、と言っていた。


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無題
この絵は、別の少年の絵の裏面に描かれていた。背中を向けて悲しそうに座る女性と、その後姿を布団の中から見る少年の絵だ。少年とその母親なのかも知れない。寂しい雰囲気。

難民の現状を知ってどうしろというのか?
それは各自が各自なりに考えて貰うのだ。答えは各自で出して貰う。
俺の場合は「飢餓と飽食」というテーマで、バイクに乗って出前方式の絵画展を各地で実行した。

絵画展をしていていると、北朝鮮へ援助は反対だとか、拉致問題やテポドンの脅威があるのに何故、北朝鮮の難民を支援するのか?とかまったく論点が噛合わない論争を挑んでくる人もいた。
違う、俺の訴えたいのは飢餓と飽食だ!と反論しても彼らの耳に入らない。
第一に難民は北朝鮮国家の犠牲者であって、彼らを支援する事と北朝鮮国家を支援するのでは別な話しだという事を説明しても、耳に入らないのだ。
飢餓も飽食は現象としては反対だけど、これらは地球規模の環境問題なんだ、と声を大にして言いたい。

60億の世界人口の1/3を占める先進国によって、世界の3/4の食料が消費されている。
今でも三秒に一人が世界の何所かで餓死しているらしいが、仮に食料を全世界に均等に配分するとしたら、10%の余剰分食糧が出る、という試算があるそうだ。
沖縄県民は豚肉を沢山食べるから長寿だ、というのは農水省が食肉業界とがグルになってでっち上げたウソだ。
沖縄の長寿を支える老人達は、戦前戦後を通じて祭りや冠婚葬祭、盆正月といった特別な時にしか豚肉を食えなかったのだ。米も満足に食えなかったそうだ。
戦後豊かになってから育った世代から、本来はハレの日の特別な食事であった豚肉を毎日食うようになったのだと、沖縄の老人から聞いた。
だから親より先に死んでいく沖縄県人は多い。
日本人平均で言うと、戦前に較べて戦後は肉類を13倍、卵は12倍も食うようになっている。
逆に米は8割に減っている。
牛肉を1キロ作るには、飼料となる穀物が7キロ~8キロ必要になる。

俺は日に二食しか食わないし、魚や肉類は滅多に食べないご馳走だ。
基本は丼飯と一汁一菜である。一菜といってもオカズは糠漬けと自作の胡麻塩くらいだ。
でも人より元気で重労働に耐えられし、平均的日本人成人男子よりは力持ちの部類だとも思う。
だから断言できるが、カロリー計算や栄養学を鵜呑みにしてはいけない。あれは間違った固定観念だ。
ネパールのシェルパ達は、ツァンパという麦焦がしをバターを混ぜてチャイで練っただけの食事や、ご飯と豆カレーだけで40キロを超える荷物をビーチサンダル履きで細い山道をひょいひょい登っている。こんな現象は栄養学で説明が付くのだろうか?
俺も今の食事に慣れるのに二年かかったが、俺だって昔は相当な大メシ食らいだったのだ。20代の頃の昼飯は、大盛ラーメンと大盛カレーでも夕方には腹が減っていた位だ。
そんな俺が言うのだから間違い無い。
整体式の食事では、食いたい時に食いたい物を食いたいだけ食えと教え、無理して食って身体を壊すよりは残せというのだが、俺式はそんな事で身体が壊れるようなヤワな胃腸などクソ食らえ!と言いたい。
要は食えるだけを作って食えば良いし、外食の時なら「ご飯は少な目にして下さい。」と注文すれば良いだけだと思うのだ。
とにかく今の日本人は食い過ぎだ。そしてメシを残し過ぎだ。
牛肉やマグロを毎日食わなくてもいいじゃないか。たまに食べるからこそご馳走だろう。
江戸時代の天明の飢饉では30万人が餓死しているのだぞ。
今の日本は穀物自給率で30%台で先進国中最低だ。
一粒の飯粒も残すとバチが当たる、と言っていたのはほんの少し昔だ。
これからの時代のキーワードは「メシは残すな!」がトレンドですわ。頼むよ、本当に。
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by jhomonjin | 2010-11-20 22:05 | 何やってんだっ! | Comments(0)
俺の座右の銘は「メシは残すな!」である。
このフレーズは高校生の時から使っているが、俺は食べ物を残したり粗末にする事に非常に抵抗感があるのだ。
まだ憤りが治まらないので、前回のモチ大量廃棄処分の続きだ。

