21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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ここのところ毎日、石斧を作っている。
石斧を作る、とは石ころを敲いて成形してから砥石で磨く事だと思っている人が多いと思うし、かっては俺もその程度の知識しか無かった。
しかしその作業は、石斧を作る為の石器(この場合は斧身)を作る作業であって、石斧を作るという事は斧身の他に斧の柄までも作るという事なのだ。
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石器製作
手ごろな形状の蛇紋岩を拾ってホルンフェルス等の敲き石で好みの形状に敲いて成形してから、砂岩や安山岩の砥石で磨いていく。刃物と同じく荒砥、中砥、仕上砥が必要だが、都合良く欲しい石が拾えるとは限らない。

どんなに苦労して石を磨いても、実の処、石器だけでは役には立たないものが多いのである。
石器そのものだけで役に立つのは、ナイフに使用されたらしい小型打製石器くらいではないだろうか。磨製石器だと柄の無いものは、お守りに使用していたらしい小型石器くらいだろう。
または石器を作る為の敲き石や砥石だ。
弓矢の鏃だけ黒曜石で作ったとしても、矢柄と矢羽、弓と弦が無いと道具として機能しないのである。

これから丸木舟を作るに必要な石器は次の通りだ。
縦斧・・・普通の斧だ。伐採や切断、荒削りなどに使われる。
横斧・・・手斧(チョウナ)として、丸木を抉ったり、表面を成形したりする時に使用する。
     実際の丸木舟作成では最も多用される筈である。
鑿・・・・細かい加工に使用する。
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柄の製作工程
クヌギだと思っていたら桜らしい。右は半分に割った丸太から作った角材。次から加工中、加工後。要するにバット状の柄を作ってから、孔を開けて石斧を差込むのだ。


これら全てに木の柄を付ける事が必要で、それぞれ利用する樹種が違うのである。
一口に縄文時代といっても、一万年以上も続いていたので、時代や地域によって石器の柄として使用される樹種は一様ではないが、一般的な石器では縦斧ならユズリハ、熊野水木、横斧なら藪椿、ナラ、クヌギ、鑿ならケヤキなどが多く使用されていたようだ。
展示品ならいざ知らず、実用の石器を作るには、柄となる用材は一年は乾燥させておきたい処だ。
乾燥といっても簡単ではない。
まず樹を伐採したら即座に樹皮を剥いて、荒い加工をしてしまう。
通常の木工とは逆に石器使用の木工では、材木の乾燥前に加工を終わらせないと加工が難しくなるからだ。縄文木工は生木木工である。
理想的にはそれから一ヶ月以上は水に沈めておく。
「水枯し」といって、水の浸透圧で生木の樹液を追い出して、その後の乾燥収縮による狂いや割れを防ぐ技術だ。 
現在でも臼職人はケヤキを水枯ししてから臼に加工するし、戦前の大工は年季奉公が始まると樫材をドブに沈めておき、三年後の年季明けまでには水枯しと自然乾燥を終わらせて鉋の台を自作して独立したそうだ。
この技術は七千年前の縄文時代前期にはすでに行なわれていたようだ。
原木や加工途中の各段階の未製品などを池や湿地に掘った穴などにストックしていたらしい出土例があるのである。
木材は地下水以下にあって空気に触れさえしなければ、このまま何年でも保存可能である。

柄が完成したら日陰の風通しの良い処でゆっくり自然乾燥させる。
理想的にはここまでの工程で一年以上は欲しい処だ。
現在のところ、俺の持っている石器の柄になる材木の中で、この条件を満たす柄は縦斧と石鑿の柄だけなので、実際に三月以降に丸木舟を作る環境が整っても鉄の手斧やチェーンソウを使う事になるだろう。
それに丸木舟を作る人員も手伝ってくれる仲間はいるが、完成までフルに動けるのは俺だけなので、最初に作る丸木舟は近代工具の世話に為らざるを得ないのが実情だ。
チェーンソウさえ使えば、俺一人でも一週間あれば完成できると思う。
石器だけで丸木舟を作るには、慣れた人間が四人で終日作業しても一ヶ月はかかるだろう。
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柄の製作
上から土佐型枝打ち鉈、大工斧(ダイクヨキ)、小田原型鉈。土佐型鉈は割る、切る、削ると長宝する万能鉈だ。小田原型鉈は藤沢の古道具市で一目惚れして買ったが、甲野先生に見せたら、「良い錆び色ですねえ、これは切れますよう!」と同じ鉈を所望されたので、翌月にまた買った思い出がある。


