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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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<   2012年 08月 ( 8 )   > この月の画像一覧

長者ケ原遺跡の復元住居にチェックインしてから縄文料理体験教室。
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まずはキャンプに付き物の焚火だ。俺の軽トラにはいつも火吹き竹が積んであるので、子供達に使い方を教えると夢中になってフーフー竹を吹いていた。遊びの要素があると労働は愉しい。

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次に縄文クッキー作り。関根先生が遺跡公園で採集した胡桃で説明。予定外だったけど、この辺は阿吽の呼吸で流石。胡桃って青い果肉に包まれているという事を知らない大人も大勢いて、初めて胡桃の木を見て驚いていた。

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親不知で拾った窪みのある石に胡桃を嵌めて丸い石で殻を叩いて潰す。こんな石は『くぼみ石』といって縄文人の必需品だったようだ。出土品も沢山ある。次に割れた胡桃を竹の枝で作った爪楊枝で掻き出す。

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集めた胡桃を、石皿で潰して粉状にしてドングリ粉と混ぜてもらう。一連の作業に飽きて他の作業に移ってしまう子供も多い。しかしコツコツと同じ作業を続ける子供もいて、きゃわいい!と思わずニンマリしてしまう。

クルミは遺跡公園で去年拾った鬼胡桃だが、ここ数年は暑い夏が続いてドングリは不作だ。
ドングリは成りが悪くて、落ちてもリスがすぐに持っていくのでなかなか落ちていないのだ。
だから新大久保の朝鮮料理食材店からドングリ粉を通販で購入。
ドングリ粉、クルミ粉、ゴマ、ハチミツ少し、そして繋ぎに磨り潰した長芋を捏ねて生地を作り、ホットプレートで焼く。
本当は石の上で焼きたかったが、スタッフの手が足りずにホットプレート導入作戦となった。
結構美味いという評価。
次が縄文鍋つくり。
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熊肉をその場で作った砂岩製打製石器でさばく。本当は黒曜石のナイフを使う予定だったが、関根師匠が持ってくるのを忘れたのだ。それでもなんとかなってしまうのが縄文スタイル。縄文人はサバイバルの達人なのだ。

子供達は熊の生肉にびびって手を出さないかと思ったら、意外にも面白がって『次ぎやりた~い!』と熊肉を切っていた。
これに山菜を加えて、煮干とホタテ貝の缶詰を汁ごと入れた出汁で煮て、塩で味付けして完成。
主食は俺が作った無農薬・ハサ掛けのコシヒカリに黒米を混ぜて炊き上げて作ったお握り。

飲み物は近隣で採集した笹とヨモギを炙ってから薬缶に入れて煮ただけの野草茶。
これは下馬評では「腹を壊す」だの「美味くないよ」と散々だったが、「絶対うまいケン。オラ、よくやるけんども腹壊したことないっちゃ!」と啖呵を切って作ったいわく付きのお茶。
案の定、評判が良くてお代わりする人が多かったようだ。
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食事は焚火を囲んでと思ったが、ヘッドランプまで持って来ている参加者は少なく、次の『音楽の学校』の準備もあって体験学習棟ですます。こうして見るとオシャレな晩餐会みたいである。

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食事の後は、竹で「トンガトン」というフィリピンの民族楽器を作り参加者による即興アンサンブル。最後はオカリナグループによる演奏会。ラストナンバーの「故郷」では参加者も自然に合唱という理想的な終わり方。

夜9時に中締めしてから、大人は常夜灯の付いている体験学習棟に集まりお疲れ様のビール大会だ。
民謡を唄う人、ジャグリングする人もいて盛り上がる。
暑すぎず、蚊もほとんどおらず快適な夜。
夜空を見上げると、三日月がニンマリと笑って浮いていた。
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by jhomonjin | 2012-08-31 20:34 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(3)
興奮して自然に5時起きした当日は快晴。
縄文カヌーを出すかどうかの判断のために家の裏の海を見に行く。
東ウネリが波高50cmくらいで入ってきていて、乾舷(水面から上の船縁)の低い小滝丸なら波打ち際での乗り込みはちょっと厳しい感じ。
糸魚川は海岸段丘が発達しているので、波打ち際で波が高くなるのだ。
でも「ホンジツ セイテン ケッコウ」のメールをクルーに送る。
クルーは大分練度が高くなってきているから、たとえ初心者が乗り込んでも上手くやってくれるだろう。
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ブース準備中の関根先生。午前中は市役所主催の「まなぼそ~よ」というイベントと合同で縄文カヌーも出した。子供達は俺が用意した教材に「これな~に?」「どうして?」と興味シンシンだった。


