21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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新潟で初めての稽古会

帰郷して五ヶ月が経過したが、研修先の農場の人から要望があり、新潟での初めての稽古会をした。
会の名称は、「上越市大潟区動法講座」で地元の公民館の和室を借りた。

整体教会の伝統として、指導室や稽古会は自己宣伝や勧誘などしてはいけない慣習になっている為、稽古会を始めたばかりの場合は、誰も参加者がいない、という事はよくあるらしい。
それでも指導者は、自分一人でも稽古をして、あるいは畳の目を数えて辛抱して参加者が来てくれるのを待ち続ける集注感こそが大事なんだ、と教わった。

俺の場合は、首都圏での稽古は十回は超えているが、薪割り稽古などのような課外授業が多かったし、W大学(早稲田ではない)の空手部への出稽古などあったので、参加者が一人もいない、という事はなかった。
新潟は整体教会の支部のない空白地帯だ。
だから他の会員からの紹介が無いので、自己宣伝をしてはいけない、と言われた場合に一体どうやって会員を集めたらよいのか?
師匠の野口先生は、「山田の場合は、縄文だとか祭り、民俗学の話しをしていたら、自然と整体に興味を持つ人が出てきて会員が増えてくれるよ。」と断言してくれたが、正直いってこんなに早く稽古会が実現するとは思わなかった。
誰もいなくても畳の目を数えて辛抱する、という覚悟をして開き直りもしていたが、参加者は五名もいた。

農場での休憩時間に整体や縄文、民俗学の話しを乞われてしたり、俺の杭打ちなどの肉体労働振りを見て「何で百発百中で杭がスコンスコンと打ち込めるのか?」と質問されたりしている内に整体に興味を持ってくれたのである。
師匠の言った通りになった。
参加者は全員が初心者、というよりは整体の事をまるで知らない人ばかりだ。
相当に緊張した。
どうやったら整体を理解してもらえるのか?稽古の要望が出てから二ヶ月はこの事ばかり考えていた。

稽古の出来映えは、支離滅裂で不出来そのものだった。用意した話しと稽古の半分も消化できていない。
稽古が終わった時は、正直いって参加者に申し訳なく、顔を見る事が出来なかった。
しかし、会場の玄関を出てから二人の参加者から色々と質問されて、四十分くらい立ち話をした。
次回の稽古会は稲刈りの終わった十月半ばの予定なのだが、もっと頻繁に稽古をして欲しいという要望だ。
下手は下手なりに一生懸命やれば、何かが伝わるんだな、とホッとした。
その晩から風邪の症状が二日間出た。
初めての薪割り稽古会の時は、オタフク風邪を引いたっけ。
気が小さいのか、全力投球した後の反動なのか、俺にはよくこんな事がある。
後日、他の年配の参加者から「おまんの整体っちゃ、素人受けせんやんだねえ。」とシミジミと言われてしまったが、玄人受けするのも素人受けするのも、整体の内容が問題ではなく、伝え手の問題ですわ、と苦笑いした。
何はともあれ、今は期末試験を終えた学生の気分だ。
月末は横浜で指導者だけの稽古会で、久し振りの上京である。
自分へのご褒美に、寄席に行って落語を堪能するべさ。
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by jhomonjin | 2010-08-28 09:05 | 動法・整体 | Comments(2)

薪割り稽古会とは?

前回最後の方で、薪割り稽古について書いたので追記しておく。
帰郷してからは慌しくて、整体の稽古から遠ざかっている事もあり、稽古かわりの投稿である。・・・ちと苦しいな。

俺の学ぶ整体は、身体教育研究所という整体道場である。道場では整体を学ぶ者の必須として、動法という身体扱いの技術を学ぶ。
2年前に動法教授資格を貰ったので、自分でも稽古会を開くようになったが、前回書いたような経緯と、生まれながらの天邪鬼気質もあって「刃物を扱う会」を立ち上げたのだ。
(動法について詳しく知りたい方は、身体教育研究所のホームページhttp://www.keikojo.jp/をご参照下さい。)

