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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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捨て猫の飼い主はなんとか見つかった。
念ずれば現じた訳だ。

うまい具合に俺が目下の処、最も熱中している縄文カヌーのほうにも、ずっと念じてた事が現じそうな気配が出てきた。

縄文カヌープロジェクトは、ここまでの流れは今年の正月に五日間かけて書いた「日本海縄文カヌープロジェクト五ヶ年計画」という企画書の通りになっている。
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全長8mの縄文カヌー「ヌナカワ丸」を作る為の用材寄付の話が突然舞い込んできた。用材の前に立っているSさんが所有するご神木である。Sさんの身長は170cmあるそうだから、用材の巨大さが分かるというもんだ。

企画書では初年度に自力・自己資金で小型縄文カヌーを作って、試乗体験会や実験航海、航海訓練を重ね、賛同者を集めて青森に向けての航海を具体化する為の組織を作るという内容だが、概ね夏までには全て実現できた。
正月にたった一人でスタートしたこのプロジェクトも、現時点で会員数は26名に増えたし、試乗体験会も四回やって乗船者は二百名を越えている。

俺の書いた企画書は全17ページあるが、ガラッパチで大雑把な俺のひととなりを知る人からは「おまん(あなたの方言)が書いたとは思えん!」と何度か言われたくらい緻密・・・俺にしてはのハナシだけんど・・・な内容となっている。
ある行政サイドの人からは、ここまで綿密に計画できたんなら、きっと実現するでしょう!と激励もされた。

しかしご都合主義的な部分もかなりあるところが、俺らしいといえば実に俺らしい企画書ではある。
例えば、二年度以降はプロジェクトの主旨に意気に感じた山林所有者から、用材の提供を受けて全長8m級の大形カヌー「ヌナカワ丸」を作って40キロ程度の小航海を実行する、といった部分なんかそうだ。
都合よく全長8mで直径1mもある用材が提供して貰えるなんて甘い、という人が何人かいた。
そのクラスの杉材だったら100万~300万円位はしそうだから、企画書には邪魔になって不要な雑木で可という逃げが書いてあるのだけど、甘いというのはもっともな話だと俺も思う。
しかし徒手空拳の人間が巨大プロジェクトに挑む場合に、計算づくで理詰めの計画を立てても机上の空論ぢゃろう、というのが俺流だ。
どっかで常識を逸脱した浪漫の部分が無いと、厚い現実の壁が破れんのじゃないか?と俺は考える。
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直径1m越えで全長11mもある巨大な杉材を目前にするのは初めてだ。年輪を数えたら樹齢で200年近くはあった。巨木はその存在だけで神を感じさせる。この木でヌナカワ丸が作れたらどんなに魅力的だろうか。神の木で作ったヌナカワ丸・・・ひび割れが気になるのだが・・・。
俺だけで困るのは実に困るから、誰か相談に乗ってこの重圧を分かち合ってくれい!




だから来年に備えて用材購入のために某財団の助成金の申請を終えたばかりなのだが、その直後にド-ンと願っても無い話が舞い込んできた。
検討中で決定した訳ではないので詳細は書けないけど、さる神社のご神木を寄付したいって話だ。
なんと全長11mで直径1.1mの杉材で、思い描いていた条件にぴったりだ。
実現すれば企画書通りになる。
ちょっと怖いくらいだけど、実現するにはまだ障害がかなりある。

寄付するといってきた用材は、寸法こそぴったりなのだが、伐採後二十年近く風雨に曝されていて、ひび割れがかなりあるのである。
ひび割れ対策は色々あるけど、限度を越えたひび割れだったらどうするのか?
用材を外から観察しても、実際に作ってみないとどうなるか分からないリスクがかなりある。
ご神木だから縄文以来五千年の糸魚川人の夢を乗せて八百キロ離れた青森を目指すヌナカワ丸・・・スピリット・オブ・ヌナカワ号、つまり糸魚川魂号だ・・・に相応しい魅力的な用材には違いない。
作りだしてからやっぱり駄目でした、で済む話では無い。


これは時間を掛けて考えたところで解決するという問題では無い。
「是か非か是か非か是是か非か?ここが思案のスラバヤ沖」(太平洋戦争のスラバヤ沖夜戦の時の指揮官の言葉である。小学生の時に戦記物で読んで以来、いつか使いたかったのだ・・・)だが、この波に乗るかどうかと最終的に決断するのは俺という事になる。
だがそうするのはもっと時間と判断材料が必要だ。
重圧が背中にのしかかる。
何か縁起の良い夢を観るなどの吉兆の知らせでもあれば良いのだけど・・・。
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by jhomonjin | 2011-10-31 21:09 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(2)

