21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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21世紀の縄文人はまだ沢山いるぞ!・・・縄文感覚について

ちょっと前に俺の身体はあと一週間程度で入梅するぞ、「気分はもう夏!」だと書いたが、このところ新潟は再び湿気が少なくなってきて、また煙草が美味くなってきた。
気象予報が外れても、毎年季節の移ろいが一様ではないところが面白い・・・整体関係者は何でも都合よく解釈する伝統がある・・・。

気象や季節、時間、季節や地球そのもの等に対して、身体感覚が連動している面白い事例がある。

最初は八丈島の和太鼓名人のじいさんの事例だ。

身体教育研究所の鎌倉稽古場では、毎年春と夏に整体の稽古の一環として和太鼓の稽古会をしている。
和太鼓の講師は、自由の森学園のM先生だ。
M先生は、学園の授業で教える関係上、日本各地の和太鼓や伝統芸能などを習っている。
この和太鼓名人のじいさんはの事は、M先生が八丈島に太鼓を習いにいった時の話しで、俺は直接はじいさんに会ってはいない。
M先生はじいさんに和太鼓の教えを請う為に、晩御飯の後にじいさんの自宅に訪ねて行くと、じいさんは既に寝てしまった、という事が何度かあって、中々じいさんには会えなかったらしい。
いくらじいさんが高齢とはいえ、かなり早い時間に寝てしまうので、今度は昼間に訪ねていったそうだ。
そこで「おじいちゃん、夜は何時くらいに寝ているの?」と聞いた時の答えが振るっている。
じいさん曰く「そうさなあ、ヨモギの寝る頃だなあ。」

素晴らしいではないか。じいさんの時間の尺度は、物理的な時間ではなく植物時間だ。
9時のサイレンが鳴ったらとか、水戸黄門を観てから寝る、という誰でも分かる客観的な時間の目安の世界に生きていないのだ。
それなら朝起きるのはどんな時なのだろうか?
鶏が起きる頃、では詰らない。それでは当り前過ぎる。朝顔が欠伸した時とかか?と想像するだけで愉しい。
第一、ヨモギが寝る時という身体感覚とはどんなものなのか?
こればかりは、じいさんと寝起きを共にして、同じ時と場を共有しないと分からない。

次の事例は、時間ではなく方向感覚だ。

羅針盤などの近代航海機具を一切使用せずに外洋を航海する人々が今もいる。
南太平洋のミクロネシアにあるサタワル諸島の男達だ。

一般的に遠洋航海には、羅針盤と海図は最低限必要だ。これらでおおまかな方向だけは分かる。
次いで正確な時計と六分儀があれば、緯度を測る事が出来るので、大航海時代からロラン(無線方向探知機)やレーダーなどの電子計測器が普及する数十年前までは、これらの組合せで航海をしていた。
現代ではGPSや気象レーダー、深度計測のソナー等も小さな漁船やヨットなどにさえも当り前に搭載されている。
サタワル諸島の男達が遠洋航海に使用する舟は、アウトリガーカヌーという全て手作りの丸木舟の一種で、帆走によって水平線の彼方にある島々に自由に行き来している。海上で一昼夜とかの航海も有りだ。
彼らが方向を知る方法は色々あるが、主に星座や波の観察などであり、一般的にその様な航海術はスターナビゲーションと呼ばれている。
彼らは寝ていても舟に当たる波やうねりの感じで、目指す方向を確認出来る位に身体感覚が研ぎ澄まされているらしい。
かってはポリネシアの人々もその技術を持っていたのだが、欧米の植民地となった事で固有の文化を封じられ、言後や風習とともにスターナビゲーションの技術も失われていった。
アメリカ建国200周年(俺の小学生の時だ)の時に、ハワイでは祝賀ムードと共に風前の灯となっていたハワイの伝統文化を復興させようという動きが活発となった。
アメリカ政府により禁じられていたハワイ語や観光目的ではない伝統的なフラの復興、そしてハワイ人の祖先はかってタヒチからカヌーに乗ってやって来た、という海洋民族としてのアイデンティティーの復興として、スターナビゲーションの技術をサタワルの漁民であるマウ・ピアルクをハワイに迎えて習得に励んだのだ。
そして紆余曲折の後、ハワイ人によってポリネシアの伝統的な遠洋航海用の双胴式帆船カヌーを自在に操り、太平洋諸国を自由に行き来する事が出来るようになった。
カヌーの名前はホクレア号。ホクレアとはハワイ上空に輝く星のポリネシア語の希望を意味する言葉で、タヒチからやって来たハワイ人の祖先達は、このホクレアを目指してハワイに到着した、と伝承されている。古代の航海者にとってはまさしく希望の星だ。
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ホクレア号
横浜に寄航した時に、船尾から撮影。
二つの細長い船体を持つカタラマンという形式。伝統的な古代ポリネシア式の遠洋航海用カヌー。
近代航海機具無しで、動力は風力だけで航海している。
船体はFRP製だが、彼らは木造のカヌーも作っている。
これらの舟は、映画「ガイア・シンフォニー」にも登場した。

