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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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<   2012年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

5月27日、2月に開催した縄文土器講座の野焼きをした。
やや風はあったものの、晴天で湿気が無かったので、事前乾燥が不十分だった土器2個が割れたが、他は接合不十分の土器に若干のひび割れがあった以外は上手く焼けた。
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薪集めと薪割りは重要な仕事のひとつ。しかしそれが解っている参加者っていない。今回は斧二丁、鉈二丁、チェーンソウの5名で薪作りを手伝ってくれたので俺は指示するだけで良かった。絶不調なので助かった。

焚火の周りに土器を集めた炙り焼きに1時間30分、焚火の中央に土器を集めて周囲に薪を燃やす炙り焼きに1時間、最後の本焼きに1時間のいい流れ。
今回は明星丸の進水式があったので、俺は途中で抜けて雪割窯の水野さんが面倒を見てくれた。
明星丸はアウトリガーに修正が必要なものの、直進性や速度は良いようだ。
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炙り焼きの時は土器が赤くなってきたら反対に廻さないと駄目だ。今時の子供は焚火慣れしてないからビビッて近づけない子が多い。ビビッてんじゃねぇぞう!と叱咤激励の図。ヒゲの人が水野さん。

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本焼き開始の図。このころになると子供達は飽きていなくなるのが普通。保護者も涼しいところでお喋りに興じる時分。これからもっと薪を追加して炎を大きくする。

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本焼き1時間で終了。小学生の女の子がいたので、ハート型の土器が2つもあった。大人は勾玉をモチーフにした土器が多かったのは流石に糸魚川だ。




土器講座を開催した場合の参加者は、土器作りが終わった段階で後はお任せ、というタイプが多い。
子供なら野焼きの時は最初と最後だけ焚火の周りにいて、途中はどこかに行って遊ぶのが普通だ。
しかし最悪だったのは、以前にNPO法人シブヤ大学の講師をした時だ。
参加者は20名近い大人だけだったが、俺が汗だくになって焚火の周りで土器の面倒を見ていた時も、サポートスタッフも参加者も焚火の周囲でお喋りしてるだけの人が多かった。
淋しかったぞ。
本気に土器を焼こうとする時は、土器が割れたりムラが出ないように、火加減の調整や土器を焚火に近づけたりと忙しいのだ。
焚火の近くで立ったり座ったり忙しく動き回るから、脱水症状を起こして目眩だってする。
シブヤ大学の時のような参加者は特別でもなく、一般的にそんなもんだ。
でも本当はそんな天皇陛下のお田植え式みたいな態度では縄文体験にならないのだ。

野焼きには薪を集めて薪割りをする手間暇がどうしたってかかる。
野焼き場所だってなかなか見付からないけど、自分で探してこないと駄目だ。
これまで自分の作った土器が焚火で炙られ乾燥していく様、焼けていく様をじっと見守るということが大事なんだと何度も言ってきたが、最後まで土器の周りを離れなかったという人は少ない。
場所探しから薪集め、薪割り、そして焼成で時々刻々と土器が変化していく様を見続けるという事、すべてひっくるめてが縄文体験なのである。
粘土を捏ねて土器の形を作る工程は、全体の三割程度の仕事なんだと気付いている参加者にはまだ出会っていない。
縄文とがっぷり四つ相撲をとって「縄文に出会いたい」という人よ、もっと出てこい!
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by jhomonjin | 2012-05-27 20:53 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
テレビでは金環日食は太平洋側しか観られないといっていたように思ったが、今朝は姪から太陽が欠け始めた!とお袋へメールが入った。
そっか、金環にはならないけど日食にはなるんだ、と納得。
慌ててインドで買った使い捨ての観測眼鏡を出してきてお袋に見せてやった。
確か20ルピーで買った安物のガラクタだが、民俗学の資料として保管しているのだ。
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同時体験する人々。現地に着くまでは絶対に好位置で金環日食を観てやるけん、と血走った眼差しだった俺も、現地に着くと集まった老若男女の和気藹々とした雰囲気に和んでいった。砂丘に寝そべって観察する人もいたし、俺もそうした。