そして戦に向うように気合を入れて「決戦会場」の親不知ピアパークに到着し、さっそく準備にかかる。あっという間に時間となり、開校式。
「縄文の学校」校長先生役の土田先生、教頭先生役の五十嵐さん、理科・音楽・家庭科・図工・歴史の先生役の関根秀樹先生、そして体育・生活指導役の俺の4人が、フェイスペインティングをして縄文スタイルの貫頭衣を着てついに縄文の学校開校。
まずは縄文カヌー体験班と、縄文人が利用していたヒスイ・蛇紋岩類などの石拾い班に分かれて実習する。石拾い班は、関根先生が打製石器つくりや火打石の実演やヒスイの説明など担当して貰った。
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開校式のあとに記念撮影。左から土田孝雄先生、関根秀樹先生、五十嵐仁さん。後の看板は市役所の人が作ってくれた縄文カヌー体験会の看板で、ずいぶんと立派にしてくれたので感激する。貫頭衣は遺跡友の会からの借り物。

俺は時計と睨めっこして、あちこち歩き回って進行役を務める。
やっぱりウネリはきつかったが、若手クルーやボランティアスタッフの懸命の運行で、無事故で縄文カヌー体験会は終了。桐山先生の予想外のサポート参加もあり、ずいぶんと助かった。


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参加者にパドル扱いをレクチャーする竜太。体験会も3回目なので、教え方に照れがなくなって頼もしい感じがでてた。体験会は長時間漕ぐので地力が付くし、教えることで発見もあるから漕ぎ手の訓練に最適だ。

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泳げないので海が苦手な関根先生を強引に小滝丸に乗せた。ずいぶんとアドバイスしてもらっているから恩返しのつもり。でも写真で見ると頭のタオルとパドルの持ち方が掃除しているみたいで、やっぱり先生は山が似合う。

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波打ち際ででかい波が来るとカヌーに海水が入ってしまうので、サポートスタッフも波を読んで常に船首を立てる(波に直角にする)努力をする。強い陽射しにも負けず、献身的なサポートだった。それにしても綺麗な海だ。

今度は各自の車で20分離れた国指定縄文遺跡の長者ケ原遺跡に移動。
夕方から縄文料理体験・音楽体験・焚火ライブだ。
参加者の点呼を取って復元竪穴住居に誘導して宿泊準備をして貰う。
参加者21名なので、五棟ある竪穴住居に一家族毎に一棟の割り当てというコテージスタイルになってちょうど良かった。
因みに長者ケ原の竪穴住居は平均して八畳間サイズくらいなので、一棟に五名前後の宿泊なら広さに余裕がある。
盛夏なので風通しが悪くて蒸し暑いだの、蚊が凄くて寝られないだのと周囲から散々言われていたが、実際には夏用寝袋だけでちょうど良かったし、蚊もほとんどいなかったので、多くの参加者は快適だったと言っていた。(続く)
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by jhomonjin | 2012-08-28 22:41 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
事前準備に2ヶ月かけた『縄文の学校』がついに前日を迎えた。
当初危ぶまれた定員割れも、直前になって無地に定員越えできた。
後は当日の天気を祈るばかり。
どうやったら参加者が楽しめるだろう?と4月からずっと考え続けてきた。
構想3ヶ月、準備2ヶ月の半年近くを『縄文の学校』とがっぷり四つ相撲を組んできたのである。
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実家に訪ねて来た甥っ子夫妻もフェイスペインティング。こう見えても新潟県警機動隊員で、山岳救助の時はヘリコプターからぶら下ったりするそうだ。東北の地震の時も地震3日目に南相馬に行っていた。

絹雲母という鉱物があって、磁器の粘土に混ぜるとキラキラと雲母が光って綺麗らしい。
明治時代に絹雲母を採掘していた鉱山が糸魚川にあったという情報を関根先生に伝えたら、前泊して絹雲母を探そうということになった。
絹雲母探検隊の結成である。
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ジャングル状態の山から下りてくる桐山先生。俺がダウンしてから藪漕ぎで道を切り拓いてもらった。70歳とは思えない体力だが、若い頃から地学調査で山を歩いてきた故らしい。最近の若い研究者は現地踏査したがらないのだそうだ。

