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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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<   2011年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

前回の続きですわ。
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この写真の石は、鎌倉の七里ガ浜で拾った石笛・・・イワブエ・・・である。
もっとも特定の石笛という岩石がある訳ではなく、直径10mm前後の孔が開いた石なら、斜めに息を吹き込めば簡単にピイッッ~という鋭い音が鳴るので、天然や人工も含めて吹くと音の出る石を総称して石笛と呼んでいるだけだ。

右の灰色の石が泥岩で、左の黒っぽい石の名前は残念ながら断定できない。
孔の開いた石が自然に出来るのは色々な理由があるのだけど、七里ガ浜から三浦半島に掛けての海岸では泥岩の孔開き石が簡単に拾えて、この場合はカモメガイが巣穴にする為に酸で溶かしながら穿孔していった結果らしい。
前回書いた通り、縄文遺跡からは石笛が出土(三十例ほど)しており、この場合は人工的に孔を開けているものと、自然なものが混在しているらしく、実際の用途については不明だ。

インターネットで売っていた「糸魚川産ヒスイ製の石笛」は原価からすると高すぎる。
作り方は簡単だし、鎌倉から三浦半島にかけてなら天然の石笛だって簡単に拾えるので、わざわざ高い買い物をするのはいかがなものであろうか?
あるインターネット販売業者の宣伝文句を読んでいたら、「糸魚川下流で拾ったヒスイ・・・」って出ていたが、絶対に嘘である。
糸魚川市には糸魚川という川は無いのだ。
かなりいい加減ですな。

さて、前回のコメントに糸魚川ヒスイとビルマヒスイの違いについて質問があったので、お答えします。

多くの人が目にするヒスイはビルマ産が多いと思う。
都会の鉱物ショップなどで手軽な値段で買えるヒスイもビルマ産だ。
中華圏で尊ばれているヒスイもビルマ産で、鉱物学的には軟玉翡翠(ネフライト)という鉱物だ。
ビルマ産ヒスイは透き通った緑をした均質な外見で、柔らく加工も比較的容易で、ヌメッとした光沢がある。
台湾産のネフライトは、石器として優秀らしい。
今でもパプアニューギニアの奥地で、台湾産のネフライト製石斧で樹を伐採している人もいるらしいのだ。

ところが糸魚川産は、鉱物学的には硬玉翡翠(ジェイドライト)と言うまったく別な鉱物で、ネフライトより遥かに堅くて加工が難しく、乾いた感じの光沢がある。
ビルマ産と違って、糸魚川産ヒスイは白の中に緑が入っていて、不均質な外見なので一見して地味なのだけども、緑色の深みは独特である。
糸魚川の人は、「ビルマ産は品が無い。糸魚川産は上品で和装に合う。」なんて言って、年配の女性はヒスイの帯止めや指輪を冠婚葬祭用に用意している。
因みに俺が都会に住んでいた時に出逢った初対面の女性が、糸魚川産ヒスイらしき指輪をしていたので、「失礼ですが糸魚川出身ではないですか?」と声を掛けたら図星で、「何で分かるの!」とビックリされた経験が二度あった。
ヒスイは郷土の誇りなのだ。
年配の男性なら、ヒスイ製バックルの付いたベルトだ。
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本日の糸魚川の海。秋らしい深いマリンブルーになっていた。糸魚川ヒスイの色は、砕ける波の白と太陽光に透かして見える波の裏の緑を閉じ込めたようだ、と子供の頃に思った。どこか懐かしくて切なくなる美しさだと感じた。

その加工の難しいヒスイを、糸魚川の縄文人は七千年程前から加工して国内各地に運んでいたのだ。
以降は古墳時代まで、日本ではヒスイが不老長寿を表象する宝玉として珍重されていく。

万葉集には
 沼名河の 底なる玉
 求めて 得し玉かも
 拾いて 得し玉かも
 あたらしき 君が
 老ゆらく惜しも
という和歌が詠まれているという。
沼名河とは糸魚川の古名で、ヌナカワと読む。