何故、整体の稽古に刃物を扱う事が関係あるのか?
刃物という危険な道具を扱う事で、慎重さと大胆さという相反する行為を通して、養われる身体感覚を鍛える為である。別に樵の養成をしている訳では無い。
刃物は決断の利器、という言葉を確か甲野善紀先生から聞いた記憶がある。甲野先生の稽古会には動法の課外授業として個人的に参加して以来、刃物や民俗学などの分野でも大いに意気投合して現在に至っている。
決断とは・・・?昔の武士なら刀を抜けば切るか切られるか!という局面もあっただろうが、日常生活でも刃物を扱うには常に決断が付きまとうと思うのだ。
包丁で料理を作るにしても、鋏で工作するにしても、刃物を一度でも入れると、切られた物体は二度と元通りにはならないからである。刃物を入れるという事は、取返しのつかない行為をする事であって、そこから局面が大きく変わるからである。素早さと的確さ、そして行為の重々しさ。

もともとは個人で縄文土器を野焼きする為に薪割りを始めたのだ。どこの団体にも属さずに個人で縄文土器作りをするには、野焼きが出来るの場所と、薪の確保を全部自分でやるという事が必要になってくる。薪を運び込む為には軽トラックも誰かから借りてこなければならない。
つまり最初に人間関係が出来ていないと、個人では縄文土器が焼けないのである。
そういったプロセスでも何か大事な感覚経験が育っていくのだと思う。
そして土器作り自体も面白いが、薪割り自体の面白さにすっかりハマってしまい、気付けば斧と鉈が随分と集まった。
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斧と鉈のコレクションの一部
何本あるかよく把握できていない位たくさん持っている。







甲野先生にその事を話すと、刀の振り方で斧を扱うとうんと楽ですよと、古武術的な日本刀の振り方を応用した薪割りを教えて貰えたのである。先生も薪割りが大好きなのだ。
古武術的な、とは「重いモノは軽く、軽いモノは重く持つ」という、日本の技芸によくある身体技法を取入れた薪割り法の事である。
教えて貰った、といっても道場の隅で木刀を持って2~3回素振りを見せて貰った程度である。
でもそれで充分だった。あとは動法の理に適った薪割りを追求し続けていけば良いだけだ。追求し続けて、とは終わりが無い探求、という事を意味する。薪割り稽古会誕生の由来だ。薪割りも奥が深い。
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薪割り稽古会風景
第2回目に甲野先生もゲスト講師になってくれた。
道場よりもイキイキしてらっしゃるのでは?
場所は横浜の某所
同じ場所で土器の野焼きもしていた。










どんな薪割りをしているかと説明するには、実際に体験して貰らうのが一番だけど、現在はまだ帰郷したばかりで薪割りを再開する環境が整っていない為に、稽古会としては未定です。興味ある方は5月に出版予定の「焚火読本」という新刊本に、俺の薪割りが紹介されるらしいのでご参照下さい。但し、どんな本が出来るのかは俺も知らない。
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by jhomonjin | 2010-03-26 21:32 | 動法・整体 | Comments(6)
ラオスの田舎に行くと、パチンコを鉢巻状に頭に巻いて遊んでいる少年によく出くわす。
俺の子供も頃もそんな奴がいたし、俺も同じ事をして遊んでた記憶がある。

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ラオスのパチンコ鉢巻少年
いかにも悪ガキって面構え。
実際に結構生意気だった。
エネルギーがあり余ってます。
こんな面構えが懐かしい、と思うオジサン達も多いはず。

しかしラオスの子供の場合は、俺の子供の頃と違って空き缶や空き瓶を打って遊ぶ、などというレベルで終わらずに、実際に小鳥を打ち落とす本格的な狩猟ごっこなのだ。ペットショップで売ってそうな、打ち落としたばかりの緑色した小鳥を見せてくれた少年もいたし、雑貨屋にはパチンコ用のゴムも売られている。逞しいではないか。
中学生くらいになると、流石にパチンコを持って遊んでいる奴はいない。
なんとボウガンを背中に背負ったり、Tシャツの背中に入れて手ぶらで歩いていたりする。
ボウガンとは古代の中国で発明された横式の弓で、ライフルの様に目線で構えて引き金を引いて矢を弾く事の出来る弓である。日本だったら、そんな物騒な物を持って歩いているだけで警察に捕まってしまうよ。羨ましい!
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ボウガン少年
呼び止めて背中のボウガン見せてくれよ、と言ったらはにかみながらも見せてくれた。
この少年は刃渡り40cmの山鉈も持っていた。
頼もしい!