100年前の情報を市史から見つけたのが㈱活性白土青海元工場長の久保雄さん。
久保さんは白土採掘した時にこのブログに登場した工学博士で、ジオパーク市民の会会長でもある。
久保さんを隊長にして、関根先生、元高校の地学教師の桐山先生、そして俺の4人のメンバーでの絹雲母探しに出かけた。
場所は今井区西中の山の中。
もし絹雲母を発見できればジオパークの見所が増えるし、市内在住の陶芸家に絹雲母を混ぜた「糸魚川焼」を作ってもらいたいというのが久保さんの夢。
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今井区の次は根地区の白池に移動しての絹雲母探し。この池が白濁しているのは流紋岩が崩れた白土が堆積しているためらしい。ここは標高が高いし、舗装道路なので楽だった。絹雲母らしき鉱物を少し採集した。

鉱山跡は舗装道路から直線距離100mほどの山道を登った斜面と聞いていたが、盛夏だから藪が凄かった。
薪割りボランティアに次いで、ここでも俺が最若手だから先頭を草刈機を持って道を拓いていく。
背丈より高い藪草はまるで熱帯のジャングルみたいで、蔦が草刈機に絡みついて往生する。
ルートも定かではない状態の山道なので、重い草刈機を振り回していた俺が30分ほどでダウン。
とにかく暑い。
後は桐山先生が人力で藪漕ぎして道を付けていく。
1時間ほどで山のピークに立ったが、密生した藪草が邪魔で地表が確認できず諦めて下山。
ピークから見下ろすと、車を置いてきた道路から標高差100mくらいはあったと思う。
青空に入道雲が眩しかった。
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by jhomonjin | 2012-08-23 21:20 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(2)
準備に二ヶ月かけた「縄文の学校」もあと一週間を切った。
日曜は「まちつくりサポーターズ」の応援で薪つくりをしたが、集まったメンバーは平均年齢70歳くらいの長老クラスばかりの総勢8人。
義侠心で結集したシルバー薪割り隊である。
当初はボランティアが集まらず、俺一人で薪割りする覚悟をしていたので心強い。
糸魚川で若手を集めるのが大変だ。
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酒販会社会長のIさんが何故かチェーンソウを持っていて、上手に扱っていた。薪割りも上手。
東京生まれの糸魚川育ちらしいが、どこで覚えたのか不思議。炎天下にも関わらず最後までバテずに頑張っていた。

暑いから7時半にスタートして、Iさんと俺がチェーンソウで丸太を玉切して、他の人たちが斧と鉈で薪にしていく。
軽トラック二台分の薪つくりに約4時間かかった。

こんな時、斧や鉈を持っているのは俺だけのことが普通なので、参加者分の斧や鉈を持っていくのだが、今回はまったくの初心者が2名で、あとは子供の頃やっていたという人。
子供の頃というと半世紀以上も昔ということになる。
最初はぎこちない動きでも、その内に昔の勘が戻って上手に割っていた。
初めて薪割りするというシルバー薪割り隊員の2名も、何も教えなくてもすぐに薪割りに夢中になっていた。
ゴルフや野球のバッティングのコツを応用していたらしい。
ボーリングでストライクとるより、一発で薪割り出来た方が愉しい。
「俺って男らしい」、という実感が持てるのだ。
だからシルバー薪割り隊員は、少年に戻って無我夢中になっていた。
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シルバー薪割り隊の青年部長(60歳)にして、シルバー野球のイチローと謳われるAさんは薪割り初体験。堂々のフォームで薪割りしていた。百キロで飛んでくる球を打つより、止まっている薪に命中させる方が楽でしょ?

若者だとこうはいかない。
斧や鉈の使い方を教えても、腰が引けて空振りしたりで危なっかしいし、薪に命中させることさえ出来ない人が結構いる。
今時の若者は、『腰を入れる』という身体感覚が解らないのだ。
運動神経や体力は若者の方が優れている、と誰でも思うだろうが、薪割りなどではシルバー世代のほうが断然上手で安心して見ていられる。
スポーツと違って、労働には一般常識が通用しないようだ。
このような労働で必要な運動能力を運動神経ではなく、『労働神経』って呼んだらどうだろうか?

