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21世紀の縄文人を目指す男の記録


by jhomonjin
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念願だった縄文クッキーをついに作った。
作り方は関根秀樹先生の「縄文人になる」(山と渓谷社・1200円)に出ていたクッキーの作り方に準じた。
縄文関係の本は数々あれど、この本の特徴は火お越しから始まって、縄文土器の焼き方や石器作りなど、縄文人の衣食住についての具体的なハウツー本であることだ。
この手の本の場合、実際の作り方などは民族例などの紹介に留まっていることが多く、学術論文的で、よっぽどの縄文オタクか研究者でもない限り面白くないのだ。
その点、「縄文人になる」は縄文にちょっとだけ興味がある程度の人や、実際になんでもやってみたくなるタイプの人だったら具体的な縄文人の生活がイメージ出来て面白いだろうし、俺みたいな縄文人になりたいと思っている男にもうってつけの参考書になる。
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くぼみ石
こんな凹のある石がよく縄文遺跡からは出土する。凹にドングリを入れて固定して割る道具と推測されているが、やってみると凹が無くても簡単に割れるし、かえって凹にドングリをはめる手間がかるように思うのだが・・・?

民族例の紹介や学術論文の紹介ばかりの本がなんで面白くないかというと、記述内容に著者の実体験が反映されていなかったり、体験してもほんの少しやってみただけ、という程度だからだろう。
内容にリアリティーが無かったり、実際に体験した事のある人間からみたら明らかに間違った内容だったり、眉唾的な内容だったりするのだ。
サバイバル関係のハウツー本にもこの傾向が強くて、例えば無人島で道に迷ったら樹の切り株を探して、年輪が詰まったほうが北である、なんて紹介されていたりする。
一体、無人島に切り株があったりするのか?無人島でなくても林や森の中で切り株なんて滅多に見つからと思うぞ!
しかも年輪の詰まった方向が北であるなんて、平野の一本立ちしている樹ならイザ知らず、山の傾斜地なら東西南北に関係なく谷側の年輪が広くなるだろうし、さらに周辺の樹木の影響や、水脈との関係などで条件は違ってくる筈だ。
有名な学者の書いた民俗学の本だって、孫引きやパクリがあったり、実際に現地で調べると矛盾点や間違った記述が結構あったりする。
その点でこの本は関根先生が実際に試行錯誤しての結果を紹介しているので、縄文に興味のある人は必読ですな。

さて、クッキーは出来たが、どうも味のほうは不味くはないが、美味くもないという不思議な味と食感だった。人に食わせても「フ~ン」というだけで、二個目を食おうとしないのだな。
実際に縄文人が食っていたクッキーはどんな味だったのだろう。もしかしたら俺のクッキーを美味がってバクバク食うかもしれんけど。
材料はマテバシイ、スダジイ、クヌギなどのドングリと胡桃、栗をブレンドして、卵をつなぎとした。
年内はアパート暮らしで焚火が出来ないので、愛用の長火鉢(信じられないけど、いい年をした大人でもこの言葉を知らない人が結構いる。銭形平次がいつも座っている前に置いてある箱型の火鉢・・・といっても銭形平次を知らない若者も多くて、説明すんのに困るんよ)に石を置いて炭火で焼いた。
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長火鉢で焼いている所
今回は炭火の上に石を置く直火方式と、生地を直接灰の中に入れる二通りで焼いてみたが、次回は炭火の横に石を置く方式と葉っぱに生地を包んで灰の中に入れる方式の二通りでやってみたい。

アク抜きは上手くいったが、もっと美味くなる工夫のしどころは一杯ある。
色々な本に縄文クッキーのつなぎは山鳥の卵の代わりにウズラの卵を、と書いてあるのだが、果たして縄文人は野鳥の卵を年間にどれだけ採集できたのだろう?という疑問がある。
鶏だって昔は卵を毎日生まなかった位だし、ましてや縄文時代といえども野鳥の卵は簡単には入手できなかったろうと思うのだ。採取できる時期も限られていたのではないだろうか。
ところがドングリなどは遺跡から大量に出土している。
卵の代わりにひき肉や山芋をつなぎに紹介しているレシピもあるが、実際の縄文クッキーのつなぎも季節によって色々あったのだろう。
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完成!
食わした人は誰も美味いとは言わなかったが、不味いとも言わなかった。見た目は美味そうだけどね。






