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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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<   2011年 04月 ( 7 )   > この月の画像一覧

ちょっと前に東日本大震災の後方支援としてサバイバルの特集をしたら、俺のブログとしてはびっくりするくらい多くの反響があったようだ。

ついでに俺の縄文や民俗学、実践的生活技術の師匠である和光大学の関根秀樹先生にもサバイバルグッズをメールで問合せたら、流石に面白かった。
関根先生は知らないという言葉を知らないのではないか?という位にどんな事でも造詣が深いのだけど、それらは知識だけに終わらせず、実際に何でも体験してしまう知的好奇心と行動力が物凄いのである。
俺一人だけで読むのは勿体無いので、先生に断ってここに転載させて貰うことにした。
これだけ面白くて為になる情報を持っていらっしゃるのだから、ブログは開設しないのですか?と聞いたら、多くの人から勧められているけど、忙しいから無理なんだという。
興味のある人は、ネットで関根先生の一般人対象の講座を受講するか、著作を漁ってみて欲しい。
雑誌ではアウトドア雑誌の『BE-PAL』、『ナイフマガジン』でライターをしているので要チェック。
または和光大学か多摩大学など、関根先生が教鞭を執っていらっしゃる大学に入学するかだ。
因みに関根先生は、日本海縄文カヌープロジェクトの顧問だ。

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大麦
内容には関係ないけど、秋に自然農法の小さな田んぼに蒔いておいた大麦が、やっと穂を出した。糸魚川海岸部では来週くらいから田植えが始まるけど、俺の田んぼは麦が大きくなるのを待つので、六月になると思う。

以下は関根先生のメールを読みやすく段落毎に編集した文章です。
関根先生の文章は切れがあって読みやすいのだけど、どういう訳だかメール文章だけは改行が無いから、文節毎の改行もしたが、文章自体には一切の手は加えていません。

関根先生の究極のサバイバルグッズ
ぼくのサバイバルギアはまず鉈。
これは六:四の割り込みで両刃と片刃の中間です。
ナイフはいつも何丁かは持っています。あと穴掘り用のポリカーボ ネート製のクナイ。
もちろん両側を切り落として細身にしたスコップもありますが、これはいつも持ち歩くわけにはいきません。
ほかにデイパックに 入っているのは、登山用の頑丈な6ミリロープ。

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4月29日時点
これも文章には関係無いが、縄文カヌーの船尾だ。船首と船尾は丸木舟らしく丸くしたかったが、先細りの丸太だった為に沖縄のサバニの様にしないと海では使えないとの判断で、縄文カヌーらしくない船型だ。

関根先生の灯りと着火具
発火具は小型の弓ギリ以外に火打石とサバイバルマッチ数種、普通のマッチとスライド式の100円ラ イターも2~3個、防水パッケージして入っています。
明かりはナショナル(パナソニック)のヘッドランプと、高輝度LEDの小型懐中電灯。
仏具屋 で買った墓参り用の風に強い太芯の蝋燭、キャンプにはスイス陸軍のガラスでなく雲母のはまった古い折りたたみキャンドルランタンを持って行きま す。
普通のガラスがはまったやつでも、鉱物標本店で買ったインド産の透明な雲母と取り替えてしまえば軽く丈夫になります。 
あと、使い捨てです が、サイリュームというプラスチックパイプに封入したガラス管の反応液をポキッと折って使う化学発光式のやつも、長期でなければかさばらなく軽 く、熱も出さないので便利です。

関根先生のサバイバルウエアー
ゴアテックスは内張りなので、問題は外側の素材だと思います。薄手のナイロンはすぐに火の粉で穴が空きます。
耐火難燃素材の上着はアウトドア用で は見あたらないので、今のところ60/40のようなタフな強撚糸素材がまあなんとか及第点でしょうか。いま使っているのは、一昨年たまたま見つけ たタラスブルバのゴアテックスで、表面は木綿と化繊混紡の丈夫なやつです。
着衣火災は木綿100%の薄手の起毛素材や弱撚糸素材(つまりやわらかくて肌触りがいい)が一番多く、それもオーバーサイズで身体との間に空気層 がたっぷりあるブカブカのはあっという間に燃え広がります。
この場合、地面に転がって消すのが一番です。
それと、厚手の作業用革手袋と、綿 100%の軍手、あるいはレスキューや消防が使う耐熱作業用手袋(A&Tグローブスタジオの耐熱救助用bio631)は重宝しています。

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船首
出土している縄文カヌーは葉巻を半分にしただけの船型だが、先細りの丸太だと船首が低くなって波に突っ込んでしまう恐れがある。だから船首は高くした。凌波性というのだけど、波を掻き分ける船型にしたいのだ。
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by jhomonjin | 2011-04-29 21:08 | サバイバル | Comments(0)
男気のある棟梁のお陰で作業小屋に移ってから一週間が経った。
作業が天候に左右されず、電源があるから電動工具が使えるので飛躍的に作業が進んでいる。