人に斧や鉈を貸すと柄を折られたり、刃こぼれさせたりで後のメンテナンスが大変だ。
今回も斧の柄が折れた。
鉈に数箇所の刃こぼれもあった。
こんなことは慣れっこだからがっかりもしないが、メンテナンスは「縄文の学校」が終わってからゆっくりやろう。
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左が考古学会の重鎮、土田先生。右が薪割り初体験のEさん。Eさんは元銀行支店長だった人だが、最初から上手に薪割りできていたのは、はゴルフの応用か?いずれにしてもシルバー世代は「労働神経」がいい。


俺の斧や鉈はカミソリみたいに研いであるから、空振りして地面に刃を当てたり、手の動線と刃の角度がずれたりすると刃こぼれしてしまう。
刃こぼれは、刃の根元寄りに集中していたから後者の理由だろう。
刃の鋭い部分が斜め横になって薪に当てられていたのだと思う。
真っ直ぐに斧や鉈を振り落として、刃の角度が一致した時の状態を「刃筋が通る」という。
この状態で薪割りできれば快感。

この快感を若い人や子供達に味わって欲しいのだが・・・。
しかしこれで一通りの準備は整った。
後は当日の好天を祈るばかり。
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by jhomonjin | 2012-08-20 21:35 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
コンクリートカヌーが完成したとの連絡があって、進水試験に立ち会った。
水に浮かべたらコンクリートのひび割れ箇所から多少の水漏れがあるが、左右バランスはそれほど悪くないらしい。
コンクリートカヌーに酒を振り掛けて、関係者一同恭しく二礼二拍手一礼の進水式。
高校生にこんな儀式は意外だったようだが、舟の誕生を祝福して安全祈願のためにも作りには必要な儀式だと思う。本当は命名式や着工式もしたいところ。
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一見して綺麗に出来たコンクリートカヌー。シンメトリックになっていない型枠の状態からよくここまで仕上げたと褒めてやりたい。しかし内側はガサガサで水漏れ箇所が複数ある。左官仕事初心者だから仕方ない。

マスコミも3社来ている。
まず俺が後部に乗って、前部に高校生を乗せて漕ぎ出してみる。
安全確認と試運転だ。
場所は校舎が同じ敷地内に隣接している高田城のお堀という絶好の環境。
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自重で80キロ前後のカヌーを野球部員の手助けでお堀に移す。お城と同じ敷地内に校舎があるって格好いいし、お堀ですぐに練習できる環境もなかなか無いだろう。上越総合技術高校って、いい学校だ。

乗ってみた感想は、上手に漕ぐと早いけど(GPS測定で時速6キロ強)、乾舷(水面上の船縁)が10cmも無く、左右のローリングも激しいので、船縁からの浸水の危険性があり、相当の注意が必要というもの。
ベニア製のカヌーの設計図をベースにしたコンクリート製カヌーだから、自重で喫水が下がったのだろう。注意事項と漕ぎ方をレクチャーして、高校生に漕がせてみる。
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最初の高校生ペアは乱暴に乗船したので、漕ぐ前に水が船内に入ってあえなく水没。一同大笑い。カヌーは規定で浮力体設置が義務付けされているので、設計上は浮沈構造になっているから心配は無い。

結局、別のペアがもっと深いところで水没させてしまった。
二度目の水没でヤンヤの喝采となったが、よく考えたら自重80キロのカヌーを引き上げる必要があるし、お堀は濁っているので探すのに苦労しそうだ。
俺の車には、常時ロープが積んであるし、夏の間は水中眼鏡や足ひれも積んであるから、車に戻って道具一式用意して水没場所に潜って状況確認。
お堀の水は濁って視界1m程度だが、スノーケリングしている時に偶然足ひれが船首に当ったことで発見できた。
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お堀を漕ぐ高校生。本番で恥をかかないように真剣に漕げ!と激を飛ばしても、そこは高校生。キャッキャと賑やかな試運転となった。若いからバランス感覚がいいのだろう。初めてにしては上手に漕げていた。

