「ほっ」と。キャンペーン

21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
小雨の中、工房の屋根を七割ほど葺いた時点で本降りとなって工事は中断。
f0225473_10574260.jpg
ヒスイ仲間が使っていない50万円もする研磨機械を貸してくれるというので搬入した。170キロもある機械だから別の仲間から簡易リフトを借りて軽トラに積み込み、友人と三人で何とか工房に収めた。


工房は庭の中にあるので、大きな石をどかし、庭木の移植や雑草の草取りの後に地面の凸凹も極力均すなどの搬入路を事前に整備しておいたので、簡単に搬入できた。
自重170キロもある研磨機械は脚にキャスターがついているとはいえ、土のままの搬入路ではキャスターが埋まってしまうので石灰石の砕石を敷いておいた。
f0225473_1105195.jpg
糸魚川はヒスイだけではなく、石灰石埋蔵量も豊富だから、セメントメーカーが二社もある。ツテを頼って原石山で軽トラ一杯の砕石を入手してきた。石灰石は白いから庭に敷く砕石として最適だし、値段もトン当たり1,700円と格安。

f0225473_1118064.jpg
軽トラ一杯(約0.2㎥)の砕石を庭に敷いて道を作った。白く見えるのが石灰石で作った搬入路。これで雨が降っても靴が汚れなくてすむ。この入口付近から縄文土器片が出てきた。工房が完成したら発掘したい。

事件はその搬入路つくりの時に起こった。
雑草の草取りをしていたら、表土から土器片が顔を出したのだ。
我が家は古墳時代のヒスイ工房の上に建っているから、須恵器の破片ならよく拾える。
でも今回のは、明らかに縄文中期(五千~四千年前)の特徴のある土器片で、これは我が家で最古の出土品となる。
f0225473_1155439.jpg
こんな状態で表土に土器片が散らばっていた。周囲を指で引っ掻いて探したら30分ほどで小型バケツ1杯くらいの破片が採集できた。隆帯文や縄文が付いているから縄文土器に間違いはない。

f0225473_11111075.jpg
そしてなんと、手のひら大の破片には半人半蛙文(ハンジンハンアモン)や、蛟文(ミズチモン)がクッキリと施文されている。長野県富士見町の井戸尻遺跡から出土する「井戸尻式土器」の特徴だ。

f0225473_11344547.jpg
左が半人半蛙文の土器片で、右の赤っぽいのが蛟文の破片。ミズチとは水の精霊のことだ。自宅から土器様式が特定できる出土品が出て興奮。信州と交流していた四千年以上前の縄文人が住んでいたんだと感慨深い。

最初は我が目を疑ったし、あんまりクッキリと施文されているので俺の失敗作の破片がまぎれているのかと疑ったが、糸魚川ではまだ半人半蛙文の土器は作っていない。
おもわず「おっっ!!!」と声を出した。
近所に住む考古学者の土田孝雄先生に見せたら「大発見!」と一緒に喜んで頂く。
俺の自宅周辺は笛吹田遺跡という古墳時代の遺跡群だが、縄文晩期の出土品はあっても中期は初めての出土なのだ。
俺の家は宝の山だぁ。
[PR]
# by jhomonjin | 2013-04-21 08:04 | 縄文 | Comments(1)
これまで俺が作った小屋は、ツリーハウスや納屋も入れれば六棟だ。
糸魚川市に帰郷してからは、自宅の庭で取り掛かっている工房が最初。
ヒスイ加工と木工の工房だけど、完成したら仲間が気軽に立ち寄れるサロンみたいになって欲しい。
だから居心地の良いデザインに工夫している。

庭に転がっていた大きな石も使って独立基礎を据えた。
ひとり作業で時間も無いので、ホゾ組みは基礎の最低限だけにとどめて、ツーバイフォー工法を応用にした現場合わせの仕事である。
今日の段階で屋根下地まで完成したが、一人で作ったにしては水平や垂直はちゃんと出ていたのでニンマリ。
f0225473_2255148.jpg
屋根下地完成。屋根と外壁が終わったら、楽しい作業の内装だ。収納や動線計画も、一服の時に離れては近づき考えながら決めていく。こういった図面無しの現場合わせの仕事は愉しい。お金を貰って請け負う仕事には無い愉しさ。


低予算の工夫、一人作業でいかに精度を出すかの工夫も愉しい。
時間がもったいないので夕方に翌日の段取りをして、晩飯を食った後に閉店間際のホームセンターに駆け込んでの資材購入の日々だ。
帰ってから深夜まで「ぬなかわヒスイ工房」のホームページ原稿仕事で、平均睡眠時間は五時間程度。

f0225473_2285123.jpg
青年会議所の定例会に招待されてミニ講演。今年度のテーマが海とのことで、縄文カヌーや縄文文化の話をした。会場の商工会議所2階の大きな会議室には、手作りのディスプレー。大人の男がこれを作った。かわいいじゃないですかっ!