例えば屋外で船体を成形する時には、大斧ではつってから、手斧で掃除して、最後は大工チョウナで平にしていた。
斧で木をはつると繊維ナリに削れていく。
素性のいい、節の無い木ならスカスカと綺麗にはつれていくが、俺の舟の木は捻れと凸凹、節が多いので、慎重にはつっても時にはガッポリと木の中に斧が入り込んでしまう事がある。
狭い範囲に逆目と順目が複雑に入り組んでいるからやっかいだ。
どうしても墨通りに削れてくれない部分が出てくるのだ。
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手斧仕事
節は研ぎ澄ました手斧でコツコツと少しづつ削っていく。最後に横からスカッと手斧を入れると平らになるが、節がたくさんあるので大変だ。でも作業自体はビリヤードや波乗りをしている時のように静かで愉しい。

手斧とチョウナで成形しても墨線の内側に大穴が開いてしまては、修正はできっこない。
木のクセのままで繊維に目切れがしていないから、これなら水も弾くだろうし丈夫だろう。
飛鳥時代の寺院が健在なのは、素性のいい檜を、木の習性を知りぬいた大工がこうやって製材していたからだ。
俺の場合は飛鳥の大工と違って、鑓カンナまで使っていない事、段違いに下手糞な事、それに素性のよくないトウヒを使っている事が大きく異なる。
だから出来た舟が下手糞と笑われても仕方無い。
ベストは尽くしているので、『なら、おまん作ってみろっちゃ!』と堂々としていられる。
表面が多少凸凹した荒々しい仕上げでも、縄文カヌーを近代人が原始の道具とまではいかなくても、前近代の斧で作っているのだから、それはそれで味というものだ、と認識していた。

ところが作業小屋に移ってから電動カンナを使えるようになってからというもの、それまで手斧とチョウナでコツコツと半日掛かりで成形していた仕上げが、たった三十分で終わってしまうのだ。
まるで別世界の仕事になった。
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電動カンナ
手斧とチョウナでコツコツしていた仕事が、電動カンナだと瞬時に終わる。見た目も素人目にはこっちの方が綺麗だと言われるだろうが、俺は斧やチョウナの刃跡が残っている方がイカスぜ、と思う。


仕上げも電動カンナだと綺麗に平になる。
最近はいよいよ疲れが抜けないので有難いが、部分的にでも平になると、これまでコツコツとチョウナがけしていた部分まで全部綺麗に平にしたくなってきて仕舞うのだ。
電動カンナやチェーンソウといった近代工具は、木の繊維に関係なく自分の好きな形に仕上げる事が出来るので、強引な仕事になる。
表面が平らでも、繊維が目切れしてケバだっているから、水は弾かずに吸い込んで痛みやすいのだという。
前近代の斧やチョウナとは道具としての了見(整体では集注というが)がまるで違う。
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4月25日現在
船底、舷側の成形が終わって、船首と船尾の成形に掛かった。今日はお手伝いが来たので、手斧で削って貰ったが、「仕事の成果が目に見えていくのが面白い」と愉しんでのらえたようだ。我が意を得たり、だ。

俺の中に、原始と前近代、近代が矛盾なく同居して揺れ動いている。

刃物を使う仕事は愉しい。緊張感を伴った愉しさで、遊びに近いモードだ。
研ぎや使い方など、ケースバイケースで色々と工夫していくのだ。
ビリヤード、波乗りなんか似た感じがする。
ボクシングのジムワークもどこか似ている。
静かで孤独、工夫と発見。ツボに入ると疲れを忘れてモクモクと続けてしまう事など。

電動工具やチェーンソウを使うと、これは仕事モードになってしまう。
プロセスよりは成果を求めてしまうようになる。
つまり労働のモード(同じく整体では集注という)も全然違う。

前近代と近代は、遊びと仕事の違い?
この一週間、チョウナを使ったり電動カンナを使ったりで前近代と近代を行き来している。
それを繋ぐのが、縄文カヌーという原始だというのが面白い。
だが、以前は近代工具なんか荒仕事用、とバカにした部分もあったが、使ってみるとそのどちらもいいな、とも思える自分に驚いている。
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by jhomonjin | 2011-04-24 20:42 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
俺がカヌー作りで作業にしている場所は、標高70m程の小滝という山奥の集落だ。
糸魚川の海岸地帯にある俺の実家から車で三十分かけて小滝に行くと、朝と夕方には空気がキンと冷えて底冷えがするくらいの山里だ。
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作業小屋
大工棟梁の好意で、直射日光も雨風も影響しない天国のような場所に移動できた記念に石斧とツーショット。時間がかかり過ぎるので、実際の作業には石器は使っていない。