土器作りでも石器作りでも同じだけど、こういったものは本に詳細な作り方が書かれていても、行間に隠された勘所は実際に失敗を繰り返して体得していかなければダメなのだ。
まだドングリのストックは大量にあるので、来年のドングリ採取時期までもう5回くらいは挑戦できそうだ。
本だけ読んで生半可な知識をヒケラカスような縄文通にだけはなりたか無いケンね。
by jhomonjin | 2010-11-07 22:42 | 縄文
俺が過去に作った事のある石器は、黒曜石の鏃(ヤジリと読むのだよ、シンタロー君)だけだ。
黒曜石で鏃を作る場合には、最初に黒曜石の塊を鹿の角の根元や哺乳類の大腿骨などをハンマーとして大割する。
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黒曜石の鏃
藤沢市出土の本物。青空古道具市で一個500円で買った。この元の持ち主は考古学好きで、中学の頃に趣味で発掘して集めた土器や鏃が、本人が亡くなってから遺族が古道具屋に大量に持ち込んだそうだ。

黒曜石は脆いガラス質で注意しないと砕け散ってしまうので、ただ闇雲に叩けばよいというのではなく、欲しい大きさと形になるように石の目を読んで注意深く割る。
その後は割れた黒曜石の欠片から、鏃に作り易そうな大きさの破片を選んで、鹿の角の先端を押し付けながらペキペキと割って成形して完成させる。
慣れると意外なほどに短時間で完成する。

石器には大別して、旧石器時代からあった打製石器と、新石器時代から出現する磨製石器がある。
但し、この時代区分は西洋の考古学の歴史区分を日本に当てはめればという事であって、実際の日本の旧石器時代には、刃先だけを磨製にした石器が存在している。
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本物の石器
これも古道具市で買った本物で上が磨製石器、下が打製石器。磨製石器は3,000円で買ったが、安いか高いかは賛否両論だ。上の磨製石斧は形状からしてノミだったらしい。


黒曜石は打製石器の仲間だが、弓矢つまり黒曜石の鏃が登場するのは新石器時代からだ。
日本の場合は、縄文時代イコール新石器時代と区分されている。
俗に縄文三点セットといって、発掘遺跡から縄文土器と磨製石器、竪穴住居が確認できれば縄文時代の遺跡だと断定できるのだそうだ。

打製石器はただ割って成形していくだけなので、石の割れ方の癖さえ掴んでしまえば、短時間で完成出来る。
俺は石には詳しくないけど、実物の打製石器を観察すると堆積岩が使用されているようだ。
堆積した石なので、割り易いからだろう。
「始めにんげんギャートルズ」という俺が一番好きだったアニメーションがあって、石斧でマンモスと戦う場面がよく出てきた。
旧石器時代なら打製石器で狩りなどをしたかもしれないが、縄文時代には大形獣が激減した時代で、打製石器はもっぱら鍬やスコップなどの農耕器具や土工用具だったのではないかと推測されている。
確かに打製石器は薄くて脆そうな印象があり、持ってみると意外にも軽い。

では磨製石器の用途は何かというと、なんと木工用だと推測されている。
磨製石斧で樹を切り倒し、木材を加工する技術が発展した。

前期(七千年前~六千年前)以降には、内丸ノミ型の磨製石器が出土するようになる。
この石器は、材木の内側を削っていく用途に適している。
この石器の発明により、ただの丸木舟から刳り舟に造船技術が進歩した。
刳り舟とはカヌーの事だ。
舟の安定性と積載性、凌波性能の向上は、外洋航海を可能にした事を意味する。

中期(五千年前~四千年前)の遺跡では、石ノミでホゾ孔を開けて「貫構造」や「渡り蟻継ぎ」という高度な継手まで駆使して、家屋などの構造物を作っていた事が確認されている。

木を刳り抜いて器を作る「刳り物」も出現した。
新潟県内の縄文遺跡では、液体を注ぐ用途らしい、取っ手付きの注口器が製作途中の物から完成品まで出土しているので、職人さんの様に職分化が進んでいた可能性も匂わせている。

