21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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昨年3月11日は未曾有の被害をもたらした東日本大震災が起こった日である。
同時に、取り返しの付かない原子の火が暴走を始めた日でもある。
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弓錐式火起こしをする関根師匠。改めてみると型が決まっている。縄文遺跡から出土した火起こしグッズは、今のところ三千年前の北海道の遺跡から出土した弓錐式火起こしに使ったたしい遺物があるだけだ。

ギリシャ神話によると、天界から火を盗み出して人類にもたらしたのはプロメテウス・・・だったと思う。
プロメテウスはそのためゼウスの怒りに触れ、目玉を抉られたうえに、『岩山縛付けハゲタカ喰われしかも毎朝生き返り』の刑というオプション付きの罰で永遠の苦しみを与えられてしまった。
そのプロメテウスが残した『絶対に開けてはいけない箱』を好奇心から開けてしまったのが、パンドラという女神。
箱の中にはありとあらゆる悪徳が入っていて、そいつが全部外に出てしまった。
箱の底に残ったのは『希望』という言葉。
パンドラの箱の神話は、なんだか今回の原発事故を暗示している気がする。
しかし俺たちは一体どんな希望を持てばいいんだろう?
最近報道された食物連鎖による濃縮放射能や、放射性廃棄物質保管場所の問題なんて、俺は20年以上も前から警告してたんだけんども、多くの人から心配し過ぎだと言われたもんだ。
プルトニュームの語源はローマ神話の冥界の王「プルート」であるそうな。
名前が似ているけど、プロメテウスと親戚関係かね?
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火打石で火起こしをする関根師匠。手に持つ火打ち鎌は江戸時代からの老舗「吉井本家」だ。最近関根師匠のアドバイスがあって、火打石をヒスイにしてみたら性能バツグンだった。世界一豪華な火打石である。

さて、俺の縄文の師匠で古代の火起こし法の世界的権威の和光大学の関根秀樹氏の呼掛けで、震災の発生した日時に海外も含めた各地で同時開催で火起こしのイベントをすることになった。
イベント内容は開催各地の実状に合わせたものになるが、糸魚川では下記内容での実施ですのでご案内します。

人類は今一度、火と付き合い始め、その制御を確率した原点である『原始の火』に触れ、火(エネルギー)との付き合い方を改め直す岐路に立っているように思う。
火が起きる仕組み、その方法、そしてその扱い方などである。
サバイバル技術の基本だよ!

                     記
日時;H24年3月11日13時~15時
場所;長者ケ原考古館 玄関ホール
講座名;縄文キッズ養成講座「3・11震災の日に縄文の火起こしに学ぶ」
定員;五名程度(会場が手狭なため定員になり次第締切)
講師;山田 修
料金;入館料200円+募金(被災地へ義援金として送金予定)
   (ただし、市内小中高校に通う児童・学生と遺跡友の会会員は入館料無料)
主催;日本海縄文カヌープロジェクト

内容
・火起こしの歴史説明
・火起こしの実演と説明(弓錐式発火法・紐錐式発火法・錐揉み式発火法)
・同上 体験
・震災の起こった14時46分に1分間の黙祷をして後片付け・解散

申込み先 ; このブログにコメント下さい!
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by jhomonjin | 2012-02-24 19:57 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(2)
日本海縄文カヌープロジェックトの企画書を読んだ人からよく言われるのだが、企画書は俺が書いたと思えない程に緻密な出来であるらしい。
全部で17ページもある。
しかし縄文来福の原稿を書いていて気が付いたのだが、俺の計画は肝心な所がつくづくご都合主義的だという点に我ながら驚く。
例えばイチバン金のかかる用材確保は、誰かから無料で分けて貰うという点。
それと作業場も計画主旨に賛同した人から無料で貸してもらうという点。
カヌーを完成させさえすれば、仲間が自然と集まって市民グループになるという点等々。

目標に真摯に取組んでいれば、きっと誰かが助けてくれるという他力本願な了見で一貫している点が実にラテン気質というか、大雑把なのだ。
でも取りあえずは初年度は計画通りに事が運んでいる。
会員数も少しづつ増えて、じきに30人に達しそうな勢いだ。
なんとかなるもんだ。
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2月19日時点には作業場の入り口にはこんな雪の階段ができた。毎週末の度に雪で埋もれて作りなおしていたが、今週はほとんど雪が降らず、気温も高かったので、峠は越したようだ。やれやれだ。