カヌーは森林組合の横の坂になった空地で作らせて貰っているが、すぐ裏が岩山で周囲の残雪から雪解け水がジャカジャカ流れてくる環境だ。
小鳥の囀りや清流のせせらぎが聞こえて牧歌的だけど、昼間は直射日光がきつい。
丸太にとって直射日光、昼夜の極端な温度変化、雨風に曝される事は、ひび割れの原因となって丸木舟作りにとって良い環境とはいえない。

それに坂での作業は困難が多いし、坂に居続けて作業するのは結構疲れる。
屋根の上で作業しているようなもんだ。
作業開始二週間目にして、かなり疲れが出てきた。
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斧各種
左の鉞は杉のような簡単に割れる樹種なら使い勝手が良いのだろうけど、木理が捻れた節だらけのトウヒではあまり使えないようだ。主に他の三種類の斧を使い分けて作っている。

ところが作業開始から二週間が経って、見学に来た地元大工の棟梁があまりの環境の劣悪さに気の毒がって、自分の作業小屋を使わせてくれる事になった。
ユニック車での移動も請け負ってくれた。
悩みの種だった、凸凹だらけの丸太に正確に墨打ちする技術も教わる事が出来たので、まさに救いの神だ。
作業小屋は市街地と小滝の中間にあるので、通勤時間も半分に短縮された。
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側面はつり
墨出ししたらチェーンソウで横に切れ目を入れてから斧ではつる。墨出しで全て決まるので慎重に何度もチェックするが、最後は覚悟を決めて刃物を入れる。失敗したら取り返しがつかない世界だ。

小屋に移って、屋根の下にいることの恩恵に改めて驚く。
疲れ方が全然違うのだ。
直射日光に曝されない事。雨でもカッパを着なくていい事。
地面が平な事。地面が濡れていない事。
普段は当り前に感じているけど、建物って偉い!と思った。
作業効率だって断然に良い。
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斧使い
大斧でガツンとブロック状にはつり、中型斧で取りきれなかったブロックを剥がし、手斧で平らにしていく。斧使いは豪快な仕事だ。慎重さと大胆さ、正確さと勢いといった相反する事を両立させる仕事だ。


小屋は広大にして生理整頓が行き届いている。棟梁がどんな仕事をするのかがよく分かる。
電源があるから丸ノコや電動カンナだって使えるし、ホイスト(天井に付けられたUFOキャッチャーみたいなクレーン)だって付いているから一人で苦労していたカヌーの移動だって、簡単に出来るようになった。

何より棟梁がたまに寄るので、色々な技術的相談に乗って貰えるので心強いのだ。
こうやって自分の生甲斐を追及していくうちに、色んな人が関わっていく過程が面白い。
黒沢明の映画『七人の侍』みたいだ。
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by jhomonjin | 2011-04-20 20:33 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(13)
縄文カヌーの用材を伐採して明日で二週間が経つ。
それからというもの、四月十日の『けんか祭り』当日以外は連日雨の日もピーカンの日も一人で休まず斧を振ってカヌーを作っている。
一時間だけ手伝ってくれた人がいたけど、小型の鉈を三十分間使っただけで腕に力が入らなくなったと言っていた。
俺は二週間も、普通の倍の重さの大斧を振るい続けていても筋肉痛にはなっていない。
整体と古武術をやっていたお陰だ。
神奈川にいた頃は、整体の稽古の一環として、薪割り講座もやっていた。
これで局部的な筋肉痛があれば、教えていたことが嘘になってしまうから、一安心だ。

ただこの数日は疲れやすくなってきた。
急に立ち上がると、立ちくらみもするようになった。
明日は雨らしいので、半日仕事にして温泉にでも行く事にする。
糸魚川には温泉が沢山あるのだ。
以前に市内にある『焼山温泉』に行ったら、廊下に凄い色紙が飾ってあった。
サインの文字は読めない文字が多いから、よくラーメン屋なんかに色紙の上か下に誰のサインか判るようにサインした人の名前が貼ってある事があるが、それだ。f0225473_2024546.jpg
凄い色紙
『柳泉小団活』とワープロ書きされている。聞き覚えの無い噺家なので、上方(関西)の噺家かと思ったが、柳泉なんていう亭号は聞いた事が無い。本人のシールが貼ってあったので読んで大笑いだ。寄席の世界では噺家の名前などは「寄席文字」で書く習慣がある。だから噺家さんは各自で工夫して寄席文字で自分の名前のシール(伝統的なものは千社札)を作って、色紙に貼ったりするのだ。
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アッチョンブリケ!
くだんの噺家の寄席文字シールには、柳家小団治と書いてある。寄席文字に慣れていない焼山温泉の事務員さんには家が泉、治が活に読めてしまったのだろう。しかしアッチョンブリケって古いですなあ。