ドリフのギャグも、食べ物を投げたりするシーンだけは頂けなかったし、今でもタレントが大食いするだけのテレビ番組なぞ見ると、すぐにチャンネルを変えてしまう。
大食いして見せるだけで何で番組が成立するのか不思議だ。
少しだけ食って、たくさん動ける身体が良い身体だと思うのだが、タレントが大食いして見せたところで何が面白いのか俺には解らない。
燃費の悪い身体は自慢出来んだろう、そりゃ、とテレビに向かって罵るのだ。

10数年前のある日、知人のチベット仏教僧から電話があった。
チベット仏教僧といっても日本人で、新潟県津川市の山奥に庵を結ぶ野口法蔵という坊さんだ。
法蔵さんは断食の世界的権威として現在は有名になっているらしいが、当時はそれほど有名でもなかった。
「山田さん、中国に行った事ありますか?無ければ旅費、滞在費全部ただで行く話しがあるけど、行く?」
「行きます!行きます!何時ですか?すぐ行きますよ!絶対に行きますよ!!」と俺は息せき切って理由も聞かずに快諾した。

話しはこうだ。
北朝鮮が慢性的な飢餓状態なのは周知の事実だが、その難民が中国国境を越えて中国国内に大量に不法滞在している。
中国当局は難民を捕まえ次第に北朝鮮に強制送還しているが、その先の事は生きて強制収容所から出てきた人はいないので不明だ。
問題は中国国内での難民の置かれた状況自体がまったく不明であって、このことに人道的立場から調査団を派遣すべきだが中国政府はそれを許さない。
したがって中国国内に旅行者として入国して、目立たないように北朝鮮国境近辺に行き、独自に難民の調査をしたいと考えている長野県に住む色平哲朗という内科医がいる。
調査自体が中国国内では違法だし、北朝鮮の秘密警察の目も光っている。
危険な状況も予測されるので、色平医師がポケットマネーで旅費その他を負担するが、現地で調査をする人選を頼まれたので俺を紹介したい、という事だった。

危険な任務だ。
そこでバックパッカーとして経験豊富で、巧みに中国人に紛れ込み、危機においては機知に富み、勇猛勇敢にして優秀な知性と強靭な体力を持つ稀有な人材という条件にぴったりだったのが俺だったわけだ・・・本当は暇な人という条件だったようだ・・・。

そういう事なら持ち前の義侠心がムラムラと湧き上がり「俺に任せろっ!」と是非も無いのだが、現地に行っても中国語もハングル語も話せない俺に何が出来るのか?
そんな質問をすると、言葉は分からなくてもとにかく現地に行って現状をレポートしてくれば大丈夫、という。
その後、色平医師に会って打合せしたが、現地に何のツテもコネも無いが、行けばなんとかなるよ、と、言われるままに現地入りした。
スポンサーがなんとかなるから大丈夫というのだから仕方ない。
難民の事なんか何にも分からずレポートを書けなくてもワシ知らんケンネ!と覚悟を決めたのだ。
中国に旅立つ前は、友人達から北朝鮮秘密警察に捕まって拉致、拷問、強制収容所送りなど散々脅されたが、やる時ゃやるのだ俺は。