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ナイノア・トンプソン
ナイノアはホクレア号のナビゲーター。ハワイではハワイ知事より有名な英雄だそうだ。
彼がハワイからタヒチへの航海を成功させる前に、師匠のマウ・ピアルクからハワイの海岸に立ち、タヒチの方角を見て「タヒチが見えるか?」と問われたそうだ。瞑目すると、心にタヒチがリアルに浮かんだそうだ。スターナビゲーションの免許皆伝の瞬間だ。


環太平洋諸国に、欧米文化一辺倒ではなく、古の海洋民族文化を復興させようという運動だ。
彼らはこの運動をカヌー・ルネッサンスと呼んでいる。
4年ほど前にはハワイから日本に寄航した事もある。もちろんスターナビゲーションによってだ。
そのメンバーの中に日本人が二人いて、その内の一人が葉山で「アウトリガーカヌークラブジャパン」というポリネシア式の海洋カヌーによって、海洋文化の普及活動をしているNPO法人代表の荒木汰久治さんだ。
俺は荒木さんの妹さんとは古い友達だ。
スターナビゲーションといっても、曇りや雨天の時に星が見えない時はどうするのか?
荒木さんは「行こうと思う方向に赤い道が見えるんですヨ。」と答えていた。
出航の時に時化ていて、周囲の人々が今日の出航は無理だろうと思っていても、道が開けていく感じがあれば出航するのだという。
彼はまだ30代なのに、凄い体験を沢山している。
詳細は荒木さんの著書PHP研究所出版「ウォーターマンへの道」に譲るとして、和太鼓の名人じいさんといい、荒木さんといい、社会的な約束事の範囲で生きるのではなく、植物や地球と身体感覚が見事に一致している処が素晴らしいと思う。


北海道にも縄文遺跡があるが、以前は本州の縄文人とは行き来が無かったであろう、という説が罷り通っていた。
根拠として、縄文時代の丸木舟では、名だたる海の難所である宗谷海峡は横断不可能であり、現に戦後しばらくして青函連絡船の洞爺丸が沈没した事件があったではないか!というのだ。
洞爺丸は3千9百トンの貨客船で、沈没による犠牲者は千人程の大惨事であったらしい。
しかし洞爺丸は、台風の真っ只中に出航して沈没しているのだ。
洞爺丸は身体時間、身体感覚とは無縁の物理的で社会的な約束事の範囲で出航して、そして沈没したのだ。
縄文人なら台風の真っ只中に出航する様な事は無かっただろう。
「今なら大丈夫。海峡を横断できる!」という皮膚感覚があったに違い無い。
時計の時間や人間の都合では無く、文字通り「潮時」を観て行動の判断基準としていたのだと思う。
海峡を渡れる時にしか渡らないので、こっちの方が安全である事は確かだろう。

伊豆諸島の式根島の黒曜石が、関東を中心とした本土の縄文遺跡から多数出土している。
この事は、最大で時速4ノット(1ノットは時速1.852k/t。4ノットは約時速7.4k/t)で北上する黒潮を物ともせずに航海する技術が縄文時代にはあった、という事を証明している。
いくら式根島が伊豆半島から見えているとはいえ、黒潮は幅80キロ~100キロもある世界最大級の海流であり、その横断は手漕ぎでは不可能だ。帆走技術を確立していたのは間違い事実だろう。
縄文時代の中期以降には、八丈島にまで航海していたらしい。
黒潮の流れも時には強弱があり、時には蛇行もするので、黒潮の海を航海していた縄文人は、北海道に行き来した縄文人と同じく、何がしかの身体感覚を駆使した航海技術があったのだろう。

八丈島の和太鼓名人のじいさんも、荒木さんも縄文人だなあ、と俺は尊敬する。
21世紀にそんな日本人が、あまり知られる事もなく普通に存在している事に嬉しくなる。
国家という概念も無く、物理的な約束事などに縛られず、身体感覚や身体技術を駆使して生きていた縄文人達に、俺は憧れを抱いている。
何故か子供の頃から縄文文化に惹かれ続けているのは、そんな処からだろう。
窮屈な現代社会の約束事や枠組みに、風穴を開ける爽快感を感じるのだ。

俺が整体を学び始めたのも自然農法を始めたのも、縄文人が宿していた古代の身体感覚を身に付けたいからだ。整体や自然農法に縄文の匂いを感じたのだ。
人から何故整体を学び始めたのか?とよく質問されるのだけど、整体を学ぶのは縄文人になる為、と答えて笑われるのだが、これは冗談ではなく本気なのだ。
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by jhomonjin | 2010-06-05 00:51 | 身体感覚・身体文化