21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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今年も3月11日がやって来る。
2年前の3月11日は東日本大震災が発生し、原子の火が暴走を始めた日でもある。
去年はその記念日に、原始の火である縄文式の発火法を学ぶことで、今後我々はどのようにエネルギーと向き合うべきかを共に模索する機会として、和光大学の関根秀樹先生が呼びかけて各地で古代の発火法の体験イベントが行われた。
人智では制御不可能な原子の火は、便利さと引き換えにするにはあまりにもリスクが多すぎる。
ところが原始の火は、数千年来人類が制御してきた火だ。
そこの所を実際に体験することで、各自が便利さとは何であろう?と考えて貰えれば有難い。

今年の糸魚川では当日が月曜日のために、前日の3月10日に開催予定。
会場は傑作童話「ピアニャン」の著者である小川英子さんの実家である旧倉又茶舗さん。
去年は長者ケ原遺跡考古館が会場だったが、屋外だと寒いし風や湿気もあるのいで火起こしには不向きなのだ。
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キリモミ式発火法。膝に肘を当てて固定すると火きり杵がブレずに錐を回転させられる。錐を使ったことの無い人や、初心者が錐揉みすると先端がブレて摩擦効率が悪くなるから、こういった工夫をすることが愉しいのだ。

多くの発火法の体験会では、主催者が準備を整えた上で参加者は火起こしだけするというパターンが多いが、それでは「火起こし」を本当に体験したことにはならない。
そういった体験はそれなりに貴重だが、それは火起こしの工程の最後の部分だけの体験であり、「私は火起こしができる」とは言えないのだ。
最も肝心なのは発火の道具作りをすることで、発火の仕組みを理解すること。
発火道具はミリ位の誤差で発火効率が極端に変わるのから大問題なのだ。
だから今回は発火の道具作りから発火するまでの全行程を学べる内容にしたい。

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キリモミ式発火法の火きり杵は、通常はウツギや篠竹を使用。しかし使えば確実にすり減ってだんだんと使い難くくなる。そこで常時ベストの長さと直径を維持する為にソケット式に工夫した火きり杵。今回はこれを作る。

小学校や博物館などで行っている縄文体験での発火法は、江戸時代に考案された舞錐(まいきり)式発火法であることが多い。
考古学者といえども専門分野外のことは詳しくない人もいて、右に倣えで舞錐(まいきり)式発火法を指導する場合が多いようだ。
それはそれで結構だが、舞錐(まいきり)式発火法は江戸時代に考案されたという事も教えるべきと思う。
舞錐(まいきり)式発火法が古代からあるとする認識は、伊勢神宮の発火法であるから神世の昔から継承されているに違いないとする誤解が広まっていったらしいが、かっては伊勢神宮もキリモミ式発火法を採用していたし、今でもキリモミ式発火法で神事を執り行う神社もあるようだ。
ただ近年は技術的に最も簡単な発火法である舞錐(まいきり)式を採用する神社も増えているようだ。
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舞錐式発火法とは、スピンドルを上下動させて火きり杵を回転させる発火法だが、関根先生によると考案されてから200年程度とのこと。この写真は市販品。伊勢神宮仕様の舞錐セットも四万円で市販されているようだ。


因みに「縄文キッズ養成講座」は、ネーミングから子供向けイベントと思われがちだが、縄文人から見たら現代人はすべからく子孫であって、祖先の英知を学ぶという意味が込められているので大人単独の参加も歓迎。

                               記

とき  ; 3月10日(日) 午前9時~12時(開場8時半)
ところ ; 旧倉又茶舗(糸魚川市本町通り クスリのコダマの斜め向かい)
参加費; 一組500円(実費と被災者への寄付金含む)・・・家族連れは一組とします
定員  ; 先着5組
申込先;このブログに非公開コメントか、俺の連絡先を知っている人は直接コンタクトしてください。
主催;日本海縄文カヌープロジェクト

*車でお越しの場合は、糸魚川信用組合本町支店駐車場に駐車可能です
*詳細はお気軽にお問合せください。
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by jhomonjin | 2013-02-24 20:50 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
このブログに翡翠や石笛についての問合せがたまにある。
石笛とは縄文前期後葉(六千年前)くらいから出土する、縄文時代の祭器と推測されている孔の開いた天然の石、または人為的に孔の開けられた石で、笛として吹かれていたらしい。
これまで出土が確認された石笛は、国内で三十例程。
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青森の三内丸山遺跡出土品の翡翠製の大珠。青森以外での大珠は鰹節形が『多いが、青森地方ではドーナツ状が好まれたようだ。石に孔があいていれば石笛と断定する専門家諸氏?がいる。