ちょっと間抜けな話の次は本題だ。

全長8m、平均直径0・6mの伐採直後のトウヒは、推定で2t前後はあるだろう。
先週はカヌーの船底部の樹皮剥きと白太(白い外周部分。辺材ともいう)の除去をやった。
今週はひっくり返しして、人間が乗る部分の樹皮と白太の除去、それと船内内側の抉りをやった。
問題は2tもある丸太を一人でどうやって引っ繰り返すかだ。
単管パイプをテコにしても、グラつかせる事は出来ても天地返しまでは無理だった。
しかも現場は坂になっていて、雪解け水が常時流れてくる足場の悪い環境である。
そこで工夫したのが、下の写真ジャッキアップだ。
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ダルマジャッキ
4t用のダルマジャッキで片側を持ち上げながらパッキンを押し込むという作業を4回繰り返してから単管パイプをテコにして横転に成功した。同じ事をもう一回やれば天地返しになる。最後はど根性しかない。

俺の車にもジャッキは積載されてはいるが、所詮は軽トラック用だし、それに車用はでかいので現場では不便だ。
建築現場でよく使うのがダルマジャッキというコンパクトな油圧ジャッキで、新品だと3万円はする。
駄目モトでスクラップ屋さんに行ったら、なんと千円で中古が売っていた。
やってみたら大成功だった。
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上下移動
丸太の下になっている角材を大きな物に交換する必要があったので、持ち上げてみた。丸太の木口にノミでジャッキの頭が入る欠き込みを掘ってからジャッキアップした。これも簡単に成功。

この方法を自分で現場合わせで安全確実に出来れば、倒壊家屋の解体や重量物の下敷きになった人の救助にも応用可能だ。
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天地返し成功
2tの丸太を一人で引っ繰り返したり、上下移動させた経験は普通の人には何の役にも立たないけど、ちょっと自慢だ。世界が広がった感じがする。しかしこんな経験の積み重ねでサバイバル技術が培われていくと思う。

天地返しが終われば、樹皮剥きと墨出し、そして白太除去と水平面出し、いよいよメインイベントである船内の刳り抜きだ。
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抉った船内
大斧でガッツンガッツンと船底を剥がしていき、小型の手斧でザックザックと綺麗に掃除していく。20cm程抉っていったら、やっと青い芯が見えてきた。芯を早く撤去しないとひび割れがくる。

俺の持っている大斧は重量3・5キロ前後で、色々な人にやらせてみたけど、普通の人は狙った所に命中させる事は無理だ。
振りかぶっただけで斧の重さで体がよろけて、とても危ない。
今週は某テレビ局がネタ探しの取材に来て、百発百中に狙い通りに削れていくと驚いていたが、斧の扱い方は左手を主体にする事だ。
右手を忘れて、左手の肘の角度を狙った所に当てるつもりだと、上手くいく。
もっと具体的に説明すると左の肘打ちをするつもりになればいい。
あとは距離感の問題だが、こればかりは経験がモノを言う。
それと「重いモノは軽く、軽いモノは重く扱う」という事を念頭において斧も鉈も扱う工夫をすれば、疲労はずっと少なくなる。
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by jhomonjin | 2011-04-15 20:38 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
震災で自粛ムードのある昨今、糸魚川では例年通り、四月十日にけんか祭りを決行した。
祭りは神事であって、人間の為に行なうものではない。

だから何があろうと祭りをしないことには神様の罰が当る、と俺たちは自然に考える。

祭りは祓い清めであって、こんな時にこそ祭りは賑やかにやってやろうぜ、と意気軒昂となる。
また災難などに出逢ってしまった年を、更新して新たな年とする「年送り」的な意味がある。
祭りバカにとって、一年は365日では無いのである。
祭りとは年に一度のハレの行事をする事で、時の流れを司る年神様の生命力をリセットして強力にする行事なのだ。
正月が何で目出度いのか?
新年早々に目出度いと断言する事で、その年が目出度い年であったという既成事実にしてしまうのである。
これを予め祝うと書いて、予祝(ヨシュク)という。
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お練り
けんか祭りは稚児のお練りで始まる。最後の稚児が舞台に上がった瞬間に神輿が走り出す。今年は気合が高まって最後の稚児が上がる直前に神輿が走り出した。雅から荒ぶる祭りに豹変する瞬間だ。


けんか祭りに参加する男達は、ちょっと都会にはいないタイプの男達だ。
寄り合いがあると必ず酒がでて、みんなグビグビと酒を煽る。
ほとんど全員が煙草をスパスパ吸うから、会場は紫煙漂うどころかモウモウと霞んでいる。
よく火災警報器が鳴らないもんだ、と思う。
整体指導者にはヘビースモーカーが多いが、会員の中には一家揃って喘息で、家の子供は煙草の煙を吸い込むと死んじゃうの、なんていう人もいる。
本当に死ぬかどうか、寄り合いの部屋に閉じ込めてみたいもんだ。
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奔る!
神輿が走り出した瞬間。十人の白丁(ハクチョウ)が神輿を担ぎ、十一人の手引きが神輿を引張る。その他の人は神輿と共にひたすら奔る。今年の俺は白丁の大役だったが、最年長記録の更新だそうだ。