以下は縄文来福(3回目)「なんとかなるさ・・・」の巻

『最初で最大の関門である用材確保はクリアーできた。
次の関門は丸木舟の製作場所の確保だ。
唐檜はそれほど太くないから推定で全長5m程度の小型丸木舟となりそうだ。
しかし小型と言えども全長5mが収まる作業スペースには心当たりが無い。
当初は独力・自己資金での活動になるだろうし、人から馬鹿げた夢想だと笑われても当然だろう。
しかし実際に丸木舟を作ってさえしまえば、理解者も増えていくに違いないと覚悟を決め、まずは情報収集に精を出した。
丸木舟出土の博物館や、実際に丸木舟を作ったことのある人を訪ね歩いたのである。
資料も随分と読んだ。
それらの情報を元に、構想十五年の想いを一気に企画書にまとめたら十七頁にもなってしまった。 
そして企画書持参で知人や役所回りである。
多くの人に計画を話している内に、作業場所の問題も解決するだろうという作戦だ。
伐採予定の春先まであと三ヶ月ある。
それまでに何としても作業場を確保しなければならないのだ。
何とかなるさ、と呟きつつ人を訪ね歩く日々が続いた。』
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by jhomonjin | 2012-02-23 22:30 | 縄文来福 | Comments(0)
またもや大雪だ。
実家はそれ程でもいないが、縄文カヌーの作業場の屋根雪はざっと2mも積もっている。
この頃は作業小屋の引き戸が開けづらくなってきた。
雪の重みで梁が下がっているのだ。
作業小屋は、市内を見晴らす高台にある長者ケ原遺跡の信州側の麓にあるので、市街地から車で十分ほどの平地にも関わらず積雪量が山間地並だ。
もっとも市内有数の豪雪地帯の小滝区は積雪4mにもなったそうだ。
信州の大町を結ぶ大糸線も、県境から糸魚川まではずっと運休状態だ。
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除雪をしようと作業場に着いたら、重機を入れて除雪していた形跡があった。キャタピラー跡が無いので人力らしい。仲間の石田タイガーが休みの都合が合わなかったので、一人で除雪したらしい。重機並みの馬力。

新潟では積雪状態の雪の比重を0.24と計算するから、1m角の箱サイズの雪が240キロもあることになる。
県外の人、雪がこんなに重いって信じられますか?
今年は県内の豪雪地帯に全国から除雪ボランティアが来たと報道されていたが、信州から来たボランティアが「新潟の雪は重くて大変」と嘆いていた。
作業小屋の屋根面積はざっと200m2はありそうだから、積雪2mだと10t前後の雪が乗っているのことになるが、よく潰れないもんだと思う。
仲間に声をかけて屋根雪下ろしと駐車場、小屋の出入り口周辺を除雪した。
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仲間が来る前に孤軍奮闘して駐車スペースを除雪していたら、あんまりの積雪量に近所の人が見かねて除雪機で手伝ってくれた。豪雪地帯では個人で小型除雪機を持っている人も少なくないが、こんな過酷な生活環境では困った時はお互い様ということだ。

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作業場までの30mほども2m近い降雪なので、カンジキで雪を踏み固めて道を作る。下から見上げると屋根雪はそれ程に見えないが、登ってみると2mを越えていた。

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屋根の上で除雪する山岸さん。彼もUターン帰郷組で、ヒスイ加工販売のネット会社を起業した青年実業家。ストレス解消になるからと除雪が嫌いではないらしい。外見や物腰からは想像できないタフネス振りを見せてくれた。

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屋根雪下ろしの後は出入り口の復旧。後ろ姿は縄文カヌープロジェクトの小野幹事長。午前中は俺だけで1時間、昼から三人でたっぷり半日かかった。




先日も豪雪地帯で子狸が餓死した、と新聞に載っていたが、山には食い物が無いらしい。
猿は樹の樹皮を齧っているようだ。
今なら除雪機や軽量で効率の良いスノーダンプやアルミスコップなどの道具もあるから便利だ。
個人の手に負えないレベルの大雪だと自衛隊やボランティアも助けてくれる。
縄文時代にはどうやって豪雪を凌いできたんだろう?
石器時代から近代まで、よくもこんな過酷な環境を生き抜いてきたもんだと、祖先達の苦労に想いに馳せる。
昔の人は偉かった!
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2月19日現在。艫の荒削り完成。三角や四角を重ねて欲しい形に近づけていくのは詰め将棋にもビリヤードにも似ている。タバコばかりスパスパ吸って睨めっこが続くが、焦りは禁物。
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by jhomonjin | 2012-02-19 07:18 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)