f0225473_22139100.jpg
新聞紙を丸めた岩に海藻や蟹もいるという芸が細かさ。俺の出番は15分だったが、事前打合せが3回もあって述べで6時間も打合せた。打ち上げで民族楽器や古武術、整体技を披露して受けた。3次会までご馳走になりっぱなしで恐縮。
[PR]
# by jhomonjin | 2013-04-18 07:25 | ガラクタ工作 | Comments(0)
今年の春は氷雨が多い感じ。
待ちに待った四月十日の「けんか祭り」当日は曇り空。
最後の「お走り」時分には細くて冷たい雨がぱらついていた。
火照った体に気持ち良かったが、祭りが終わったら寒いのなんの。
今年も幼馴染みのKが祭りバカの本領発揮して暴れまわっていた。
あれだけ無垢に祭りに没頭できる奴も珍しいし、まったく羨ましい。
f0225473_22263130.jpg
祭りの当日と翌日にある舞楽の中の稚児の舞。国指定民俗重要無形文化財である。翌日の舞楽は最初は曇り空で雨も降っていなかったが、少しづつ風が強くなって本降りになってきた。


f0225473_2223265.jpg
祭りの翌日は直会。神社境内で神様と酒を共にする神人供食の儀式。早い話が宴会。途中から雨が降ってきたが、手慣れたもんでブルーシートで雨で風が吹き込まない工夫がサッと済んでしまった。頼もしい仲間たちだ。


f0225473_22292716.jpg
小雨降る中の二日目の舞い。曇天の舞いも迫力があって宜しい。全部で十二曲ある舞楽もこの後は本降りになってきたので中止になったが、天気の関係で見学者も少なかった。でも神様への奉納だからいいのだ。

小さい頃は「あんちゃ」と呼んでいた青年が今では孫のいる「じいちゃ」になっている。
「ボーズ」と呼んでいた子供が立派な「あんちゃ」になっていく。
祭りっちゃ、地元の顔なじみが一緒に年を重ねていく感じがいい。
同じ目的に向かっていく連帯感。これもいい。

祭りの締めくくりは、祭りを裏方として支えていた楽師達のところへ参加者一同が集まる。
笛、ほら貝、太鼓の衆(しょう)。

静かな笛の音色がピーーヒャーラー、ピーピッー、続いてほら貝のブオーブオーッで始まるゆったりと重厚な「三つ拍子」の太鼓が最初。
「三つ拍子」は、けんか祭りの間中、演奏されているBGMだ。
男たちは、次に演奏される「シャギリ」を待ち構えて固唾を飲んでいる。
「シャギリ」は、最後のラストスパートの「お走り」の時にだけ演奏される勇壮な曲調。
笛はピーヒャララー、ピーヒャララッの繰り返し。
太鼓はドンデンドーン、ドンデンドーンッの繰り返し。
この音が鳴ったら問答無用に神輿を担いで走る曲なので、子供の頃はグズグズしていると大人から「ほら、ドンデンドーン」鳴ったよ!と宿題や入浴を急かされたもんだ。
f0225473_22352518.jpg
「シャギリ」が鳴り出すと男たちは一斉に「わっしょい!わっしょい!」と囃し出す。この時間が堪らなく好きだ。
何時までも終わらないで欲しいと思うのは、一同の気持ちだろう。「いいぞう、来年までやっとれーいっ!」と野次が飛ぶ。

そして最後は「勝ち鬨」の太鼓
デーンドドーンッ、デーンドドーンッ、デーンデーンデーンデーンッ。
祭りに名残を感じつつ、男たちは涙を拭きながらも「わっしょい!わっしょい!」
楽師も残る力を振り絞って同じ太鼓を繰り返す。
「頑張れーいっ!」の声援、また声援。
祭りの最後を飾るに」相応しい憂愁を帯びた荘厳な曲調。
俺が死んだら、「勝ち鬨」で送って欲しいと思う。
迷わず、真っ直ぐにあの世に旅立てるだろう。
そんな曲調だ。
雨の中、嬉しいのでも悲しいのでもく男たちが涙で頬を濡らしている。
美しい風景。
祭りっちゃ、ええもんだ。
f0225473_2237436.jpg
去年は俺も「じょうば」・・・獅子・・・の役で、老人ホームに呼ばれて行ったら大変に喜ばれた。今年は若い「じょうば」を連れていった。反応のあるお年寄りや反応しないお年寄りたち。縁起モンだ。来年まで息災でおってくんないや!
[PR]
# by jhomonjin | 2013-04-12 22:13 | 祭り | Comments(2)
俺が生まれるちょうど一年前の同じ日、お袋は自宅敷地内でヒスイの勾玉を拾った。
五十年前の四月のことだ。
お袋は俺とその勾玉を作った古代人に何かの縁を感じたのだそう。
勾玉と、それを作ったと思われる砥石が揃って出土している例は全国的にも稀だと思う。
f0225473_17174264.jpg