老いも若きも屈託無くよく笑うし、飲んで騒いで酩酊して千鳥足で帰宅する。
明日の仕事や家族の事など何も考えずに勢い良く飲む。
二次会が予定されていても、一次会からセーブしたりせずに全力投球で飲む。
翌日が健康診断だというのに、八時間もぶっ通しで飲んでいた人もいた。
豪快だ。でも昔の大人の男ってみんなこうだった。
席を同じにしていると、みんな男らしいなぁ、と酒の弱い俺は惚れ惚れと彼らを見入ってしまう。
年に一度のけんか祭りを生甲斐にしている男達だ。
大酒のみでヘビースモーカーばかりなのに、なぜか彼らに清潔感を感じる。
要するに健全な男達なのだ。
けんか祭りのある街に生まれて良かった。男で良かった。・・・とシミジミ想う。
この無邪気で豪快な大人達の飲みっぷりこそが祭りなんだ、と想う。
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けんか神輿
神輿をぶつけ合う直前。神輿で真っ向勝負の相撲を取るのだ。最前線で神輿を組ませる「組ませ」の役は命掛けの大役である。経験と度胸がいる。神輿の屋根が外れたら間違いなく潰されて死ぬだろう。

今年の祭りは特別だった。震災の年に相応しい祭りだった。
祭りの前に集会所で参加者達から義捐金を募った。
祭りの手拭いを縫って作った木綿の袋に各自が義捐金を入れていく。赤い紐が可愛らしい。
「重い銭(ゼン)より軽い銭の方がええやんだよ!」とドラ声で募金を呼びかけていた。
らしいなぁ、と思わずクスリとする。

今年の祭りが特別だったのは、義捐金の事ではなく、祭り本番でアクシデントが起こったのだ。
喧嘩を三回やっただけで、寺町、押上相方の神輿の屋根がぐらつきだした。
例年は激しく七回前後は喧嘩しても(神輿をぶつけ合っって相撲のように押合う)びくともしない神輿が、たった三回ぶつけ合っただけで屋根が落ちる危険性が発生したのだ。
五百年の歴史上、例のない事だそうだ。
協議の結果、危険なので最後に形だけ神輿を組み合わせて、クライマックスの「お走り」は歩く事になった。
お走りは競争で、俺の住む寺町が勝つと豊年、押上が勝つと豊漁という神占いでもある。
例年の半分以下の時間しか経っていないのに、唐突に祭りの終わりがやって来てみんな不完全燃焼だ。
呆然とする顔、憮然とする顔・・・。
普通は神輿を組合わせる時は、寺町と押上の「組ませ」が凌ぎを削って、それこそ本物の喧嘩になる事もある。
今年はお互いに「ええかっ、綺麗に組むんぞ。慌てんなや、ええなっ!」と声を掛け合っていた。
そして本当に綺麗に二基の神輿が組合さって、別れた。
みんな恰好良かった。

俺はお走りで担いで走る大役だったので、有難い事に最後に神輿を担いでいた。
太鼓がドンデンドンッというシャギリ調子になると、お走りが始まる。
例年はこの太鼓を合図に二基の神輿が激走するのだ。
今年は屋根が落ちないように静かにゆっくり歩く。
奇しくも祭り参加者と観客が同時に「わっしょい!わっしょい!わっしょい!」と声を出し始めた。
男達はみんな涙を堪えて「わっしょい!」と怒鳴っている。
何時もの緊迫感や迫力はなかったけど、境内が一つになった。
例年とは違った展開だが、何だか胸の奥底から感動が突き上げて来る。

糸魚川で避難生活をしている南相馬の人達も見物に来ていたらしい。
男達の益荒男振りを観て、少しでも元気になってくれい、と祈るしかない。
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お走り直前
動の喧嘩の後に、一瞬の静寂があって「お走り」が始まるが、今年は走らずに歩くのだ。万感を胸に収めて神妙にお走りを待つ白丁。