道で出会った捨て猫の話

ある寒い朝、人気の無い道の真ん中に子猫が座っていた。
座っていた、というよりは腹が減って動けない感じだ。
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文字通り明日をも知れない状態なのに無邪気そうな寝顔の捨て猫。いじらしいではないか。この前は何時メシ喰った?今度は何時メシが喰える?雪が降ったら何処で寝る?せめて夢の中だけでも楽しい思いをしてくれい、と祈った。

ガリガリに痩せているし、薄汚れた感じから捨て猫らしいが、猫好きならこんな時に車を止めて他の車に轢かれないように道端に逃がしてやるだろう。
俺もそうしたし、ポケットに禁煙用のキャラメルがあったので投げてやった。
ちょっと怯えて遠巻きにしてたので静かに後ずさりしたら、子猫はフニャフニャハグハグ言いながらキャラメルを貪り食った。
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目をシロクロさせながらキャラメルにむしゃぶりつく子猫。よっぽど腹が減ってたんだろう。キャラメルが歯にくっついて喰い難そうだったけど美味そうに喰っていた。5粒程放り投げておいたが、歯ぁ磨けよう。

この道は人気が無い分、車がスピードを出して通るからかなり危険だし、もう11月に近いから雪が降り出したら子猫は生きてはいけないだろう。
後ろ髪を引かれる想いで子猫と別れた。

あの道を通る度に子猫の安否が気になって、まだ生きているのか?道端に子猫の死体が転がってないか?と車の速度を落として辺りを見回す日が続いた。
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何回か目のキャラメル弁当をやっていると、家族でドライブ中の女の子が「ニャンニャンだ!」と寄ってきた。「オヤツ持ってたらやってよ!」と声を掛けると、おばあちゃんらしき女性が車から御菓子を持ってきてくれた。今日もなんとかイノチを繋げた。

子猫は相変わらずぐったりと道端に座り込んでたり、寝転んでいたりした。
あたかも人目に触れることで、誰かに拾われるのを待っているか、車に引かれて自殺しようとしているかに見えた。
誰が捨てたのか?自分を捨てた飼い主に非情を訴えているのかも知れない。
見捨てておけなくて、見かける度にキャラメルを放り投げてやった。
「頑張れよう、一粒で300m走れるってキャラメルなんだぞ。生きてさえいれば誰かに拾われるチャンスあんだから、諦めるなよう!」と胸のなかで呟く。

拾ってやりたいが、我が家にはナルーという気の強いメス猫がいるので、気が合わなければ虐められてしまうだろう。ナルーも捨て猫だったが、もう11歳だ。

子猫と出会ってから6日後の今日、奇跡が起こった。
昼寝していた子猫にキャラメルを投げて激励(?)をしていたら、車で通りがかった女性が声を掛けてきた。
「その猫ちゃんは飼い猫ですか?」
俺がこれまでの経緯を話したら、女性は「う~ん、家にも猫がいるし・・・、親がまた猫拾ってきた!って文句言うだろうしなぁ・・・」と呟いている。
脈ありだ。
女性は一度車に戻って、猫用の裂きイカみたいな食い物を出してきて子猫に投げてやった。
最初はフーッと警戒してた子猫も、ご馳走を貪るうちに女性に馴れて近づいてきた。
なんと最後は女性の膝にスリスリと擦り寄ってきた。
この女性はよほど猫好きオーラが出ているらしい。優しそうな女性だ。
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なんてこった。奇跡の女神が登場してくれた。この女性が新しい家族になってくれた。
プロ野球の野村監督の座右である「念づれば現ず」という言葉は、俺の整体の大師匠の造語らしい。現じたよ、本当にっ!



