21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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<   2011年 11月 ( 4 )   > この月の画像一覧

日本海縄文カヌープロジェクトは、丸木舟を作って800キロ離れた青森まで航海する為に設立した市民グループであることは何度か書いた。
ただ青森までの航海は目標の一つの節目であって、最終目標は縄文文化振興による世直し運動である。
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糸魚川市内の根地(ネチ)地区にある雪割窯は、京都からのIターン者の陶芸家である水野さんが独力で作った穴窯。水野さんの協力で今後は縄文土器講座をやっていく予定。先月作った縄文土器を11月20日にここで焼いた。

俺は子供の頃から、近代社会がこのまま右肩上がりで発展することや、未来世界に明るい展望があるとは思えなかった。
オカルトブームに育った影響だろう。
小学校の時には「日本沈没」「ノストラダムスの大予言」なんて終末映画が流行っていたのだ。
オイルショックもあったから、将来のエネルギー供給の危機感も子供ながらに抱いていた。
温暖化、異常気象、巨大地震、巨大津波、公害問題等々。
そういえば、当時はゴジラ映画が最盛期で、東京湾のヘドロから生まれたヘドラなんて怪獣もいた。
だから近代社会機構が崩壊してしまってもサバイバルできる技術として、戦前まで誰でも当り前にしていた生活技術に興味津々だったし、今でも電気やガソリン動力に頼らなかった時代の職人さんやお百姓さんの昔話を聞くのが好きだ。

そんなサバイバル的好奇心の果てに辿り着いたのが、鉄器すら無かった縄文時代の文化だ。
調べて、体験して、どんどんと深みに嵌っていった。実に面白いのだ。

例えば縄文土器作りは粘土遊びの好きな子供時代を送った人なら愉しくて時間を忘れるだろう。
石器作りは、刃物が好きな人なら絶対嵌る。
なんてたって自分の好きな大きさ、フォルムの刃物(といっても石器だが)が作れてしまうのだ。こんな芸当は鉄器だと道具一式を揃えないと無理だけど、石器作りは石器用の石やハンマーや砥石といった道具も全部自分で拾ってくる。
この作業だって宝探しみたいで愉しい。
それまで見向きもしなかった名前も知らない石が宝物に見えてくる。
それに糸魚川は鉱物の宝庫だし、糸魚川の蛇紋岩は石器素材として優秀で、県外の旧石器時代や縄文遺跡からも出土しているくらいだから、地の利は抜群なのだ。
火起こしは焚火が好きな人なら興味あるだろう。
特別な道具や場所も必要無いし、実際に出来ると友達に自慢できる。
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縄文土器は野焼きだから露天での作業になるけど、この日は雨が一日中降っていたので雪割窯を使っての焼成となった。その内に全天候型の野焼きができる東屋を作ろうじゃねえか!と話が盛り上った。誰もが炎をじっと見入ってしまう。


縄文文化のワークショップやると誰もが昼飯食うのも忘れて夢中になってしまう。大人が「我を忘れて」子供時代に帰って遊んでいるのだ。
だから「縄文キッズ養成講座」というネーミングで、来年度から定期的に縄文ワークショップを開催していく予定だ。
原発事故、地震、異常気象、景気低迷、児童虐待、無差別殺人・・・最近は暗いニュースが多すぎる。
こんな時節柄だからこそ、何の役にも立たなくて面白いこと「我を忘れて」を遊んで欲しい、と切に思う。
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by jhomonjin | 2011-11-20 20:05 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
小滝区の高浪の池に係留してあった小滝丸を引きあげた。
この池は海抜700mほど高原地帯にあるから、じきに半年近くも4mの雪に埋もれてしまうのだ。
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夏から秋の間は、小滝丸に乾燥防止用の古シーツ、直射日光防止のブルーシート二重掛けにして係留してあった。船内に水を入れてあるので潜水艦になっている。口の悪い人はドザエモンと言っていたが、効果抜群だった。

因みに高波の池には全長4mの「浪太郎」という巨大魚の目撃例が後を絶たない。
能生地区にはツチノコの目撃例も多く、「ツチノコ探検隊」という市民団体が活躍している。
同会の丸山会長は、縄文カヌープロジェクトの副会長でもあるから、俺の相談役の一人だ。
また青海地区には山姥伝説もあって、謡曲「山姥」の舞台になっている。
日本国中数ある山姥伝説の中で、なぜ世阿弥は糸魚川の山姥伝説を選んだのだろう?
どうも糸魚川はヘンテコな生き物にとって住み心地が良いらしい。
未確認生物のパラダイスなのだ。

