21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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タグ:ぬなかわヒスイ工房 ( 6 ) タグの人気記事

このブログを見ている西日本在住のある人から、4月にヒスイ製品の注文がありました。
ぬなかわヒスイ工房の完成を待つから、急がないので作ってくださいとのこと。
有難いことです。
以前に抽象的なデザインの犬のヒスイ製品を作ったことがあって、そのネット画像を見ての注文です。
注文主のご要望は、犬好きの息子さんのための「早太郎」って名前の民話にでてくる犬のヒスイ製品とのこと。
完成の報告を教えて頂いた携帯メアドにしてもエラーが出て連絡がつきません。

この場をお借りして完成の報告をさせて頂きますので、お気に召しましたらご連絡をお待ちしております。
以下は「早太郎」の写真です。

f0225473_611613.jpg早太郎の正面。口の悪いヒスイ仲間からイノシシか?なんて言われてしまいましたが、信州の民話だそうですので、顔の大きい「甲斐犬」が野山を走っている姿をイメージしました。原石は小滝産ヒスイです。

f0225473_6124069.jpg光りを透過させるとこんな感じ。
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by jhomonjin | 2013-06-18 06:14 | 糸魚川ヒスイ・石 | Comments(3)
工房作りで工具箱の整理をしてたら、古銭が出てきた。
高校生の時に、押上海水浴場の「浜茶屋」で監視員のバイトをしてた時に波打ち際で拾ったものだ。
その日、海水浴客が波打ち際でガラス破片を踏んで怪我をしたので、夕方に点検して歩いてた時に見つけた。
「浜茶屋」とは、新潟から福井にかけての北陸方言で、「海の家」のこと。

f0225473_11305616.jpg拾った時には藻で汚れて文字が読取れなかったが、四角い孔が開いていた古銭だったので最初は銭形平次の寛永通宝かと思った。表には漢字らしき文字が読取れたが、裏にはグニャグニャ模様があった。古銭の表

f0225473_1132062.jpg汚れを洗い落として図書館で調べたら、なんと十七世紀の清朝の「康熙通宝」。つまり三百年以上前の中国銭。グニャグニャ模様の正体は満州文字とのこと。古銭の裏




この古銭は何時、誰が落としたんだろう?
中国船が難破したのだろうか?
康熙通宝は江戸時代には長崎から国内にも入っていたらしいが、それにしても三百年も海を漂っていたのだろうか?
海底を流れ流れて三百年後に上陸した?
60年代のカルフォルニアの断崖で、「女王陛下の御名に置いて、この地を大英帝国の領地と宣言する フランシス・ドレーク」って刻印された真鍮版を海水浴客が見つけたそうだ。
ドレークは16~17世紀に実在した海賊だ。
こんなこともある海はタイムカプセル。
海からの贈り物・・・それは連綿と続く人の生きてきた証し。
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by jhomonjin | 2013-06-16 11:20 | 田舎暮らし | Comments(1)
四月から着工したヒスイ工房がついに完成。
Uターン帰郷時に大量に持ち帰った遊び道具や工具類を収納するための納屋と冬でも外作業できるテラスも完成した。

f0225473_21554292.jpg俺の実家の地下には、古墳時代前期の「奴奈川族のヒスイ工房跡」が眠っているから、千七百年の時を経て勾玉作りの工房が復活したことになる。工房の名前は、ご先祖に因んで「ぬなかわヒスイ工房」と命名。

f0225473_21563344.jpg作業机横には、キャスター付のおもてなしテーブルワゴン。ちゃんと引出式になっていて、緑茶やコーヒー、ハーブティーが揃っている。千客万来を期待。






ちょっと前には「縄文時間」というホームページの原稿も完成して、後はホームページ作りに協力してくれている友人のアップ待ち状態。
ここしばらくは、縄文カヌーの上越航海実験やその他モロモロが全部重なってしまって、平均睡眠時間五時間前後という日々が続いたが、これで一段落。
奇しくもお袋が自宅敷地から勾玉を拾ってから五十年目の節目。
何かに導かれている感じがする。

f0225473_2159317.jpg工房内部左側。銀色のパイプは集塵機のダクト。知人から只で貰った送風機に百均商品で工夫して自作。本物の集塵機は高価だが、かかった資材費は千円くらい。

f0225473_2216128.jpg自慢は藤沢市の古道具屋の蝉丸さんから独立祝いにもらった古民家の窓。もとは引違い式の窓を外倒し式に作り変えた。今はもう入手できない磨りガラスと雪の結晶模様の型ガラスがレトロでいい感じ。

f0225473_22195574.jpg工房にいると落ち着く。お気に入りのNHKのラジオ番組「すっぴん」を聴きながら、コーヒー豆を挽いてパーコレーターで淹れたコーヒーで寛ぐ。これが噂の移動式おもてなしワゴン。