すったもんだの挙句、高校生のY太君が船首部に手を掛けて泳いだら岸辺に近づく事を発見。
カヌーに設置された浮力材のお陰で、潜水艦のように水中で浮かんでいるから80キロの船体が人力で動いてくれたのだ。
ロープなど使うこともなく、あっけなく3人で引張って岸に引上げることに成功。
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今週のフェイペインティング。宮崎先生には土偶に多く表現されている目の下縦二本のフェイペインティング。もともと南方系の顔立ちだから男前が上がった。

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お似合いのご夫婦、と言いたいところだが左が上越タイムズ、右が新潟日報の記者さん。これから別の取材があるとフェイスペインティングは拒否されたが、ノリがいい人たちだった。



水没していた時に漕いでいた高校生の話では、漕いでいるうちにローリングして船縁から少しずつ浸水したらしい。
このことから船縁を高くして、左右の船縁に浮力体を増設することで、浸水とローリングを緩和させる改造案を提案した。
船縁に浮力体を増設するアイデアは、沖縄で見た小型漁船が転覆予防に船縁に太い竹束を括りつける工夫から閃いた。旅はするもんだ。
その日の夕方に先生と生徒と一緒にホームセンターに行って材料を用意。
大会まであと一週間。
焦らずに地道に作業していくしかない。
高校生のカヌー製作班は、部活や就職活動などで集まりが悪く、作業は2~3人だけで頑張っているらしいが、最後の一週間だけでも力を合わせて全員参加して欲しい。
それにしても、城のお堀でスノーケリングしたことのある人って、あんまりいないだろう。
ちょっと自慢。
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by jhomonjin | 2012-08-18 21:36 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)

同級生っていいもんだ。

盆休みだ。
夜の9時過ぎになって、帰省中の高校の同級生から電話がきて飲みに出た。
こんな時でも縄文の学校の宣伝を忘れないから、絵具サンプルを持っていく。
当然の成り行きで同級生にもフェイスペインティングする。
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やっぱり同級生っていいもんだ。先に酔っ払っていたせいもあるだろうが、なんの疑問もなく顔に自由に描かせてくれた。

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酔うほどにフェイスペインティングに変更が加えられる。因みにこの男はO島君といって小学校の時に生徒会長だった。品行方正の優等生がグレたのは中学時代に吹奏楽部に入部してからだそうだ。

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よくぞ作ったり11色。まだ試作した顔料もあるし、時間があれば一種類の土からフルイによる粒度分けでバリエーションを作ることも可能。白は白土とヒスイ粉。黒は葡萄蔓から作った木炭。あとはすべて土から作った。
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by jhomonjin | 2012-08-12 22:06 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(4)
子供の頃に「熱中時代」という水谷豊主演の学園ドラマがあった。
その前に流行っていた高校の体育会系の熱血教師というスポ根先生シリーズと違って、不器用だけど一生懸命な小学校の先生という設定が新鮮だった。
その後は武田鉄矢の「3年B組金八先生」。

実際には学校外でも全力投球して生徒を見守る先生って、いないよなあ、とテレビの中に理想の教師像を投影していた。
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夜8時過ぎにハラペコ状態で我が家にやってきた宮崎先生と高校生。先生は若いのに何時も土産を持たせてくれるからほんのお返しで晩メシを出したら、あっという間に喰った。でも先生はメシより打合せ優先。流石だ。

ところが、本当にそんな先生がいた。
県立上越総合技術高校の環境土木課の宮崎先生だ。
先週の土曜にコンクリートカヌーの型枠の指導に行った、と前回に書いた。
その帰りの車の中で考えた改良点をメールしたら、火曜の夕方に内容確認の電話が入って、電話越しでは解らないのでこれから生徒を連れて糸魚川に来ていいか?だって。
すでに夜七時を回っていた。
上越から糸魚川まで高速を使っても四十分くらいはかかる。
宮崎先生は若いけど、午前中は部活の指導、昼からはカヌー作りとクタクタに違いない。
テニス部の顧問してるから真っ黒に日焼けしていて、インターハイ間近だから多忙らしい。

そして俺の自宅到着が8時過ぎ。
メシ喰ったの?と聞くとまだだという。
お袋に高校生2人と先生の分の夕飯準備を頼んだ。
こんな時、お袋は慌てずにメシの用意ができる。慣れっこなのだ。
最初にスイカ、トウモロコシ、枝豆を出して打合せしているうちに冷やし中華の出前が来た。
高校生は実にバクバクよく喰った。
改良点を図解して根気よく説明。
当初の計画の型枠の外側にコンクリートを打設するのではなく、内側に打設するという大幅な設計変更である。
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今週のフェイスペインティング。何時もサンプルを持ち歩いているので、出逢った人は口コミで縄文の学校を宣伝して貰うためのイケニエになる。この人は新潟で一番読まれている新聞社『新潟日報』の糸魚川支局長のT村さん。