日曜の早朝、会員有志三人に集まって貰って人力で池から引き上げる。
ウエットスーツを持っているのは俺だけなので、冷たい湖水に腰までつかって船内の水を汲み出す。
水を汲み出すといっても水漏れしていた訳で無く、生木で作った小滝丸のひび割れ対策として、乾燥防止と水枯し(樹液抜き)を目的に水没させていたのだ。
事情を知らない人から「小滝丸が沈没していた!」と何度か知らせが入ったが、そういった訳でワザと潜水艦状態にしていたんですわ・・・とこの場をお借りして説明しておく。

水を汲み出して軽くなった小滝丸をどうやって水から引上げるか?
小型といえども丸木舟だから190キロ前後はある。
湖畔は急な坂になっているから、少人数で上陸させるのは骨が折れるのである。
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軽トラに積まれる小滝丸。後ろで小滝丸を押さえるフリ(!)をしているのは、銀行員のU田君である。地元ではちょっとは名の知れたフォークシンガーで好青年だが、この後にあっと驚くタメゴロー事件を起こしてくれた。

まず解体屋で買ってきた軽トラのホーシンク(タイヤ付き車軸)を沈めて小滝丸の船尾下に潜り込ませる。
船首には大形キャスターで作った台(一輪)を潜り込ませる。
それぞれラチェットベルト(ギアでギチギチに締める事の出来るベルト)で固定。
こうすれば小滝丸は三輪車状態となるから、後は陸上から三人に引張ってもらって俺は池から押上げれば少人数でも上陸が可能、という段取りだ。
滲み出た樹液で船体がヌルヌルして作業が手間取るが、無事に平らな処まで運んで軽トラに積み込めた。
この日のために半年近くも考え抜いた上陸作戦が首尾よく完了。
この日は一日中冷たい雨が降っていたが、作業の間三十分だけは止んでくれていた。
晴れ男二人と雨男一人、どっちでもない男一人の四人が集まったから、多数決で晴れたらしい。
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小滝丸を運び終わってラチェットベルトを外そうとしたら、目が点になった。結束の時にベルトの輪を(白い部分)軽トラのフックに引掛けてくれいとU田君に頼んだら、仮固定用のゴムの輪に引掛けていたのだ。ゴムが切れたら大事故必至。U田ぁ~!


これから小滝丸は、製作場所であった辰巳建築さんの作業小屋に戻って越冬する。
冬の間は生乾きの状態を維持させて、コツコツと軽量化と船型の改良を行なう予定。
斧、チョウナなどの伝統的な手道具を使ってみたい人、お手伝いに来て下さいな。
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by jhomonjin | 2011-11-10 22:02 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
日本海縄文カヌープロジェクトの会員には多士済々の人材が結集している。
郷土史家、市会議員、会社経営者、各種市民団体の会長達・・・。
糸魚川でも有名な人が多いのである。
実に頼もしい。
その中でも異色の会員が小川英子さんだ。
糸魚川市出身で、横浜在住の童話作家である。
彼女の代表作「ピアニャン」・・・講談社(1,500円)・・・を読んだ。
93年の講談社児童文学新人賞受賞作品だそうだ。
今年読んだ本の中で文句なしに一番面白かった。
マジで泣ける。
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イラストも可愛いピアニャンの本。隣の黒猫はダンスが得意なシティーボーイのボーイフレンド猫で、二匹で路上ライブもしちゃうのだ。ピアノが得意だからピアニャンという名前だけど、糸魚川弁も可愛らしい。
俺が初めて上京した時に味わった戸惑いや悲愁の共感からも、ピアニャンを応援したくなる。ピアニャンはひたむきなのだ。
これで1,500円は安い!



糸魚川生まれのピアノを弾く子猫が、東京に出てシブヤでノラ猫として逞しく成長していく感動の物語である。
猫と人が同じ言葉を違和感なく話すという世界を見事に表現しているのは流石だし、童話だといっても大人が読んでも充分に面白い内容だ。

シブヤに行けばBUNKAMURAという村があるそうだから居心地が良かろう、と勇んで上京したものの、ビルの谷間と人波に翻弄されて、野宿する場所すら見つけられないピアニャンに「ピアニャン、オラがついとるケン、頑張らっしゃい!」と思わず声援を送ってしまう。
都会で生きる為には「猫の手も借りたい」人からアルバイトをさせて貰うという、都会のノラ猫の知恵を身に付けていくピアニャンだけど、多くの人や猫と出会い、傷つき、助け助けられ、やがて・・・後は読んでのお楽しみだが、意表をつく展開や抜群のユーモアのセンス、気の利いたセリフなどそのままアニメ映画に出来るのではないだろうか。
「魔女の宅急便」のキキや、「母を訪ねて三千里」のマルコを彷彿とさせるピアニャンの成長物語。皆さん是非とも読んで笑って泣いて下され。