そしたら本当になんとかなったのだ。
現地での詳細は、大っぴらに出来ない話しばかりなので省略する。
ちょとした冒険談もあったが結果オーライで難民に何人も合って、彼らの置かれた状況をつぶさにレポートが出来たのだ。(続き)
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by jhomonjin | 2010-11-14 12:00 | 何やってんだっ! | Comments(2)
研修先の農場で、賞味期限を過ぎた餅を軽トラック二台分廃棄処分した。
賞味期限を過ぎたといっても、まだ充分に食えるし美味い。
ここ数日の晩飯は、こんな餅ばっか食っている。
ビニールパックを破いて荷台に放り投げ、荷台に一杯になると掘った穴に埋めるのだ。
後味の悪い仕事である。
もったいない、というよりは罰当たりな事をした罪滅ぼしの意味で、段ボール六箱分を貰って友人達に宅急便で送ることにした。
実家に持って帰った分は、お客さんにお土産に持たせ、後輩や親戚に配って歩く。

一番大きな箱は、三鷹市で社会運動をしているヤドカリハウスの山田征さんの家へ送った。
二番目に大きい箱は、信州の遊学舎宛てだ。
どちらも人の出入りが多いので、喜んで貰ってくれた。

征さんは知る人ぞ知る草の根運動の草分け的存在で、もともとはごく普通の主婦だった。
五十年程前の征さんが新婚当初、若夫婦には遊ぶお金が無かったので、ある休日に多摩川の土手にピクニックに行ったそうだ。
その時に見た光景が、その後の征さんを、普通の主婦から多忙な社会運動家として方向付ける事になったらしい。
多摩川に下水が流れこんでいる所で、排水口から石鹸の泡がモコモコと人の背丈ほども盛り上がって、シャボン玉みたいに風に吹き飛ばされていたのだという。
その光景をみた征さんはとても心が痛み、以後は合成洗剤の使用を一切止めた。
主婦のネットワークをなめてはいけない。
征さんの一人だけの合成洗剤不使用・不買活動は、口コミで次第に幼稚園仲間、そしてその周囲に広がっていった。
やがて征さんの活動は、環境問題、有機栽培の野菜や有機米による学校給食運動、石垣島の白保の空港建設問題、反原発運動、人権問題など多岐に渡っていく。
その活動範囲は、国内に留まらず海外のスラム街や山奥まで広範囲だ。

征さんの様々な運動は、いつも征さん個人が何かの問題意識を持ち、私ひとりだけでもなんとかしなきゃ、と自分の出来る事を地道に始めるのだ。
そうすると、いつの間にか周りの人たちが「私に出来るお手伝いをさせて下さい」と自然発生的に集まってくるパターンになるようだ。
征さんは強力なリーダーシップや、人を惹きつけて止まないという個性的キャラクターを持っているわけでは無く、静かで落ち着いた声を持つ本当に何所にでもいそうなオバサンだ。

俺の送った餅は、きっと近隣のホームレス達を、事務所代わりの民家であるヤドカリハウスに集めて、風呂に入れた後にでも振舞って貰えるだろう。
征さんとホームレスとの付き合いも長い。ある日、公園で野宿する人品卑しからないホームレスに何でホームレスになったの?と聞いたら、田舎から出稼ぎに来たけど不況で仕事が見つからず・・・なんて話しを聞くと、すぐに自立支援を始めてしまう。
就職の斡旋や、ホームレスに公園の落ち葉を集めて貰い、トラックに乗せて近隣農家に堆肥の販売、出来たお金で炊き出しや衣類の提供、自宅で風呂に入れる、なんて具合だ。
征さんは執筆活動や講演活動もしているが、その収入は全部こんな「ひとりNGO」に使われている。

何年か前に、新米が田舎から届いたので残った古米を生ゴミに出す、なんて話しをしている主婦がいた。
20キロくらいある、というので早速貰いに行って、その足で征さんの家に届けに行った。
別の主婦は、食品庫を整理したら賞味期限を1年過ぎた未開封のハチミツが出てきたので捨てた、と言っていた。ハチミツは腐らないよ、と教えたが「だって気味が悪いんだもん!」と言っていた。