ところが石笛のなんたるかを知らずに、神秘性だけをいたずらに煽って高額に売っているネットショップが多い。
素人目にはヒスイと見分けることが困難な透閃石や角閃石製らしい石笛が、「糸魚川翡翠の石笛」として高額で売られているサイトを見つけたこともある。
また石笛情報をネット検索しても内容は玉石混淆で、相当にいい加減なものも多いようだ。
誰かが書いた間違いを孫引きの孫引きを続けた結果、おかしな情報が広まっていったようだ。

例えば青森県の三内丸山遺跡からヒスイ製石笛が出土している等。
俺が青森の教育委員会に問合せたら、石笛の出土品は無いとのこと。
この場合はどうも、翡翠製大珠を石笛と勘違いした情報のようだ。
大珠は威信財らしいと推定されている。つまり権威の象徴だ。
こんな例は沢山ある。
紐孔の直径は3㎜~5㎜程度くらいだと思うが、その程度の小孔では吹いて音を出すことは出来ない・・・と俺は思っていた。
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石笛倶楽部に入会すると、守山さんが採集した石笛が1週間レンタルができる。レンタル料金無料で送料のみ自己負担という欲の無さ。会ったことないけど、守山さんは石笛仙人みたいな人だね。石笛の愉しさを共有できればいいらしい。

ところがである。
翡翠製大珠なみの小さな孔のガラス製ビーズを吹くことのできる石笛の名人がいた。
和歌山の「笛の店 谺堂(こだまどう)」の主である守山鷲声さんがその人。
守山さんが運営する石笛(いわぶえ)というHPには、長年の石笛の研究成果が惜しげもなく大公開されている。
俺の場合は考古学的な分野と、石笛加工の分野を研究しているが、守山さんは天然物の石笛の採集と演奏法の分野の研究をされておられるようだ。
サイト上では、石笛倶楽部という同好会も運営されておられる。
守山さんと意気投合して、俺は早速石笛倶楽部に入会した。
石笛に興味のある人は是非ともご覧ください。
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石笛倶楽部では、石笛教本とCDも販売している。石笛でドレミ音階の練習や演奏曲も入っている。価格はなんと500円(+送料140円)。本当に守山さんは石笛仙人だ。いつか俺も石笛で笑点のテーマ曲を吹けるようになりたい。

このところ、ほぼ連日といっていいほど守山さんとメールでやり取りしている。
守山さんによると、古神道の大本教ではおそらく横吹きといった特殊な吹き方で神事をしているらあしいとの情報があり、普通の正面から吹く方法では吹くことのできない程の浅い孔の石笛が使用さているとのこと。
因みに大本教は今でも京都府綾部市に本拠があり、戦前の古神道の風雲児の出口王仁三郎か教祖だ。
整体の大師匠の野口晴哉先生とも交流があったようだ。
この情報を元に試行錯誤の上、守山さんは横吹きができるようになって、小孔の開いたアフリカ土産の大型ガラス製ビーズが吹けるようになったのだそうだ。

ただ守山さんも翡翠製大珠が石笛であったとは思えないとのこと。
わざわざ硬い翡翠に貫通孔を開けていることから、大珠の孔は紐を通す孔との見解。
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写真は長野県尖り石遺跡出土の有孔鍔付土器。
有孔鍔付土器という用途不明の縄文土器で、平らな縁に小孔が開いていて、その下に鍔があるのが特徴。
考古学的には、酒作り説と太鼓説がある。
出土品の中にニワトコの種が入っていたことから酒造り用の根拠。
また土器の縁に皮を張って固定する木釘用の孔とするのが太鼓説の根拠。
某パーカッショニストが、有孔鍔付土器のレプリカを作って皮を張ってライブ活動している。
ちゃんと太鼓して機能したから有孔鍔付土器は太鼓だと主張しているが、いかがなものだろうか?
子供の頃、「8時だよ全員集合!」でパーカッショニストがスプーンやフォーク、鍋を叩いて中本工事とパーカッション合戦?してたのを見た記憶がある。
プロなら音が出るものならなんでも楽器にできて当たり前だろう。
俺は頬っぺたを叩いて「笑点」のテーマを演奏できるが、俺の頬っぺたは太鼓ではないぞ。
口笛も吹けるが俺の唇は石笛ではないけんども・・・。
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by jhomonjin | 2013-02-17 21:49 | 糸魚川ヒスイ・石 | Comments(0)
知人から、隣の上越市の某農家の土蔵に収蔵されていた漆のお膳やお椀が不用となり、焼却処分されるのだけど、欲しかったら貰ってくれぃと連絡があった。
俺が民俗資料を集めていることを知っている人からよくこんな情報が寄せられる。