さて、そこで今回のタイトルの大鉈を振る話だ。
縦斧の柄というと、漫画に出てくる丸太に石器を縛り付けた石斧のイメージがあるが、旧石器時代ならいざ知らず、縄文時代の磨製石器はそんなに簡単ではない。
俺が作っている縦斧は直柄(ナオエ)というタイプで、柄には地元産のイタヤカエデを用意した。
糸魚川では昔から斧や鉈の柄にはイタヤカエデが使われていて、弾力性があって樫の柄より疲れないのだそうだ。
有難い事に首都圏では雑木類とされて入手できないイタヤカエデも、糸魚川の「ランバー羽生」さんという材木屋さんには、びっくりする安い値段で普通に売られていた。
船大工の需要と、斧や鉈の柄としての需要がたまにある事、それと材木屋さんの個人的な趣味で雑木が好きだから在庫しているらしい。
しかもこれも首都圏では考えられない事だけども、乾燥機で人工乾燥された材木ではなく、全ての材木は自然乾燥されたものだけなのだ。
材木を沢山ストックできる広い倉庫を自前で持っている事と、首都圏程には材木の回転率が高くないからこそ可能な贅沢さだ。
家を建てるなら、糸魚川で建てなさい!丈夫で長持ちする家が作れる事は請負いますわ。
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孔開け工程終了
斧身は隙間無くピッタリと嵌らないと、衝撃が局部的に集中して斧身が折れてしまうので、斧身に墨を塗って当たりを慎重に削っていった。縄文人はこの作業を石器だけでやっていたのだから適わねぇや。

柄を作る最初は、丸太を半分に割って芯を外してから板材を作る。
意外に思うかも知れないが、芯を持った材木は弱くて後から狂いが出たり割れの原因になったりするので、芯は外すのが木工の常識だ。
だから漫画のように樹の枝にそのまま石器を縛り付けるという事は、少なくても縄文時代には無かったと思う。
板材を作ったら、必要な幅に切断するか割るかして角材を作る。
角材から持ちやすい斧の柄の形に加工していき、最後に石斧を嵌めこむ孔を開けて完成だ。
直柄の場合は、斧身を孔に嵌めこむだけで、縛ったり接着剤などで固定はしなかったようだ。
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ピッタリ!
斧身をグッと差込んで完成。斧身を下に向けただけで簡単に抜け落ちるようでは失敗だ。柄に巻かれた棕櫚縄は使用時の衝撃による割れ予防と装飾だが、無くても大丈夫・・・な筈。


俺はこの板材から角材を作って、角材から柄に成形していく作業をチェーンソウと三種類の鉈で行なっている。仕上げの工程には茅葺職人の吉田さんから貰ったセンで成形している。
木の塊に鉈を振ってガッシガッシ、ザックザックと木を削っていく作業は、実に豪快で愉しい。
思い切りの良さが無いと木は削れてくれない。
慎重さが無いと危険だし、必要な部分まで削ってしまう。
危険なモノを慎重に扱うと同時に大胆にする行為、相反する感性を矛盾無く扱う作業だ。
男子たるもの、このような経験は子供の内にやっておくべきだ。
そうすれば、慎重でありながら大胆な決断と行動を取れる大人に育つのだ。
嘘だと思うなら、俺を観ろ!

昔の男の子の遊びには、そんな経験を出来るものが多かった。
メンコ、釘刺し、ビー玉、ベー独楽などなど。この遊びは東南アジアでも男の子の遊びだ。
ゴム跳びは女の子の遊びだが、これは将来の出産に備えて、股関節や骨盤の可動性を柔軟にする作業ではないか?と思う。これも東南アジアでは女の子の遊びだった。
子供は遊びながら大人になった時の訓練をしているのだな、と思う。
この事は別な機会に書く事にする。

鉈を使うには、手首と肘を固定して、肩甲骨を使って打ち降ろす。
もっと言うと右側胸部を落とすのだ。そうすれば疲れないし木への食い込み方が違う。
枝打ちもこの方法だとスッパリと綺麗な仕上りとなる。
名づけて「側胸部落し」。
この方法はご存知、古武術研究家の甲野善紀先生からの直伝である。