ヒノキを竹ヒゴのように細く薄く加工して、籠を編んだ上に漆を塗った「籃胎漆器」も存在した。
籃胎漆器は防水性のある軽い籠であり、今でもラオスの田舎では日曜雑貨として使用されている。
この時代には漆が接着剤や防水材料といった実用面以外にも、木工品や土器に装飾として使われている。
黒地に赤の模様を持つ、漆塗りの櫛まで出土しているのだ。

木工用の道具を持つ事で、技術が飛躍的な進歩を見せ、暮らし向きは安定した。
縄文時代は世界初の土器文化とされ、土器による食生活の向上にスポットが当てられ勝ちなのだけど、磨製石器を自分で作りを始めると、縄文時代は実は「木工の時代」でもあったのだなあ、と気が付く。
初めて自転車に乗れた時、初めて自分のバイクや自動車を手に入れた時に感じた、「世界が広くなった感じ」を、磨製石器を手に入れた縄文人も感じたのではないだろうか。

縄文クッキーを作るには、石のひき臼でドングリを粉にする必要がある。
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縄文時代の石臼
長者ケ原遺跡出土の石臼で、現代人からみると臼というよりは擂り鉢に近い。砂岩製で上面が綺麗に凹まされている。
拳大の丸石も大量に出土しているので、ドングリなんかを潰していたと推測されている。

この手の臼は今でもインドで日常的に使用されている。
インド人は、こいつでカレーのスパイスを作るのだ。
石臼は平べったい砂岩を窪めた形状になっている。
石臼とセットで、丸い石も大量に出土しているので、この窪みにドングリを入れて、丸石でスリ潰していたらしい。
鉱物マニアには聖地のように思っている奴がいる程の姫川といえども、河原を探して歩いても平べったくて中央が窪んだ砂岩が拾える可能性は、当然ながら低い。
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翡翠
三内丸山出土の翡翠大珠レプリカ。縄文時代から奈良時代初期までの国内の遺跡から出土する翡翠は全て糸魚川産。そんな事から糸魚川を聖地だと思っている鉱物マニアが本当にいる。この話しは面白いので後日!

どうせ磨製石器を作るのに砂岩の砥石が必要となるから、平らな砂岩を砥石として使い続ければ、その内に削れて凹みが出来て石臼も同時に作れるだろう、と一石二鳥の作戦を取る事にした。
by jhomonjin | 2010-10-24 23:04 | 縄文
秋の味覚の代表というとまず新米だろう。それからキノコや栗、柿、梨なんか連想する。
縄文人の秋の味覚の代表ならキノコ、栗は同じだろうが、胡桃やドングリなどの堅果類は絶対に外せないだろう。
21世紀の縄文人を目指す俺としては当然、縄文料理は避けて通れない。
縄文クッキーを作るのだ。

縄文クッキーと通称される遺物は、正式にはクッキー状炭化物という。
縄文クッキーは、狩りの時の携行食だとか冬の保存食などではないかと推定されている。
以前はその分析結果から栗、ドングリ、胡桃などの木の実の粉末と、山鳥の卵、山芋、肉や骨、骨髄などのミンチを混ぜて焼いたクッキー、またはハンバーグ、またはお焼き状の食い物と推定され、縄文関連の本などでよく紹介されていた。
その後、報告論文の分析方法が疑問視されて、考古学的には縄文クッキーの成分や製作方法などが白紙に戻っているようだが、依然としてワークショップで作られ続けている。

遺物ではドングリや胡桃、栗の残滓も大量に発掘されて状況証拠は揃っているので、縄文クッキーの存在は確かだ。
学者じゃないので難しく考えずに縄文クッキーを作って見る事にした。
小麦が日本に渡って来る以前からあった、おやきの一種だと思ったほうが自然ではないだろうか。
内容物や製法も地方や季節によって違っていただろうし、お袋の味や故郷の味という具合に各家庭や集落毎に違いもあったろうと思う。