そこで糸魚川から車で1時間ちょっと離れたその農家まで行ってきた。
多くの漆什器は組になって箱に入っていた。
重箱、お椀、銘々膳、お盆、酒器の数々。
大部分は輪島塗の高級品だが、全部で軽トラック二台分弱の量だ。
個人では所有できない大量のお宝を前に唖然とする。
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我が家の納戸を占領したお宝。これでも半分以下に減った状態。ある箱には墨痕鮮やかに「皆朱寺膳  慶応二年誂」・・・すべて朱漆の仏事用膳 慶応二年購入という意味・・・書かれた四足膳とお椀のセットが入っていた。

確か慶応二年といえば薩長連合が締結された年ではなかったか?
坂本竜馬や西郷さんと同時代の人が誂えたモノが目の前にあるって不思議な感覚。
同じ「皆朱 寺膳」と書かれた箱がまだ沢山あって、 文政だの大正だのと購入した年号が百年くらいに渡ってバラバラに書かれているので、三~四代くらいの歴代家長が少しづつ買い足していった状況が分かる。
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文政と年号が書かれた折敷膳二十枚組の箱。整体の恩師であるO先生の稽古場に貰われていった。O先生の稽古所は都会にありながら囲炉裏のある古民家で、会員も多く茶会なども開催するから活躍してくれるだろう。

緩衝材の包み紙も毛筆で書かれた反古紙や、戦前の新聞紙だったりして面白い。
「大本営発表 我が帝國海軍は印仏沖海戦にて敵輸送船団三十隻撃沈」なんて活版印刷された新聞紙自体も俺にとってはお宝だ。
因みに現在の新聞はコンピューター制御のオフセット印刷。
活字が大きくてまろやかな感じだが、活版印刷は植字工が一字づつブロック状の活字を組み込む職人技。
活字が小さくてクッキリした印象。
難しい漢字にはルビが振ってあるので、昔は新聞を読むだけで漢字の勉強になったんだなぁ、と実感。
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これが皆朱寺膳セット。同じ意匠、同じ寸法の四足膳とお椀のセットが、何世代にも渡って何度も注文できたってこと自体が尊い。伝統工芸の底力だ。作り手と使い手の共有された美意識。これこそ文化的というもの。

その家の仏間に通されたら、浄土真宗特有の絢爛豪華な仏壇が置いてあった。
仏壇の中を拝見させて頂いたら、初代は安永二年没と書かれていたので、江戸時代中期後半に始まった家系らしい。
江戸時代は質屋もしていた豪農だったようだ。
新潟の裕福な家は、越後特有の盲目の女旅芸人の瞽女(ゴゼ)さんが泊まる「瞽女宿」であった家が多い。
現在の家長に聞いたら、やはり戦前まではそうであったとのこと。
瞽女さんは、三人一組くらいで各地を門付しながら渡り歩き、集落の裕福な家に泊めてもらう。
夜にはその家の座敷に近隣の人々が集まって瞽女さんの唄を聴き、合間に各地の土産話しも聞くという即席の寄席のような家が瞽女宿だ。
瞽女宿の家は、来客の接待や瞽女の食事や入浴の面倒まで全て無料のボランティアだから、地域に富の還元をする篤志家ということになる。
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酒器らしき南部鉄瓶。なぜ酒器と分るかというと、蓋が鋳鉄ではなく朱漆が塗られた木製だからだ。普通の鉄瓶のように火にかけると漆が焦げるだろう。蓋なしで酒をお燗して、膳に出す時は蓋をして保温したのだと思う。

歴代の家長は、孫子の代まで使える家財として、漆の什器を集めてきたに違いない。
仏事で大勢の参会者が集まった時に、子孫が恥ずかしい想いをさせたくないという親心か?
時が流れ、平成の世には百年以上に渡って祖先達が集め続けた「お宝」が無用の長物。
今は田舎でも冠婚葬祭はセレモニーホールで済ます事が多いから、無理もない。
漆の什器には、三々九度の杯と酒器といった婚礼セットまであった。
昔は人の誕生から成長、死に至るまで、すべて家の中での出来事だった。

輪島塗も江戸時代と現代では様変わりしている。
今でも本物の輪島塗は、三代前が切って乾燥しておいたアスナロの椀木地をロクロでひいて、漆を塗っては研いでという工程を何度もして完成に至る。
ところが今時は、プラスチック製の椀木地に化学塗料に天然漆を2%混ぜて塗装しただけで「本漆」と表示して売ってもいいそうだ。
通商産業省は何やってんだ。
「プラスチックにペンキ塗った漆椀」は、江戸時代の作り方からすれば漆製品モドキだが、そんなモドキでも都会の有名デパートでは高級品として扱われるらしい。
安かろうのモドキが、本物の存在価値を駆逐していくのが現代。
大量生産大量消費の論理が、伝統工芸の世界とは明らかに異質で、同列に扱うこと自体がナンセンス。
そして本物の価値を知らずに、ブランド信仰で高価な買い物をするのが現代人の審美眼と価値観。
つくづくモノの本当の価値を知らないってことは情けない。
通商産業省の人達は、自分たちの決めたことが伝統工芸を根底から覆していくことに心が痛まないのだろうか?
役人が決めた約束事で日本文化が破壊されていくのだ。
その構造が続く限りますます伝統工芸が衰退し、良心的な職人が食えなくなっていく。