お袋は小学校の校門に入る小学生達に「ほら見てご覧!」と嬉々として観測眼鏡を手渡していた。
我が家は小学校の前にあって、親父とお袋は朝の通学時間の交通誘導のボランティアしているのだ。校門前がお袋の担当だ。
子供達も思わぬ体験にスゲーって歓声を上げていた。
見知らぬ同士でも何かを同時体験することで親近感が湧くのが面白い。
こりゃ、祭りだな、と思う。
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by jhomonjin | 2012-05-21 21:52 | 田舎暮らし | Comments(1)
明日の朝に太平洋側で金環日食が観られると報道している。
日本海側では観測できないらしいから、ここ新潟では絶対に無理である。
フフッフッ、バカめ、俺は3年前に今世紀最大の金環日食を観たから悔しくなんかないわい。
しかも地上で最もよく観えるという南インド最南端の岬、ラーメシュワラムでだ。
旅の途中のタイでその情報を入手したのだが、日食は昼の12時くらいだったので、ジャストのタイミングでラーメシュワラムの真上近くで観測できたのである。
当日は晴天でちょっと薄い雲が浮かんでいたくらい。
東京のスモッグで汚れた空から観る金環日食よ、下がりおろう!って威張ってもいいんじゃないか?
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こんな風景が10キロも続く。生き物は鳥か痩せた犬くらい。後は漁師小屋と朽ち果てた漁船がたまにあるだけだ。何故か胸がキュ~ンと切なく痛む広漠とした風景だ。

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これがインド最南端の海。この海も何故か哀しくなってくるような切ない風景。沖に見えるのはスリランカか?とインド人に聞いたら「ジャパニ、見える訳ないだろ!」と白い歯をむき出して笑われた。


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漁村からラーメシュワラム岬行きの乗合いトラック。俺も屋根に乗せられた。凸凹の砂浜を走るのに掴る所が無いからマジで危険。こんな時には面白がる俺もキャッと何度か声を上げた。しかし片道100ルピーは高いぞ。

ただ岬は人家から10キロ以上も離れた灼熱の砂浜だ。
行きは歩いたが、帰りは観光用のトラックに乗せてもらった。
なんせクソ暑い。
もともとこの岬はヒンズー教の聖地で、金環日食があろうとなかろうと古くからインド人の巡礼者が訪れる観光地だ。
岬の沖合いにはスリランカがある。
ハヌマーンだかのインドの神様と、悪の王国であるスリランカの神がインドとスリランカで綱引きして伸びてできたのが、この岬なんだそうな。
インドの聖典『ラーマヤナ』にもちゃんと出てくる・・・らしい。
(芝居や舞踊ではあるが、読んだことない)
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周囲では金環日食で騒いでいるのに、我関せずとお祈りする真面目な人たち。こんな巡礼者が結構いたけど、インド人も外国人(数えるほどしかいなかった)も雑貨屋で売っていた厚紙に銀紙を張った観測用眼鏡で太陽を観ていた。

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多くのインド人はこんな感じで観測。今世紀最大のど真ん中体験だもんねぇ、気持ち分かるよ。金持ちのインド人が太陽観測用の本物のスコープを貸してくれが、雑貨屋で売っていた使い捨て眼鏡で充分だった。

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使い捨て観測眼鏡をデジカメに付けて撮った決定的瞬間。途中薄い雲が掛かった時には眼鏡無しでも観測できた。テレビで安物の観測眼鏡は危険だと言っていたけど、南インドの強烈な直射日光でも平気だった。ちょっと過剰反応だろう。

残念ながら金環日食とはっきりと解る決定的写真は無い。
動画は撮ったが、こっちは刻々と金環日食になってくる様が写っている。
安物のデジカメもやる時はやるのだ。
しかしこれだけでは俺がちゃんと観たという証拠が不十分でちょっと悔しいではないか。
う~む・・・。
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by jhomonjin | 2012-05-20 23:38 | 旅の民俗学 | Comments(0)
前にも書いたが、俺が保育園の年長さんの頃、原始人はどうやって真っ直ぐを作ったの?とお袋に聞いたことがある。
お袋は「糸を引張れば真っ直ぐの直線になるよと即答した。
俺が散々悩んだ問題を簡単に答えられてしまったので、ちょっと挑む心地になって「じゃ、まん丸は?」と聞くと再び「糸のかたっぽを押さえて、かたっぽをグルッと廻してご覧。まん丸になるよ。」と即答した。
この世の中で垂直とか水平、もっと突き詰めれば真っ直ぐとか直角、まん丸って簡単な原理の積み重ねで作り出されている。
縄文時代の丸木舟からスペースシャトルまで、原理は同じだ。
縄文カヌーもそうやって作っている。
都会の人たち、サバイバル技術の基本として覚えておいた方が良いぞ。
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丸木舟つくりの最初は、まず船底になる側を決めて水準器を当てる。一人作業なのでビス止めできる工夫をした。ジャッキを丸太の下に入れて、水準器の気泡が真ん中にくるようにジャッキを煽る。垂直になったらそれが基準線だ。