手首や肘を支点とした鉈使いは、長く続けると関節の際が痛くなるし、鉈に勢いが無いのだ。
最もこの「側胸部落し」は、子供の頃から身体を使った遊びを多くしてきた身体使いのセンスの良い人ならすぐに出来るけども、初心者にこの方法を教えると不自然に右半身を落とすだけの人が多いので、教えるには段階を経た稽古が必要だ。
客観的な側胸部を落とすのではなく、側胸部の感覚を側腹部に瞬間移動させるのと上手くいく。
例えれば、鉈の事は忘れて、右側胸に当てた下敷きを右脇腹に瞬間移動させると同時に腕を打ち降ろすのだ。
この時に手首と肘が決まっていないと刃筋がブレて、刃こぼれや怪我の原因となる。
逆目や節に当った時なんかは、手首や肘を支点とした慎重で小さい鉈使いも必要だが、これの分別には経験が必要だ。
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完成!
柄には乾燥収縮の予防と汚れ防止に亜麻仁油を擦り込んでおいた。自作石斧の第一号だ。やっぱり嬉しい。日に何度か手にとってはムフフフッと笑っている。都内を肩に担いで歩いても銃刀法違反にはならんが、殺傷能力は充分にあるので危険物所持法で捕まっちまうだろうなぁ。






俺は初心者に鉈や斧使いを教えるのに最高の稽古方法を開発した。
子供の遊びの釘刺しである。
五寸釘を砂に投げて刺すのだ。
慎重さが無ければ釘は狙った場所に命中しないし、大胆でなければ砂に釘が刺さらないので、色々試してみてこの遊びが最も良いと思う。
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by jhomonjin | 2011-02-04 21:36 | 日本海縄文カヌープロジェクト | Comments(0)
盆休みで実家に帰ってパソコンを開けたら、関根秀樹先生からメールが来ていた。

関根先生は、都内の鶴川にある和光大学の非常勤講師で、俺の縄文や民俗学の師匠格の一人である。
また一緒にバリ島に民族楽器のフィールドワークに行ったり、俺の主催した薪割り講座のゲスト講師や、俺がNPO法人シブヤ大学の縄文土器講座の講師に招かれた時に、30人の受講生を俺一人で相手をしなければいけない危機に助っ人講師をかって出て貰った事もある。

そういえば、古武術研究家の甲野善紀先生も、薪割り講座をやります、といったらゲスト講師をかって出て貰った事があり、後から解った事だけど関根先生と甲野先生はお互いに認め合う「刃物文化研究家」で、ナイフ・マガジンという刃物専門誌で対談した事もあるんだそうだ。
二人とも別々のルートで知遇を得たのだけど、どこか深い縁があるのだな。

関根先生は大学の教授や助教授ではなく、非常勤講師という立場だけども、知る人ぞ知る古代の火お越しの世界的な権威で、かっては世界初の「原始火お越しコンテスト」の、最も原始的な錐揉み式火お越し部門で、発火まで6秒という世界記録の保持者でもあったのだ。
(現在は関根先生のお友達の5秒が世界記録です)
その研究と活躍のフィールドは、縄文文化の研究だけに留まらず、古代の泥染め技術の復興、民族楽器、刃物文化、生活技術全般に渡り、専門馬鹿的な「書斎の賢人」ではない分野横断的な「実践の達人」なのである。

だからテレビや雑誌で縄文や民族楽器の特集などやる時には、コーディネーターや出演者としてよく声が掛かる。
地域の村興しの相談役、博物館のイベント演出、「ナイフ・マガジン」「ビーパル」といったアウトドア系の雑誌でも大活躍の人なのだ。
敬愛する民俗学者の宮本常一も、学者としてだけではなく、村興しなどで八面六臂の活躍をした人だ。
いってみれば関根先生は、平成の宮本常一の縄文版だ。

その関根先生が糸魚川に来る、という。
長野県の大町から新潟県の糸魚川に流れる姫川という一級河川がある。
フォッサマグナといって、日本列島を地質構造的に東西に分断する割れ目に沿った河で、その最下流の糸魚川の渓谷部では、翡翠の他、世界にも稀な希少鉱物や植物が多く分布しているのだ。
この河は地質構造的な東西の境であるばかりではなく、方言や生活文化などの人文科学的な東西の境目でもある。