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鶴亀の吉祥図柄の蒔絵が施された会席膳と、お洒落な小型丸盆。知人の古道具屋から朱漆が塗られた什器は仏事用と聞いていたが、吉祥図が描かれていることから祝儀の席用か?でもツートンカラーの丸盆って凄いセンスだ。

さて、問題は軽トラ二台分の漆の「お宝」の置き場だ。
既に俺の自宅にはたんまりと漆製品がある。
そこで整体の仲間にメールしまくったら、都会在住の稽古仲間から良い反応が来た。
整体関係者には、本物志向の人が多い。
田舎の稽古仲間は、それぞれ家に漆什器を大量に保管している人が多いので駄目。
十組セットの四脚膳だって、バラにして花台や飾り物の台としてなら都会の人でも使える。
各稽古場の受付台や調度品にどうですか?江戸時代の貴重品ですよ、花台に転用すれば素敵ですよ、と声を掛けた作戦が成功したようだ。
輪島塗のお椀だって、日常使いにすれば粗食でも文化的で豊かな食事風景といえる。
もしかしたら本物の輪島塗で食事した最後の日本人になったりして・・・。
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お宝には瀬戸物も多くあったが、割れ物は遠慮した。中でも目を惹いた徳利だけ頂いてきた。一輪挿しによさそう。釉の溶け方が素朴でポッテリした印象に温もりを感じる。現代陶芸にはない朴訥さに人間臭さを感じた。

大師匠の許可も貰って、試しに一月の京都稽古会にサンプルを持っていったらあっという間に貰手が現れた。
評判は良かったし、予約注文も貰ったから、納戸問題も解決の見込みが付いた。
これからは京都稽古会に行く度に少しづつ持っていき、稽古場の隅に展示させて貰うことにもなった。
お金も少し貰って、稽古場の営繕費として少しは寄付できたら一石二鳥。
とにかく漆什器を頂いたお宅のご先祖様と、それらを作った職人さん達も哀しい想いをさせなくて済みそうだと思うと、ちょっと安心。

でも今日も俺の知らないどこかで、お宝が捨てられたり燃やされたりしているんだろうな、と思うとやるせない。
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by jhomonjin | 2013-02-09 23:29 | もののあわれ | Comments(1)
世は節分だ。
子供のころ、お袋に「鬼は外」と豆を撒けと言われても、恥ずかしがり屋さんの俺は照れて声を出さなかったもんだ。
自分で言うからなかなか信じて貰えないが、俺って本当は照れ屋さんだ。
本人が言うのだから間違いはない。
文句あるかってんだ!
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南インドのケラーラ州のオートリクシャー(3輪タクシー)の後部にぶら下がっていた鬼の魔除け。鬼に睨んでもらえば後続車に追突される心配は無い?インド人はデビルと言っていたが、誰がどう見ても鬼でしょう?


さて、節分といえば鬼だ。
鬼の姿は角と虎皮の腰巻が定番だが、これは鬼門である「丑寅」の方角を象徴しているのだと民俗学の本には紹介されている。
牛の角が丑を、虎の毛皮が寅を象徴しているというのだ。
しかしだ、インドにも虎皮の腰巻はしていないにしても、角の生えた鬼がいる。
鬼の角は「丑寅の牛の象徴」していると断言できるのか?
インドの鬼がいつからいるのか不明だが、インド全域は未確認にしても南インドでは軒先や、玄関、車にぶら下がっていることが多い。
中国から逆輸入された可能性もあるのだろうか?
インドの鬼の起源についてご存じのかた、教えてください。

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南インドのトリバンドラムの民家の玄関にも鬼がいた。鬼の強力な霊力で邪悪なモノを睨み返す呪術だろう。インドには鬼がマスコットのONIXというTVを作っている家電メーカーがあるが、日本のメーカーなのだろうか?

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チェンナイの商店玄関を守る鬼。インドの鬼は舌を出しているのが普通。椰子の実や逆さまにした壺に手描きで鬼の顔を描いてある手製もあってこっちは不気味。オートリクシャーには目も描いてあるが、これはアラブ文化圏や中国福建省文化圏でも共通の「睨み返し」の魔除け。
インドの船も同様だが、アラブではホルスの眼、福建では竜眼といって、船の船首に描かれていることが多い。
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by jhomonjin | 2013-02-02 21:10 | 旅の民俗学 | Comments(2)