今回の祭りのアクシデントは、未曾有の国難に対して、俺たち一人一人がどうあるべきか?という神意だったと、俺たちは自然に感じる。

追伸
今年の祭りの写真は、リンクしている「一印蒲鉾」の凹ちゃんの提供です。
一印蒲鉾は糸魚川の老舗の蒲鉾屋さんで、俺と同じ寺町にあります。
糸魚川に来たらお土産にどうぞ!駅前や土産物屋でも買えますが、ネット販売もしています。
けんか祭りの寄り合いでは必ずツマミに出る伝統的な蒲鉾です。美味しいよ。
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by jhomonjin | 2011-04-12 21:29 | 祭り | Comments(4)
四月四日にチェンマイ在住の友人一家がやって来た。
膝のキズがまだ痛むので、右足を引きずりながら寺地遺跡と親不知を案内して、実家で郷土料理でもてなす。
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寺地遺跡
竪穴住居が一棟だけ復元されている。チェンマイの友人は日本女性の整体仲間だ。
ご主人はタイ人のジュエリー職人さん。奇しくも三千年のこの家に住んでいた人も同業者の翡翠の工芸家さんだ。



寺地遺跡は国指定の縄文時代後期(四千年~三千年前)の遺跡で、翡翠の工房跡を含む住居跡である。
この遺跡には国内で最初の四本の木柱と、環状配石がある。
発掘されたばかりの頃は、諏訪大社の御柱の原型だと騒がれたが、三内丸山遺跡でもっと巨大な六本柱が発掘されて今では影が薄くなった。
スピリチュア系の人の中には寺地遺跡を聖地だと思って遠くからお参りにくる人もいて、友人の紹介で案内した事があるが、小さくて地味な遺跡だ。

有難い事に、彼女は俺が作り溜めていた木工品を沢山買ってくれて、びっくりする程の金額を渡してくれた。
売り物としてではなく手間暇かけて実験的に作った木工品なので、値段を聞かれても答えようが無い。
納得できる金額を支払ってくれと言ったら、予想した値の二倍のお金を出してくれた。
チェーンソウ購入で大きな出費をした後だけに助かる。
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親不知
親不知は作家の水上勉が日本で一番美しい景色と評した富山県の県境にある断崖絶壁だ。
糸魚川の河原や海岸には翡翠を始めとした珍しい鉱物が沢山落ちているので、鉱物マニアの中には聖地だという人もいる。

友人のポスポス大谷という口琴ミュージシャンは神奈川県藤沢市出身だが、車の運転免許は糸魚川の教習所の合宿で取得したそうだ。
何でまた糸魚川まで行って免許なんだ?と聞いたら、「だって糸魚川は聖地じゃないですかぁ!」
と答えた。
奴は鉱物マニアなのだ。
俺が糸魚川出身だというと「凄ぇぇ!、糸魚川の人なの!!」と言われて、俺は初めて鉱物マニアの間では糸魚川を聖地扱いする人がいるのを知った。
糸魚川が聖地なら、もっと偉い人が輩出しても良さそうなもんだが・・・。

翌朝友人一家と別れのコーヒーを飲んでから小滝へカヌー作りに向う。
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四月五日時点
樹皮剥きが八割がた終わった所。針葉樹でも杉と違って松科のトウヒは樹皮が堅くて厚いから剥くのも簡単ではないが、バールを縦方向ではなく横方向に差入れるとサクサクと樹皮は剥けていく事を発見した。

まだ右膝が痛むが、天気が良かったので昼飯の後に膝の絆創膏をとって太陽に曝して昼寝した。
傷口はまだ深くて赤いままだが、一日でだいぶ小さくなっていた。
一切の消毒や塗り薬などの手当てなしで、整体の愉氣をして絆創膏で保護しただけだ。
本当は絆創膏無しで大気に暴露させていたかったが、カヌー作りがあるので絆創膏で保護をした。
化膿はしていない。

温かい春の陽光とそよ風が気持ちいい。
膝にジンワリとお日様が優しく染み込んでいく。
昼休みが終わって再び絆創膏を貼ったが、たった四十分程で随分と傷口が乾いて小さくなっていた。
立ってみると膝はほとんど作業にも歩くにも支障が無いほどに痛くない。
信じられない回復に思わず笑ってしまう。
やっぱお日様って凄い。
最近では太陽光を紫外線の害などで目の仇のように避ける人がいるが、知らない間に随分と恩恵を受けていたのだな、とシミジミと実感する。
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年輪
年輪は五十一本あった。上になっている方を船底に決めた。縦の中心線は地面に対して垂直の仮の中心。丸太には軟らかくて白い白太と、堅くて色の濃い赤味があって、白太は辺材といって利用しないのだ。

多分、病院に行けば二~三針は縫われたであろう全治何週間かの傷が、怪我の二日目にたった膝を四十分間日光浴させただけで痛くなくなったのだ。

俺のサバイバルポシェットには各種サイズの絆創膏を入れてあるが、普段から用心に持ち歩く医療品はこれくらいで充分ではないだろうか。
今回の怪我でその事を実感した。
お日様やそよ風は最高の消毒薬、鎮痛剤だ。
怪我の教訓
・大怪我をしたら慌てない事。
・傷の汚れは水洗いや口で吸って綺麗にする。
 私見だが、オキシフルなどで消毒すると雑菌だけでなく、常在菌も殺してしまうのではないだろう か? 医薬品で消毒をすると菌類の生態系が崩れて、かえって不健全になるような気がする。
・絆創膏や手拭い(ハンカチやバンダナよりやっぱり日本手拭いは便利だ)で傷を圧迫止血と保護を して、落ち着ける環境まで避難できれば折を見て傷口を日光浴する事。