最後に縄文の師匠の関根秀樹先生の意訳を紹介しておく。
『名高いヌナカワの川底にあると伝え聞く、不老長寿の霊力を秘めた玉は、何者かの交易によって求めて得られる玉なのだろうか。
それとも険しい渓谷をたずね歩いて拾える玉なのだろうか。
なんとしても手に入れて、何より得難い尊い君に贈りたい。
わが君が日増しに老いてゆくのが残念でならない。』(縄文生活図鑑・創和出版)
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by jhomonjin | 2011-09-22 21:30 | 糸魚川ヒスイ・石 | Comments(0)
この写真の透き通った緑色の二つの石は、友人のMさんが自分で拾ってきたヒスイを自分で磨き上げたものだ。
拾ってきた、といっても勿論、道端ではなくて糸魚川の海岸からである。
Mさんの本職は配管屋だが、趣味で海や川からヒスイを拾って来て加工もしている。
糸魚川にはヒスイ拾いや加工を趣味にしている人は多い。
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写真では判別しにくいだろうが、透明度がかなりあるので、鉱物に詳しく無い人ならアクアマリンだと思うかも知れない。
ご覧のように、このヒスイにはひびが入っているし、形も勾玉などのようなもっともらしくて分かり易いデザインではない。
一般的には、ひびが入ったヒスイは宝石としての価値が無いから、屑として廃棄されるのが普通だ。
しかし例え宝石として価値が無いとされる屑ヒスイでも、色が綺麗だからと最後まで磨き上げて完成させるのがMさん流だ。

形だって、専門家が作ったヒスイのようにシンメトリックではない。
Mさん式のヒスイ加工は、予め決めておいたデザイン通りにヒスイを研磨していくのではなく、綺麗な色が出る事を優先させてヒスイを研磨していくので、最終的な形はヒスイ次第となる。
だから時にはひびが入っていたり、非対称だったりの「商品的には価値が無いヒスイ」となったりする事になる。

でも俺にはそこが佳いなぁ、と感じる。
観ていると何だか儚くて、切ない感じが伝わってくる。
ナミダのかたち・・・と柄にも無い言葉が浮かんだ。

こんなヒスイがMさんの家には沢山転がっている。
佳いなぁ~、凄いなぁ~と言い続けていたら、「欲しかったらあげるよ。」と簡単に言われたが、畏れ多い事だ。
一体、これだけのヒスイをどれだけ探し続けたら拾えるのか?研磨に何時間かかったのか?

以前にインターネットで検索したら、神秘的な宣伝文句が並べられて糸魚川産ヒスイで作ったという石笛がとんでもない高額で売られていた。
石笛とは、石に孔が開いただけの縄文時代の出土品である。
孔に息を吹き込めば音がするが、笛として使われていたという証拠は無い。
ただ現在でも一部の古神道系の神社などで神事に使われる祭器ではある。

ビール瓶に息を吹き込んでボーと鳴らす要領で吹くと、ピイッ~という鋭くて甲高い音がする。
石笛が吹けるようになるまで半年もかかった、なんて話も聞いたことがあるが、子供の頃にビール瓶を吹いて遊んでいた人ならその場で簡単に音は鳴る。
「古代から相伝の神宝」と公表していた某有名神社の石笛が、実は最近になって三浦半島の業者から買っていた、なんて裏話も俺は知っている。
縄文と古神道を結びつけて語る世界には、随分と胡散臭い話しも多いので注意が必要だ。
神秘的な付加価値を付けて商品価値を高めようとする意図が見え見えなことが多い。

東京の縄文ファンから、ネットで七万円で買ったのだと自慢げに糸魚川産ヒスイの石笛を見せられた事があるが、本物の糸魚川産ヒスイなのかどうかは別にして、糸魚川で原石を買ったにしても千円位で買えそうなヒスイ?(石笛を入れてあった布袋の染料が石に染み込んで色が分からなかった)に見えた。
透明感も無い、ヒスイかどうかも分からない石に孔開けしただけのものが七万もするなんて!と正直びっくりした。
どう見ても製作時間は30分~1時間程度だろう。
言っておくが、硬度6のヒスイに直径1cm前後、深さ2~5cmもの真円の孔が開けられるようになったのは工業用ダイヤモンドの先端ビットが普及した近年になってからであって、縄文時代にはヒスイはおろか、人工的に孔の開けられた石笛は無かったのだ。
ほとんどはヤドカリが巣にする為に泥岩や砂岩に孔をあけた自然石である。

それから見るとMさんは趣味だけに商売っ気が無い。
少しは売る気持ちもあるようだが販路が無いし、自宅に来た人しか観る機会が無いのだ。
糸魚川には趣味でヒスイ製品を作っも、買ってくれる人がいないから溜まる一方の人は多い。
正真正銘の糸魚川産ヒスイの石笛が欲しい人、このブログに非公開コメント下さいな。
情報ありますよう。

