21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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宮本常一ごっこ・・・引いて切る鋸は日本だけなのか?・・・

どうせ住み慣れた湘南の借家を畳んで帰郷するならと、引越しを済ませてから東南アジアとインドへ長旅に出ることにした。ここ数年は整体の稽古と、縄文遺跡のフィールドワークや縄文土器製作一辺倒だったので、海外の長旅は8年振りなのだ。
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タイ北部にて












今回の旅はタイ、カンボジア、ラオス、ベトナム、ビルマ、マレーシア、南インドの7ヶ国を4ヶ月で巡る予定で、例によって事前調査やガイドブックはほとんど無しの出たとこ勝負のバックパッカー旅である。

旅先での興味の対象はもっぱら各国の身体の動かし方、使い方などの身体文化の比較や、民具、工具、職人や農民の仕事、建築や風習・風俗の見聞である。
普通の観光客は滅多に来ないような辺鄙な片田舎で、変わった質問ばかりするので、現地の人から「お前は学者か?昔、日本の学者が来たぞ。」なんて聞かれたりもしたが、高尚な目的など何も無く、俺の場合は単なる民俗学的な野次馬根性なだけなのだ。
例えば、「鉋や鋸は日本以外では押して使用するが、世界でも日本だけは引いて使用する。」という説がある。本当なのか?実際に自分で確かめてみよう、といった類の好奇心である。
そして今回の旅でも、学者が「日本以外では類例がない」としている説をいくつか覆す見聞を得た。

例えば鋸に関して言えば、東南アジア各国で通常使用されている鋸は、細長い台形状の鋸の底辺にハンドルを付けて片手持ちする西洋式鋸か、H形に組んだ木製枠(タイでは木製枠の代わりに鉄パイプ枠になっているのもあった)に鋸を仕組んだ、やはり片手持ちする中国式の鋸であり、いずれも押した時に切れる鋸であった。しかし枝切り用の鋸(中国製らしい)に限っていえば、日本の植木屋が使うのと似た、引いて切るタイプの鋸が売られているのを見つけた。
高い位置にある枝を切るには、引いて切れる鋸の方が楽だからだろう。

但し東南アジアにおいて、それら引くタイプの枝切り鋸が何時くらいから使われ始めたのか?は不明である。
昔からあったのか?それとも近年になって日本製の枝切り鋸を中国で作らせている内に、大量のコピー製品が東南アジアに広まったのか?という推測も出来るが・・・。
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タイの金物屋で見つけた枝切り鋸。
東南アジア各国で同様の鋸が売られていた。
刃の形状に注目。
斜めに傾斜した刃となっている。







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カンボジアの枠鋸。
押す事で切れる中国式鋸。
かっては枠の上部に紐が掛けられ、紐を捻る事で鋸本体にテンションを掛けていたらしいが、これは紐の替わりに、鉄筋にボルト締付けによりテンションを掛ける様になっている。
大工工事用に東南アジア全域に売られていた。刃の形状は、二等辺三角形。

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タイの金物屋で見つけた西洋式鋸。
もちろん押して切れる。
インド以西も同様な鋸が使用されている様である。






このようにプロの学者が「類例が見当たらない」と断言している説に対して、そんな簡単に断言なんかしちゃっていいの?と素人の俺が、気楽な立場で突っ込みを入れていくのは俺の旅の楽しみのひとつなのだ。
学問に限らず、どんな事でも明確な色分けによる分類分けをする事で、難解な事や、茫漠とした事象に対して理解し易くなる事は事実であるけども、グレーゾーンや例外の存在も視野に入れないと、「偉い先生の説」だけが一人歩きする危険性もあるんだよな、と思う。

戦前戦後の国内の農村、漁村をつぶさに歩いて調査し、その研究成果を社会に役立つかたちとして還元して、机上の学問ではない、実践的学問を成し得た宮本常一は俺の好きな民俗学者で、俺の旅のスタイルは「気分は宮本常一!」といった遊び・・・暇つぶしって言われたらそれまでなんだけど・・・であって、自分なりに「宮本常一ごっこ」と自嘲している。

宮本によると、世間を渡り歩き見聞を広げ、実際に役に立つ知識と知恵を持ち、世の中に貢献する人を「世間師」と呼ぶのだそうだ。そして宮本自身が、訪れた村々で世間師と呼ばれていたようである。

これから始まる田舎暮らしでも、これまで訪れた14ヶ国での見聞が、何がしかの形で役に立てられればな、とフト思う。
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by jhomonjin | 2010-03-13 16:41 | 道具による文化比較