もったいないは、mottainaiという国際語になったなんて話をよく聞くが、今の日本には本当にもったいない、と心から言える人が何割いるのだろう。
日本全国で出る生ゴミの内、食えるのに捨てられる生ゴミは三割あって、総重量は年間七百万トンになるらしい。
その内訳は、スーパーで安売りされた食品を買い溜めして、冷蔵庫に入れていたら賞味期限を過ぎたので捨てる、というパターンが多いらしい。
しかしその三割を金額にすると,日本の農林水産業の総生産額と同じくらいの金額になるそうで、その分を世界中の飢えた人に分けた場合には一体、何人が死なずに済むのだろう。

世界の何所かで、三秒に一人が餓死しているそうだ。

何か自分に出来る事はないだろうか?黙って見過ごす事は出来ない・・・なんて思う人は、征さんの本を読んで自分に出来る事を見つけて下さい。
「山田さんのひとりNGO」(現代書館・千八百円+税金)が入門書になります。
征さんは活動の一環として「ニライカナイ・ユー」という通信を発行していますが、この本はその通信をまとめたものです。
ニライカナイ・ユーは今時に珍しく、わら半紙にガリ版刷りの通信で、郵送で送られてきますが、その封筒も広告やカレンダーをパッチワークにして手作りするという懲り様です。
ちゃんと綺麗な模様や写真が、よく見えるように工夫して作られた世界に一通だけの封筒です。
征さんからの手紙も、広告用紙や包装紙の裏側にビッシリと手書きされているので、「もったいなくて」捨てられません。
紙は資源、自分たちのささやかな手間隙が、森林伐採を少しでも減らす工夫になるという考えらしい。でも、わざわざ写真や模様が綺麗に見えるようにパッチワーク方式で封筒を作るという事は、その中にも遊び心を忘れていないという事。貰った相手が思わず微笑む様を想像して、愉しみながら封筒を手作りしてるんだろうな、と思います。
そんな事の積み重ねが、征さん流の「自分に出来る事」です。

この本を買えば、征さんの連絡先が出ていますので、手紙で他の書籍も注文可能です。
書籍の売上は慈善活動に使用されます。
注文する時に、使用済み切手や使用済みテレカなど同封すると喜ばれます。それらを海外のコレクターに売って、活動資金の一部にしているのです。

また、多額の遺産や宝くじに当たって使うあてのない大金を持っていて、どこかに寄付を考えている人(なかなかいないだろうけど)は、慈善事業に名を借りた宗教団体の集金活動や、天下り役人が代表や理事を務めるNGO団体(寄付金の六割が職員の給与になっている団体もあるらしい)などもあるので、充分にお気をつけ下さい。
どうせなら、素性のはっきりした、運営資金を必要としない征さんのような手弁当の社会運動家なら、寄付金が確実に本当に必要な処に使われます。
但し、中には寄付金を平気で着服する輩や、社会運動をする人間の福利厚生費として当然である、と個人の飲食代も浄財から捻出するセミプロなど実際にいますから注意の程を。
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by jhomonjin | 2010-11-13 22:44 | 何やってんだっ! | Comments(2)
念願だった縄文クッキーをついに作った。
作り方は関根秀樹先生の「縄文人になる」(山と渓谷社・1200円)に出ていたクッキーの作り方に準じた。
縄文関係の本は数々あれど、この本の特徴は火お越しから始まって、縄文土器の焼き方や石器作りなど、縄文人の衣食住についての具体的なハウツー本であることだ。
この手の本の場合、実際の作り方などは民族例などの紹介に留まっていることが多く、学術論文的で、よっぽどの縄文オタクか研究者でもない限り面白くないのだ。
その点、「縄文人になる」は縄文にちょっとだけ興味がある程度の人や、実際になんでもやってみたくなるタイプの人だったら具体的な縄文人の生活がイメージ出来て面白いだろうし、俺みたいな縄文人になりたいと思っている男にもうってつけの参考書になる。
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くぼみ石
こんな凹のある石がよく縄文遺跡からは出土する。凹にドングリを入れて固定して割る道具と推測されているが、やってみると凹が無くても簡単に割れるし、かえって凹にドングリをはめる手間がかるように思うのだが・・・?