この写真が出土した勾玉セットの実物。
大きな石の上に載っているのは俺が作ったレプリカで、大きな石は勾玉の背中の丸みを削ったらしい砂岩製の「筋砥石」だ。
下あるのが出土勾玉の実物で、その下になっている棒状の石が勾玉のお腹の抉れ部分を削ったらしき「棒砥石」だ。
筋砥石も棒砥石も、出土した勾玉のカーブにピッタリと合致する。
なんだか勾玉が、筋砥石に噛り付いているようで可愛らしい。
f0225473_1719731.jpg

右側の緑の玉は、お袋が拾った古墳時代のガラス製ビーズ。
普通の人なら子供のおもちゃと思って拾わないだろうけど、お袋は考古学好きだから大事に仕舞っておいた。

俺の小学三年の時に歴史好きのお袋の願いが叶って本格的な発掘調査が行われ、敷地地下には千七百年前の古墳時代前期のヒスイ工房跡が埋蔵されていることがわかった。
有名な考古学者達に混じって、俺も発掘のお手伝いをした記憶がある。
子供の頃、縄文期の石器や、奈良時代の初の国産鋳造貨幣である「開元通宝」も拾ったことがある。
正式には笛吹田遺跡として報告されている。

そして現在の俺の仕事が勾玉職人。
やっぱり縁があったのだ。
この4月に「ぬなかわヒスイ工房」として独立した。
「ぬなかわ」、とは縄文系の弥生から古墳時代にかけて糸魚川近辺にいたヒスイや磨製石器に長けた民のことである。
文献には、奴奈川とか沼名川とか表記されている。
彼らは丸木舟に乗って、日本海を縦横に航海してヒスイを各地に運んだ海の民でもあったようだ。
俺が住んでいるのは、ぬなかわの郷の本拠地らしき所。
ご先祖が崇拝していたのが、ぬなかわ姫という女神様。
俺は、ぬなかわ姫を祀る奴奈川神社(正式にはニニギノ命を祀る天津神社と合祀された「一の宮」)の氏子で、俺にとって春の例大祭である四月十日の「けんか祭り」はかかせない年中行事だ。

今、自宅庭に工房をセルフビルドで作っている真っ最中だ。
奇しくもお袋が勾玉を拾った五十年後という巡りあわせ。
つまり千七百年の時を経て、同じ場所に勾玉工房を復活させるという個人的なプロジェクトの進行中ってわけだ。
これは俺個人を超えて、ご先祖の計らいだろう。
ホームページは友人のサカちゃんが作ってくれている。
「縄文時間」ってホームページ。
昼間は建設、夜はホームページの原稿作りでヒッチャカメッチャカの日々。

俺が建設している工房は三畳ちょっとしかないけど、ちょうど古墳時代後期の周溝墓があった場所。
古代の豪族の墓の上に工房を造っているのだ。
基礎工事で土を掘り返していたら、でっかい石が沢山出てきた。
ドングリを割る時に固定した窪み石みたいのも出てきた。
化けて出るなよう~。
f0225473_1724868.jpg
散らかっていてショーシイ(恥ずかしい)けど、建設中の工房。ちょうどこのあたりが周溝墓があるところ。どんな人が眠っているんだろう?ぬなかわ族の偉い人であることは確か。
[PR]
# by jhomonjin | 2013-04-07 17:10 | 糸魚川ヒスイ・石 | Comments(3)
27日に石川県松任市にあるNPO法人「ワンネススクール」で縄文体験会講師に招かれた。
会場は、山間地にある廃校になった幼稚園。
前夜に会場入りして、深夜までスタッフに発火法の道具作り指導。
そのままスタッフと雑魚寝。
f0225473_20405328.jpg
縄文土器、石器、発火道具に興味津々の参加者。福島からの小学生と各地からのボラティア達で賑やかな体験会だった。前夜は読み聞かせと歌の会もあって盛り沢山な内容。

f0225473_20445230.jpg
透閃石製の磨製石器、黒曜石の打製石器、竹のナイフ、ステンレスの包丁でイノシシの肉を切る。透閃石製の磨製石器が一番使い易かったのは、俺も意外だった。この後に縄文土器で猪鍋を作った。

f0225473_20501880.jpg
紐きり式発火法に挑戦する小学生。発火に成功する度に拍手が起こっていた。この子は最後まで発火できなかったが、諦めずに最後まで挑戦していたので別れ際に頭を撫でてやった。可愛くて仕方がない。