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よく考えたら前に真っ直ぐ問題の記事をアップした時に上の写真を使っていたので、サービスに水準器の固定方法を公開。ホームセンターで買ったL型金物をタッピングビスという金属にも固定できるビスで止めただけですわ。

以下は『縄文来福』(9回目)
ジャッキの活用で丸太を移動できるようになり、作業は捗った。
それまでは雪の壁と丸太の間が五十㎝もなく、斧が存分に振れなかったのだ。
樹皮剥きに三日間を要して次は墨出しだ。
丸木舟作りで最も重要で難しい作業である。
一般的に丸木舟作りは年輪が詰った側を船底とする。
年輪の詰った側は日当たりの悪かった側で(北とは限らない)、基本的に重いから船底に向くというのだ。
しかし実際に作ってみると幹の捻れや曲がり具合、節の観察を綿密にして、木の癖を読みきらないと良い丸木舟は出来ないということが解かった。
本に書いてある程は単純ではないのだ。船底側を決めたら、年輪の中心と船底が通る直線上に水準器をビス止めして、気泡が垂直を示す位置までジャッキで丸太を回転させる。
これが以後の基準となる重要な墨となる。
相棒がいれば気泡を確認して貰えるのだが、一人ではジャッキを煽っては気泡を覗くという繰り返しで微調整が難しい。
しかも丸太は坂道の途中に斜めに置かれている。これで正確な墨が出せるのか?
不安の中での作業が続いた。
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by jhomonjin | 2012-05-10 22:45 | 縄文来福 | Comments(0)
縄文カヌーを始めて以来、いつも何か問題に直面して四苦八苦している。
一つの問題が解決すると別の問題が発生してくるのだ。
ちょっとした出来事に尾鰭が付いて、俺を批判する噂も聞こえてくる。
少しくらいなら有名税だと笑い飛ばしていても、ちょっと悪質な噂もあるようだ。
田舎の人は人の悪口を噂するのが好きなのだ。
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船尾ににも深いひび割れが発生。慌てて船首と同じくターンバックルで締め付ける。保管用に厚い板で挟むという一種のギプスも作った。しかし乾燥させない為には水に浮かべるのが一番だが、高浪の池は雪に覆われている。頭が痛い。

「日本海縄文カヌープロジェクト」で実働しているのはごく少数。
一隻目の小滝丸は、ほぼ100%俺一人で作った。
今年作った明星丸は、三十名の会員のいる大所帯になった現在でさえも95%くらいは俺が作った。
様々な企画も孤軍奮闘の状態。
組織になったらなったで気苦労も多い。
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連休中に碇も作った。蛇紋岩という糸魚川ではお馴染みの硬くて重い石。真ん中を凹ませて巻き結びした。これまで碇が無かったので、海でも池でも何度か流されそうになったので、これで安心。但し縄文時代の碇は不明。

休日のほとんどを縄文カヌーに使うようになって、一年半になる。
早朝から暗くなるまで埃と汗まみれで働いて、読書する意欲も時間も無くなった。
家に帰ったら深夜までパソコンに向かう。
今年の連休も明星丸で終始した。
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高浪の池の雪解けはまだ数週間先だ。悩んだ挙句、5月5日に仲間を集めて残雪の上を滑らせたら簡単に池に入れることが出来た。ウエットスーツ着て池に入り養生と結束を行う。波乗り用の薄いウエットでも意外に冷たくなかった。

船首のひび割れ対策が済んだら今度は船尾のひび割れが発生。
俺の考える理想的な丸木舟作りは、伐採後に即座に樹皮剥きと粗削りを終えて半年ほど水に浮かべるというものだ。次に船体の70%を完成させて更に半年ほど水に浮かべてから仕上げをする、というノンビリした舟作りだ。
けど俺の場合には様々な理由でそれは無理。
自分で背負った重荷だけど、先の見えないトンネルが続く。
山あり谷あり一喜一憂の連続だ。
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高浪の池に浮かぶ小滝丸と明星丸。現在は雪解け水で水位が高く、桟橋まであと10mは水位が下がるので、週末毎にウエットを着て池に入って結束直しが必要だ。この後、一人で暗くなるまで伐採した後の枝や幹の後片付けに行く。疲れた・・・。
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by jhomonjin | 2012-05-06 22:00 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(7)