21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

危うし日本男児!・・自立心と知恵、工夫について考える

研修先の農場に、中学生が職場体験に来た。
中二の女子二名、男子三名の一週間に渡る体験実習である。
トマトの収穫と箱詰め、卵の集卵と汚れ落しと箱詰めなどの軽作業を主にやって貰う。
といっても一週間に渡る体験期間の内に、収穫の端境期があった。

他に中学生にも出来る作業は無いか?と聞かれたので、材木の結束を手伝って貰う事にした。
俺は現在、集団作業の合間に材木置き場の小屋をコツコツと作っているので、大量にある貫という細長い板材を四枚一組にして、縛って貰えば俺も助かるし、危険も無く簡単な作業なので中学生にはうってつけだ。

まず説明しながら実演して見せる。
「いいか、材木を四枚一組にしたら紐できっちりと二回巻いてくれ。きっちりとだぞ。それから平べったい所ではなく、角で片結びにして欲しいんだ。分かるか?角で結んだ方がきっちりと縛れるんだぞ。片結びは蝶々結びの片側だけの結びだ。片結びの方が、縛るのも解くのも蝶々結びより早いから、こういった仕事ではよく使うんだぞ。」
因みに剣道の防具や甲冑の着用方法なども、結び易さと解き易さから、片結びを多用する事も余談として教えた。

こんな説明をしながら、一人づつやらせてみた。
実演は、最初は蝶々結びをしてから、片結びに戻し、次には最初から片結びに縛るという方式で二回やってみせた。
女子は二回くらいやってみて、出来るようになった。

問題は男子だ。何と取っ掛かりとなる蝶々結びが出来ない。
「ん?蝶々結びが出来ないのか?靴紐の結び方だぞ。」と彼らの足元を見ると、一人はマジックテープ式の運動靴、一人は紐を結んでおらず、一人は蝶々結びにしてある。
運動靴を蝶々結びにしてある少年だけは、靴の縛り方と同じだという説明で何とか縛る事が出来るようになった。
後の二人に何度もやって見せるが、蝶々結びはともかく、三十分やらせても片結びが出来ない。
仕方ないので、蝶々結びでも良いぞと言ったが、実に無様な手付きで「きちりと」縛る事が出来ないので、材木の整理をして貰う事にした。

ロープワークは、自然な流れに結んでいくと、上手く出来る様になっている。
頭で考えるより、迷ったら手が自然に流れて行く方向に乗っていけば、難しい縛りや結びでも意外にも出来て仕舞うのだ。

俺が蝶々結びを覚えたのは、これからは一人で何でも出来なきゃ、と小学校の入学式前後にお袋から教えて貰った様に記憶している。
俺が中二の頃といえば、若い頃に漁師をしていた叔父に習って、もやい結び、一重継ぎ、巻き結びといった漁師が多用するロープワークを習っていた頃だ。
ちょうどその年齢は、自立心が旺盛になって、大人っぽい行為や振る舞いに憧れる年頃だ。
当時は、イザという時に頼りになる男・・・天災などで活躍して周りの人を救助出来る恰好良い大人・・・例えばサンダーバードの隊員みたいな正義の味方に憧れていたのだ。

蝶々結びの出来なかった少年達は自立心を育てる機会に恵まれなかったのではないか?
ずばり、それは親の責任だと思う。
彼らの親は、彼らの自立心の芽を摘んでばかりいたのだろう。
中二になっても蝶々結びが出来ないという事は、器用や不器用という手先の問題以前に、自立心の未発達があるように思う。
f0225473_0473753.jpg
涼風献上!
今週のサービスショットはカンボジアのフルチン少年。
結構流れの早い川に歓声を上げながら、飛込んでは流されて、と何度も繰り返していた。
河に立入禁止の看板も無ければ、危険なので柵をしろというクレームとは無縁な世界。
こんな少年も日本では絶滅危惧種だねえ。


話し変わるが、薪ストーブが自宅にある友人から聞いた話である。
友人宅に、都会から知人の家族連れが遊びに来た時の事。
友人は畑に野菜を採りに行く間に、家族連れのご主人に薪ストーブの着火を頼んだそうだ。
三十分して戻ってみたら、徳用の大箱サイズのマッチを空になるまで使っても、薪ストーブに着火出来ていなかったそうだ。
ストーブの前には、新聞紙、小枝、ダケカンバの樹皮といった着火材はちゃんと用意してあった。
三十分かけても着火出来なかった気の毒なお父さんは、マッチを擦ってから直接に太い薪に着火させようとし続けたらしい。
焚火に慣れていないから、が問題ではなくて知恵が無いのだろう。
なぜ何の工夫もせずに同じ失敗を繰り返し続けてしまうのか?
これなどは、笑うに笑えない話だ。

この事も、自立心の未発達があると思う。
子供の頃に好奇心の赴くまま様々な体験をしていれば、自ら工夫するという知恵も自然に生まれるだろうが、子供が体験すべき事を親が全て代りにやってしまって来たから、自分で工夫するという感覚経験が育たなかったのだろう。

中学生達は、帰り際に作業を続ける俺の所まで来て「有難うございましたぁ~。役に立てなくてゴメンナサ~イ!」とペコリと何度もお辞儀をして帰っていった。素直で可愛い奴らだ。
俺も大声で「おう、有難うよう!気にすんなよう~、助かったよう。また遊びに来いよう。ガンバレ男子ッ~!」と返した。
[PR]
by jhomonjin | 2010-06-27 00:44 | 身体感覚・身体文化