つい最近までは、何をするのも複数の仕事を同時進行させるような慌ただしい日々だったので、ゆったりコーヒー飲んでボーとするというのも久し振り。
誰にも文句を言われない、好きな時に好きなことをできる場を手に入れたのだ。
俺も一国一城の主って訳だ。

f0225473_22224260.jpg夕方には海に行ってSUP(スタンドアップ・パドル・ボード)の稽古の日々。毎日海に行っていると顔見知りが多くなって、地元の人や、市の内外のヒスイハンターさん達とヒスイや縄文談義に華が咲く。


これぞ縄文時間。
この至福が何時まで続くのか・・・。
先のことは考えずに、しばらくは』縄文時間を愉しむとする。
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by jhomonjin | 2013-06-13 07:13 | 糸魚川ヒスイ・石 | Comments(7)
小雨の中、工房の屋根を七割ほど葺いた時点で本降りとなって工事は中断。
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ヒスイ仲間が使っていない50万円もする研磨機械を貸してくれるというので搬入した。170キロもある機械だから別の仲間から簡易リフトを借りて軽トラに積み込み、友人と三人で何とか工房に収めた。


工房は庭の中にあるので、大きな石をどかし、庭木の移植や雑草の草取りの後に地面の凸凹も極力均すなどの搬入路を事前に整備しておいたので、簡単に搬入できた。
自重170キロもある研磨機械は脚にキャスターがついているとはいえ、土のままの搬入路ではキャスターが埋まってしまうので石灰石の砕石を敷いておいた。
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糸魚川はヒスイだけではなく、石灰石埋蔵量も豊富だから、セメントメーカーが二社もある。ツテを頼って原石山で軽トラ一杯の砕石を入手してきた。石灰石は白いから庭に敷く砕石として最適だし、値段もトン当たり1,700円と格安。

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軽トラ一杯(約0.2㎥)の砕石を庭に敷いて道を作った。白く見えるのが石灰石で作った搬入路。これで雨が降っても靴が汚れなくてすむ。この入口付近から縄文土器片が出てきた。工房が完成したら発掘したい。

事件はその搬入路つくりの時に起こった。
雑草の草取りをしていたら、表土から土器片が顔を出したのだ。
我が家は古墳時代のヒスイ工房の上に建っているから、須恵器の破片ならよく拾える。
でも今回のは、明らかに縄文中期(五千~四千年前)の特徴のある土器片で、これは我が家で最古の出土品となる。
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こんな状態で表土に土器片が散らばっていた。周囲を指で引っ掻いて探したら30分ほどで小型バケツ1杯くらいの破片が採集できた。隆帯文や縄文が付いているから縄文土器に間違いはない。

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そしてなんと、手のひら大の破片には半人半蛙文(ハンジンハンアモン)や、蛟文(ミズチモン)がクッキリと施文されている。長野県富士見町の井戸尻遺跡から出土する「井戸尻式土器」の特徴だ。

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左が半人半蛙文の土器片で、右の赤っぽいのが蛟文の破片。ミズチとは水の精霊のことだ。自宅から土器様式が特定できる出土品が出て興奮。信州と交流していた四千年以上前の縄文人が住んでいたんだと感慨深い。

最初は我が目を疑ったし、あんまりクッキリと施文されているので俺の失敗作の破片がまぎれているのかと疑ったが、糸魚川ではまだ半人半蛙文の土器は作っていない。
おもわず「おっっ!!!」と声を出した。
近所に住む考古学者の土田孝雄先生に見せたら「大発見!」と一緒に喜んで頂く。
俺の自宅周辺は笛吹田遺跡という古墳時代の遺跡群だが、縄文晩期の出土品はあっても中期は初めての出土なのだ。
俺の家は宝の山だぁ。
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by jhomonjin | 2013-04-21 08:04 | 縄文 | Comments(1)
これまで俺が作った小屋は、ツリーハウスや納屋も入れれば六棟だ。
糸魚川市に帰郷してからは、自宅の庭で取り掛かっている工房が最初。
ヒスイ加工と木工の工房だけど、完成したら仲間が気軽に立ち寄れるサロンみたいになって欲しい。
だから居心地の良いデザインに工夫している。

庭に転がっていた大きな石も使って独立基礎を据えた。
ひとり作業で時間も無いので、ホゾ組みは基礎の最低限だけにとどめて、ツーバイフォー工法を応用にした現場合わせの仕事である。
今日の段階で屋根下地まで完成したが、一人で作ったにしては水平や垂直はちゃんと出ていたのでニンマリ。
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屋根下地完成。屋根と外壁が終わったら、楽しい作業の内装だ。収納や動線計画も、一服の時に離れては近づき考えながら決めていく。こういった図面無しの現場合わせの仕事は愉しい。お金を貰って請け負う仕事には無い愉しさ。