追記 2013年7月24日
ぬなかわヒスイ工房として独立しました。
石笛・勾玉・ヒスイのお問合せは下記まで!
 ぬなかわヒスイ工房 http://nunakawa.ocnk.net/

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by jhomonjin | 2011-09-19 21:52 | 糸魚川ヒスイ・石 | Comments(10)
タイガー登場!って今回のタイトルは、子供の頃に夢中になったアニメのタイトルみたいだが、縄文カヌープロジェクト新加入してきた青年のニックネームのことである。
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期待の新人タイガー参上の図。写真撮るのでパドル持ってガッツポーズをしてくれ、と言ったらこの顔をしてくれた。俺なら写真を撮る時でも照れ臭くてこんな表情は出来ないので、こんな天真爛漫さは心底から羨ましいと思う。

タイガーは石田泰雅という26歳のセーネンで、阪神タイガースが優勝した年に生まれたことからトラキチの親父がタイガースにあやかった名前にしたそうだ。
無論、兵庫産の関西人である。
本当は泰雅と書いてタイガと読むのだが、子供の頃からタイガーと呼ばれているんで、タイガーと呼んでくださいという事だ。
関西にはタイガー君が多いらしい。

タイガーは数年前に糸魚川にIターンして、現在は地元女性の石田久美さんと結婚して季節毎に農業やスキー場等の仕事をしているらしい。
糸魚川に定住したいタイガーと、婿取りしたい奥さんの久美さんの「利害が一致して結婚」したんだそうだ。
今回は夫婦揃って会員になってくれた。

旦那のタイガーは漕ぎ手とカヌー作りを志望してきた。
これは有難い。
漕ぎ手だけとか、カヌー作りだけのどちらかだけに興味のある人はいても、どちらにも意欲を持っている人材は滅多にいないだろう。
実に助かるし、木工技術もそれなりにあるようだ。
アウトリガーの組み立てを手伝って貰ったが、身のこなしや道具扱い、立ち位置を観てもモノ作りのセンスの良さや技量が分かる。
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現在の縄文カヌーは市内小滝区の「高浪の池」に常時係留してあって、毎週末には一人でトレーニングをしていたが、これからはタイガーも一緒にトレーニングすることになった。彼の知人にも興味がある男がいるそうだ。

何より漕ぎ手としてのセンスがこれまで乗せた人のなかでピカイチなのだ。
しかも俺と息がピッタシ合っているから、簡単な説明だけですぐに要領を呑込んでくれてカヌーが直進してくれる。
もともと山男だったらしくて、糸魚川の山小屋でバイトしている内に「海と山がある糸魚川」が好きになって定住したという程のアウトドアマンだから、体力も期待できそうだ。
本格的な山男だったから、舟を係留する時に使う「舫い結び」なんて基本的なロープワークも、いちいち教えなくても出来るってところも有難い。

そして奥さんの久美さんは姉さん女房のしっかりモンで、もと広告代理店の営業してたくらいだから得意分野の企画と広報で活躍して貰うことになった。
彼女は糸魚川の若い女性にしては珍しいくらいの外交的な気質のようだ。
ただ久美さんは11月に出産予定なので、本格的な活動はちょっと後になるだろう。

実は俺はモノ作りも好きだけど、企画や広報といった仕事も好きだし、結構得意な分野でもある。
しかし縄文カヌープロジェクトは俺一人だけではどうしようもないレベルの大きな企画なので、各自の得意分野で意欲を持ってくれる人材が入会してくれるのは本当に有難い。

これからは縄文文化の体験会も実行したい。
「縄文キッズ養成講座」というノリで火越しや、土器作り、石器作りなどの体験会を開催して縄文文化の普及をしていきたいのである。
だから行政との交渉や、企画・広報に興味のある人材も募集している。

青森までのネットワーク作りも必要だ。
興味のある人、連絡下さい!
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by jhomonjin | 2011-09-13 21:40 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(2)
先週の日曜は糸魚川の高台にある美山公園で「日本海クラシックカー・レビュー」というイベントがあった。
美山公園はこのブログによく出てくる縄文時代中期(五千年~四千年前)の長者ケ原遺跡のあるところである。