整体では骨折した時に局部が腫れるのは、天然のギブスであるからボール紙で局部を包んで割り箸で添木する程度で良いと教わるが、実践するにはちょっと勇気がいる。

でも腹が痛かったら、誰でも自然と掌を腹に当てるだろう。
これぞ手当てだ。
遠赤外線効果だの、氣の流れだの、温熱効果だのと四の五のと分析するより、まず手を当てれば良いのだ。
救急用品として包帯や晒木綿の用意はあったほうが良いと思うが、色々な薬品を揃えるよりは、傷口に陽光や風を当てたり、痛む処に掌を当てたりといった原始的な手当て方法が自然と出来たほうがいいに決まっている。
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四月八日時点
まずは四角い柱を削りだす。チェーンソウの調子が悪いので、グランフォース・バックスの斧でザックザックと削ってここまでにした。チェーンソウ作業は労働だが、斧でのハツリ作業は遊びに近い。ハマると延々とやり続けてしまう。

糸魚川は鉱物資源が豊富だと書いたが、江戸時代には温石(オンジャク)が名産だったようだ。
温石とは蓄熱しやすい石を囲炉裏の灰の中で温め、和紙に包んで痛む局部に当てる手当て法だ。
小型の表札程の大きさに加工した、レンガ色の石である。
これなんか湯たんぽやペットボトルでも代用できるだろう。

サバイバルグッズで書いてきたが、用意すべきモノは道具よりも工夫する知恵だと思う。
用意しておいた医薬品が足りなくなった、想定外の医療品が必要になったという時に、途方に暮れない為の知恵が必要だと思うのだ。

例えば頭痛には梅干の皮をコメカミに貼る。
ヨモギをカラカラに乾燥させてから手で揉めば、モグサが出来る。モグサがあればお灸が可能だ。
避難所生活でお灸をすれば、人に喜ばれて生甲斐になる。
ヨモギは生葉でも止血や消毒、沈静作用がある。
因みにこれはみんな、ばあちゃんから習った。
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by jhomonjin | 2011-04-06 21:23 | サバイバル | Comments(0)
あっと驚くぅ〰、タメエゴオロ〰!(為五郎)って知っている人は四十歳以上だろう。
クレイジーキャッツのハナ肇が70年代に流行らせたギャグである。

土曜日は本当にこの言葉がピッタリな出来事があった。
縄文カヌーの用材の伐採を月曜日に控え、いろいろと準備をしていた矢先に、お手伝いをお願いしていたS大工さんから電話があって、暇が出来たので伐採に便利なように小滝小学校グランドの雪をユンボで踏み固めておいてやる、と電話があった。
何か嫌な予感がして現地に行ってみると、あっと驚くぅ〰、タメエゴオロ〰!という光景を目にしたのだ。
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為五郎1号
照れ屋さんにして人情家のS大工さんがユンボで切り倒した唐檜の枝をへし折っておる図。






月曜日に森林組合の協力で伐採を予定しておいた用材が、なんと既に切り倒されていた。
まだお祓いもしていないのだ。
Sさんは伐採もついでにやっておいたよ、と屈託無くユンボからにこやかな顔を出した。
俺の浮かない顔色を見て、Sさんは「何か悪い事したかや?」と聞いてきた。
俺は「お祓い終わっとらんし、月曜には森林組合に伐採を手伝って貰うことになっとんだけん。」
と答えると「いいちゃ、余計な金ども払わんでええし、お祓いせんでも大丈夫だっちゃ!」とケロっと返した。
善意丸出しのSさんに文句は言えない。
切り倒した用材の枝をユンボのアームでバキバキと折っていくSさんの影で、切り株に米と塩、地酒を添えて小さな焚火を起して簡単なお祈りをした。
「突然に切り倒されてさぞびっくりされた事でしょう。申し訳ございませんでした。貴方のイノチはけっして無駄にしません。縄文カヌーを作って末永く糸魚川の人達に喜んで貰えるように、一生懸命カヌーを作らせて頂きます。何卒ご無礼をお許し下さい。」と用材である唐檜(トウヒ)に詫びた。
本当は半日かけてじっくりとお祓いをする予定だったのだが、終わってしまった事は素直に迎入れて気持ちを切り替える。