イッコクモンの修行

二十代後半のころ、惚れた女から「私が準備運動しているのに、山田さんは一人でグランド何周も走ってハアハアしているみたい。」と言われたことがある。
夏目雅子に似た佳い女だったけど、頭も良い女であった。
彼女に言われるまでもなく、俺は先祖代々セッカチの家系だから、文句はオヤジに言ってくれい。
セッカチは糸魚川方言だとイッコクと言う。
イッコクとは恐らく一刻と書くのだろう。
動詞だと「ゆっくりやれ」という表現を「イッコクにせんな!」とも言う。
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作業場入り口は2m近い雪が積もっているので、車を入れるだけで毎週末毎に除雪に一時間かかってしまう。さらに作業場まで30mをカンジ木を履いて雪踏みする。2m近く視線が高い風景って都会だと異常な経験。

縄文カヌーを作る場合、これはイッコクだと上手くいかない。
正しい手順通りにきっちり工程を終わらせて次の工程に移らないと、正確な仕事にならないどころか、思った通りの形になってくれないのである。
それに手順を間違えると後から仕事が面倒になってしまう。
左右対称に立体的な三角や四角を正確に削り出して多面体の丸木舟を作ってから、面取りして初めて曲面になってくれる。
三角や四角を削り出す、といっても縦横に変化する曲面で構成された丸木舟を作る場合には、同じ箇所で何段階にも分けて抽象図形を少しずつ変化させていく繰り返しが必要だ。
だから多面体の丸木舟の形や大きさが工程毎に変化し続ける。
欲しい曲面を作り出すのに必要な多面体形状を、何段回にも分ける必要があるのである。
この作業は将棋の局面読みに似ている。
読みが外れればおかしな形状になってしまい、直すのに手間がかかる。

だからミニチュアなら簡単でも、丸太から実物大の丸木舟を削りだすのは難しい。
また大きくて真ん丸い丸太から、設計図通りの丸太を削りだすのも意外に簡単だと思う。
俺の場合は曲がっていてしかも凸凹の丸太から、最大限に大きな丸木舟を削り出す仕事をしているので、設計図は作りようが無く、丸太との対話をずっと続けていく作業なのである。
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2月12日時点。やっと船首形状が見えてきた。よく見ると三角や四角の面が見えるハズ。何重にも抽象図形を削っては重ねて曲線を出していく。俺って結構気長じゃねえか!とあの女に見せてやりたいが、今頃どこで何しているやら・・・。

作るからには波を掻き分ける陵波性が高くて、速度の出る舟にしたい。
船底はV字型が理想だ。
また真逆の性能である安定性もよくしたい。
船底は戦艦大和みたいな平底が理想的だ。
それらをバランスよく組合わせた船型を作りだすのである。
船首や船尾の反りや平面形状も重要だ。
最も理想的な船型は沖縄の伝統的木造漁船「サバニ」だ。
しかし縄文カヌーにしてはサバニ船型は洗練され過ぎている。
ポリネシア、インドネシア、ミクロネシアの丸木舟も参考にするが、丸木と対話する内にデザインの基本方針がぶれて悩んでしまう。
迷って悩んで考え抜くこと。
そうやって個人の意図や意思、そして知識の無力さを悟っていく。
結局、寸法や船型は丸太が決めることなんだろう。なるようにしかならん。
そこに少しだけ、古代からの知恵を反映させてもらう程度なのだ。
かくありたし、という個人の意図や浅薄な知識は通用しないのだ。
イッコクにせんな、と自分に言い聞かせる
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by jhomonjin | 2012-02-14 20:31 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(5)
ある組織から、新潟県の在来種野菜のことについて調べて欲しいと頼まれた。
東京の在来種野菜を貰って食べたらとても美味かったからだそうだ。

結構難しい宿題である。
例えばジーンバンクという独立行政法人では全国の在来種野菜の種子を保存しているそうだ。
そこの検索サイトを使ったら穀物まで入れれば新潟県には269個もの在来種の栽培植物があるそうで、野菜に限れば60件ほどあった。
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大雪は峠を越した、という事になっている。近所のスーパー「harasin」の駐車場には除雪した雪が高さ4mほどの山になっていた。これ以上降ったらどうすんだろう?市内でも雪が少ない海岸地帯なんだけんどもねぇ。

しかしだ、種子が保存されているからといって現在も栽培されているとは限らないのだ。
マンモスが冷凍保存されているからといって、マンモスは絶滅したことには代わりが無い。
例え映画「ジェラシックパーク」みたいにハイテクを駆使してマンモスを甦らる事が出来ても、地球上にマンモスが生きて行ける環境が残っているのか?