このイベントは市内のカーマニア達が二十年前に始めて、今では全国から二百人近い参加者が集まる大イベントに成長している。
二百人近い参加者ということは、二百台近いクラッシックカーが糸魚川に集合してくるということである。
マニアの世界では有名なイベントらしい。


クラシックカーといっても実際に走ることのできる現役車ばかりで、国内外の大衆車やトラックなどの実用車、俺の子供の頃にはスーパーカーと呼ばれたスポーツ車など雑多な車が集まってくるので、車好きでなくても観ているだけで結構愉しい。

例えばイタリアの大衆車フィアット500だ。
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日本人が乗ってさえ小型なのに、小柄な人が多いとはいえ、よくぞイタリア人はこんな小型な車に長いこと乗っていたもんだ。明るい赤がこれほど似合う車も珍しい。イギリスのミニ・クーパーは暗い赤が似合う。


「ローマの休日」の最後の方で、グレゴリー・ペックがオードリー・ヘップバーンを宮殿まで送っていった車。角を曲がるとすぐに宮殿という所で「そこで止まって。」と別れを告げるシーン。
ルパン三世が「カリオストロの城」で嬉々としてカーチェイスしていた車だ。
フェリーニの映画にもよく出てきた。
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小型車なのにグレゴリー・ペックのような大柄な外人が乗れるのは訳がある。車内に余計な出っ張りや計器類が無い実用一点張りな作りなのだ。したがって広い車内空間となる。これ以上は省くモノが無いという潔いデザイン。


また同じくフランスの大衆車のシトロエン2CV。
ジャン・ギャバンやリノ・ヴァンチュラ、ジャン・ポール・ベルモンドといった往年のフランス俳優達が、葉巻をくわえて窮屈そうに乗り込んで、石畳の路地をタイヤを軋ませて走らせていた車だ。

国産車では六十年代のセドリックが断然渋い。
三億円強奪事件で、犯人が逃走に使った車だったと記憶している。
セドリックという名前の車を覚えたのが、幼稚園の時に観たあの事件の報道番組だった。
七十年代のブルーバードは親父が乗っていた。
スカイラインやセリカは、近所のあんちゃん達が乗っていたねえ・・・。


集まってきた車を観て歩くと、一台毎に映画の1シーンや子供の頃の思い出と出逢えるのだ。
懐かしい。
それに大事に何十年も使われてきた車を観るにつけ、オーナーの人となりや車への愛着が感じられて自然と優しい気持ちになってくる。
オーナー達と愉しそうに車談義に興じる見学者も穏やかな表情をしている。
初めて観たけど、佳いイベントだ。

俺が最も感動したのはそのフィナーレの光景である。
イベント終了時間になって参加車が続々と公園を出ていく時に、沿道に総勢八十名のボランティアスタッフ達が「お気を付けて!」「有難うございます!」とニコニコと並んで手を振って見送っていた。
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参加車をお見送りするボランティアスタッフ。左端のピンクのお姉さん達はミス・ヒスイ。ミス・ヒスイなら黄緑のスーツを着てるもんだとばかり思っていた。しかしご当地ミスって何で皇室のお嬢さんみたいな格好するんだろう?

車のオーナー達も満面に笑みを浮かべて、「また来年も来るよう~!」と手を振って会場を後にしていく。
赤色のツーシーターオープンカーに乗った白髪の老夫婦が手を振りながら去っていく。
実に格好いい。
中には照れ臭いのか、エンジンを空ぶかしして轟音をあげながら会場を出て行くサングラスのジイサンもいる。
若い頃はやんちゃ者だったんだろう。

そしてイベントの代表者が、一台づつの車のオーナーに向って「○×さん、遠くから有難うございます。またお逢いしましょう!」と丁寧に挨拶していた。
二百名近い参加車と聞いていたけど、代表さんは全てのオーナーさんの顔と名前を覚えていて、懇意な間柄らしい。
素晴らしいことだ。
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右の方でマイクを握っているのが、代表の大久保さん・・・らしい。二百名近い参加オーナーの名前を完璧に覚えていて、実況中継していた。大久保さん自信も各地のクラッシクカーイベントに出向いているんだそうだ。

和やかで温かみのあるイベント。
全国から集まったクラッシックカーのオーナーも、見学者やイベント関係者も一緒になって愉しんでいたし、また来年もと期待に胸を膨らませる事の出来る雰囲気。