後日、先生から見事に変更して精度の増した型枠写真がメールされてきた。
これまで生徒達は先生の指示待ち状態だったのが、家に来た生徒2人を中心として生徒同士で考えて答えを出していくチームに変わってきた、と添えられていた。

熱中先生に出逢って生徒達は幸せだ。
生徒達は一生記憶に残る熱い夏になるだろう。
コンテストまで二週間。
進水式には再び訪問したいと思っている。
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by jhomonjin | 2012-08-08 22:53 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
今週末もテンヤワンヤのうちに過ごす。
土曜の午前中は「日本活性白土(株)」の鉱山に絵具の原料採集に行った。
外仕事は暑いから、6時半に案内してくれる元工場長の久保さんの自宅に向えに行く。
不思議なことにこの鉱山には、白い粘土の他に青や緑、そしてそれらが風化(実際には酸化)して出来たオレンジや茶色の粘土が半径200mくらいのエリアから採掘されている。
狭い範囲でこれだけ色のバリエーションがあるのは、地質学的にも不明だそうだ。
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スコップで粘土を削っているのが久保雄さん。今は「ジオパーク市民の会」の会長だ。青い粘土の表面が雨や大気中の二酸化酸素で酸化してオレンジ色に変色している。市内中心部から15分くらいの青海区須沢に鉱山はある。

昼からは、40キロほど離れた上越市にある「県立上越総合技術高校」の環境土木課に訪問。
5月に担任の宮崎先生から連絡があって、8月25日にあるコンクリートカヌーコンテストに参加するため、カヌー作りのアドバイスを頼まれていたのだ。
俺は丸木舟は二隻作ったが、コンクリート製のカヌーは作ったことが無い。
しかし何を隠そう、俺は1級土木施工管理技師にしてコンクリート技師の元土木技術者だ。
昔の技術者魂がムラムラと燃えたのと、宮崎先生の熱意に快諾した。
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首タオルが宮崎先生(独身・イケメン)。完成したという型枠を見て予想通りの完成度に満足、と言いたいところだが、心配してた通りになっていた。精度が出ていない。どこをどう直せばいいのか???

このコンテストは、土木系の高校や大学が参加して毎年行なわれているのだが、昨年は準々決勝敗退だったので、今年は決勝まで勝ち進みたいのだという。
設計の段階からずっとメールでやり取りしていたが、型枠が完成したと連絡が入ったので、精度の確認と生徒達の激励のための訪問だ。
完成したという型枠を見て唸った。
陸に上がった蛸のようにぐったりした印象。
左右バランスが極端に悪い。芯が通っていない感じ。
水糸と差し金を使って計測してみると、当初の「安定性と直進性の両立」という設計条件はとても満たしていないことが歴然としていた。
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生徒達にこのまま作るのか、それとも大幅に手直しするのか答えを出させた。直したいという事になったので、精度の出し方、差し金の使い方、工具の使い方など教える。何よりも自分で考えて工夫するということを伝えたかった。

最初は緩慢だった生徒達の動きも、最後はキビキビと自主性が出てきた。
すぐに「どうしたらいいですか?」と答えを聞いていた生徒達も、生徒同士で相談しあって修正をするように変わってきたのだ。いいこった。
そして陸に上がった蛸も最後にはイカくらいにはシャンとしたカヌーになった。
ガンバレ少年!
この日の帰宅は夜9時過ぎ。嗚呼、またもや休日は15時間労働ぢゃった。
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今週のフェイスペインティング。絵具作りボランティアに来た上越市のSさん。石皿で赤い粘土を砕いているところ。この原料は近所の元高校の先生から分けてもらった能生地区採集の粘土塊。相当に優秀な顔料。

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赤い粘土塊を分けてくれた元学校の先生のお孫さん。「もののけ姫」ごっこしよう、と描かせて貰ったが、この子の前にまず父親を「夏休みの思い出になりますっ!」と口説いて描かせてもらった。
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by jhomonjin | 2012-08-05 23:07 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(2)