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ボウガンの矢羽
少年が作ったのか、少年の父親が作ったのかは不明。
竹を薄く割いて折り紙状に折畳んで矢羽を作ってある。
正しく用の美だ。



大人になると本物の小口径ライフルを持って山道を歩いていたりする。
パチンコ→ボウガン→ライフルと成長に合わせて狩猟道具が変わっていくのが面白い。
この事は、ラオスのような国においては、子供の遊びとは大人になる前の職業訓練になっている事を意味するのではないか、と思う。子供時代にたっぷり遊んでいれば、成人になった時に即戦力になるのだ。
遊びとは、本来そんな意味もあるのだろうと思う。
例えば独楽回しやメンコ、オハジキやゴム跳び、鬼ごっこやかくれんぼ。
慎重さと大胆さ、決断や推理、身体扱いや工夫をする事、ルールを不公平が無いように自分達で決め、遊びのメンバーによってハンデを付けたりといった、臨機応変の柔軟さや基礎体力が養われていくのであろう、と思う。

俺の学んでいる整体では、整体の前提条件として動法という身体扱いの技術体系を徹底的に学ぶ。
その課外授業として、刃物を使った稽古会を何度か開いた事がある。
刃物を扱うには慎重さと決断といった矛盾する感覚を同時に必要なので、その様な身体感覚を養うに好都合と考えたのだ。同時に稽古場で動法を学んでいるのだから、日常生活や労働に活かさない手はない、と考えた事もある。

晴天時には薪割り、雨天時には室内で木工を行なったが、老若男女とも刃物に慣れている会員が少なく、最初の内は危なっかしくて見てはいられなかった。
動法を学んで一般の人より格段に体が使える会員といえども、特に薪割りとなると重くて危険な斧にビビッてしまって、最初から腰がひけてしまうのだ。見るに耐えないへっぴり腰である。
慎重に狙いを定めると勢いが無くなり、斧が薪に命中しても割れない。かといって勢いよく斧を振ると薪に命中しない。この様な相反する行為を同時にしないと薪は割れないのだ。
そこで考案したのが、子供の遊びの釘刺しをさせる事である。
地面に五寸釘(長さ約15cm)を投げて狙った所に刺すだけで、ルールは無し。これは斧の恐怖心が無いので覚えが早い。鍬の時に書いたが、薪割りは左手の動きが決めてなので、右利きの人でも左手で斧扱いと同じ動線、動きで釘を投げさせるのだ。
薪割り初心者でも最初の三十分、人によっては一時間くらい釘刺しをさせるだけで、なんとか薪割りが様になってくれるのだ。
たかが遊び、されど遊びだなあ、と昔からある子供の遊びの奥深さに感動した。

ゲームボーイも良いだろう。パソコンで遊ぶのも良いだろう。しかしそれらはバーチャル世界の出来事にすぎない。ゲームボーイで遊んでばかりいると、現実との境目が曖昧になってきて、指の操作だけで何の感情もなく人を殺せる、近代戦の兵隊の養成にはなるかも知れない。それこそゲーム感覚で殺人の出来る兵隊予備軍の誕生だ。高校生の頃に流行ったインベーダーゲームに、子供ながら何か厭な感じがして、のめり込めなかった俺がいうのも何だけどね。

だからさあ、子供のうちは昔からある子供の遊びをうんとさせたらどうだい?ナイフで凧や竹とんぼを作らせてみたら?間違って指を切ったって良いじゃねえか、刃物で怪我をしたら痛いという経験と、怪我をしない工夫を学ばせたら?と関係各方面に言いたい。