台風の合間の曇り空も、イベント終了直後からポツポツと雨が落ちてきた。
関係者達の気合で天気がもったんだ、と実感した。

糸魚川もやる時はやるのだ。
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by jhomonjin | 2011-09-09 22:11 | 田舎暮らし | Comments(1)
縄文カヌー完成をブログや関係者に絵葉書で報告していたら、整体関係者からのリアクションが感覚的な表現が多くて面白かった。

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本文には関係ないが、台風災害が多発しているので今回はベトナムの台風一過の連続写真の紹介。
物売りのオババが、台風一過で人気の少ない海岸で舟の写真を撮っている変わり者の観光客(即ち俺だ)を見つけて集中攻撃。「コーラはどうぢゃ?いらん?なら果物もお菓子もあるゾイ?なんじゃ、写真撮るだけでなぁ~にも買わんのケエ~?」



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台風で海岸に打上げられた大量の流木は日本だとゴミとして処分されるが、ベトナムでは街中総出で薪拾いをしていた。ベトナムでは現在の都市部でも薪で食事作りする人が多いので、流木も貴重な資源だ。

ブログリンクして貰っている仲右エ門さんは、山形の整体指導者だ。
彼からは葉書で「縄文の道を現(うつつ)の修めけり」という俳句が贈られてきた。
仲右エ門さんは俳句作りで身体を育てるという「体句」の発案者、つまり宗匠である。

大阪のTさんからは「縄文カヌー写真の景色がどうみても縄文時代だ・・・」とコメントが来た。

東京のSさんは、前回のブログに紹介したヌナカワヒメのヌナカワという響きが佳いとのコメント。
Sさんは音楽の専門家でもあるから、響きに敏感なのは流石。

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フエというこの古い港街には運河が網目状に引かれているが、台風の後は一週間以上も街路が冠水していた。こういった日常と非日常の境目の風景は何だかワクワクする。


俺も昔からヌナカワという響きが好きだった。
地元ではヌナガワと濁音にするのが普通だけど、俺は断然ヌナカワと濁らない発音のほうが好きだ。
平板にnunakawaと発音するでもなく、個人的にnuna-kua-faと鼻に抜けるような感じでヌナカワと発音している。
前回のコメントを読んで無い人の為に説明すると、ヌナカワとは糸魚川の古名である。
光り輝く珠なす川という意味があるらしい。
光輝く珠とはヒスイのことだ。
恐らく弥生時代の後半~古墳時代前半の糸魚川には、縄文の流れを色濃く残した「ヌナカワ族がヌナカワの郷」を作っていたと推定されている。
因みに俺の実家はそのど真ん中辺りにあって、俺が生まれるちょうど一年前に、お袋は敷地内で勾玉を拾ったそうだ。
実家の敷地には勾玉工房があったらしく、その後に古墳が作られ、二千年近い時を経て河川の氾濫などで埋もれてしまい、やがて忘れ去られて田畑になっていったらしい。
そして今やヌナカワ族の本拠地であった実家一帯は、糸魚川の新興住宅地として郊外型のスーパーや本屋が立ち並ぶ日本中どこにでもある詰らない街になりつつある。
ヌナカワ人は、卑弥呼みたいなヌナカワ姫を族長とする海洋民族だった、とも言われている。
古事記や日本書記、出雲風土記などにそのことが断片的に出てくる。

話がドンドンと脱線するが、世界最古の勾玉は糸魚川産だそうだ。
もしかしたら道教から発生した陰陽図や、大極図のルーツが縄文時代の糸魚川かも・・・なんて言おうものなら、中国人や韓国人は黙ってないだろうが。
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冠水した道路を「キャッホー!!」と一息に突っ切る若い衆。元気である。中には途中で失速してコケルてる人もいた。俺もレンタルバイクでチャレンジしたが、無事に完走した。伊達に何十年もバイク乗りはしていないノダ。

さて、仲右エ門さんは言語で、Tさんは光に、Sさんは響きにそれぞれ集注したリアクションであった訳で、共通するのは各自の感覚実感を表現したことだ。

世間一般の常識的な感想ではないところが、流石に整体仲間である。
そんな処が何故か愉しく感じて、整体を学んでて佳かったなとシミジミ思う。
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by jhomonjin | 2011-09-03 20:04 | 動法・整体 | Comments(0)