民族例の紹介や学術論文の紹介ばかりの本がなんで面白くないかというと、記述内容に著者の実体験が反映されていなかったり、体験してもほんの少しやってみただけ、という程度だからだろう。
内容にリアリティーが無かったり、実際に体験した事のある人間からみたら明らかに間違った内容だったり、眉唾的な内容だったりするのだ。
サバイバル関係のハウツー本にもこの傾向が強くて、例えば無人島で道に迷ったら樹の切り株を探して、年輪が詰まったほうが北である、なんて紹介されていたりする。
一体、無人島に切り株があったりするのか?無人島でなくても林や森の中で切り株なんて滅多に見つからと思うぞ!
しかも年輪の詰まった方向が北であるなんて、平野の一本立ちしている樹ならイザ知らず、山の傾斜地なら東西南北に関係なく谷側の年輪が広くなるだろうし、さらに周辺の樹木の影響や、水脈との関係などで条件は違ってくる筈だ。
有名な学者の書いた民俗学の本だって、孫引きやパクリがあったり、実際に現地で調べると矛盾点や間違った記述が結構あったりする。
その点でこの本は関根先生が実際に試行錯誤しての結果を紹介しているので、縄文に興味のある人は必読ですな。

さて、クッキーは出来たが、どうも味のほうは不味くはないが、美味くもないという不思議な味と食感だった。人に食わせても「フ~ン」というだけで、二個目を食おうとしないのだな。
実際に縄文人が食っていたクッキーはどんな味だったのだろう。もしかしたら俺のクッキーを美味がってバクバク食うかもしれんけど。
材料はマテバシイ、スダジイ、クヌギなどのドングリと胡桃、栗をブレンドして、卵をつなぎとした。
年内はアパート暮らしで焚火が出来ないので、愛用の長火鉢(信じられないけど、いい年をした大人でもこの言葉を知らない人が結構いる。銭形平次がいつも座っている前に置いてある箱型の火鉢・・・といっても銭形平次を知らない若者も多くて、説明すんのに困るんよ)に石を置いて炭火で焼いた。
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長火鉢で焼いている所
今回は炭火の上に石を置く直火方式と、生地を直接灰の中に入れる二通りで焼いてみたが、次回は炭火の横に石を置く方式と葉っぱに生地を包んで灰の中に入れる方式の二通りでやってみたい。

アク抜きは上手くいったが、もっと美味くなる工夫のしどころは一杯ある。
色々な本に縄文クッキーのつなぎは山鳥の卵の代わりにウズラの卵を、と書いてあるのだが、果たして縄文人は野鳥の卵を年間にどれだけ採集できたのだろう?という疑問がある。
鶏だって昔は卵を毎日生まなかった位だし、ましてや縄文時代といえども野鳥の卵は簡単には入手できなかったろうと思うのだ。採取できる時期も限られていたのではないだろうか。
ところがドングリなどは遺跡から大量に出土している。
卵の代わりにひき肉や山芋をつなぎに紹介しているレシピもあるが、実際の縄文クッキーのつなぎも季節によって色々あったのだろう。
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完成!
食わした人は誰も美味いとは言わなかったが、不味いとも言わなかった。見た目は美味そうだけどね。






土器作りでも石器作りでも同じだけど、こういったものは本に詳細な作り方が書かれていても、行間に隠された勘所は実際に失敗を繰り返して体得していかなければダメなのだ。
まだドングリのストックは大量にあるので、来年のドングリ採取時期までもう5回くらいは挑戦できそうだ。
本だけ読んで生半可な知識をヒケラカスような縄文通にだけはなりたか無いケンね。
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by jhomonjin | 2010-11-07 22:42 | 縄文 | Comments(4)