21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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タグ:薪割り稽古会 ( 2 ) タグの人気記事

剣道の基本の構えは右半身を前にした中段の構えだ。
ある「ナンバ」をテーマにしたスポーツ工学の本など読んだら、日本人は二千年来、農耕で鍬を扱ってきたので右半身が自然な構えなんだ、なんて事が書かれていた。
右半身とは同側の右手と右足を前にした構えのことだ。
これを近年は「ナンバ」と言うようになった。
それとは逆に狩猟民族であった西洋人のボクシングは、逆の左半身が基本なのであり、右パンチは腰を捻った「逆ナンバ」なのであ~る、なんてことも書かれていた。
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加賀市で薪割を教えた中学生。彼は将来大工になりたいそうだが、最初から上手く薪が割れたのでよい進路だろう。左足をもう少し引いて身体を開けば上出来。寒かったのに薄手の服を三枚という信じられない軽装。

じゃ、空手とフェンシングはどうなんだ?と俺は突っ込みたくなる。
同じ日本の立ち技系格闘技でも日本拳法系は右半身だが、空手はボクシングと同じ左半身が基本だ。
フェンシングは剣道と同じ右半身だけど、フェンシングは腰を捻ったりしてないぞ!
それに西洋人の祖先は狩猟民族ばかりではなく、牧畜農耕民族が大部分だろう。
もっともどこの民族も大昔は狩猟民族だったには違いはない。
大学の偉い先生が、素人が即座に突っ込みできる単純明快な色分けで身体研究をして給料を貰っているのだ。
俺にも少し給料分けてくんろ!と言いたい。
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ブロンソンさんと同じ逆ナンバの中学生。斧が斜めに落ちて薪が弾けとんだ瞬間のよい見本。彼に左右の足を入替えてみろというと、直ぐに割れた。中学生は素直だから上達が早くて教えるのも楽しい。

俺の経験では、剣道や農耕で右半身にするのは、左半身を後にすることで左半身を扱いやすくするためだ。
フェンシングの右半身とは見た目と身体の使い方、意味がまるで違う。
日本刀を扱う時には真上から真下に「叩き切る」のではない。
日本刀の反りに合わせた「引き切り」。
鍬で耕す時も左手を引く。
右手は鍬を微調整するだけで主体は左手だが、正式には左手で引くのではなくて左腰を引く結果として左手が動く感じ。
プロの百姓でも慣れない左半身はぎこちなかったり、疲れるという人もいる。

薪割りの場合は「引き切り」してしまうと斧が薪に命中しなくなるし、下手をすると自分の足を切ってしまう危険がある。
初心者にやらせると、斧が薪の手前の地面に打ち下ろされてしまうこともあり、その場合には斧が刃こぼれすることもある。
怖いから腰が引けて自然と引き切りになってしまうのだ。
へっぴり腰というやつだが、このように腰が入っていない状態を昔の日本では腰抜けと笑った。

斧は真下に打ち下ろす。
左手を主にして、右手は左手の従とする主従関係にしないと斧の刃先にブレが出て、命中しても斧が斜めに薪に刺さって上手く割れてくれない。
基本は右利きの場合は右半身だが、初心者には足だけ左を前にする逆ナンバにする人がいる。
身体が捻れてしまうから、斧も捻れたまんま、つまり垂直ではなく斜めに倒れた状態で薪に命中するから薪が割れずに弾かれて飛んでいってしまうことがある。
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怖がる子供には、大人が薪に鉈や斧を割り込ませておいて、鉈を薪ごと落とせば簡単に割れるという状態から教える。次は鉈を薪に割り込ませる訓練という手順を踏むといい。割裂性のよい杉などの針葉樹が好ましい。

「荒野の七人」という西部劇で、チャールズ・ブロンソンが薪割りする場面がある。
ブロンソンさんは右半身を基本として、たまに足だけ左を前に出したりしてナンバと逆ナンバを交互に繰り返してたけど、上手く割っていた。
このように捻れた状態で割ると調子がいい人もいる。
整体の身体分類でいうと「7種ねじれ体癖」というやつだ。
捻れた人には捻れたなりの型がある。
基本は大事だが、薪割り体験会で俺が最初に見本を見せてすぐに実体験させるのは、参加者の身体の扱いを見極めておきたいからだ。

型とは当てはめるものではなく、入るものだと思う。
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by jhomonjin | 2012-12-16 19:45 | 動法・整体 | Comments(0)

薪割り稽古会とは?