その姫川の上流部の大町から下流部にかけて、農水省も巻き込んだ「姫川子ども交流プロジェクト」を計画しているので、是非一緒に遊ぼうではないか!というお誘いだ。
発起人に、糸魚川ならUターンしたばかりの縄文人(見習い)がいる、と俺を推薦したくれたらしい。
こんな面白そうな話に俺が乗らない訳が無い。

メール受信して即刻携帯に電話すると、何と師匠は調査と打合せに既に糸魚川に来ているという。
車を飛ばして15分後には逢った。嬉しい再会だ。
Uターンしたら仲間を一杯作って、関根先生に火お越しなんかの講師として糸魚川に呼びます、と約束したのは、四ヶ月に渡るアジアの民俗学旅の報告で、今年の三月に逢った時だ。
家を出てから20分後にはプロジェクトの仲間になった。

今回の旅では、小滝という県境近くの市内の村で、8月16日からネイティブ・アメリカンのテントであるティッピーを3日間かけて作る計画だそうだ。
これは遊びの拠点作りだ。
無論、キャンプをしながらだ。
こうなったら俺の自作の民族楽器を一杯持っていって、夜は焚火しながら遊ぶしかない。
縄文土器も持っていって、縄文鍋も作りますケン!と気勢を挙げた。
それにティッピーは前から作りたくて堪らない建物だったので、渡りに舟である。

偶然だが、15日には実家で高校の後輩であるヤッチャンに縄文土器作りを教える予定になっていたので、その奇遇を伝えると先生も面白がって土器作りに参加してくれる事になった。
俺もフットワークが軽いほうが、先生も負けてはいない。
当日の夜は拙宅にお泊り頂き、16日からキャンプだ。

関根先生は雑誌著作、マスコミで顔が売れているし、和光大学には関根先生の授業を受けたくて入学した、なんていう奴もいるくらいだ。
アウトドアで必要なサバイバル技術に精通していて、知識と経験も豊富だ。
つまりイザと言う時に頼れる男の典型だ。
しかも声が良くて話も面白く、男前も良いから女性ファンも大勢いる。

イッヒッヒッ、関根先生を独り占めして申し訳ないねえ、と全国の関根ファンに自慢出来るな。
今晩は信州まで戻って会合がある、という関根先生と15日の再会を約束して別れた。
家を出てから30分だ。電光石火、意気投合、気合充分の出逢いと別れ。
気の合った男同士には多くの言葉はいらないな。

次回のブログ更新をお楽しみに!
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by jhomonjin | 2010-08-13 21:53 | 縄文 | Comments(0)
今の時期、農家は田んぼや畑の畦除草に追われる。
圃場に除草剤を散布してあっても、圃場の周囲や畦には沢山生えているからだ。
これは自然農法でも慣行農法でも同様だけども、稲に覆いかぶさる程に伸びた雑草は、作物への日当たりと風通しが悪くなるし、カメ虫などの害虫を田んぼに入れない為などの目的で、刈払い機(草刈機)などでの除草が必要となる。
研修先の農園では、自走式の大型除草機と、人間が手に持って除草する刈払い機を併用している。
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刈払い機
俺の場合は、腰を捻らず、腕力も使わず、刃の回転トルクに乗って、股関節の前後動とステップの踏み変えで左右に振っている。ハンドルも握らずに掌を上から軽く乗ておくだけだ。握ってしまうと機械の振動で疲れるし、シビレてしまうからだ。

俺は刈払い機による除草作業が好きだ。
機械を人間が扱うのではなく、人間が機械を扱う感覚が楽しいのだ。
ちょうどバイクに乗ってワイディングロードを走っている感じに近い。個人の工夫次第で作業効率や出来栄えに差が出来るし、エンジン音に包まれた孤独感がたまらない。

俺はこれまで色々な人の刈払い機による除草を見てきたが、その中でダントツの達人だったのが、藤沢の植木屋でバイトしていた時の親方のFさんだ。

ある時、草丈が2mを超える程に雑草が伸びたジャングル状の空き地を5人で横一列に並んで除草した。
刈払い機による除草は、刃の回転が反時計回りなので、右から左に刈払い機を動かせば刈られた雑草は自然に左に倒れていく。
田んぼの畦道を除草する場合は、最初に田んぼを右側見て、右の畦際を前進しながら刈っていって、終点で折り返して左の畦際を刈って戻れば、刈った雑草が田んぼに落ちないですみ、刈り残し無く綺麗に除草が出来る。これは農家なら誰でもやっている。