近頃の子供はナイフで鉛筆も削れない、と嘆く大人が実は何も出来なかったりする実例をうんと見てきた。
危険だからといって子供に刃物を持たせないのではなく、むしろ小さい頃から積極的に刃物を砥がせ、鉛筆が上手に削れるようになる機会を奪わない事。そうすれば怪我をしながらでも刃物の便利さと危険性が身に染みるだろう、と思う。
学校でそのような事を教える授業があれば良い、とは思わない事もない。しかし家で包丁を研ぐ大人の姿や、刃物を自在に扱う大人の姿を見ていれば、自然と子供は興味が湧くのではないか?。
少なくても俺の場合は、祖父が包丁を研ぐ後ろ姿を、格好いいな、大人になったら祖父みたいになりたいな、と興味津々に見入っていた。そして誰もいない時に包丁を研いでみた。怪我もたくさんしたが、今では自分で研いだ良く切れる刃物で木工をする喜びを知っている。人生がその分、豊かになった。
今の日本には、必要あれば子供に興味を持たせつつ、刃物扱いの様な基本的な生活技術を教える事の出来る大人の存在が身近にいない、という事が一番の問題だろう。
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by jhomonjin | 2010-03-26 02:37 | 失われゆく風景 | Comments(2)
帰郷してはや一月。
都会では簡単に見つかる仕事が、田舎ではなかなか見つからない。
暇をもてあましていたので昔なら波乗りかスノボでもするのだけど、この時期に波乗りする歳でもないし、スノボは金がかかる。
退屈なので田んぼ仕事でもやろうかと、まだ相当に時期が早いけど、田んぼの内側グルリに溝堀をして排水を促してみた。
家の田んぼは一反五畝、つまり自家用の米くらいしかとれない広さだけども、土地が低いので水が溜り易く、深田の部類で農作業が大変となるので、本当は稲刈り後に溝堀をして冬の間に田んぼの排水をして乾燥させておくべきなのだ。
しかし糸魚川中心部あたりでは、もともと兼業農家が多く、米価も安い事もありわざわざ苦労して米を作らなくても会社勤めして米は買えばいいだろ、と小さな自給用田んぼといえども後継者がいなくなってきており、人手不足と高齢化で、今では秋の溝堀なんてする人は誰もいないのだ。・・・いたら御免・・・

まだ誰も田んぼにいない3月上旬、冷たい北西風のなか風と泥除けに雨合羽を着て、田植えができる程にグシャグシャになっている田んぼに入ってみる。
俺自身、田んぼに溝堀をするのは、かれこれ12年振り。八ヶ岳南麓で自然農法農家のMさんの家に居候してた時以来である。あの時もインド返り直後だったなあ、と感慨深い。

時折降るアラレや氷雨も火照る体には心地よいけど、指先と首から上が痛いほどに凍えてくる。
しかし慣れてくると、ひと鍬毎に溝がスパスパと起きてくる事が快感。
そうなれば冷たさは忘れて没頭してしまう。

俺は縄文土器を作るので、薪割りも自分でするし薪割り教室を開く位に薪割りが好きなのだ。趣味が高じて今では斧を5本、鉈を10本程も持っている。

鍬も薪割りも基本は同じだから、こんどは溝堀教室でも開くか。「田んぼで鍛える身体術・溝堀編」や「貴女も田んぼで綺麗になる!誰でもできるお気軽ダイエット特集」なんて。女性週刊誌の編集の人、企画にどうですか?
とにかく左手の引きが肝心だ。
左半身を後ろへ引いて右半身にする。
左手主導で右手を添えて、去年の切株の少し向こう側に狙いを定めて一気に鍬を打ち下ろす。
この時、肩を支点とした単純な振り子運動ではなく、蒸気機関車の車輪の外側に付いているクランクの様に左肩、左肘に吊られて右肩、右肘が自然に連動すればなんの労力感も無く鍬が土にめり込む。
土に鍬を打ち込んだ刹那、身体を左に開いて鍬に掘起した土塊を乗せたまま左肘を後方に引く。
狙い処と角度、タイミングが合えば、連続した動作で掘起した泥が斜め後ろに飛んでいく。
ボーリングでストライクを取るより、アスレチッククラブでベンチプレス100キロ上げるより気持ちがいいし、建設的だ。
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V字型に掘られた溝と、開通して水路になった状態。
溝右側の土塊が鍬に乗せたまま一動作で飛ばした土塊。

天気になって水位が下がると乾きが早い。


この一連の動きは、恩師の一人で古武術研究家の甲野善紀先生の「井桁術理」に通じるし、学んでいる整体の身体扱いの基本になっている動法にも通じている。
こんど甲野先生にお逢いしたら伝えよう!
足掛け三日ほどこの仕事をしたが、筋肉痛は初日に右の手首と掌が重苦しくなった位でほとんど無し。若干、二日目に腰、三日目に背筋に張りが出た程度。
上等だ。腰と背筋が張るのは、久し振りにボクシングをした時と同じ。腕に余計な力が入っていない証拠だ。
自得したボクシングのコツ;パンチは腕では無く、膝で打つべし!打つは三割、引き七割。
本日の教訓;溝堀は左半身を動かすべし!打ち下ろし三割、引き七割。
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by jhomonjin | 2010-03-14 23:22 | 動法・整体 | Comments(4)