在来種野菜が何故無くなっていくのか?
農協がせっせと交配品種の種を売ったからである。
偉そうに「営農指導」という名目だ。
挙句の果てはF1品種といって、子孫が残せない種ばかりになってしまった。
農協は儲かるだろうが、これだと農家は毎年種を買い続けなければならない。
この構造にはアメリカの国家戦略がどうのと取りざたされるが、とにかくこのことで農家は縄文以来数千年も続いてきた循環型の営農が成り立たなくなってしまった。
今では肥料も大部分の農家で自家製ではない購入品になっている。

在来種は美味くても作況にバラツキが出たり、育てるのに手間暇がかかったりするので、換金作物ではない自家消費的な位置付けになり勝ちだ。
だから作り手が高齢化して跡継ぎがいないと途絶えてしまう。
酷暑や霜、病害虫の対策に追われ、長雨や冷夏に悩まされながら営々と繋いできた作物の連鎖が突然に切れてしまうのだ。
在来種の本当の値打ちは実はここのあるように思う。
真摯に作物と向き合い、慈しみ育て次世代に営々と繋いできた百姓の歴史の重みだ。

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本日の縄文カヌー。写真だと分かり難いが、船底に向けて狭くなる「外転び」に加工した。安定性と速度を増す工夫で、実は出土した縄文カヌーにはない加工だが、太平洋諸島のカヌーはみんなこの加工がしてある。内緒やでぇ。

練馬大根や京野菜は大消費地に近接してたから早くからブランド化して今日でも生き残っているが、多くの在来品種は作り手が途絶えて人知れず消えていく方が多いと思う。
糸魚川には「びんの豆」という在来品種大豆がある。
びんの、とは地滑り地の方言らしい。
山間地の地滑り地帯でひっそり作られていて、ほとんど絶滅しかけていた所を市内の農業法人がブランド化に成功して、世に出たのだ。
びんの豆は山間地の地滑り地帯で育つ大豆だ。
だから同じ市内でも海岸地帯の俺の家の庭に植えても育たないと思う。
在来品種はその土地の味でもある。
その土地で、手塩にかけて育てた百姓の生き様の味だ。

だから美味いし、身になるのだ。
ちょっと複雑な思いのする宿題である。
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by jhomonjin | 2012-02-05 22:09 | 自然農法 | Comments(2)
月末恒例の整体勉強会で京都に行ってきた。
俺の愛車は軽トラだが、片道420キロを高速道路で約七時間かかる。
この距離を軽トラ移動は無謀だとよく言われるが、俺はあまり苦ではない。
しかし軽トラは空荷だとケツが軽い。
つまり重量バランスが悪い尻軽車となるのだが、そんな状態では4WDにしていてもエンジンの駆動が地面に伝わり難い特徴がある。
去年の一月は軽トラで京都に向かっている途中の高速道路で、除雪が追いつかない程の大雪になって一回転半のスピンをしてしまった。
幸い早朝で後続車がいなかったから大事には至らなかったが、今回は助手席に40キロの砂袋と、荷台の後輪上部に100キロ前後のコンクリートブロックを積んでみた。
結果は大正解で、直進性もよく、気になっていた燃費もリッター当り1キロほど悪くなっただけだった。
なにごとも諦めないことだね・・・。

さて、今回は縄文来福の2回目の転載だ。
まだファンレターは来ていないらしい・・・
みなさん、糸西タイムスさんにドシドシと出版要望のお手紙を出してくださいな。
みなさんの清き一票で青森に近づけるのだ。
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本文と関係ないが、市場の隅で昼寝するタイの子供だ。京都の稽古はかなりハードだから、帰宅すると俺もこんな状態で眠りこける・・・と言いたい所だが、大人だから仕事があってそうもいかない。こんな時は子供と猫が羨ましい。

以下、縄文来福記事
丸木舟作りの最初の難関は用材の確保だが、買えば当然高額だ。
だから誰か不用な巨木を伐らせてくれないか?と暢気な思念をしていた。  
ところが本当にそんな機会がやってきたのだ。
糸魚川にUターン帰郷した年のある夏の日、所用で訪れた小滝区で「この樹、でかなり過ぎて明星山なんちゃ見られんやんなったそいね、伐りゃええんだわ。」と地元の人達が話している場に居合わせたのだ。
この樹とは、廃校となった小滝小学校に生えている樹高約三十m、胸高直径八十㎝程の立派な唐檜である。
わたしは色めき立った。
まさに願っていた通りの場面に直面している。
初対面にも関わらず、話していたMさんに「本当に伐るなら俺に伐らせて下さい!縄文時代の丸木舟を作って青森まで航海したいんです!」と息せき切って計画を話した。
結果は快諾だ。お礼として謝礼は無論だが、丸木舟の船名は小滝に因んで小滝丸にすること、伐採は唐檜の水分が少なくなる春先の堅雪時分に予定していること等をMさんに告げて別れた。
念ずれば現ず、だ。
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by jhomonjin | 2012-02-01 07:31 | 縄文来福 | Comments(0)