問題なのは、その時の様に雑草が背丈の高い雑草がジャングル状になっている場合だ。
その時は、仕事の効率を考えて、基本通りに地際を右から左へ刈払い機を動かせば取合えずは右側は地面が見える程には刈る事が出来たが、高さが2mもあるイネ科の雑草が倒れると、左側がグシャグシャに折り重なって地際から綺麗に刈れなくなってしまった。
倒れた雑草の下に刈り残しの雑草も埋もれてしまっている。
しかも葛などの茎の太い蔓草も生えていたので、シャフトに蔓が絡み付いて自由が利かず、他の職人さん達も刈払い機を目茶苦茶に振り回してい悪戦苦闘をしていた。
しかし親方のFさんだけはズンズン先に進んでいって、刈り後も綺麗だ。
倒れた雑草も一定方向に倒れている。
このことは、Fさんは規則的な動作の連続で仕事をしている、という事の証明になる。
動作に無駄が無いのだ。
職人さんのテイタラクを見かねてFさんが怒った。
「お前ぇら、ダメだ。みっともねえぞ。頭を使え!いいか、刈払い機の刃は左に回転してんだ。その回転トルクを上手く使えよ。それにこんなに背が高い草刈んのに、一発で仕上げようと思うんじゃねえ。俺のやんの見てろ!」
こう怒鳴って全員を集めてFさんの除草を見学させた。
Fさんの除草は、最初に雑草の真ん中くらいを右から左に刈り、戻りで左から右へ地際を刈っていく、という二段式除草だった。
見ていて気持ちが良い程に手際が良く、綺麗な仕上がりだ。
真似してみたが、全員Fさんの様には上手くいかない。

あれからジャングル状の荒地を除草するにつけ、Fさんの真似をしてみていたが、先日やっとそれらしきコツを掴んだ。

まず右から左に中段を除草する時には、右足を前に出した右半身に後傾気味に構え、刈払い機の刃を水平ではなく、左手首を半月(手の甲を外側に曲げる)にして左側を下げた斜めにして、上から右半身を叩き付ける様に左側に一気に除草する。
左から右に戻る時は、左手首を満月(掌を内側に曲げる)にして地際を水平だ。
この時に重要なのは、左肘を脇から離さない事と、刈払い機の刃先を正中線から外さない事だ。
これは古武術やお茶の稽古からの工夫だ。
そうするには、腰の回転が必要なのだが、それだと腰が痛くなるので、俺の場合は左右の股関節を前後にスライドさせて刃先の左右動を作っている。
子供の頃に習っていたボクシングでは、防御や攻撃によく股関節を動かして半身の入替えをするのだが、これはその応用だ。
こうすると左半身、右半身の入替えが素早く出来、股関節の動きで全身が連動して大きく身体が動いてくれるのだ。

手首を半月、満月にする、というのは、整体とお茶の稽古からの工夫と用語借用だし、古武術の師匠である甲野善紀先生の杖術や槍術でもこの手首の動きは多様されている。
右手首は、左手首を主導にして、逆に曲げれば良い。
左手首を満月にしたら、右手首は半月という具合だ。
「田んぼで学ぶ井桁術理」の処でも書いたが、やはり肉体労働には左の動きを主導にする、というのがポイントになる様だ。

この一連の動きを刈払い機の動きで見れば、刃先が左右に八の字に動いている事になる。
体感的には和船の櫓を漕いでいる感じに近い。

疲れや時間の流れを忘れて夢中になって草刈していたら、時刻は夜7時半をまわっていた。
一人だけで仕事をした場合は、いつの間にか整体の動法の稽古になってしまうのはよくある事だ。
思えばボクシング、ウィンドサーフィン、スノーボードとこれまで夢中になってきたスポーツも、上達の狭間には、「疲れも時間の流れも忘れて無我夢中になった」時を経験している。
いい感じだ。一皮剥けた感じで、なんだか嬉しい。
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by jhomonjin | 2010-07-19 00:07 | 自然農法 | Comments(0)
子供の頃から不思議に思っている事がある。
俺の実家には、猫と犬などのペットが絶えた事が無いのだけど、その疑問はペットを見ていて思いついた二つの疑問だ。

