21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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ラオスの田舎に行くと、パチンコを鉢巻状に頭に巻いて遊んでいる少年によく出くわす。
俺の子供も頃もそんな奴がいたし、俺も同じ事をして遊んでた記憶がある。

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ラオスのパチンコ鉢巻少年
いかにも悪ガキって面構え。
実際に結構生意気だった。
エネルギーがあり余ってます。
こんな面構えが懐かしい、と思うオジサン達も多いはず。

しかしラオスの子供の場合は、俺の子供の頃と違って空き缶や空き瓶を打って遊ぶ、などというレベルで終わらずに、実際に小鳥を打ち落とす本格的な狩猟ごっこなのだ。ペットショップで売ってそうな、打ち落としたばかりの緑色した小鳥を見せてくれた少年もいたし、雑貨屋にはパチンコ用のゴムも売られている。逞しいではないか。
中学生くらいになると、流石にパチンコを持って遊んでいる奴はいない。
なんとボウガンを背中に背負ったり、Tシャツの背中に入れて手ぶらで歩いていたりする。
ボウガンとは古代の中国で発明された横式の弓で、ライフルの様に目線で構えて引き金を引いて矢を弾く事の出来る弓である。日本だったら、そんな物騒な物を持って歩いているだけで警察に捕まってしまうよ。羨ましい!
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ボウガン少年
呼び止めて背中のボウガン見せてくれよ、と言ったらはにかみながらも見せてくれた。
この少年は刃渡り40cmの山鉈も持っていた。
頼もしい!













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ボウガンの矢羽
少年が作ったのか、少年の父親が作ったのかは不明。
竹を薄く割いて折り紙状に折畳んで矢羽を作ってある。
正しく用の美だ。



大人になると本物の小口径ライフルを持って山道を歩いていたりする。
パチンコ→ボウガン→ライフルと成長に合わせて狩猟道具が変わっていくのが面白い。
この事は、ラオスのような国においては、子供の遊びとは大人になる前の職業訓練になっている事を意味するのではないか、と思う。子供時代にたっぷり遊んでいれば、成人になった時に即戦力になるのだ。
遊びとは、本来そんな意味もあるのだろうと思う。
例えば独楽回しやメンコ、オハジキやゴム跳び、鬼ごっこやかくれんぼ。
慎重さと大胆さ、決断や推理、身体扱いや工夫をする事、ルールを不公平が無いように自分達で決め、遊びのメンバーによってハンデを付けたりといった、臨機応変の柔軟さや基礎体力が養われていくのであろう、と思う。

俺の学んでいる整体では、整体の前提条件として動法という身体扱いの技術体系を徹底的に学ぶ。
その課外授業として、刃物を使った稽古会を何度か開いた事がある。
刃物を扱うには慎重さと決断といった矛盾する感覚を同時に必要なので、その様な身体感覚を養うに好都合と考えたのだ。同時に稽古場で動法を学んでいるのだから、日常生活や労働に活かさない手はない、と考えた事もある。

晴天時には薪割り、雨天時には室内で木工を行なったが、老若男女とも刃物に慣れている会員が少なく、最初の内は危なっかしくて見てはいられなかった。
動法を学んで一般の人より格段に体が使える会員といえども、特に薪割りとなると重くて危険な斧にビビッてしまって、最初から腰がひけてしまうのだ。見るに耐えないへっぴり腰である。
慎重に狙いを定めると勢いが無くなり、斧が薪に命中しても割れない。かといって勢いよく斧を振ると薪に命中しない。この様な相反する行為を同時にしないと薪は割れないのだ。
そこで考案したのが、子供の遊びの釘刺しをさせる事である。
地面に五寸釘(長さ約15cm)を投げて狙った所に刺すだけで、ルールは無し。これは斧の恐怖心が無いので覚えが早い。鍬の時に書いたが、薪割りは左手の動きが決めてなので、右利きの人でも左手で斧扱いと同じ動線、動きで釘を投げさせるのだ。
薪割り初心者でも最初の三十分、人によっては一時間くらい釘刺しをさせるだけで、なんとか薪割りが様になってくれるのだ。
たかが遊び、されど遊びだなあ、と昔からある子供の遊びの奥深さに感動した。

ゲームボーイも良いだろう。パソコンで遊ぶのも良いだろう。しかしそれらはバーチャル世界の出来事にすぎない。ゲームボーイで遊んでばかりいると、現実との境目が曖昧になってきて、指の操作だけで何の感情もなく人を殺せる、近代戦の兵隊の養成にはなるかも知れない。それこそゲーム感覚で殺人の出来る兵隊予備軍の誕生だ。高校生の頃に流行ったインベーダーゲームに、子供ながら何か厭な感じがして、のめり込めなかった俺がいうのも何だけどね。

だからさあ、子供のうちは昔からある子供の遊びをうんとさせたらどうだい?ナイフで凧や竹とんぼを作らせてみたら?間違って指を切ったって良いじゃねえか、刃物で怪我をしたら痛いという経験と、怪我をしない工夫を学ばせたら?と関係各方面に言いたい。

近頃の子供はナイフで鉛筆も削れない、と嘆く大人が実は何も出来なかったりする実例をうんと見てきた。
危険だからといって子供に刃物を持たせないのではなく、むしろ小さい頃から積極的に刃物を砥がせ、鉛筆が上手に削れるようになる機会を奪わない事。そうすれば怪我をしながらでも刃物の便利さと危険性が身に染みるだろう、と思う。
学校でそのような事を教える授業があれば良い、とは思わない事もない。しかし家で包丁を研ぐ大人の姿や、刃物を自在に扱う大人の姿を見ていれば、自然と子供は興味が湧くのではないか?。
少なくても俺の場合は、祖父が包丁を研ぐ後ろ姿を、格好いいな、大人になったら祖父みたいになりたいな、と興味津々に見入っていた。そして誰もいない時に包丁を研いでみた。怪我もたくさんしたが、今では自分で研いだ良く切れる刃物で木工をする喜びを知っている。人生がその分、豊かになった。
今の日本には、必要あれば子供に興味を持たせつつ、刃物扱いの様な基本的な生活技術を教える事の出来る大人の存在が身近にいない、という事が一番の問題だろう。
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by jhomonjin | 2010-03-26 02:37 | 失われゆく風景 | Comments(2)