例えば納豆の食い方だ。
西日本の人には納豆嫌いが多いが、東日本には納豆好きが多いという地域差がまずある。
食い方で一般的なのが、納豆を器に入れて攪拌、醤油投入、さらに攪拌、各自のご飯茶碗に適量を取り分けるという四段階方式だろう。
横着にも器に納豆を入れる手間を省いて、納豆の入っていた発泡スチロール容器の中で攪拌以下の作業をするのが三段階方式。家族が少人数だとこの方式を採用している家も多いのではないだろうか。
豪快なのが、炊飯器の飯の上に大胆にも納豆をガバッと入れて、しゃもじで攪拌、醤油投入、さらに攪拌、各自のご飯茶碗に納豆ご飯をよそうという変形四段階方式だ。
東北地方では納豆に砂糖を入れる人もいる。少量の砂糖混入で泡立ちが良くなるのだそうだ。
卵を混ぜるのが好きな人、醤油だけのプレーン味で勝負する人、中には切干大根や若布、ゴマなんかも入れる人がいる。
薬味も長ネギ派、ワケギ派などなど。浅草の友人は七味唐辛子を必ず入れる。
納豆ひとつでもこんなに食い方が違うのだ。
まだ逢った事ないけど、醤油代わりに納豆にマヨネーズを投入している人だっているかもしれない。

縄文時代は一万年以上も続いていたから、縄文クッキーのバリエーションだって相当あったのではないだろうか。
だから雑穀も入れてみようと思う。
乾し葡萄や乾しイチジクなんかで甘味を付けてもいけるのではないか?
ヨモギやハッカ、シソで香り付けなんかどうだ?と考え出すと愉しくて止まらなくなってしまう。
因みに、整体の師匠であるダン先生は講義で、「考える」の古語はカム・ムカエルで、神迎えるなんだと仰っていた。
本来の「考える」とは、神様を迎え入れることだなんて面白いではないか。
古代人にとって閃きや妙案だったりは、神様が降臨したという事で個人の所有物ではない、という事になるのか?

ドングリなら都会でも公園で拾って歩いている人がいる。
深夜の世田谷付近の環八の歩道で、何か拾っているオバサンがいたので聞いてみたら、街路樹の銀杏との事だった。
オバサン曰く、昼間だと怪しまれるからとの事だったが、真夜中の方が怪しいぞオバサン。

糸魚川なら長者ケ原遺跡公園に行けば、栗、胡桃、ドングリの樹が生えている。
今年は異常気象だったせいか、ドングリ類が不作のようだ。
そのせいか街外れで熊が多数目撃されている。気の毒な話しだ。
遺跡公園での一番人気は栗らしい。すでに落ちているのはイガばかりだ。

胡桃は栗より食べるまでの手間が掛かるからか、拾う人が少ないらしく、比較的楽に拾える。
しかし大きな胡桃は毎日が日曜日の暇な人達に拾われた後らしく、落ちているのは小さな胡桃ばかりだ。
糸魚川の胡桃は鬼胡桃なので、ただでさえ小粒だから出来るだけ大粒でないと割る時の手間が大変だ。
辺りを見回して人影が無い事を幸いに、胡桃の樹に登って熊の様に揺さぶって胡桃を落とす。
三内丸山のような観光客の多いメジャー遺跡だと、こんな事は許されないだろうなあ・・・と思いつつ、ボトボト落ちる胡桃の音を聞くと満面に笑みがこぼれる。

栗はうまい具合に知人からビニール袋一杯のお裾分けがあった。
ドングリはクヌギとマテバシイがバケツに半分弱は採集できた。
胡桃は外皮を除けばバケツに一杯はあるだろう。

胡桃は水に漬けて外皮を腐らせる。
ドングリは水に浸して、浮いたのは虫食いなので捨てて、沈んだものだけそのまま漬けておいてシブ抜きだ。
本当は清流に浸しておきたいのだが、実家のある糸魚川市内では清流など無く、バケツの水を取り替えて我慢しておく。
栗は茹でてから、数珠玉のように糸で繋いで乾燥させて勝栗にする。

数週間後には乾燥させて粉にするのだ。
粉にするには砂岩製のひき臼が必要だ。
次回(その2)では、ひき臼の製作を紹介する予定ですわ。
by jhomonjin | 2010-10-17 23:53 | 縄文