低予算の工夫、一人作業でいかに精度を出すかの工夫も愉しい。
時間がもったいないので夕方に翌日の段取りをして、晩飯を食った後に閉店間際のホームセンターに駆け込んでの資材購入の日々だ。
帰ってから深夜まで「ぬなかわヒスイ工房」のホームページ原稿仕事で、平均睡眠時間は五時間程度。

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青年会議所の定例会に招待されてミニ講演。今年度のテーマが海とのことで、縄文カヌーや縄文文化の話をした。会場の商工会議所2階の大きな会議室には、手作りのディスプレー。大人の男がこれを作った。かわいいじゃないですかっ!

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新聞紙を丸めた岩に海藻や蟹もいるという芸が細かさ。俺の出番は15分だったが、事前打合せが3回もあって述べで6時間も打合せた。打ち上げで民族楽器や古武術、整体技を披露して受けた。3次会までご馳走になりっぱなしで恐縮。
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by jhomonjin | 2013-04-18 07:25 | ガラクタ工作 | Comments(0)
俺が生まれるちょうど一年前の同じ日、お袋は自宅敷地内でヒスイの勾玉を拾った。
五十年前の四月のことだ。
お袋は俺とその勾玉を作った古代人に何かの縁を感じたのだそう。
勾玉と、それを作ったと思われる砥石が揃って出土している例は全国的にも稀だと思う。
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この写真が出土した勾玉セットの実物。
大きな石の上に載っているのは俺が作ったレプリカで、大きな石は勾玉の背中の丸みを削ったらしい砂岩製の「筋砥石」だ。
下あるのが出土勾玉の実物で、その下になっている棒状の石が勾玉のお腹の抉れ部分を削ったらしき「棒砥石」だ。
筋砥石も棒砥石も、出土した勾玉のカーブにピッタリと合致する。
なんだか勾玉が、筋砥石に噛り付いているようで可愛らしい。
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右側の緑の玉は、お袋が拾った古墳時代のガラス製ビーズ。
普通の人なら子供のおもちゃと思って拾わないだろうけど、お袋は考古学好きだから大事に仕舞っておいた。

俺の小学三年の時に歴史好きのお袋の願いが叶って本格的な発掘調査が行われ、敷地地下には千七百年前の古墳時代前期のヒスイ工房跡が埋蔵されていることがわかった。
有名な考古学者達に混じって、俺も発掘のお手伝いをした記憶がある。
子供の頃、縄文期の石器や、奈良時代の初の国産鋳造貨幣である「開元通宝」も拾ったことがある。
正式には笛吹田遺跡として報告されている。

そして現在の俺の仕事が勾玉職人。
やっぱり縁があったのだ。
この4月に「ぬなかわヒスイ工房」として独立した。
「ぬなかわ」、とは縄文系の弥生から古墳時代にかけて糸魚川近辺にいたヒスイや磨製石器に長けた民のことである。
文献には、奴奈川とか沼名川とか表記されている。
彼らは丸木舟に乗って、日本海を縦横に航海してヒスイを各地に運んだ海の民でもあったようだ。
俺が住んでいるのは、ぬなかわの郷の本拠地らしき所。
ご先祖が崇拝していたのが、ぬなかわ姫という女神様。
俺は、ぬなかわ姫を祀る奴奈川神社(正式にはニニギノ命を祀る天津神社と合祀された「一の宮」)の氏子で、俺にとって春の例大祭である四月十日の「けんか祭り」はかかせない年中行事だ。

今、自宅庭に工房をセルフビルドで作っている真っ最中だ。
奇しくもお袋が勾玉を拾った五十年後という巡りあわせ。
つまり千七百年の時を経て、同じ場所に勾玉工房を復活させるという個人的なプロジェクトの進行中ってわけだ。
これは俺個人を超えて、ご先祖の計らいだろう。
ホームページは友人のサカちゃんが作ってくれている。
「縄文時間」ってホームページ。
昼間は建設、夜はホームページの原稿作りでヒッチャカメッチャカの日々。

俺が建設している工房は三畳ちょっとしかないけど、ちょうど古墳時代後期の周溝墓があった場所。
古代の豪族の墓の上に工房を造っているのだ。
基礎工事で土を掘り返していたら、でっかい石が沢山出てきた。
ドングリを割る時に固定した窪み石みたいのも出てきた。
化けて出るなよう~。
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散らかっていてショーシイ(恥ずかしい)けど、建設中の工房。ちょうどこのあたりが周溝墓があるところ。どんな人が眠っているんだろう?ぬなかわ族の偉い人であることは確か。
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by jhomonjin | 2013-04-07 17:10 | 糸魚川ヒスイ・石 | Comments(3)