まず一つ目の疑問である。
例えば人間は身だしなみをするのに、鏡を見て確かめる。
寝癖や目ヤニがついてないか?髪型や服装のコーディネートがヘンテコかどうか?などである。
でも鏡を見て確かめて気を付けていても、他人から見たら着ている物が変だ、とか髪型が似合わない、なんて言われたりする。
ところが動物はどうだ?鏡を見て確かめていないのに、いつ見ても完璧に美しいではないか。
それに猫や犬は風呂に入らないのに、目立った汚れや不愉快な臭いもしない。寝癖だってついてないぞ。
野良の猫や犬さえ、模様はおろか睫毛やヒゲの生え方だって完璧に整っている。
今、実家にいる猫のナルー(ハワイ語で波の意味)は、雑種のさび猫の雌だ。
トラ猫や、ヨモ猫などの様には模様に統一性がまったく無く、薄茶色ベースに黒や焦げ茶の模様がランダムに混じり合っているが、それでも彼女を見ていると見飽きない位に綺麗だと思ってしまう。
模様のランダムさ加減や、色のグラデーションなんか完璧な美しさだと思う。
しかし対象が人間の女だと、髪型が似合う、似合わないだの、眉毛や鼻の形がもっとこうだったら美人なのに!なんて注文をつけたくなってしまうのは何故なのか?
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ラオスの猫
猫や犬の寝顔は、何故笑っているように見えるのだろうか?
これも子供の頃からの疑問だ。
人間の大人なら、眉間に皺を寄せている人もいるけどなあ。



俺は子供の頃から、木綿や麻のガサガサした感触の洗いざらしの青系の服が好きなので、10代後半から20代の頃は、よくブルージーンズにダンガリーシャツやシャンブレーシャツを着ていた。
高校生の頃、アイビーファッションにアウトドアテイストを取り入れたヘビー・デューティースタイルが流行っていたし、映画「グッバイ・ガール」や「ジョーズ」などで活躍していた当時のハリウッドスターのリチャード・ドレーファスをお手本にしていたつもりである。ドレーファスは、映画の中でよくこんな恰好をしていた。
何着も同じ系統の服を持っていたので、毎日着替えていても「何時も同じ服着ているな。」と友達から言われてムッとした事がある。
そういえば当時はワークブーツを履いていて、登山靴履いて学校に来たのかね?なんて聞かれた事もあったな。

動物なら生まれた時からずっと同じ模様でも誰からも文句は出ない。
しかし人間の場合は、いつも同じ系統の服を着ているだけで、他人から笑われたりバカにされたりするのは何故だ?

その答えに最近ようやく巡り合った。
整体の師匠の野口裕之先生の公開講話で、そのものズバリの答えがあった。
残念ながら整体協会は会員制なので、その答えをここで公開する訳にはいかない。
どうしても知りたい人は、会員になって野口先生の講話に参加するか、直接俺に聞いて下さいな!

さて、それと疑問はもう一つある。
動物には種類によって、それぞれ固有の色と模様を持つものが多い。
例えばライオンやトラ、トンビとカラスは誰が見ても見分ける事が出来る。
大きさや形が似ていても、色や模様が違うからだ。
ところが家畜やペットといった動物の中で、猫、犬、馬だけは色や模様にバリエーションがあるのは一体何故なのか?
家畜の中でも鶏やブタ、牛には品種別はともかく、概ね同じ色と模様を持っている。
この疑問には、これまでに周囲の物知りに聞いて周ったが、納得のいく答えに出会っていなかった。
ところが、一人だけ即答で会心の答えをしてくれた人がいる。

このブログによく登場してもらっている古武術研究家の甲野善紀先生だ。
甲野先生曰く、「猫や犬、馬は他の家畜と違って、人間の愛玩動物でしょ?交配を何度もさせて模様に多様性を持たせた事もあるだろうけど、むしろ模様に多様性を持つ事でより人間に愛されるように自ら変化していったんでしょ。」だと!
流石に物知りの先生である。そこいらの物知りとは桁が違う。大いに納得した。
ダーウィンの進化論を根底から覆す、斬新な進化論を即答するなんて、感服した。

そういえば、ヤフーのホームページに時たま特集されているペット自慢の投稿写真で、猫が座椅子にふんぞり返って座っている写真を見た事がある。
それは猫ではなく、疲れた年配のお父さんが休日にボーっとして寛ぐ姿であった。
知人の猫好きの女性(智ちゃんの事ですよう、読んでますかぁ!)にその写真を見せたら、彼女の猫も座椅子にふんぞり返って「フーッ」とため息を付くそうだ。
長年猫を飼い続けて来た我が家でも、猫が仰向けにふんぞり返って座っている姿など見た事は無い。

この事を甲野進化論で俺なりに解釈すれば、「ネズミが日本家屋にいなくなって来た現在、飼い猫の存在価値はネズミ捕りの有益動物としてではなく、より人間の愛玩性にシフトされつつある。したがって猫は人間の生活スタイルや、家屋事情の変化に合わせて、人間に愛され種の存続を図る活路を擬人化に見出してきた。」
こんな進化論はどうだろうか?
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by jhomonjin | 2010-07-11 21:04 | 生命の不思議 | Comments(0)

薪割り稽古会とは?