翌日の午前中に縄文サバイバルのお話と、石器を使っての縄文料理体験会。
午後は発火法体験会だが、竹が古くなっていたらしくデモストレーションで発火せずに冷や汗をかく。
3年前にテレビ局の取材で揃えた竹だったので無理はないが反省。
竹を新しく変えたら簡単に発火。
スタッフのNさんが古風な日本人って感じで、無口で朴訥とした気持ちのいい青年で関心する。
7月には1泊2日の体験会も予定されている。
午後4時に参加者とスタッフから熱烈な見送りを受けて加賀市に移動し、夜7時から加賀稽古会の講師。
今回のテーマは、意識的集注と同化感覚による集注の違い。
先月集めた江戸時代の漆什器が稽古グッズとして大活躍する。
伝統工芸、つまり文化の持つ奥行って凄い。
そのまま世話人のHさん宅に宿泊。

翌朝は京都に移動して、3日間の整体稽古会に参加。
ここまでの五日間の平均睡眠時間は5時間ほどでフニャフニャ状態。
いつもならここで帰路につくのだが、今回は和歌山市在住に移動して、石笛仙人の守山鷲声さんの自宅にお邪魔して自作の石笛を吹いて貰った。
守山さんは「石笛倶楽部」という石笛の研究サイトを開設していて知遇を得た人。
夜9時に守山さんの自宅に到着し、簡単な挨拶だけで早速石笛を見てもらう。
長い間、濃密なメールをやりとりしていたが、この日が初対面。
今回は完成したばかりの熊本県宇土市の轟貝塚から出土した六千年前の石笛のレプリカがどんな音がするのか?音域がどれ位なのか?どんな演奏ができるのかという共同研究の一環と、試作石笛へのアドバイスを貰うこと、石笛のキーの測定法の教えを乞うこと、それと石笛談義が目的。
深夜1時まで縄文や民族楽器、環境問題などの話で盛り上がる。
f0225473_20551999.jpg
自作の石笛。手前の黒い石笛が出土品のレプリカ。貫通孔と、直交する小孔が開けられていて、オカリナの様に音階を変えられる工夫がしてある。もっとも石笛上級者なら、普通の石笛でも1オクターブ前後の音階は出せる。

守山さんの本業は竹笛作家だけど、こだま(山彦)研究家としても著名だということを知った。
打製石器の収集を少年時代から趣味にしていたとのこと。
実に気が合う。
獣医の学校を出たけども、ペットの避妊手術などの獣医の仕事の現実を目の当たりにして嫌気が差して篠笛作家になったという昔話にも同感。
そのまま守山さんの自宅に泊めてもらって、翌朝は和歌山市内のスタジオに移動して本格的に石笛演奏。
最後に守山さんがヒスイの石笛、俺がヒョンの実の笛でセッションした。
ヒョンの実とは、西日本に自生しているマンサク科のイスノキに出来る虫コブで、内部を虫が食べて中空になったもの。
吹くとヒョンヒョンと音がするので、ヒョンの実と呼ばれるようになったとか。
ヒスイの硬質でビビットな音色と、ヒョンの実の柔かいくぐもった音色が離れては交差していく。
異質な音色が絡み合って作られるサウンドの心地良さ。
初めてのセッションにも関わらず、深い部分で共感できる人間関係であるためか気持ちよかった。
f0225473_2104843.jpg
和歌山駅の近くにあるスタジオ。昭和初期に建てられたビルで、今はレストラン、ギャラリー、スタジオに利用されているレトロな建物。ハンフリー・ボガードが出てきそうでこんな建物は好きだし、音響も良かった。

f0225473_213369.jpg
三階にあるスタジオで縄文石笛を演奏する守山さん。俳優の榎本孝明に似た男前で気さくな兄貴分ができた。オオカミの咆哮のような、女がすすり泣くような、嵐の時の風のような、不思議な音色に変化していくのは、守山さんの腕だ。

f0225473_219323.jpg
指を離して音階を変えているところ。守山さんの演奏姿は美しい。自宅で吹く時も型に入った感じで姿勢が良い。いつでも本気の人である。共同開発中のヒスイ製石笛にも色々とアドバイスして頂いた。

昼食を共にしたあとは再び石川県に戻り、Sさんの家で夜9時から仕事の打合せ。
4月から勾玉職人として独立する計画なので、友達が色々な面で協力してくれていて、パソコンに強いSさんにホームページ作りを頼んであるのだ。
家を出て6日間で4か所で寝たことになる。
深夜に帰宅・・・爆睡。
[PR]
# by jhomonjin | 2013-04-01 21:36 | 糸魚川ヒスイ・石 | Comments(9)