結局、女性は子猫をエコバックに入れて家に連れ帰ってくれることになった。
子猫はケガをしてたし、感染症などの予防などの為に週明けには獣医に診せるそうだ。
世の中、満更でもない。
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by jhomonjin | 2011-10-22 18:05 | もののあわれ | Comments(6)

縄文土器つくり勉強会

日本海縄文カヌープロジェクトの一環として、縄文土器つくりの勉強会をした。
来春から本格的に始動する予定の各種の縄文文化体験会である「縄文キッズ養成講座」の講師やスタッフ養成のための内輪の勉強会である。
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菊練りを指導する水野さん。俺の土器作りは我流なので初めて目の当たりにするプロの技に感動する。コツは右手は粘土を支えるだけで、左手だけで粘土を練っていくんだそうだ。

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菊練アップ。粘土は毎回、奈良の西浦商亊から野焼き土を取り寄せているが、次回は長者ケ原の縄文人が使っていたと思われる粘土を採掘しての土器作り予定だ。水野さんは研究熱心で緻密なので、大雑把な俺としては有難い仲間。

講師は会員の中で唯一縄文土器作りをしたことのある俺。
友人で陶芸家の水野さんが陶芸家の立場からのアドバイスと、自作の窯である雪割窯の二階を土器つくりの場所として提供してくれることになった。
半日程度の勉強会のつもりが、参加者全員がはまってしまい、結局一日中土器作りということになった。
少年のころ夢中になって外で遊んでいて、5時のサイレンが鳴って慌てて家路についた、という感じ。
未来の講師スタッフとなるべき参加者のこの熱気や、自分の手で形が出来上がっていく土器作りの楽しさ、モノづくりの新鮮な喜びが、今後展開していく予定の「縄文キッズ養成講座」参加者に伝染していってくれそうな雰囲気。
焼成は野焼きなので、四週間後に窯場の空き地でやる予定だ。
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今回は五名の参加。この部屋の下が窯になっている。雪割窯は糸魚川市街地から三十分ほど山間地へ入った根知という集落の外れにある。この日はカメムシが大発生して往生したが、周囲数キロには人家も無く、滝や渓流もある絶好の環境。
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いきなり面倒なデザインの土器を作り始めた水野さん。普通の人なら絶対に無理だけど、僅か三時間ほどで完成させたのには舌を巻く。
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by jhomonjin | 2011-10-16 20:19 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
マット一家のホームパーティーに行ってきた。
奥さんがユダヤ人なので、ユダヤ教の祝祭週間の最後を祝う特別な夜なのだという。
出席者12名で六ヶ国の人種が集まったので肌や髪、目の色は多彩だ。
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ごっつお(ご馳走)の数々。マット家のパーティーには奥さん発明のオリジナルピザがよく出てくる。野菜などは自家製。何故かビールは何時も数種類用意されいている。マットは大酒のみじゃないので、口直しに種類を変えたいのか?

親しいイギリス人の娘にメキシコ人の彼氏ができたという。
彼氏の名前はロペス。
外国映画に出てくるロペスという名前には悪モンが多いぜ、と俺はからかった。
しかしさらに大物の悪人なら、ゴメスとゴンザレスという名前だろう。
プロボクサーにもロペス・ゴメス・ゴンザレスという名チャンピョンがいた。
いかにも強そうな名前だ。
西部劇の登場人物でこの名前なら、山賊の首領と相場が決まっている。
アンブレラを被った髭ズラの巨漢で、弾帯を両肩にぶっちがいに掛けたダブル拳銃といったスタイルがすぐに思い浮かぶ。
ペペという名前なら、一見して小柄で人の良い羊飼いだけど、うっかり信用したりすると山賊のスパイだったりする。
こんな話をちょっとしたら、ガイジン達も面白がって同意してくれた。
一応、イギリス娘へのフォローとして、ロペスには「良いロペス・普通のロペス・悪いロペス」の3タイプがいるから安心しろ、と言っておいた。
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祝祭週間は屋内ではなく、屋外に仮設した部屋で食事するシキタリらしい。マットの家は能生谷という豪雪で名高い山間部にある築120年の農家だから、流石にストーブが二台も焚かれていた。

中国人の友人によると、中国映画に出てくる日本人の役名は田中・佐藤・山田が御三家らしい。
中国映画に出てくる日本人・・・多くは軍人役だ・・・とは狡猾でスケベな男というのが定番なので、この御三家は悪い日本人の名前として中国人には浸透しているとのことだ。
この話を聞いたのはもう十年以上も前の話になるが、中国人の友人はとても親しい仲だけに、俺の苗字が山田だと知っていてこの話で俺をからかったのだ。