前回最後の方で、薪割り稽古について書いたので追記しておく。
帰郷してからは慌しくて、整体の稽古から遠ざかっている事もあり、稽古かわりの投稿である。・・・ちと苦しいな。

俺の学ぶ整体は、身体教育研究所という整体道場である。道場では整体を学ぶ者の必須として、動法という身体扱いの技術を学ぶ。
2年前に動法教授資格を貰ったので、自分でも稽古会を開くようになったが、前回書いたような経緯と、生まれながらの天邪鬼気質もあって「刃物を扱う会」を立ち上げたのだ。
(動法について詳しく知りたい方は、身体教育研究所のホームページhttp://www.keikojo.jp/をご参照下さい。)

何故、整体の稽古に刃物を扱う事が関係あるのか?
刃物という危険な道具を扱う事で、慎重さと大胆さという相反する行為を通して、養われる身体感覚を鍛える為である。別に樵の養成をしている訳では無い。
刃物は決断の利器、という言葉を確か甲野善紀先生から聞いた記憶がある。甲野先生の稽古会には動法の課外授業として個人的に参加して以来、刃物や民俗学などの分野でも大いに意気投合して現在に至っている。
決断とは・・・?昔の武士なら刀を抜けば切るか切られるか!という局面もあっただろうが、日常生活でも刃物を扱うには常に決断が付きまとうと思うのだ。
包丁で料理を作るにしても、鋏で工作するにしても、刃物を一度でも入れると、切られた物体は二度と元通りにはならないからである。刃物を入れるという事は、取返しのつかない行為をする事であって、そこから局面が大きく変わるからである。素早さと的確さ、そして行為の重々しさ。

もともとは個人で縄文土器を野焼きする為に薪割りを始めたのだ。どこの団体にも属さずに個人で縄文土器作りをするには、野焼きが出来るの場所と、薪の確保を全部自分でやるという事が必要になってくる。薪を運び込む為には軽トラックも誰かから借りてこなければならない。
つまり最初に人間関係が出来ていないと、個人では縄文土器が焼けないのである。
そういったプロセスでも何か大事な感覚経験が育っていくのだと思う。
そして土器作り自体も面白いが、薪割り自体の面白さにすっかりハマってしまい、気付けば斧と鉈が随分と集まった。
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斧と鉈のコレクションの一部
何本あるかよく把握できていない位たくさん持っている。







甲野先生にその事を話すと、刀の振り方で斧を扱うとうんと楽ですよと、古武術的な日本刀の振り方を応用した薪割りを教えて貰えたのである。先生も薪割りが大好きなのだ。
古武術的な、とは「重いモノは軽く、軽いモノは重く持つ」という、日本の技芸によくある身体技法を取入れた薪割り法の事である。
教えて貰った、といっても道場の隅で木刀を持って2~3回素振りを見せて貰った程度である。
でもそれで充分だった。あとは動法の理に適った薪割りを追求し続けていけば良いだけだ。追求し続けて、とは終わりが無い探求、という事を意味する。薪割り稽古会誕生の由来だ。薪割りも奥が深い。
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薪割り稽古会風景
第2回目に甲野先生もゲスト講師になってくれた。
道場よりもイキイキしてらっしゃるのでは?
場所は横浜の某所
同じ場所で土器の野焼きもしていた。










どんな薪割りをしているかと説明するには、実際に体験して貰らうのが一番だけど、現在はまだ帰郷したばかりで薪割りを再開する環境が整っていない為に、稽古会としては未定です。興味ある方は5月に出版予定の「焚火読本」という新刊本に、俺の薪割りが紹介されるらしいのでご参照下さい。但し、どんな本が出来るのかは俺も知らない。
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by jhomonjin | 2010-03-26 21:32 | 動法・整体 | Comments(6)