主な登場人物や猫たちは都会モンだから標準語で喋るのだけど、ピアニャンは基本的に糸魚川弁で喋る。
標準語の平板さに較べて、方言の柔らかくて、心情がリアルに伝わってくる表現力の対比も面白い。

交通事故をきっかけにホームシックなってしまうピアニャンが「海が見たぁい」と嘆くのも、糸魚川を離れて都会暮らししたことのある人なら、身につまされるだろう。
糸魚川の海は青くて綺麗だ。
春夏秋冬の海は表情も違ってそれぞれよいが、怒涛逆巻く真冬の日本海こそ、日本海らしい魅力に満ちていると思う。
俺の実家など海岸線にあったから、真冬の西高東低型の気圧配置になると、大波が押し寄せるグオ~ッという地響きが子守唄だった。海鳴りなんていうもんじゃない。
防波堤に波が砕ける振動で家だって揺れる。俺の揺り籠である・・・「兄弟船」みたいだがな・・・
「大雪・強風・低温・波浪注意報発令・・・なお沿岸での船舶の航行は注意して下さい。山間部では雪崩に注意して下さい」なんて真冬の新潟で毎日流れる天気予報は、気の弱い都会モンが聞いたら天変地異だと逃げ出したくなるかもしれない。
けどそんな激烈な冬の海だって、いや、それだからこそピアニャンはシブヤで「海が見たぁい」と嘆くのだし、ボーイフレンドの黒猫が励まそうとして竹芝桟橋までタクシーを奮発(!)して海に連れていってあげても「違う。海はコンクリートに囲まれてなんかいない。」と嘆くのである。

いい歳をして、童話の世界にドップリと浸かってリアルタイムでピアニャンに声援を送っている自分に気が付き、俺もまだ乾いてないぜ(若いってことだな)、と安心した。
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by jhomonjin | 2011-11-07 22:48 | 田舎暮らし | Comments(2)
早朝に車で山道を走っていたら、道端の草が朝露で光っていた。
草叢が白銀色に輝いている。
宮沢賢治の童話に出てくる風景のようだ。
そのまま通り過ぎるにはあまりにも美しい風景だ。
車をバックさせてしばらく童話の世界に浸る。
絶景や不思議な風景と出逢うにつれ、俺の使っている安物のデジカメで撮影しても実物の奥行きや陰影が消し飛んでノッペリした写真しか撮れないもどかしさを感じるのだけど、駄目もとで撮影したのがこの写真。
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残念ながら実物の神々しさは表現できていない。実物はカレル・ゼマンというチェコの人形アニメ作家の映像世界そのままの景色だった。もっともカメラのせいばかりでなく、腕のせいもある。


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デジカメ映像でももうちょっと雰囲気が出ているのに、ブログ記事にアップするとさらに駄目になってしまうのが悔しい。
想像を逞しくして鑑賞してくだされ。佳いかどうかは観る人の想像力と詩的素養にかかっています!

俺の尊敬している民俗学者である宮本常一の写真が好きだ。
アサヒペンという小型カメラを愛用していたらしいが、ソフトフォーカスというのか知らないけど、ピントが眼に優しく感じて、多くは学術用の記録写真だけど佳いなぁ、と思う。
風景も人も佳い。
岡本太郎は絵画よりオブジェが好きだけど、写真はもっと好きだ。

ところがちょっと前に宮本常一の文庫本が新刊で出たので喜んで買ったら、表紙写真が宮本の写真が使われているのにデジタル処理がされているらしく、眼に痛い感じがした。
シャープで尖がっているのだ。

よく家電売り場でハイビジョンテレビが大画面で映し出されるけど、やっぱり眼に痛い感じがする。
何でもかんでもハッキリクッキリさせんでも良かろう、と思う。
俺は映画だってカラーより白黒の方が好きだ。
子供の頃からデジタル画像ばっかり観ていると、情緒的におかしい人間になりはせんのか?とちょっと心配だ。

こんなことを思うのも、歳のせいか?
そういえばカラーテレビが我が家にやってきた時に、ばあさんが「カラーテレビばっかり観ているとイロキチガイになるわんぞ!」と小言を言われたもんだ。
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by jhomonjin | 2011-11-04 21:04 | 田舎暮らし | Comments(0)