前回最後の方で、薪割り稽古について書いたので追記しておく。
帰郷してからは慌しくて、整体の稽古から遠ざかっている事もあり、稽古かわりの投稿である。・・・ちと苦しいな。

俺の学ぶ整体は、身体教育研究所という整体道場である。道場では整体を学ぶ者の必須として、動法という身体扱いの技術を学ぶ。
2年前に動法教授資格を貰ったので、自分でも稽古会を開くようになったが、前回書いたような経緯と、生まれながらの天邪鬼気質もあって「刃物を扱う会」を立ち上げたのだ。
(動法について詳しく知りたい方は、身体教育研究所のホームページhttp://www.keikojo.jp/をご参照下さい。)

何故、整体の稽古に刃物を扱う事が関係あるのか?
刃物という危険な道具を扱う事で、慎重さと大胆さという相反する行為を通して、養われる身体感覚を鍛える為である。別に樵の養成をしている訳では無い。
刃物は決断の利器、という言葉を確か甲野善紀先生から聞いた記憶がある。甲野先生の稽古会には動法の課外授業として個人的に参加して以来、刃物や民俗学などの分野でも大いに意気投合して現在に至っている。
決断とは・・・?昔の武士なら刀を抜けば切るか切られるか!という局面もあっただろうが、日常生活でも刃物を扱うには常に決断が付きまとうと思うのだ。
包丁で料理を作るにしても、鋏で工作するにしても、刃物を一度でも入れると、切られた物体は二度と元通りにはならないからである。刃物を入れるという事は、取返しのつかない行為をする事であって、そこから局面が大きく変わるからである。素早さと的確さ、そして行為の重々しさ。

もともとは個人で縄文土器を野焼きする為に薪割りを始めたのだ。どこの団体にも属さずに個人で縄文土器作りをするには、野焼きが出来るの場所と、薪の確保を全部自分でやるという事が必要になってくる。薪を運び込む為には軽トラックも誰かから借りてこなければならない。
つまり最初に人間関係が出来ていないと、個人では縄文土器が焼けないのである。
そういったプロセスでも何か大事な感覚経験が育っていくのだと思う。
そして土器作り自体も面白いが、薪割り自体の面白さにすっかりハマってしまい、気付けば斧と鉈が随分と集まった。
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斧と鉈のコレクションの一部
何本あるかよく把握できていない位たくさん持っている。







甲野先生にその事を話すと、刀の振り方で斧を扱うとうんと楽ですよと、古武術的な日本刀の振り方を応用した薪割りを教えて貰えたのである。先生も薪割りが大好きなのだ。
古武術的な、とは「重いモノは軽く、軽いモノは重く持つ」という、日本の技芸によくある身体技法を取入れた薪割り法の事である。
教えて貰った、といっても道場の隅で木刀を持って2~3回素振りを見せて貰った程度である。
でもそれで充分だった。あとは動法の理に適った薪割りを追求し続けていけば良いだけだ。追求し続けて、とは終わりが無い探求、という事を意味する。薪割り稽古会誕生の由来だ。薪割りも奥が深い。
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薪割り稽古会風景
第2回目に甲野先生もゲスト講師になってくれた。
道場よりもイキイキしてらっしゃるのでは?
場所は横浜の某所
同じ場所で土器の野焼きもしていた。










どんな薪割りをしているかと説明するには、実際に体験して貰らうのが一番だけど、現在はまだ帰郷したばかりで薪割りを再開する環境が整っていない為に、稽古会としては未定です。興味ある方は5月に出版予定の「焚火読本」という新刊本に、俺の薪割りが紹介されるらしいのでご参照下さい。但し、どんな本が出来るのかは俺も知らない。
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by jhomonjin | 2010-03-26 21:32 | 動法・整体 | Comments(6)