江戸の仇を長崎で討つじゃないけれど、イギリス娘にロペスの話をしてなんとなく俺も溜飲が下がったぞ。
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by jhomonjin | 2011-10-16 20:06 | 田舎暮らし | Comments(2)
京都の観光スポットというと、神社仏閣や祇園といったエリアが浮かぶだろう。
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今回の主役の「京都大学・吉田寮」の玄関である。怪しい雰囲気だが、築80年の伝統ある学生寮。何故か開けっ放しの玄関入口に炬燵が置いてあって、相当に寒い夜だったにも関わらず、学生が丸くなって寝ていた。

確かに千年も続いたという都であっただけに京都には見所が沢山ある。
意外に思うかもしれないけれど、京都には縄文遺跡だってある。
そして俺の愉しみは観光地以上に伝統的な住宅街である町屋歩きも京都に来た時の愉しみの一つなのだ、と前にも書いた。

歴史に残る事件の舞台でなく、これといった故事来歴が無くても、俺は庶民が普通に暮らしてきた匂いが好きなので、外国にいっても観光地にはあまり行かずに、古い住宅街や市場、路地裏ばかり歩いてきた。
どこの国でも路地や住宅街には、生活必需品を売っている雑貨屋や職人さんの工房兼住居があったりで、見て歩くと本当に愉しい。
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「魔窟・吉田寮」も昼間見ると懐かしい木造二階建ての校舎造り。深夜までブラスバンドやコーラスの練習で喧しいが、なんと大部屋なら一般人も一泊五百円で宿泊可能。銭湯・安食堂徒歩十分。俺は二泊した。耳栓は必需品。


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吉田寮は毎日が学園祭前夜みたいな雰囲気が漂っていた。この寮に四年間も住んでいると、地球上どこでも住める適応力が身に付くのは必至。京大生は実に逞しい。理由は以下の写真を見てくださいな。

もっとも面白い町屋が並んだ古い町並みは京都だけでなく、東京にもあるし糸魚川にだってある。
新潟県の片隅といえども、かって糸魚川だって一万二千石の城下町だったし、市内を通る加賀街道(現国道8号線)の宿場町でもあったので町屋の屋並が残っているのだ。

いってみれば神社仏閣や祇園が華やかな京都の表の顔だとすれば、町屋が集中したエリアは京都の裏の観光地といえる。
しかし、京都には町屋以上にあやしい場所がある。
今回の主役の京都大学の吉田寮である。

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一般人も宿泊可能な大部屋。京大生も数人寝ているが、ビジターの寝床はゴミや脱ぎ散らかした衣類や漫画本をどかせて寝袋を拡げる場所造りから始まる。ここで熟睡出来る人なら中国奥地やインド僻地の旅行だって平気だろう。

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学生の個室の並ぶ廊下。バイク、自転車の通行禁止という立て看板があったが、ここは二階だ。自転車はともかく、バイクで走る奴がいたら相当な無法者だ。京大生って人間臭くって面白い。


吉田寮は、俺のような路地裏歩きの好きな人にはお奨めの京都の飛び切りの陰翳の部分である。
流石に千年王国のど真ん中にある大学というだけはあって、ここは本当に凄い所だ。
猥雑振りは、20年以上前のインドのカルカッタ(現コルコタ)を思い出す。
グローバルスタンダード化して欧米的になってきた現在のインドに行くより、吉田寮を訪れたほうがカルチャーショックが大きいのではないのか?
しかも日本有数の大学で、現在の日本の若者が日常を過ごしている場なのだ。
混沌の迷宮であり、最後の魔窟、バンカラ(すっかり死語になったもんですなぁ)の宝庫だ。

そんな場所には大勢で賑やかに訪れるには無礼に当る。
好奇心の赴くままの写真撮影もいかがなものであろうか。
ここで紹介している吉田寮の写真は、かなり綺麗な部分を選んだのであって、実際はもっと凄いのだ。・・・それに匂いは写真に写らんケンね・・・

第一そこは観光地ではなく、興味の無い人にはまったく魅力の無い日常の暮らしの場だ。
だから訪れる場合には、土足でヅカヅカと踏み入るような真似はやめて、遠慮がちにそっと礼節を保つ配慮は必須ですな。
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サービスショット。京大の近くの民家の二階で鉄人28号がガッツポーズしていた。どうやら昔は古道具屋だったらしい。こういった訳の分からないモノにワビ・サビを感じてしまうタイプの人なら、茶人の素質有りだ。
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by jhomonjin | 2011-10-08 20:44 | 旅先にて | Comments(4)