伐採が終われば玉切して樹皮剥きだ。
用材の唐檜は杉のようには簡単に樹皮が剥けない。
まるで甲羅のような堅い樹皮がへばりついている。
チェーンソウで切れ目を入れて、バールをこじ入れて樹皮剥きをしていく。
二度目のタメゴローだ。
途中でチェーンソウがぶっ壊れた。ピクリとも動かない。
もともと友人から壊れた国産品を譲り受けて直したオンボロだ。
修理に出したら暫くは使えないし、新品のプロ用チェーンソウは八万〰二十万くらいする。
仕方ない。バイクのオーバーホール用にとっておいた八万で新品を買う事にした。
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為五郎2号
買ったのはハスクバーナというスエーデン製の高級品。中古のオンボロ軽自動車が壊れて、新車のボルボを買ってしまったという位の差がある。どうせ買うなら気持ちよく仕事をしたいからとトビキリ上等のにした。

足場の悪い雪の上では作業が思うようには運ばないので、1キロほど離れた小滝森林生産組合の空倉庫に移動する手配をした。
小滝森林生産組合の好意で、無料で倉庫を使わせて貰えるのだ。

ユニック車(クレーン付きのトラック)を借りる段取りをしていたら、懇意にしている後藤組の社長がオペレーター付きで無料で移動を申し出てくれた。
有難い。
翌朝、新品のチェーンソウを買って現場に着くと、3度目のタメゴローだ。
切り倒してあった唐檜が無い。
もしやと思い小滝森林生産組合の空倉庫に行ってみると、唐檜がデンと置かれている。
昨日の今日で大きな会社の後藤組さんが移動させる筈は無い。
Sさんの携帯に電話したら「おっ、暇が出来たんで朝一で移動しといてやったわね!」
Sさんは伐採をしたので、移動は誰かに頼みない、と言っていたのに・・・
なんだかSさんの言葉には何時も突き放すようなニアンスがあるのだけど、実は親切心の塊なのだ。
照れの裏返しで言葉では逆の事を言うのだけど、本当は思いやり深い人情家なんだ。
Sさんは大工だけど、糸魚川の漁師にはこんなタイプが多い。
かっては漁師町だった俺の町会の男達はこんな奴ばっかりいる。
言葉が悪くて憎まれ口ばかりたたくけど、面倒見がよくてあったかいのだ。
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為五郎3号
森林生産組合の倉庫前にデンと置かれた9mの用材。推定重量2t。倉庫の奥行きは8m弱なので、切詰めてから軽量化を図り、人力で移動できるようになったら倉庫に入れる予定。

倉庫前で一人でひたすら樹皮剥きをする。結構な重労働である。
大形の鉈で切れ目を入れた時に、刃先が堅い樹皮を滑って右膝に当った。
ズボンはスッパリと切れている。
慎重にズボンをめくると、4度目のタメゴローだ。
膝の皿に骨が見える程の幅4センチの深い切り傷が出来ている。血がゆっくりと靴下に染み込んでいく。
猿も樹から落ちるぜ、と思わず笑った。
相当に疲れていたので手首の極めが甘かったのと、鉈はカミソリ並みに良く研いであったからな・・・と誰も見ていなかった事にほっとする。現場を見られたら恰好悪い。
指で傷口をキッチリと閉めてから口で血を吸い、絆創膏を貼る。
その上からボロキレで縛って、膝蓋骨外周の四点に指をあて、愉気(整体で氣を送る事)する。
五分ほど愉気して飽きたので、しばらく空を見ながら煙草とコーヒーを愉しむ。

こういった怪我では慌てるのが一番よくない。
日常の一部だと思って平然とする事で経過は相当に早くなる。
これは何度も経験しているので、俺は整体に出逢う前から人が病院に駆け込むような大怪我でもそうやって治してきた。
やっちまったものは元には戻らん。観念して受入れる事が肝心だ。そして次に進む事。
今回の東日本大震災だってそう出来れば最高だろう。
当事者にとってはそんなに簡単ではないだろうが、次に進む気持ちを持たないと何も始まらないのは確かだろう。

俺の膝の怪我から既に九時間が経過したが、特に大きな痛みや腫れは無い。
歩く時に軽く右足を引きずる程度。
四月十日は『ケンカ祭り』が待っている。
今年の俺は神輿を担いで走って競争する重要な役が付いている。
今日は月曜日だ。十日の日曜日まで一週間、気合で膝を治す積もりだ。
怪我で走れないので役を辞退する、という事は死んでも出来ない。
俺の田舎では祭りの前に怪我をするという事は気合が入っていない証拠と馬鹿にされるのだ。
役の辞退は、つまりは男として認められないという事
アクシデントや怪我は済んだ事として、気持ちを切替えて先へ進む。
俺にはケンカ祭りと縄文カヌーが待っているのだ。
チェーンソウが壊れたって、大怪我をしようが、構っちゃいられないのだ。
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by jhomonjin | 2011-04-04 22:09 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(2)